最高裁判所裁判官・国民審査対象各裁判官の個別意見について(2021年版・その3・完)

既に2回分のエントリーを書いている中で、「今回の国民審査で対象になっている裁判官にはこれまで以上に個性的な方々が多いのかも・・・」と思い始めているところだが*1、第3回は岡村和美裁判官の個別意見のご紹介から再開する。

(第1回、第2回は以下参照)

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第二小法廷

岡村和美(検察官、行政官出身)

2019年10月就任 2027年退官予定

山本庸幸裁判官の枠を引き継ぐ形で入っておられるので、行政官枠か(元消費者庁長官)、と思いきや、検察官としてのキャリアも長いのが岡村裁判官。

そんなバックグラウンドもあって、さすがに草野裁判官と比べると・・・という状況ではあるのだが、ここまで書かれている個別意見2件のうち1件は、その草野裁判官との連名、というのがなかなか興味深いところである。

<補足意見>
■最二小判令和2年11月27日(令和元(受)1900)*2
監査事務所登録不許可処分の開示の当否が争われた事件において、「(品質管理委員会の判断を否定した)原判決を破棄差戻しとしたことの趣旨」として、草野耕一裁判官と連名で補足意見を述べられている。
最高裁判所裁判官・国民審査対象各裁判官の個別意見について(2021年版・その2) - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~をご参照のこと。


■最大決令和3年6月23日(令2(ク)102)*3
夫婦別氏婚姻届の却下処分不服申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件で、深山卓也裁判官、長嶺安政裁判官と連名で多数意見を支持する補足意見を述べられている。
最高裁判所裁判官・国民審査対象各裁判官の個別意見について(2021年版・その1) - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~をご参照のこと。

なお、岡村和美裁判官が裁判長を務められた第二小法廷の事件の中では、知財高裁・高部コート判決をバッサリ破棄した↓の判決も非常に印象深いのだが、「国民審査公報」の「関与した主要な裁判」の中では全く触れられていなかった、ということは、一応付言しておきたい。

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第三小法廷

さて、ようやく最後の小法廷、ということで、ここでも第一小法廷と同様に5名中4名の裁判官が対象となっている。

これまで個性的な(だが強い説得力を持つ)意見を述べられていた宮崎裕子裁判官、林景一裁判官が今年相次いで退官されたこともあり、今回対象となる裁判官のうち、就任直後の渡邉惠理子裁判官(弁護士出身)はまだ個別意見を書かれていないし、他にも積極的な個別意見を出されている方は限られているのだが、各裁判官の前任者と比べての立ち位置の変化等、これから何かと注目されそうな小法廷である。

なお、これまでは就任日順のご紹介だったが、構成の都合上、少し順番を入れ替えてご紹介することとしたい。

林 道晴(裁判官出身)

2019年9月就任 2027年退官予定

個人的な経験上、「司法研修所の方」という印象が強い林裁判官だが、最高裁首席調査官から東京高裁長官を経て就任され、就任年数と年齢のバランスを考慮すると、今の最高裁裁判官の中では、次期最高裁長官にも最も近い、と噂される方でもある。

だから、というわけではないのだろうが、ここまでの2年ちょっとの間に出された個別意見の数は少なく、それも、以下のとおり、正社員にのみ退職金を支給する取扱いを適法としたメトロコマース事件で林景一裁判官の補足意見に「同調」した、というものにすぎない。

<補足意見>
■最三小判令和2年10月13日(令和元(受)1190,1191)*4
「本件の退職金に関する相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かの判断の在り方等について,若干の意見の補足をしたい」として述べられた林景一裁判官の補足意見に「同調する」という意見を述べられた。
上告審判決を見ただけでは分からないもの~「待遇格差」をめぐる最高裁判決5件の意味。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~もご参照のこと。

意見こそ書かれていないが、再審開始を認めなかった高裁決定を取り消した袴田事件再審特別抗告の上告審決定(最三小決令和2年12月22日)*5をはじめ、いくつかの破棄事件で裁判長を務めておられるのも事実なので*6、「保守的」の一言で括ってしまうのは一面的な見方に過ぎるとは思うのだが、名著『ライブ争点整理』のファンとしては*7、そこで書かれていたような鋭いご指摘を交えた個別意見がこれから節々で出されることにも少し期待している。

長嶺安政(行政官出身)

2021年2月就任 2024年退官予定

続いてご紹介するのは、林景一裁判官の後任として英国大使から今年最高裁判事に就任された長嶺裁判官。

これまで行政官、特に外務省出身の裁判官は、「一票の格差」でも、家族法関係の事件でも、比較的リベラルな意見を書かれる方が多い、という印象だったのだが、長嶺裁判官のお名前が唯一出てくる個別意見が以下のものだった、というのはちょっとした衝撃だった。

<補足意見>
■最大決令和3年6月23日(令2(ク)102)*8
夫婦同氏による届出を定める戸籍法74条1号の合憲性が問われた事件において、深山卓也裁判官、岡村和美裁判官と連名で憲法24条違反を否定した多数意見を支持する補足意見を書かれた。
最高裁判所裁判官・国民審査対象各裁判官の個別意見について(2021年版・その1) - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~をご参照のこと。

現在も在職中の戸倉三郎裁判官をはじめとする裁判所出身の2名の裁判官と、宮崎、林、宇賀の3裁判官で構成されていて、全体としてはリベラルな方向の結論にもなりがちだったこの小法廷の傾向が今後変わっていくのかどうか、そのカギを握っておられる裁判官のお一人であることは間違いないと思う。

宇賀克也(研究者出身)

2019年3月就任 2025年退官予定

さて、大トリを飾るのは、今回の審査対象裁判官の中では、草野裁判官と並んで個別意見数が多い宇賀裁判官である。

東大教授だった時代から、精力的に活動し、業績を残されていた先生ではあったのだが、最高裁判事になられてからも、多数意見と「解説」の隙間を埋めるようなこまめな補足意見を多数書かれており、「評釈者がやりづらくならないか」という要らぬ心配をしてしまうくらい素晴らしいご活躍をされているのであるが、以下、ここまでの功績を振り返るという意味も込めて、各個別意見をご紹介することにしたい。

<補足意見・1>
■最三小判令和2年2月25日(平成30(行ヒ)215)*9
長崎の被爆者の原爆症認定却下処分をめぐり、処分を違法とした原審判決を破棄した判決において、「現行法の解釈論としては法廷意見に賛成せざるを得ない」としつつ、以下のように補足した。
「なお,法廷意見は,経過観察を受けている被爆者につき要医療性が認められるか否かについては,経過観察自体が,経過観察の対象とされている疾病を治療するために必要不可欠の行為であり,かつ,積極的治療行為の一環と評価できる特別の事情があるか否かを個別具体的に判断すべきとするものであって,慢性甲状腺炎に係る経過観察であれば,およそ上記の特別の事情があるとはいえないとするものではなく,被上告人についても,今後,疾病の状況の変化等の事情の変更により,上記の特別の事情があると認められる可能性を否定するものでも全くないことを強調しておきたい。
「また,上告人は,健康診断(法7条に規定するものをいう。以下同じ。)で行われる一般検査は,法10条2項1号の診察に当たり得るため,単に同項が定める医療の給付に相当する行為がされていれば要医療性の要件を充足すると解してしまうと,健康診断を受けるだけで要医療性が認定され得ることになりかねないと主張しているので,この点について,補足的に意見を述べることとする。法廷意見は,実質論から,被上告人が慢性甲状腺炎につき経過観察を受けている状態が法10条1項の「現に医療を要する状態」に当たるか否かを判断したものであるが,健康診断についていえば,たとえ,健康診断に際して既往症を告知して指導(法9条に規定するものをいう。以下同じ。)を受けることがあったとしても,それのみでは「現に医療を要する状態」に当たるとはいえず,健康診断の結果を踏まえた指導を受けて経過観察が行われた場合に,当該経過観察を受けている状態が「現に医療を要する状態」に当たるか否かを,法廷意見が示した基準に照らして判断することになると考えられる。」


