ここで何かが変わった、のだろうか?~タコ滑り台知財高裁判決

昨年末に裁判所のウェブサイトにアップされた判決のうち、著作権関係ではいくつか興味深いものがあった。

特に「引用」が一つの争点となった2件*1は、素材としては非常に興味深いものなのだが、肝心の法的解釈に関しては特に真新しいものはない上に*2、事案としても軽々しく紹介するのは憚られるようなものだっただけにここでは触れず、その代わりに、同時期に公表された「タコの滑り台」事件の控訴審判決を取り上げておくことにする。

一審判決で著作物性が全否定されてしまったときは「えーーーー」と思ったところはあったし、判例研究会*3等でも、表現との分離が求められる機能の範囲をあまりに広くとりすぎているのでは?という批判は示されていたように思う。

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なので、昨年初めに出た「金魚電話ボックス」と同様に、高裁で逆転、というパターンもあるんじゃないか、と微かに期待する中で、昨年末に出されたのが知財高裁の判決である。

知財高判令和3年12月8日(令和3年(ネ)第10044号)*4

控訴人(一審原告):前田環境美術株式会社
被控訴人(一審被告):株式会社アンス

結論はあっさりと控訴棄却。当事者から新たな主張もそんなに出なかったためか、引用判決の形で書かれている判決なのだが、挙げられている高裁判決での変更点のうち、応用美術の著作物性にかかる判示は以下のようなものとなっている。

「前記ア認定のとおり,本件原告滑り台は,遊具としての実用に供されることを目的として製作されたことが認められる。ところで,著作権法2条1項1号は,「著作物」とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであつて,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」をいうと規定し,同法10条1項4号は,同法にいう著作物の例示として,「絵画,版画,彫刻その他の美術の著作物」を規定しているところ,同法2条1項1号の「美術」の「範囲に属するもの」とは,美的鑑賞の対象となり得るものをいうと解される。そして,実用に供されることを目的とした作品であって,専ら美的鑑賞を目的とする純粋美術とはいえないものであっても,美的鑑賞の対象となり得るものは,応用美術として,「美術」の「範囲に属するもの」と解される。」
「次に,応用美術には,一品製作の美術工芸品と量産される量産品が含まれるところ,著作権法は,同法にいう「美術の著作物」には,美術工芸品を含むものとする(同法2条2項)と定めているが,美術工芸品以外の応用美術については特段の規定は存在しない。上記同条1項1号の著作物の定義規定に鑑みれば,美的鑑賞の対象となり得るものであって,思想又は感情を創作的に表現したものであれば,美術の著作物に含まれると解するのが自然であるから,同条2項は,美術工芸品が美術の著作物として保護されることを例示した規定であると解される。他方で,応用美術のうち,美術工芸品以外の量産品について,美的鑑賞の対象となり得るというだけで一律に美術の著作物として保護されることになると,実用的な物品の機能を実現するために必要な形状等の構成についても著作権で保護されることになり,当該物品の形状等の利用を過度に制約し,将来の創作活動を阻害することになって,妥当でない。もっとも,このような物品の形状等であっても,視覚を通じて美感を起こさせるものについては,意匠として意匠法によって保護されることが否定されるものではない。」
「これらを踏まえると,応用美術のうち,美術工芸品以外のものであっても,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるものについては,当該部分を含む作品全体が美術の著作物として,保護され得ると解するのが相当である。」(7~8頁、強調筆者、以下同じ)

地裁判決が、応用美術の著作物性を論じるにあたって、単なる例示に過ぎないとされている「美術工芸品」の話を先に持ち出し、さらにゴナ書体の最高裁判決を引っ張り出してきたために、一読してすんなり読みづらい判旨になっていたことと比較すると、こちらの判旨は、言っていることは全く同じでも、最近の概説書に書かれているような解説そのもののような表現の明快な論旨になっている*5

興味深いのは、これに続けて具体的なあてはめに移る前提として、単に「美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものであるか否か」だけが問題となるような問題設定をした地裁*6とは異なり、高裁では、

「そこで,まず,本件原告滑り台において,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるかどうかを検討しその上で,全体として美術の著作物に該当するかどうかについて判断する。」(9頁)

