それでも残り続ける記憶。

北京冬季五輪の閉幕から約2週間。本来なら微かな余韻に浸りつつ、再び幕を開けるパラリンピックに思いを寄せ・・・という時期のはずなのだが、閉幕後に急変した国際情勢の暗闇がそんなムードを一気に吹き飛ばしてしまった。

それだけが理由ではないが、それも一つの理由、ということで、閉幕した週には届いていたNumberの冬季五輪総括号も長らく寝かせっぱなしだった。

ページを開けば、そりゃぁ当然、中身は良いに決まっている

今年に入ってからもう3度目、という羽生結弦選手の表紙。しかも、それに続けて、同じ競技のメダリスト2人を差し置いて松原孝臣氏が彼を素材にしたトップ記事まで書いている、となれば、いかに商業雑誌だからといっても、競技日程と入稿日の関係で用意した特集の構成を大きく変えられなかったのだろう、ということが推察できると言っても、辟易した購読者はそれなりにいることだろう*1

ただ、大会中のエントリーにも書いた通り、自分は、メダルの有無にかかわらず、今大会も男子フィギュアスケートで主役を演じたのは紛れもなく羽生結弦選手だったと思っているし、他の2選手のメダルも羽生選手の存在あってこそ・・・というところはあるから、この取り上げ方に異存はない。

そして、続く記事に登場してくる選手たちに関しては、なおのこと異論なし。

坂本花織選手、フィギュアスケート団体チーム、高木美帆選手、小平奈緒選手、女子団体パシュートチーム、森重航選手、渡部暁斗選手、ノルディック複合団体チーム、平野歩夢選手、小林陵侑選手、カーリング女子チーム、高梨沙羅選手、冨田せな選手、村瀬心椛選手、岩渕麗楽選手、堀島行真選手。

頂点を極めた選手もいれば、悔しい銀、銅に泣いた選手もいる。中にはアクシデントでメダルに手が届かなかった選手たちも混じっている。

だが、彼、彼女たちは、夏の競技の選手たちと比べても遜色ない、というか、むしろ常人には到底及ばないような超絶技巧、超絶修練の世界で競技生活を送っていながら、決して恵まれているわけではない競技環境下で、己を磨き続け道を切り拓いてきた”精鋭”である。

大会直後の特集、ということもあって、どの記事も選手たちに捧げる言葉は非常に優しく、温かいものになっているが、こういう時に選手たちをフォーカスして称えなければいつ称えるのか・・・という状況が分かるからこそ、自分もいつになく優しい気持ちでそれぞれの記事を読むことができた。

冬季競技のシーズンはまだ続いているが、残念なことにこの先しばらくは、競技の中身よりも「ロシア勢が参加するかどうか」の方に話題が集中する不幸な日々が続くことだろう。

さらに戦争が終わろうが終わるまいが、「ポスト2020-2022」の選手たちの競技環境はより切実さを増していて、既に名門(旧)三協精機のスケート部廃部というショッキングなニュースも飛び込んできている。

「2030年札幌招致」という話題も浮かんでは来ているが、まだ終わらない感染症禍と混沌とした世界情勢を考慮すれば、4年後ですら”平和の祭典”にどれだけの国が大手を振って参加できるのか疑わしいところもあるわけで、それでもなお「先」を見据えてリスタートを切った選手たちには敬服するしかないのだけれど、再び五輪の舞台で彼、彼女たちの姿を見ることができてもできなくても、2022年の北京大会、もしかしたら世界の大国が揃って参加することができた最後の大会、になるかもしれないこの五輪で、我々が目撃することができた歓喜の記憶、美しい記憶は永遠に残るのだ、ということは、今ここでしっかりと書き残しておくことにしたい。

*1:自分も表紙に関しては、ちょっとどうかなぁ・・・と思った。カーリングの競技日程が大会の前半に来ていたら、もしかしたら差し替わったかもしれないが・・・。

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