■最三小判令和2年3月24日(平成30(行ヒ)422)*10
法人に対する株式の譲渡につき、当局が行った更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を違法とした原審を破棄し差し戻した法廷意見に賛成する立場から、所得税基本通達に関する原審の通達の判示に対して、以下のとおり意見を述べた。
「原審は,租税法規の解釈は原則として文理解釈によるべきであり,みだりに拡張解釈や類推解釈を行うことは許されないとし,通達の意味内容についてもその文理に忠実に解釈するのが相当であり,通達の文言を殊更に読み替えて異なる内容のものとして適用することは許されないという。原審のいう租税法規の文理解釈原則は,法規命令については,あり得べき解釈方法の一つといえよう。しかし,通達は,法規命令ではなく,講学上の行政規則であり,下級行政庁は原則としてこれに拘束されるものの,国民を拘束するものでも裁判所を拘束するものでもない。確かに原審の指摘するとおり,通達は一般にも公開されて納税者が具体的な取引等について検討する際の指針となっていることからすれば,課税に関する納税者の信頼及び予測可能性を確保することは重要であり,通達の公表は,最高裁昭和60年(行ツ)第125号同62年10月30日第三小法廷判決・裁判集民事152号93頁にいう「公的見解」の表示に当たり,それに反する課税処分は,場合によっては,信義則違反の問題を生ぜしめるといえよう。しかし,そのことは,裁判所が通達に拘束されることを意味するわけではない。さらに,所得税基本通達59-6は,評価通達の「例により」算定するものと定めているので,相続税と譲渡所得に関する課税の性質の相違に応じた読替えをすることを想定しており,このような読替えをすることは,そもそも,所得税基本通達の文理にも反しているとはいえないと考える。」
「もっとも,租税法律主義は課税要件明確主義も内容とするものであり,所得税法に基づく課税処分について,相続税法に関する通達の読替えを行うという方法が,国民にとって分かりにくいことは否定できない課税に関する予見可能性の点についての原審の判示及び被上告人らの主張には首肯できる面があり,より理解しやすい仕組みへの改善がされることが望ましいと思われる。」


■最三小決令和2年3月24日(令和元(許)12)*11
病院内の事故を理由とした損害賠償請求訴訟において、司法警察職員による鑑定嘱託書に係る文書提出義務を認めた原決定を破棄差戻とした法廷意見に賛成しつつも、民訴法220条4号ホ*12について以下のとおり補足的に意見を述べた。
行政機関の保有する情報の公開に関する法律の規定の適用除外とされている刑訴法53条の2第1項の「訴訟に関する書類」は,刑事の被疑事件又は被告事件に関して作成された文書一般を含む意味と解するのが立法者意思であると考えられ,行政実務もそのような解釈に沿って運用されている。同項と平仄を合わせた民訴法220条4号ホの「刑事事件に係る訴訟に関する書類」についての立法者意思も同じといえよう。このことは,同号ホについて,いわゆるインカメラ手続の対象外とされていること(同法223条6項)からもうかがえる。また,私は,同法220条4号ホに掲げる文書に該当する文書であっても,それが同条3号等に掲げる文書にも該当する場合で,その保管者による提出の拒否が諸般の事情に照らしてその裁量権の逸脱又は濫用に当たるときには,裁判所がその提出を命じ得るとする判例の考え方には賛成である。もっとも,私としては,本件文書等が同条3号等に掲げる文書に該当する可能性はさておき,本件のように,既に公訴時効が完成して捜査記録も廃棄されているため捜査や公判への現実的な支障を考慮する必要がなく,被害者の遺族からの文書提出命令の申立てであって関係者のプライバシー等の侵害を懸念する必要もほとんどない場合にまで,本案訴訟において重要な証拠となり得る文書が,形式的に同条4号ホに掲げる文書に該当するという理由だけで文書提出命令の対象外とされる結果を招きかねないことに鑑みると同条4号ホに掲げる文書の範囲を限定することについて,立法論として再検討されることが望ましいと思われる。」


■最三小判令和2年4月7日(平成31(受)606)*13
強制執行の申立債権者が費用法2条各号(執行官費用等)の費目を不法行為に基づく損害賠償請求における損害として主張したことについて、当該主張を認めた原審判決を破棄自判した法廷意見に賛成するとともに、その存在が原審破棄の理由となった「執行費用額確定手続」について以下のように述べた。
民事執行法42条4項以下に定める執行費用額確定手続は,裁判所書記官が費用法2条各号所定の費用の額のみを計算して債務名義とするものであり,訴訟手続と比較して簡易迅速であり,かつ申立手数料も不要とされている。しかし,一般に,簡易迅速な特別手続が法定されている場合,それが専ら私人の便宜のみを念頭に置いたものであれば,当該特別手続を利用するか,通常の手続を利用するかを私人の選択に委ねることを否定することはできないと思われる。たとえば,登録免許税法31条2項は,登録免許税の過誤納があるとき,その旨を登記機関に申し出て,当該過大に納付した登録免許税の額を登記機関が所轄税務署長に通知すべき旨を登記等を受けた者が請求することを認めている。最高裁平成13年(行ヒ)第25号同17年4月14日第一小法廷判決・民集59巻3号491頁は,これと同趣旨の規定である平成14年法律第152号による改正前の登録免許税法31条2項について,登記等を受ける者が職権で行われる上記の通知の手続を利用して簡易迅速に過誤納金の還付を受けることができるようにしたものであり,登録免許税の還付を請求するのは専ら同項所定の手続によらなければならないこととする手続の排他性を定めるものということはできないと判示している。したがって,簡易迅速な特別手続の排他性を認めるためには,当該手続が単にその手続の利用者の便宜を図るにとどまらず,当該手続の利用に公益性を認めて,当該手続を排他的なものとする趣旨であるかを検討する必要がある。」
「費用法2条は,民事執行法42条4項以下に定める執行費用額確定手続,民事訴訟法71条が定める訴訟費用額確定手続等とあいまって,償還請求が可能な費用を当該訴訟等の手続により生じた一切の費用とせず,一般にそれらの手続において必要とされる類型の行為に要した費用を公平に当事者双方に負担させることにより,当事者が訴訟制度等を躊躇なく利用し,適正な立証活動等を可能にすることを意図したものといえる。したがって,それは,裁判を受ける権利を実効的なものとするという意味において,司法制度の基盤の一環をなすものといえ,公益性を認めることができ,手続の排他性を認めることが正当化されると考えられる。」

このあたりまでの補足意見が述べられた事件に共通するのは、いずれも多数意見が(多少柔軟な解釈をとってでも)原告側を”救済”した原審の判断を破棄したものだった、ということで、その中で述べられた補足意見からは、スタンダードな法解釈には従いつつも、事案を目の前にして悩み、一定の配慮を示したり、それでも多数意見を正当化する理由があることを示そうとする裁判官の姿が浮かび上がってくる。