と、二段構えで著作物性を判断する姿勢を見せたことである。

そしてこの周到なスタンスは、以下のあてはめの場面で最大の威力を発揮した。

「他方で,上記空洞のうち,スライダーが接続された開口部の上部に,これを覆うように配置された略半球状の天蓋部分については,利用者の落下を防止するなどの滑り台としての実用目的を達成するために必要な構成とまではいえない。そうすると,本件原告滑り台のタコの頭部を模した部分のうち,上記天蓋部分については,滑り台としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して把握できるものであるといえる。しかるところ,上記天蓋部分の形状は,別紙1のとおり,頭頂部から後部に向かってやや傾いた略半球状であり,タコの頭部をも連想させるものではあるが,その形状自体は単純なものであり,タコの頭部の形状としても,ありふれたものである。したがって,上記天蓋部分は,美的特性である創作的表現を備えているものとは認められない。」(10頁)

機能に係る構成とは分離できる・・・が、ありふれているので創作的表現とはいえない、よって著作物性を備えているとはいえない、というのがここでの結論。

これ以外の箇所については、原審の判決をほぼ踏襲する、というのが知財高裁の判断のようだから*7、これが唯一の「分離して把握できる」箇所、ということになったわけだが、そこだけ切り取ったところで所詮は「ありふれたタコ」に過ぎない。ゆえに保護に値しない、というのが、知財高裁判決のざっくりとしたまとめになるだろうか。

かくして再び「タコ芸術」への思いを熱く語ったであろう控訴人側の思いもむなしく、著作権侵害の成立が認められることはなかったのである。


結論は同じでも、最初の規範部分の書き方がすっきりしたことで、この高裁判決の方が多少は受け入れやすくなったところはあるのかもしれない。

ただ、いかに全体が滑り台としての役割を果たしているからといって、「天蓋部分」を除く外観のほとんどを「機能に係る構成とは分離できない」ものとして判断を下した裁判所の考え方は、舞台が地裁から高裁に移っても何ら変わらなかったし、それゆえ、判旨には依然として疑問の余地が残る。

そして、「ありふれた表現」という創作性判断にあたっての裁判所の「切り札」を最後の最後で使うのであれば、「応用美術の著作物性」という論点に固執せず、最初から「ありふれた表現」一本で著作物性を否定する*8こともできたのではないか? あるいは著作物性に関する判断を保留した上で、原告・被告両作品を比較した上で、共通する部分に創作性は認められない、とした方が、余計な議論を巻き起こさなくてすんだのではないか、という気すらしている。

裁判所としては、あくまで当事者が設定した議論の土俵に乗って判決を書いただけ、ということなのかもしれないが、そうでなくても長年すっきりとした解が見いだせず、多くの人々をもやもやさせているのが「応用美術」という厄介な代物だけに、それを論じる絶対的な必要性が存在しないなら、そこにはあえて踏み込まない、という選択肢もありうるのではないかな、というのが、高裁判決を読み終わった後のちょっとした感想である。

*1:発信者開示請求事件と、懲戒請求書の写しをブログにアップしたことに関する差止請求事件

*2:後者については引用の成立を否定する代わりに真正面から権利濫用の法理を認めた、という点では斬新な解釈と言えるのかもしれないが、事案の特殊性に起因する判断であることは明らかなので一般化することは難しいだろう。

*3:自分が接したのは、著作権法学会第165回著作権判例研究会(2021年12月15日)、関真也弁護士のご発表だった。

*4:第1部・大鷹一郎裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/798/090798_hanrei.pdf

*5:著作物の定義規定に忠実に「美的特性」に「である創作的表現」というフレーズをくっつけているところや、「創作的表現を備えていれば作品全体が保護されうる」ということをきちんと書いている点も丁寧だと思う。

*6:その結果、「あのタコのどこにも美的特性がない、とするのはおかしいんじゃないか?」という批判も受けることになった。

*7:少なくとも前記「引用判決」の体裁を見る限り、他に判旨が大きく書き換えられた箇所はない。

*8:だって、いかに作り手の思いが込められていたとしても、できあがったものが「タコ」を模したものであることに変わりはないわけで、先行する様々な類似遊具と比較すれば、当然似たものになってくる。その意味で表現の選択の幅は間違いなく狭いものとなるだろう、と思うのである。

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