これが今の「答え」だった。

途中までは連日追いかける努力はしていたものの、年の瀬が迫るにつれ、とてもすべてはフォローしきれなくなってしまったのが、東証の市場選択手続きをめぐる各社の動向。

多くの会社にとって実質最終営業週となった20日からの1週間でも相当数のリリースが出ていたし、さらに週が変わって27日、28日に突入しても「上場維持基準の適合に向けた計画書」のアップは続いていた。

ちょうど同じタイミングで本年6月改訂のコーポレート・ガバナンスコードに対応したCG報告書を出さなければいけない会社も多かっただろうから、この手のガバナンス周りを全部まとめて扱っていた方々にとっては、何とも言えない年末になってしまったのではないかと推察するが、さすがに29日の夜まで来ると、30日の提出期限を前に、ほとんどの会社が「出し切った」ような雰囲気もあり、(届かないのはわかっていつつも)心の底から「お疲れさまでした」と声をかけたい気分になる。

どちらかといえば、”絞り込み”の理念を追求したがっている日経紙は、29日の朝刊の時点で、

「2022年4月に予定する東京証券取引所の市場再編で、最上位市場「プライム」の上場企業数が1800~1900社と東証1部市場(2185社)の9割程度になる見通しだ。基準を満たさないものの経過措置を使ってプライムに残る企業が約290社に上る。投資対象として魅力ある企業を選別して市場の価値を高めようとしていたが、企業の絞り込みは小幅にとどまる。」(日本経済新聞2021年12月29日付朝刊・第1面、強調筆者)

とあたかも今回の市場区分見直しが”空振り”に終わったかのような記事を飛ばしているのだが、前々からこのブログのエントリーでも書いてきた通り、各上場会社に「自主的に」移行市場を選択させる、という手法を取る限り、あえて自らグレードの低い市場に移行する会社が多数を占めることを期待するのは難しいし、これまでの市場運営者サイドが行っていた説明もそれを本気で期待していたとは思えないようなものが多かったような気がする。

そして、そういう状況であるにもかかわらず、東証1部からスタンダード市場を選択した会社が、プライム選択∔計画書勢とほぼ同数の290社程度にまで達した(29日夜時点)、ということには、心底驚かされたというのが正直なところだった(しかもプライムの基準に適合しながらスタンダード市場を選択する、と宣言した会社がこのうち10社程度も存在する)。

この点については、先の日経紙はもちろん、SNS上での評価等を見ても、「見栄を張らずにスタンダードを選んだのはエライ」という評価の方が優勢なようにも見える。

ただ、(これも以前書いたことの繰り返しではあるが)合理的な理由を説明した上でスタンダード市場を選択した会社はともかく、何ら実質的な理由も述べずに「スタンダード市場の基準には適合しているのでそちらに行きます。(計画書は出しません)」という対応をした会社についてまで、”身の丈で素晴らしい”などと言う評価を与えるのはちょっと違うだろう、と自分は思っている。

株式を市場に上場させている以上は、(計画書提出企業が揃って強調しているような)業績の向上・企業価値の向上を目指すのは株主に対する当然の責務だし、IRを適切に行う、ということについても同様、さらにガバナンス周りのあれこれにしても、(すぐにコンプライできるかどうかはともかく)目指さなければいけない方向性はプライムもスタンダードも変わらない*1

だから、それでもあえて「スタンダード」という選択をした会社の中には、メディアで喧伝された新市場の”イメージ”に翻弄されただけ、あるいは、現時点で将来の「成長ストーリー」や自社のガバナンスのあるべき姿を議論すること自体を回避したかっただけ、という会社も少なからず混じっているのではないか、そして、そういう会社は、スタンダード市場への移行が当座の会社へのダメージにはならなかったとしても、どこかで発想を切り替えない限り、今回下位市場で「計画書」を出さざるを得なくなった約250社と同じような境遇に陥ってしまうのではないか、ということを自分は懸念している。

もちろん、プライム市場への移行を選択した会社が出している「計画書」の中には、ちょっとストレッチが利きすぎてないか?と思うようなものも見受けられるし*2、中にはまだ姿を現していない「次期中期経営計画」を元に5年、10年先の「基準達成」を掲げているものさえあったりするから、そうまでしてしがみ付くのか・・・という批判はありえるだろう。

だが、曲がりなりにも「計画」を立てて基準達成の目標を掲げれば、それに向けた達成度合いの進捗も、最終的な結果との整合性も白日の下に晒されることになり、それに伴う経営責任も明確化されるわけだから、何もせずに去るよりは、株主に対しても、社員その他のステークホルダーに対しても、遥かに誠実な態度と言えるのではないかと自分は思っている*3

いずれにせよ、年明けには選択した市場が正式に公表され、あとは4月の市場再編を待つばかり。今年の夏から続いた「市場選択大騒動」もひと段落付くことになる*4


今回の教訓を生かすなら、流通時価総額や売買代金のように、上場している会社自身の努力だけではコントロールしきれないようなものを基準に市場を「選択」させるべきではない、ということになるだろうし、そもそも企業に特定の市場を「選択」させること自体もうやめた方がいいんじゃないか、という話が出てきても不思議ではない。

となれば、浮かび上がってくるのは、以下のようなアイデア

1)企業が選択できるのは「オープンな証券市場に株式を上場するかどうか」だけ。
2)その上で、取引所が会社のガバナンス体制や売上規模、流通株式比率を審査して「どこまでの市場に上場できるか」のライセンスを与え、あとは変動する時価総額の上場企業間での相対的な順位付けに応じて、毎年1回、上位市場から下位市場まで自動的に昇降格が決まる仕組みにする*5
3)そうすれば、最上位市場は常にピカピカの会社で構成されることになるから、運営側としては胸を張って投資マネーを呼び込むことができるし、企業の側も、業績が低迷して株価が下落すれば「降格」のリスクを負うものの、ガバナンス体制を維持し続けている限りは上位市場に移るための審査をいちいち受ける必要もないから、無理せず自然体でその時々の会社の状況に応じたポジションを確保することができる。

今提案したらあちこちから猛烈な反発が出て即座に却下されそうな代物ではあるが、今回「プライム」と「スタンダード」を「選択させた」結果どうなったか・・・ということが見えてきた頃にまた風が吹くようなこともあるような気はして、その辺はこの先の「経過措置」の適用期間の悲喜こもごもを眺めつつ、時が熟すのを暫し待とうか、と思っているところである。

*1:実際、現場で担当されている方からは、上場を廃止するならともかく、維持し続ける限りは、プライムでもスタンダードでも日常的なレベルでの担当者の負担がそう大きく変わるとは思えない、むしろ、将来スタンダードからプライムを目指そう、と考えた時に予想される審査対応コストの方がはるかに負担が大きいのではないか、という話を伺うことも多かった。

*2:今回提出された「計画書」の業績に関する目標を全ての会社が達成出来たとしたら、日本の経済成長率も飛躍的な伸びを見せることになるが、それは現実には多くの会社の「計画」が画餅に終わるリスクと表裏一体である、ということに他ならない。

*3:この点、何らかの形でかかわっていた会社が、(現時点での基準の適合・不適合にかかわらず)いずれも選択可能な市場のうち最上位の市場を選択する結果となり、個人的に安堵したところはある。

*4:既にパラパラと出てきているように、単独での上場維持が難しいと判断した会社が市場から退出する動きはまだしばらく続く可能性もあるが。

*5:いわゆる「Jリーグ方式」である。

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