そこには、どこかしらか遠慮がちなところもあったのかもしれない。

だが、就任後1年を過ぎたあたりから、より異なる状況で補足意見が出されるようになってくる。

<補足意見・2>
■最三小判令和2年7月14日(平成31(行ヒ)40)*14
大分県の教員不正採用をめぐり、不正に関与した公務員らへの金員支払請求を求めた住民訴訟において、公務員らの求償債務を分割債務とした原審を破棄し、連帯債務として認容額を増額した法廷意見に賛成するとともに、国家賠償法1条1項の法的性質と債務の性質の関連性について以下のように補足的な意見を述べた。
「原審が国家賠償法1条1項の性質について代位責任説を採用し,そこから同条2項の規定に基づく求償権は実質的に不当利得的な性格を有するので分割債務を負うとしていることについて,補足的に意見を述べておきたい。」
「同条1項の性質については代位責任説と自己責任説が存在する。代位責任説の根拠としては,同法の立案に関与された田中二郎博士が代位責任説を採ったことから,立法者意思は代位責任説であったと結論付けるものがある。しかし,同博士が述べられているように,同法案の立法過程において,ドイツの職務責任(Amtshaftung)制度に範をとって,「公務員に代わって(an Stelle desBeamten)」という文言を用いることが検討されたものの,結局,この点については将来の学説に委ねられたのであり,立法者意思は代位責任説であったとはいえない。また,代位責任説と自己責任説を区別する実益は,加害公務員又は加害行為が特定できない場合(東京地判昭和39年6月19日・下民集15巻6号1438頁,東京地判昭和45年1月28日・下民集21巻1・2号32頁,岡山地津山支判昭和48年4月24日・民集36巻4号542頁)や加害公務員に有責性がない場合(札幌高判昭和53年5月24日・高民集31巻2号231頁)に,代位責任説では国家賠償責任が生じ得ないが自己責任説では生じ得る点に求められていた。しかし,最高裁昭和51年(オ)第1249号同57年4月1日第一小法廷判決・民集36巻4号519頁は,代位責任説か自己責任説かを明示することなく,「国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において,それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても,右の一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があったのでなければ右の被害が生ずることはなかったであろうと認められ,かつ,それがどの行為であるにせよこれによる被害につき行為者の属する国又は公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは,国又は公共団体は,加害行為不特定の故をもって国家賠償法又は民法上の損害賠償責任を免れることができないと解するのが相当」であると判示している。さらに,公務員の過失を組織的過失と捉える裁判例(東京高判平成4年12月18日・高民集45巻3号212頁等)が支配的となっており,個々の公務員の有責性を問題にする必要はないと思われる。したがって,代位責任説,自己責任説は,解釈論上の道具概念としての意義をほとんど失っているといってよい。本件においても,代位責任説を採用したからといって,そこから論理的に求償権の性格が実質的に不当利得的な性格を有することとなるものではなく,代位責任説を採っても自己責任説を採っても,本件の公務員らは,連帯して国家賠償法1条2項の規定に基づく求償債務を負うと考えられる。」


最大判令和2年11月25日(平成30(行ヒ)417)*15
岩沼市議会議員が出席停止の懲罰の違憲、違法を争った事件において、「出席停止の懲罰の適否は,司法審査の対象となる」として判例変更を行った法廷意見に賛成し、司法審査のあり方について以下のように意見を述べた*16
「1 法律上の争訟 法律上の争訟は,①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ,②それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られるとする当審の判例最高裁昭和51年(オ)第749号同昭和56年4月7日第三小法廷判決・民集35巻3号443頁)に照らし,地方議会議員に対する出席停止の懲罰の取消しを求める訴えが,①②の要件を満たす以上,法律上の争訟に当たることは明らかであると思われる。法律上の争訟については,憲法32条により国民に裁判を受ける権利が保障されており,また,法律上の争訟について裁判を行うことは,憲法76条1項により司法権に課せられた義務であるから,本来,司法権を行使しないことは許されないはずであり,司法権に対する外在的制約があるとして司法審査の対象外とするのは,かかる例外を正当化する憲法上の根拠がある場合に厳格に限定される必要がある。」
「2 国会との相違 国会については,国権の最高機関(憲法41条)としての自律性を憲法が尊重していることは明確であり,憲法自身が議員の資格争訟の裁判権を議院に付与し(憲法55条),議員が議院で行った演説,討論又は表決についての院外での免責規定を設けている(憲法51条)。しかし,地方議会については,憲法55条や51条のような規定は設けられておらず,憲法は,自律性の点において,国会と地方議会を同視していないことは明らかである。」
「3 住民自治 地方議会について自律性の根拠を憲法に求めるとなると,憲法92条の「地方自治の本旨」以外にないと思われる。「地方自治の本旨」の意味については,様々な議論があるが,その核心部分が,団体自治と住民自治であることには異論はない。また,団体自治は,それ自身が目的というよりも,住民自治を実現するための手段として位置付けることができよう。住民自治といっても,直接民主制を採用することは困難であり,我が国では,国のみならず地方公共団体においても,間接民主制を基本としており,他方,地方公共団体においては,条例の制定又は改廃を求める直接請求制度等,国以上に直接民主制的要素が導入されており,住民自治の要請に配慮がされている。この観点からすると,住民が選挙で地方議会議員を選出し,その議員が有権者の意思を反映して,議会に出席して発言し,表決を行うことは,当該議員にとっての権利であると同時に,住民自治の実現にとって必要不可欠であるということができる。もとより地方議会議員の活動は,議会に出席し,そこで発言し,投票することに限られるわけではないが,それが地方議会議員の本質的責務であると理解されていることは,正当な理由なく議会を欠席することが一般に懲罰事由とされていることからも明らかである。したがって,地方議会議員を出席停止にすることは,地方議会議員の本質的責務の履行を不可能にするものであり,それは,同時に当該議員に投票した有権者の意思の反映を制約するものとなり,住民自治を阻害することになる地方自治の本旨」としての住民自治により司法権に対する外在的制約を基礎付けながら,住民自治を阻害する結果を招くことは背理であるので,これにより地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象外とすることを根拠付けることはできないと考える。」
「4 議会の裁量 地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象としても,地方議会の自律性を全面的に否定することにはならない。懲罰の実体判断については,議会に裁量が認められ,裁量権の行使が違法になるのは,それが逸脱又は濫用に当たる場合に限られ,地方議会の自律性は,裁量権の余地を大きくする方向に作用する。したがって,地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象とした場合,濫用的な懲罰は抑止されることが期待できるが,過度に地方議会の自律性を阻害することにはならないと考える。」


■最三小判令和3年3月2日(令和2(受)763)*17
補助金交付・返納に係る行政機関の承認を無効とした原審を破棄した法廷意見に賛成し、「違法行為の転換」について、以下のように補足した。
法律による行政の原理を空洞化させないために,違法行為の転換が認められる場合は厳格に限定する必要がある。法廷意見が述べるように,本件においては,①転換前の行政行為(法22条に基づく承認)と転換後の行政行為(法7条3項による本件交付決定条件に基づく承認)は,その目的を共通にすること,②転換後の行政行為の法効果が転換前の行政行為の法効果より,関係人に不利益に働くことになっていないこと,③転換前の行政行為の瑕疵を知った場合に,その代わりに転換後の行政行為を行わなかったであろうと考えられる場合ではないこと(そもそも,栃木県補助金等交付規則6条3項においては,同規則における補助金等の交付の決定をするに当たり,「知事は,適正化法に規定する間接補助金等に該当する場合において,同法第7条の規定に基づき各省各庁の長が当該間接補助金等に関して条件を附したときは,これと同一の条件を附するものとする。」と定められており,被上告人としては,本件交付決定条件が法7条3項の規定によるものであることを認識できてしかるべきであったといえ,本件承認が本件交付決定条件を根拠としてされるべきものであったと認識できたと考えられる。)といった事情を勘案して,違法行為の転換が認められている。違法行為の転換を認めた当審の判例最高裁昭和25年(オ)第236号同29年7月19日大法廷判決・民集8巻7号1387頁)も,上記①~③の要件を全て満たす場合であったといえる。他方,違法行為の転換を認めなかった当審の判例最高裁昭和25年(オ)第383号同28年12月28日第一小法廷判決・民集7巻13号1696頁,最高裁昭和25年(オ)第212号同29年1月14日第一小法廷判決・民集8巻1号1頁,最高裁昭和39年(行ツ)第33号同42年4月21日第二小法廷判決・裁判集民事87号237頁)は,上記①~③の要件のいずれかを満たさない事案であったといえる。このように,法廷意見は,従前の当審の判例と整合するものであり,違法行為の転換が認められる場合を拡大するものでは全くない。なお,上記①~③の要件は違法行為の転換が認められるための必要条件であるが,それが必要十分条件であるわけでは必ずしもないと思われる。例えば,いわゆる行政審判手続において審理されなかった事実を訴訟手続において援用して違法行為を転換することは,行政審判手続を採用した趣旨に反し,かかる場合に訴訟手続において違法行為の転換を認めることの可否は慎重に検討すべきではないかと思われる。また,処分の相手方のみならず,第三者にも効果が及ぶいわゆる二重効果的行政処分の場合,違法行為の転換を認めることにより,第三者の権利利益を侵害することにならないかを検討する必要があるであろう。このように,あらゆる場合に,上記①~③の要件を満たせば,必ず違法行為の転換が認められるとはいえないが,本件においては,違法行為の転換を否定すべき特段の事情の存在は認められず,その点について論ずる必要はない。法廷意見も,また,過去に違法行為の転換を認めた当審判例も,そのような特段の事情が存在しない事案であったため,あえて上記①~③以外の要件について言及しなかったものと考えられる。」


■最三小判令和3年6月15日(令和2(行ヒ)102)*18
未決拘禁者の収容中の診療録の開示請求をめぐり、不開示決定を適法とした原決定を破棄し、差し戻した法廷意見を補足する立場から、以下のように述べた。
「我が国では,かつては診療録の開示請求の可否について議論があったが,今日では,医療はインフォームド・コンセントが基本であり,医療法1条の4第2項も,
「医師,歯科医師,薬剤師,看護師その他の医療の担い手は,医療を提供するに当たり,適切な説明を行い,医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない。」と定めており,最高裁平成10年(オ)第576号同13年11月27日第三小法廷判決・民集55巻6号1154頁も,医師の説明義務を認めている。そして,医療における自己決定権が人格権の一内容として尊重されなければならないことは,当審も認めている(最高裁平成10年(オ)第1081号,第1082号同12年2月29日第三小法廷判決・民集54巻2号582頁)。我が国では,個人情報の保護に関する法律行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律,個人情報保護条例のいずれにおいても,診療録に対する開示請求権を認めているので,病院等の設置主体が,国,独立行政法人国立大学法人地方公共団体地方独立行政法人(個人情報保護条例の実施機関となっている場合),医療法人,個人のいずれであれ,その保有する診療録について,自己情報開示請求が可能である。医師法19条2項も,診察をした医師は,診断書の交付の請求があった場合には,原則としてそれを拒否できないとしている。刑事施設における診療に関する情報であっても,インフォームド・コンセントの重要性は異ならない法務省矯正局矯正医療管理官編・矯正医療においても,矯正医療に求められている内容は,基本的に一般社会の医療と異なるところはないとしている(このことは,監獄法の時代も同じであり,監獄における医療の意義は,第1には,人道的立場において,在監者の身体的・精神的健康を毀損することのないようにすることにあり,病院移送も,専ら病者の治療という趣旨からなされるものであり,検察官等の処分をまって初めて病院移送の措置をとり得ると解すべきではないとされていた。小野清一郎=朝倉京一・改訂監獄法)。1988年に国連総会で採択された「あらゆる形態の抑留又は拘禁の下にあるすべての者の保護のための諸原則」は,「拘禁された者又は受刑者が医学的検査を受けた事実,医師の氏名及び検査の結果は,正しく記録されなければならない。これらの記録へのアクセスは,保障される。そのための方式は,各国法の関連法規に従う。」としている。刑事施設における自己の医療情報へのアクセスの保障は,グローバル・スタンダードになっているといえるのである。また,2015年に国連総会で採択された国連被拘禁者処遇最低基準準則(マンデラ・ルール)26条1項は,「ヘルスケア・サービスは,すべての被拘禁者に関して正確で最新かつ秘密の個人医療ファイルを準備し,かつ保持しなければならない。すべての被拘禁者は,請求により自己のファイルへのアクセスを認められなければならない。被拘禁者は,自己のファイルにアクセスするため第三者を指名することができる。」と定めており,被拘禁者に自己の診療録にアクセスする権利を認めることは,最低限必要とされているのである。世界の100を超える医師会が加盟する世界医師会(WMA)が採択した「患者の権利に関するリスボン宣言」においても,「患者は,いかなる医療上の記録であろうと,そこに記載されている自己の情報を受ける権利を有し,また症状についての医学的事実を含む健康状態に関して十分な説明を受ける権利を有する。」と宣言されている。アンドリュー・コイル・国際準則からみた刑務所管理ハンドブックにおいても,「いかなる診断や診療も,当該被収容者個人のために施されるのであって,施設の必要のためではない。」と明記されている。また,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律62条3項は,刑事施設の長は,必要に応じ被収容者を刑事施設の外の病院又は診療所に通院させ,やむを得ないときは被収容者を刑事施設の外の病院又は診療所に入院させることができると定めている。刑事施設の外の病院又は診療所で診療を受けた場合には,通常の診療録になり,開示されても収容歴が分からないので開示請求が可能であるのに,刑事施設内の病院又は診療所で診療を受けた場合には開示請求ができないのは不合理であろう。」

原審、原決定を破棄した判決は、国賠法、行政行為論、情報開示とご専門の分野の事例だったこともあってか、学説、判例を効果的に列挙し、「調査官解説不要!」とばかりに力強く法廷意見を支える意見を書かれているし、岩沼市議会の処分をめぐる大法廷判決では、「大法廷判例の変更」という歴史的な場面に”ソロ”で登場され、判例変更の妥当性をこれまた力強く論じられている。

コンパクトながら格調高く、法廷意見の理論的根拠を説得的に支える。いずれも、これを「補足意見」といわずに何というか、と感嘆の声を上げたくなるような美しさすら感じる。

そして、このような流れの中で、昨年の秋頃からは、法定の多数意見に果敢に挑まれる個別意見も出されるようになってきた。

<反対意見>
■最三小判令和2年10月13日(令和元(受)1190,1191)*19
メトロコマースの正社員と契約社員との労働条件の相違の違法性が争点となった事件において、慎重な言い回しながらも、「正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額すら契約社員Bに支給しないことが不合理であるとした原審の判断は是認することができ」る、として、労働契約法20条違反を認めなかった多数意見に対し、反対の立場を示した。
上告審判決を見ただけでは分からないもの~「待遇格差」をめぐる最高裁判決5件の意味。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~もご参照のこと。


最大判令和2年11月18日(令2(行ツ)78)*20
2019年参院選の定数配分規定により、3.00倍の較差が生じた点につき、「多数意見とは異なり,本件定数配分規定は遺憾ながら違憲であるといわざるを得ないと考える」として、以下のとおり、違憲を宣言する判決を行うべき、とする反対意見を述べられた。
「1 国民主権の基礎としての選挙権 憲法は,選挙権の内容の平等,すなわち,議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等を要求していることはいうまでもない。しかも,この平等の要請は,極めて強い要請であって,資格制度のように能力に応じた異なる取扱いが正当化されるのとは異なり,政治に関する知識や社会経験等を問わず,一定の年齢に達していれば,1人1票を等しく保障しなければならない。これは,選挙権の平等が,国民主権,民主主義の根幹を成すものであるからである。したがって,投票価値の平等の問題は厳格な司法審査に服さなければならず,選挙権平等原則からの逸脱は真にやむを得ない場合でなければ認められないと考える。もし居住する場所によって1票の価値が異なれば,実質的に居住する場所による複数選挙を認めることになる。それは,憲法14条1項の平等原則に違反すると同時に,平等性を内包した選挙権の侵害という憲法15条1項違反の問題を生ぜしめる。」
「2 国会の立法裁量 確かに,国会は,参議院について,定数を何名にするか,全国単位の選挙と選挙区選挙のいずれを採用するか,あるいは双方を組み合わせるか,組み合わせる場合に双方の定数をどのように配分するか,全国単位の選挙を比例代表制にするか否か,選挙区をどのような単位にするかなどについて,立法裁量を有する。国会はその立法裁量を行使して,二院制の意義を発揮できるように,衆議院とは異なる選挙制度参議院について設けることが可能である。その意味で国会に広範な裁量権があるという言い方ができるかもしれない。しかし,国会が有するこの立法裁量は,憲法の枠内で与えられているものであるから,1票の価値をできる限り等しくするようにするための最大限の努力を前提にした上での裁量であって,1票の価値の平等は,他の諸要素と総合考慮される際の一つの考慮要素にとどまるものではなく,最優先の考慮事項として立法裁量を制約するものと考えられる
「3 国会の説明責任 選挙権が国民主権の基礎になる極めて重要な権利であることに照らせば,国会は,1票の価値の較差がない状態をデフォルトとして制度設計しなければならず,技術的・時間的制約から,1票の価値に不均衡が生ずるやむを得ない事情があるのであれば,国会がそのことについて説明責任を負い,合理的な説明がされない場合には,違憲状態にあるといわざるを得ないと考える。それでは,本件選挙が平成30年改正法に基づいて行われたことに関し,1票の価値になおかなり大きな較差があることに係るやむを得ない事情の存在について,国会により説明責任が果たされているかであるが,実質的に1人が3票持つ場合が生ずる選挙権の価値の不平等を正当化する根拠を示し得ていないといわざるを得ないと思われる。合区が政治的に困難なことは理解できるが,政治的困難さがあるから,憲法の定める選挙権の平等が犠牲にされてよいことにはならないし,後述するように,合区以外の方法によって選挙権の平等に向けた改善を実現する方法も存在し,現行の選挙区を維持したまま,選挙権の平等に向けた改善を実現することすら可能であると考えられるからである。」
「4 参議院議員選挙制度における1票の価値の不均衡を衆議院議員選挙制度におけるそれより緩やかに認める根拠の不存在 確かに,憲法は,二院制の下で,一定の事項について衆議院の優越を認める反面,参議院議員については任期を衆議院議員よりも長くし,かつ,参議院については解散がないので,参議院においては,衆議院よりも安定的・長期的な基盤の下での審議が可能になっている。しかし,このことは,1票の価値の均衡の問題と直接に関わるものではない。実質的に考えても,いわゆる「ねじれ国会」となり,衆議院で可決された法律案を参議院が否決した場合,衆議院が出席議員の3分の2以上の多数で再び可決できなければ,法律案を成立させることは不可能になるから,参議院の権能は大きい。したがって,衆参両院の上記のような制度の相違が,参議院議員選挙における1票の価値の不均衡を衆議院議員選挙におけるそれよりも大きくすることの正当化根拠にはならないと思われる。また,参議院議員は3年ごとにその半数について選挙を行うことも憲法で定められているが,これも,選挙区を設けた場合,必ず各選挙区に偶数の議員定数を配分することを義務付けるものとはいえない。例えば,現在,全国単位で行われている比例代表選挙に参議院議員の総定数の半数,選挙区選挙に残りの半数をそれぞれ配分し,ある選挙の年には比例代表選挙のみを行い,その3年後には選挙区選挙のみを行うことにより,参議院議員の総定数の半数が3年ごとに改選されるようにすれば,憲法の要請を充たすと解されるので,選挙区の議員定数配分を必ず偶数にする必要はないと考えられる。そして,選挙区の議員定数を奇数にすることにより1人区を設け,1人区の選挙区選挙の機会を6年に1回とし,複数区では3年に1回,選挙区選挙を行うような制度設計をしたと仮定すると,1人区では選挙区選挙の機会が複数区のそれに比して少なくなるが,これは人口比例選挙の結果であり,憲法に反するものとはいえないであろう。上記のように,参議院についての半数改選制も,参議院議員選挙制度における1票の価値の不均衡を衆議院議員選挙制度におけるそれより緩やかに認める根拠にはならないと思われる。そして,上述の奇数選挙区の導入は,現行の選挙区割りの下でも可能である。以上述べてきたように,参議院議員選挙制度については,二院制の意義に照らし,衆議院と異なる選挙制度を構築する立法裁量を国会が有するとはいえ,参議院では衆議院よりも投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき憲法上の根拠は見いだし難いと思われる。」
「5 地域代表の必要性を理由とする投票価値の不均衡の正当化の困難性 現行の参議院の選挙区は,一部で合区が行われたとはいえ,基本的には,都道府県を単位とするものになっている。確かに,我が国において都道府県が歴史的に重要な地域であり,政治的・社会的に住民の帰属意識があることは疑いない。しかし,昭和22年に参議院都道府県を単位とする選挙区制度が導入されたのは,都道府県代表を選出する趣旨ではなく,当時,交通手段も情報通信手段も,今日と比較すれば格段に遅れていた状況の下で,地域の実情に精通した議員を確保する手段として,都道府県を単位とする選挙区が適切であると判断されたことによる。交通手段も情報通信手段も飛躍的に発展した今日においては,国会が地域の実情を調査することははるかに容易になっており,都道府県単位の選挙区を維持する必要性は,実際上も希薄になっているといえる。そして,憲法において,都道府県代表を重視する根拠を見いだすことは困難であると思われる。そもそも,憲法には,地方公共団体という文言は用いられているものの,都道府県や市町村という文言は用いられておらず,普通地方公共団体都道府県と市町村とするということは,地方自治法のレベルで定められているにすぎない。そうであるからこそ,今日では一般に,都道府県を廃止して道州制を導入することが現行憲法上も可能であると解され,内閣府の地方制度調査会においても道州制促進に向けた答申が行われたことがある。このように,参議院において都道府県代表を重視する根拠を憲法上見いだせないのみならず,より一般的に地域代表的性格を参議院に持たせるために1票の価値の不均衡を正当化することも,憲法上は困難ではないかと考える。すなわち,憲法43条1項は,「両議院は,全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」と定めており,衆議院議員のみならず参議院議員も,地域の代表ではなく全国民を代表するものでなければならない。この規定は,国会議員が,一たび選挙で選ばれた以上,地域の代表としてではなく全国民の代表として行動すべきであるとする行為規範を示すのみならず,最高裁平成22年(行ツ)第207号同23年3月23日大法廷判決・民集65巻2号755頁(以下「平成23年大法廷判決」という。)が判示するように,選挙制度の設計に当たっても,全部又は一部の議員に地域代表的性格を付与するために1票の価値の均衡を犠牲にすることを許容しないことをも意味していると考えられる。同判決は,衆議院の1人別枠方式に関するものであるが,「地域性に係る問題のために,殊更にある地域(都道府県)の選挙人と他の地域(都道府県)の選挙人との間に投票価値の不平等を生じさせるだけの合理性があるとはいい難い」という判示は,参議院の選挙区選挙にも妥当すると考えられる。都道府県を選挙区とすることにより,過疎地域の代表者の声を国政に届きやすくすべきであるという被告の主張については,確かに,過疎対策は国政の重要課題であり,人口が少ないからといって,過疎地域を軽視してよいわけではないという点では首肯できる。しかし,平成23年大法廷判決が「議員は,いずれの地域の選挙区から選出されたかを問わず,全国民を代表して国政に関与することが要請されるのであり,相対的に人口の少ない地域に対する配慮はそのような活動の中で全国的な視野から法律の制定等に当たって考慮されるべき事柄」であると判示しているように,過疎対策が重要であることは,過疎地域における投票価値を高める理由にはならないと思われる。また,世の中には様々なマイノリティが存在し,そのようなマイノリティの声を国政に届きやすくすることは重要であっても,そのためにそれらの者の1票の価値を高めることが認められない以上,過疎地域の声が国政に届きやすくすることは国政の重要課題であるとはいえ,そのために過疎地域の住民の1票の価値を上乗せすることの正当化は困難であると思われる。もっとも,平成29年大法廷判決が判示しているように,政治的に一つのまとまりを有する単位である都道府県の意義や実体等を一つの要素として考慮すること自体は,私も否定するものではない。しかし,それは飽くまで投票価値の平等の要請と両立可能であるという条件の下においてであって,投票価値の平等の要請を損なってまで都道府県代表の要請を重視することはできないと考える。」
「6 違憲状態にあること 以上の理由から,私は,本件定数配分規定については,なお看過し難い投票価値の不平等があり,かつ,それがやむを得ないものであることについての合理的な説明が国会によってなされていない以上,遺憾ながら違憲状態にあったといわざるを得ないと考える。なお,本件定数配分規定が違憲状態にあったと判断することは,国会の立法裁量を否定し,特定の選択肢の採用を国会に迫るものではないことを念のため付言しておきたい。選挙区選挙は憲法上の要請ではないので議員総定数全部を全国区の比例代表選挙により選出する制度とすることも可能であるし,選挙区選挙を維持する場合であっても,選挙区をブロック制にすること,合区を増加させること,選挙区選出議員総定数を増加させ1票の価値が小さい選挙区の議員定数を増加させること(参議院議員総定数を増加させる方法のほか,比例代表選出議員総定数を減少させ,その分を選挙区選出議員総定数に振り替える方法もある。),1人区を設けること等のほか,以上の方法を適宜組み合わせることも可能であり,憲法の要請する投票価値の平等の実現に向けて,国会が立法裁量を行使できる範囲は,決して狭くないと考える。」
「7 違憲状態を是正するための合理的期間を経過していること 私は,合理的期間の経過の有無は,国家賠償請求訴訟における過失の有無の判断においては問題にならざるを得ないが,選挙無効訴訟においては,違憲状態にあれば,合理的期間の経過の有無を問わず,違憲と判断してよいのではないかという疑問を抱いている。しかし,以下においては,この点をおき,当審の確立した判断枠組みである合理的期間論によっても,本件では違憲と考える理由を述べることとする。当審は,既に最高裁平成20年(行ツ)第209号同21年9月30日大法廷判決・民集63巻7号1520頁において,既存の選挙制度の仕組みを維持する限り,最大較差の大幅な縮小を図ることは困難であり,この仕組み自体の見直しが必要になることは否定できない旨を指摘して,国民の意思を適正に反映する選挙制度が民主政治の基盤であり,投票価値の平等が憲法上の要請であることに鑑みると,国会において,速やかに,投票価値の平等の重要性を十分に踏まえて,適切な検討が行われることが望まれると判示していた。また,当審は,平成24年大法廷判決において,投票価値の不均衡が違憲状態にあることを認め,かつ,都道府県を単位とする選挙制度自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ,できるだけ速やかに違憲の問題が生ずる不平等状態を解消する必要がある旨を判示していた。他方において,平成29年大法廷判決は,平成27年改正法に基づいて行われた平成28年選挙が依拠した定数配分規定について,違憲状態にないと判示した。これらの関係をどのように理解すべきかが問題になる。私は,平成29年大法廷判決の結論にかかわらず,平成27年改正により選挙区間の投票価値の最大較差が約3倍まで縮小したことのみをもって違憲状態が解消されたわけではないことを,国会は認識可能であったと考える。なぜならば,平成29年大法廷判決は,選挙区間の投票価値の最大較差が約3倍まで縮小したことのみならず,平成27年改正法附則が,次回の通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い必ず結論を得る旨を定めており,これによって,今後における投票価値の較差の更なる是正に向けての方向性と立法府の決意が示されたこと等をも指摘した上で,同附則の規定も総合考慮して,違憲状態にないと判示しているからである(なお,前記1ないし6からも明らかなとおり,私自身は,定数配分規定の合憲性を判断するに当たり,立法府の将来に向けた努力の決意を考慮要素とする立場にくみするものではない。)。この平成27年改正法附則は,当時,国会自身も,平成27年改正のみでは,憲法による投票価値の平等の要請に完全に応えるにはなお不十分であると認識していたことを示しており,最高裁としても同様に考えつつ,ただ,上記のような国会の決意表明を重要な考慮要素として勘案して,違憲状態にないと判示したものとみるべきであると思われる。それでは,実際に行われた平成30年改正はどうであったかというと,比例代表選出議員における特定枠制度の導入は,既存の合区を維持することへの不満に対応するという意味を持つものであり,1票の価値の不均衡の縮小を図るものではなく,投票価値の平等の実現に向けて国会が行ったのは,埼玉県選挙区の定数を2名増員することのみである。これによる不均衡の縮小はごく僅かにとどまる以上,平成30年改正によっては,平成27年改正法附則の「選挙制度の抜本的な見直し」が実現していないことは,国会も認識できたはずである。以上の事情によれば,国会は,遅くとも平成24年大法廷判決の時点から,参議院議員選挙における投票価値の最大較差を大幅に縮小しなければ違憲状態を解消できないことを認識できたはずであるし,上記のような事情に照らせば,平成29年大法廷判決も,その認識を改めることを正当化する理由にはならないと考える。参議院発足以来定着している選挙制度を抜本的に改正することが政治的に相当に困難なこと,国会も拱手傍観していたわけではなく,平成28年選挙後も,参議院改革協議会の下に選挙制度に関する専門委員会を設置して熱心に議論をしてきたことは認められるが,結局,平成27年改正法附則で国会が自らに対して課した次回の通常選挙に向けての選挙制度の抜本的な見直しが実現しなかったことにも鑑みると,既に合理的期間は経過しているというほかなく,本件定数配分規定は,遺憾ながら違憲であるといわざるを得ないと考える。」
「8 本件選挙の効力 本件定数配分規定を違憲と判断する以上,憲法98条1項に照らして,本件定数配分規定に基づいて行われた本件選挙を無効とするのが原則ということになる。しかし,私は,公職選挙法204条の規定に基づく1票の価値の不均衡訴訟は,本来,同条が予定した訴訟でないにもかかわらず,参政権という国民主権の基本を成す権利について司法救済の道がないことは不合理であることから,同条の規定を形式的に利用して,実質的には,判例法として特別の憲法訴訟を創出したものであると考えている。したがって,判決の在り方についても,一般の場合と異なり,司法府と立法府との役割分担を踏まえて,柔軟に判断することが例外的に許容されると考える。無効判決を出しても,国政の混乱が生じないような対応を可能とする解釈はあり得るし,既に当審の個別意見においても,幾つかの案が提示されている。もっとも,現時点では,どの範囲の議員がその地位を失うのか等について,様々な議論がされてはいるものの,この点について,なお学界においても,議論の蓄積が十分とは必ずしもいえない。このような中で,違憲宣言にとどめず無効であることまで判示して,後は国会での対応に委ねるという判決を行うことはなお時期尚早であり,現時点では違憲を宣言する判決にとどめて,国会の対応を期待し,もはやそのような判決では実効性がないことが明確になれば,無効判決への対応の仕方も示して無効判決を出すという過程を経ることが適切であると考える。」


■最三小決令和2年12月22日(平成30(し)332)*21
袴田事件の再審開始決定を取り消した原決定を、審理不尽の違法ありとして取消し、差し戻した多数意見に対し、「本件を東京高等裁判所に差し戻すのではなく,検察官の即時抗告を棄却して再審を開始すべきであると考える」として、林景一裁判官と連名で反対意見を述べた(以下、「結論」の部分のみ引用する)。
「多数意見は,B鑑定の信用性を認めなかった原決定の判断を是認しつつも,5点の衣類に付着した血痕の色合いについて,メイラード反応の影響等に関する審理が不十分であるとして原決定を取り消し,この点についての審理を尽くさせるため原裁判所に差し戻すこととした。多数意見は,原決定を取り消すという限りでは,私たちの考え方と方向性を同じくするところがある。しかしながら,私たちは,多数意見を一歩進めて,みそ漬け実験報告書は,確定判決の有罪認定に合理的な疑いを生じさせる新証拠であり,また,多数意見と異なり,B鑑定についても,再審を開始すべき合理的な疑いを生じさせる新証拠であると考える。そして,私たちは,確定審におけるその他の証拠をも総合して再審を開始するとした原々決定は,その根幹部分と結論において是認できると考える。このような理由から,単にメイラード反応の影響等について審理するためだけに原裁判所に差し戻して更に時間をかけることになる多数意見には反対せざるを得ないのである。」


■最大決令和3年6月23日(令2(ク)102)*22
夫婦同氏を定める戸籍法の規定に関し、宮崎裕子裁判官と連名で「多数意見と異なり,本件各規定は憲法24条に違反するものであるから,原決定を破棄し,抗告人らの婚姻の届出を受理するよう命ずるべきであると考える」として、実にPDF27頁にわたる反対意見を述べられた(以下、三浦守判事の「意見」とは結論を分けた、「婚姻届の受理」の当否について述べられた最後のくだりを引用する)。
⇒「氏名に関する人格的利益」について述べられた点については、最高裁大法廷決定の先にある未来。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~を参照のこと。
「本件は,本件処分を不服として本件婚姻届の受理を命ずる審判を求める申立てに対して原々審で却下審判がされ,原審で即時抗告棄却決定がされ,これに対し
て特別抗告がされた事案である。婚姻届不受理処分に対する不服申立てを認容する場合,裁判所は,不受理処分を取り消すという審判をするのではなく,「届出の日付で受理せよ」という審判をすることになる。上記1,2で述べたところにより,本件各規定のうち夫婦に同氏を強制し婚姻届に単一の氏の記載を義務付ける部分が違憲無効であるということになれば,本件処分は根拠規定を欠く違法な処分となり,婚姻の他の要件は満たされている以上,市町村長に本件処分をそのままにしておく裁量の余地はなく,本件婚姻届についても,婚姻届不受理処分が違法である場合の一般の審判と同様,届出の日付での受理を命ずる審判をすべきことになると考えられる。なお,戸籍法34条2項は,「市町村長は,特に重要であると認める事項を記載しない届書を受理することができない。」と定めているが,夫婦に同氏を強制し婚姻届に単一の氏の記載を義務付ける規定が違憲無効である以上,抗告人らが夫婦が称する単一の氏を定めて本件婚姻届に記載していないことが,同項による不受理事由となるものでもない。そして,婚姻届の受理による婚姻の成立とその後の戸籍の記載等の取扱いは,概念的に区別し得る。婚姻が成立すれば,夫婦としての同居・扶助義務や相続などの様々な法的効果が発生するし,別れる場合には離婚の手続をとる必要が生ずることになる。夫婦別氏とする婚姻届が受理されても,戸籍の編製及び記載をどうするのか(同一戸籍になるのか,その場合,戸籍の筆頭者は誰になるのかなど)は,法改正がなされるまではペンディングにならざるを得ないかもしれず,そのため,当事者が婚姻の事実を証明するために戸籍謄本の交付を請求することができないことが考えられるが,その場合には,戸籍法48条1項の規定により,婚姻届受理証明書を請求することができると考えられる。また,法改正がされそれが施行されるまでの間は,婚姻の際に別氏を称することとした夫婦の間に生まれた子の氏が法的には定まらないという問題が生ずるが,その問題については,子の出生を証明する必要がある場合には,戸籍法48条1項の規定により,出生届受理証明書を請求することができると考えられる。子が生まれた場合に,子の氏が法的には定まらないという問題があるからといって,そのことを理由として,その点を解決するような法改正を迅速に行うことをしないまま,婚姻届を受理しないことができるとはいえない。いうまでもなく,当審の違憲判断を受けて国会が本件各規定の法改正をすべき義務を負うこととなる場合には,夫婦が別氏を称する婚姻を認めるだけでなく,子の氏や戸籍の取扱いなどの関連事項の改正も含めて立法作業を速やかに行う必要があるが,既に述べたように,外国においては夫婦同氏を義務付ける制度を採用している国は見当たらないのであるから,夫婦同氏に加えて夫婦別氏も認める法制度は世界中に多数存在するはずであること,平成8年には法務省において必要な外国の制度調査を行い,法制審議会の検討も終えて,夫婦同氏制の改正の方向を示す法律案の要綱も答申されたことを勘案すると,国会が夫婦別氏を希望する者の婚姻を認める改正を行うに際して,子の氏の決定方法を含めて関連する事項の法改正を速やかに実施することが不可能であるとは考え難い。国会においては,全ての国民が婚姻をするについて自由かつ平等な意思決定をすることができるよう確保し,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した法律の規定とすべく,本件各規定を改正するとともに,別氏を希望する夫婦についても,子の利益を確保し,適切な公証機能を確保するために,関連規定の改正を速やかに行うことが求められよう。」


■最三小判令和3年7月6日(令和3(行ヒ)76)*23
辺野古移設に伴う公有水面埋立てに関し、沖縄県の法定受託義務の処理と国による是正指示の適法性が争われた事件において、「多数意見と異なり,本件で上告人が是正の指示の時点で,本件各申請に対して本件各許可処分をしなかったことが,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用として違法であるとはいえないと考える」として、以下のとおり反対意見を述べられた。
公有水面埋立法に基づく承認がなされた場合,その処分に無効の瑕疵がある場合を除き,事業者は,承認を受けた設計の概要に従って工事を行い当該埋立事業を完成させる法的地位を有する。しかし,海底等の情報が不確実な段階で審査がなされることも想定されるから,同法に基づく承認の要件は,承認の時点で確実に判断することが困難な内容を含むいわゆる将来予測型情勢判断とならざるを得ない。そのため,設計の概要の変更が制度上予定されている(同法13条ノ2,42条)。設計の概要に従った工事を行って当該埋立事業を完成させることが不可能なことが客観的に明白であるという特段の事情がある場合には,設計の概要の変更が必要になる。本件では,沖縄防衛局が実施設計のための海底地盤調査を行ったところ,設計の概要の前提とされた土質と異なり,設計の概要に従った工事を実施した場合,埋立ての安全性が認められないことが客観的に明らかになり,同局もこのことを認めている。本件では,是正の指示がなされた時点では,変更承認の申請はなされていなかった。変更が客観的に見ておよそ実現不可能な場合には,当該埋立ての目的は実現できないことになり,埋立工事の続行は許されるべきではなく,当初の承認は撤回されるべきであろう。本件の場合には,是正の指示の時点において,変更が客観的に見ておよそ実現不可能とまではいい切れず,本件地盤工事の対象区域外にある本件さんご類の移植のための特別採捕許可を申請することが,そもそも許されないとまではいえないように思われる。」
「しかしながら,以下の理由から,本件指示の時点において,上告人が,本件各許可処分をしなかったことに裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったとはいえないと考えられる。」
「公共事業を行うに当たり,複数の法令に基づく異なる許認可等を受ける必要があることは,きわめて一般的なことである。行政手続法11条2項,環境影響評価法
33条2項は,かかる場合があることを前提にした規定である。そして,それぞれの許認可等の許否を判断するに当たっては,それぞれの制度の目的を踏まえて,各
法令における許認可等の要件該当性を判断することになり,その結果,同一の公共事業について,ある法令に基づく許認可等は与えられても,他の法令に基づく許認可等は与えられないという結果になることも当然あり得ることになる。本件においても,公有水面埋立法に基づく承認がなされているとしても,特別採捕許可の申請の許否の判断においては,漁業法等その他漁業に関する法令とあいまって,沖縄県における水産資源の保護培養,漁業調整等を図ることという本件規則1条の目的を踏まえる必要がある。本件各申請に係るさんご類は,本件軟弱区域の範囲外に存在する。しかし,本件軟弱区域の箇所が大浦湾側の埋立事業全体のわずかな部分であり,その部分を除いて工事を完成させても埋立事業の目的の実現に支障がないというわけではない。本件では,大浦湾側の大半に軟弱地盤が存在している。したがって,本件変更申請が不承認になった場合,本件各申請に係るさんご類の生息箇所のみの工事は無意味になるといわざるを得ない。他方において,さんご類の移植は極めて困難で,移植を行っても大半のさんご類が死滅することに鑑みれば,さんご類の移植は,それ自体として見れば,さんご類に重大かつ不可逆的な被害を生じさせる蓋然性が高い行為といっても過言ではない。このことに鑑みると,本件各許可処分を行うべきといえるためには,本件さんご類の移植を基礎付ける大浦湾側の埋立事業が実施される相当程度の蓋然性があることが前提となると考えられる。本件変更申請が拒否されることになれば,本件さんご類の移植は無駄になるばかりか,移植されたさんご類の生残率は高くないこと等から,水産資源の保護培養という水産資源保護法の目的に反することになってしまうと考えられる。したがって,本件各申請を受けた上告人が,本件護岸工事という特定の工事のみに着目して本件各申請の是非を判断するとすれば,「木を見て森を見ず」の弊に陥り,特別採捕許可の制度が設けられた趣旨に反する結果を招かざるを得ないと思われる。すなわち,本件各申請に対する判断をするに当たり,本件変更申請が承認される蓋然性は,要考慮事項であり,その点を考慮することなく申請の許否を判断すれば,考慮すべき事項を考慮しなかった考慮不尽となり,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用となってしまうと考えられる。本件指示の時点においては,設計の概要の変更承認の申請はなされていなかった。しかも,原審の確定事実によれば,約66ヘクタールにわたる軟弱地盤の改良工事のためには,当初の設計の概要に比べて約6倍の量の砂を使用して,深度約70メートルまで杭を海底に打ち込まなければならない箇所が存在するなど,きわめて大規模な工事が必要になる。したがって,上告人が,本件指示の時点において,本件各申請を許可すべきか否か判断できないとしたことは,要考慮事項を考慮するための情報が十分に得られなかったからであり,そのことについて上告人の責に帰すべき事案であるとはいえない。したがって,本件指示の時点において,上告人が本件各許可処分をしなかったことが裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとまではいえないと考えられる。」
「このように述べることは,本件指示の時点においては,いまだ変更承認の申請すらなされていなかったので,要考慮事項を考慮できなかったという事情があり,したがって,上告人が本件各申請について,同時点までに許可をしなかったことに違法性がないというにとどまり,本件変更申請が承認された場合には,特段の事情がない限り,本件各許可処分がされるべきことになると考えられる。」

ここでも、「原審の判断をあえて破棄するには及ばない」というメトロコマース事件での表現や、一票の格差判決での「遺憾ながら」の表現等、慎重な人柄が滲み出ているのは間違いないのだが、一方で意見の中身に目を移せば、”理路整然”、しかも段落分けに的確な小見出しまで付けて読みやすくまとめられているから、読み手にはより説得力を持って迫ってくる。

その精緻な論旨から導かれる結論の当否に対しては、当然”好き嫌い”もあるだろう。ただ、個別意見の節々から感じられるのは、法学の世界に長く身を置かれてきた当代一流の研究者としての「知」と「理」へのこだわり、そして、「事件」に真摯に向き合われる誠実さ、であり、同じ法の世界に生きる者であれば、その方が導かれる結論がいかに自分の考えと異なっていようが、「×」を付けるような発想は決して出てこないだろう、と思うのである。



以上、今回の審査対象裁判官の「個別意見」の特集は、思いのほか長大なものとなってしまった。

様々な読者がいらっしゃることを考えると、もう少しコンパクトに要約して書け・・・といったようなご指摘も当然出てくるところだろうが、その点については、ひとえにそのような能力を持ち合わせていない筆者の非力さをお詫びするほかない。

そして、各裁判官の個性的な意見に触れながら、これが「×」ではなく、誰か一人に「○」を付ける投票だったとしたらまた違った趣きになるのだろうな、と夢想しつつ、来る10月31日、投票所に足を運ぶ多くの方々の選択を見届けたいと思っている*24

*1:これは審査を受けるタイミングの問題もあって、これまでなら”本領”を発揮する前(就任直後等)に審査のタイミングが回ってくる方が多かったところ、今回は選挙のブランクが空いたこともあって、脂の乗り切った(?)裁判官も対象になっている、というだけの話なのかもしれないが。

*2:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/873/089873_hanrei.pdf

*3:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/412/090412_hanrei.pdf

*4:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/768/089768_hanrei.pdf

*5:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/920/089920_hanrei.pdf

*6:もっとも袴田事件再審の特別抗告に関しては、自判しなかったことへの批判もあり、後述する宇賀裁判官のスタンスとはどうしても比較されてしまうところはあるのだろうが・・・。

*7:かなり昔のエントリーとなってしまったが、民事訴訟実務を知るための必読書 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~での紹介を参照されたい。

*8:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/412/090412_hanrei.pdf

*9:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/255/089255_hanrei.pdf

*10:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/339/089339_hanrei.pdf

*11:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/423/089423_hanrei.pdf

*12:「刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書」を文書提出義務の例外とした規定。

*13:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/456/089456_hanrei.pdf

*14:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/576/089576_hanrei.pdf

*15:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/851/089851_hanrei.pdf

*16:大法廷での判例変更、という事案だったが、個別意見を述べたのは宇賀裁判官が唯一であった。

*17:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/061/090061_hanrei.pdf

*18:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/390/090390_hanrei.pdf

*19:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/768/089768_hanrei.pdf

*20:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/841/089841_hanrei.pdf

*21:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/920/089920_hanrei.pdf

*22:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/412/090412_hanrei.pdf

*23:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/462/090462_hanrei.pdf

*24:もちろんこれは「自分ごと」でもある。

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