「AI契約書審査サービス」と弁護士法72条の関係をめぐる法務省の回答が、ハチの巣を突いたような大騒動をもたらしたのは今月の初めのことだった。
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その後、「弁護士法72条と抵触しない形でのAIを利用した契約業務支援サービス構築が可能であること」を強調した松尾剛行弁護士の論稿*1が公表されたことなどもあって事態は沈静化しつつあるが、法務界隈では古くて新しい”脅威”である弁護士法72条本文のインパクトを改めて思い知らさせる事象だったことは間違いない。
そして、あの回答が掲載された法務省の「弁護士法(その他)」のページに再び「産業競争力強化法第7条2項の規定に基づく回答について」として、令和4年6月24日付の、新しい2件の回答が掲載されたのだが、そのうちの1件*2ときたら・・・。
3.新事業活動に係る事業の概要
⑴ 新事業活動等を行う主体は、親会社の知的財産部門が分社化したことにより設立された子会社(以下「本件子会社」という。)である。本件子会社は、同親会社から本件子会社と同様に特定の事業分野ごとに分社化された子会社(以下「兄弟会社」という。)に対して、兄弟会社において製造販売する製品について、第三者から知的財産権が侵害されているとの警告書が兄弟会社に届いた場合、当該警告書に関して評価を行うなどの業務を行い、その業務に対して業務委託料を得る。
⑵ 例えば、兄弟会社に対して、特許権について警告書が届いた場合、本件子会社は、①当該兄弟会社の製造販売する製品と当該第三者が保有する特許権の権利の範囲を比較し、同製品に当該第三者が保有する特許権が実施されているか否かの評価、②当該第三者が保有する特許権に特許法第123条第1項の特許無効理由が存在し、特許無効審判により無効とされるか否かの評価、③当該第三者が保有する特許権のライセンス価値等の評価を行った上、その結果を当該兄弟会社に連絡する。 この連絡を受けた当該兄弟会社において、当該第三者が保有する特許権のライセンスは不要と判断した場合、本件子会社は、④当該第三者に対し、当該兄弟会社が製造販売する製品に当該第三者が保有する特許権が実施されていない又は特許無効理由が存在する等を記載した返信を発送する。一方で、当該兄弟会社において、当該第三者が保有する特許権のライセンスが必要と判断した場合、本件子会社は、⑤当該第三者に対して、当該兄弟会社において、ライセンス契約について交渉を行うことを希望する旨の連絡をした上、⑥当該第三者との間で、当該兄弟会社の製造販売する製品と当該第三者が保有する特許権の権利の範囲を比較し、同製品に当該第三者が保有する特許権が実施されているか否か、当該第三者が保有する特許権に特許法第123条第1項の特許無効理由が存在し、特許無効審判により無効とされるか否か、当該第三者が保有する特許権のライセンス価値の評価等に関する議論を行う。そして、当該第三者からライセンス条件に関する提案がなされた段階で、本件子会社は、⑦当該兄弟会社に当該提案内容を連絡し、当該兄弟会社において、ライセンス契約を締結することを希望するのであれば、その条件について交渉を行い、当該兄弟会社と当該第三者との間でライセンス契約を締結することになった場合には、⑧当該ライセンス契約の契約書案について、法的問題点を調査検討し、契約条項の一般的な解釈等、一般的な法的意見を述べることも行う。 (強調筆者、以下同じ)
4.確認の求めの内容
本件新事業活動等が、弁護士法第72条本文の適用を受けないものであること。
5.確認の求めに対する回答の内容
⑴ 弁護士法第72条本文は、「弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。」と規定している。 本件では、本件子会社の3⑵①から⑧の行為が、同条本文に規定する「その他一般の法律事件」に関して、「鑑定(略)その他の法律事務を取り扱」うことに当たるかが問題となる。
⑵ 本件子会社の3⑵①から⑧の行為は、兄弟会社が第三者から知的財産権を侵害しているとの警告書を受け取ったことを前提としており、通常、当該警告書を受け取ることとなった経緯やその背景事情、当該警告書を発出した第三者と当該兄弟会社の関係、警告書において侵害されているとされている知的財産権の内容等の個別の具体的事情に鑑み、正に「その他一般の法律事件」に関するものと評価され得る場合があると考えられる。 次に、本件子会社の3⑵①から③の行為は、本件子会社において、当該兄弟会社に対し、警告書において問題とされている個別具体的な知的財産権事案について、法的見解を述べるものであるから、正に「鑑定」に当たると評価され得ると言える。 次に、本件子会社の3⑵⑧の行為は、本件子会社において、当該兄弟会社に対し、今後締結することも想定される個別のライセンス契約に係る契約書案について法的見解を述べるものであるから、正に「鑑定」に当たると評価され得ると言える。 なお、本件子会社の本件新事業活動等の相手方(兄弟会社)は、いずれも本件子会社の親会社の100パーセント子会社であり、完全子会社であるとされているところ、ある特定の完全親会社の元にある完全子会社同士は法人格が別である以上、本件子会社の3⑵①から⑧の兄弟会社に対する各行為は、「他人の」法律事件に関するものに当たると評価され得ると考えられる。
⑶ 以上によれば、本件子会社の提供する本件新事業活動等は、その他の行為について弁護士法第72条の適用の検討をするまでもなく、同条本文に違反すると評価される可能性があると考えられる。
あまりの驚きで、思わず主要な部分をすべて引用してしまった。
「グレーゾーン解消制度」とはよく言ったもので、全部真っ黒に塗りつぶしてしまえばグレーの部分などなくなる。だがそれにしてもどうなんだこれは、と。
3(2)で列挙されている①~⑧の行為が弁護士法72条本文に規定されている「鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務」に当たることに疑いの余地はないだろう、と思う*3。
だが、同じ企業集団内で明確に受委託関係が完結している話であるにもかかわらず、わざわざ「他人の法律事件」と解釈して弁護士法72条違反の可能性を示唆したこの見解は、果たして弁護士法72条の保護法益をどのようなものと考え、何を守ろうとしたのだろうか?
これまたそんなに評判の良いペーパーではないが、ウェブサイトの同じページに掲載されている「親子会社間の法律事務の取扱いと弁護士法第72条」*4には、
「業務の適正が監督官庁による有効な監督規制を受けること等を通じて確保されている完全親会社が,その完全親会社及び完全子会社から成る企業集団の業務における法的リスクの適正な管理を担っている場合において,その管理に必要な範囲で,当該完全親会社及び完全子会社の通常の業務に伴う契約や同業務に伴い生じた権利義務について,一般的な法的意見にとどまらない法的助言をし,他の法令に従いその法律事務を処理すること」
と、やや抑制的な書きぶりながらも、完全親子会社からなる企業集団内の法的リスク管理、という観点から、親会社による子会社の法律事務の処理を肯定している。それが兄弟会社になった途端、「他人」とは・・・。
今回この照会がどのような意図で行われたのか、自分には知る由もない*5。
もしかしたら、これまでにも話題になったいくつかの事例と同じように、本件も知財子会社活用の新しいスキームを考える上での限界点を探るために、あえて(事業活動の内容、という点に関しては)”ギリギリ”ではなく”ど真ん中”のボールを投げ込んだのかもしれないし、その結果得られた「兄弟はNG」回答を元に知財子会社の資本関係を再編成する、という手を打つことまで考えているのであれば、それはそれでこの制度を賢く使っている、と言えるのかもしれない*6。
ただ、複数の事業部門を一つの会社の中に抱えるか、それとも分社化して切り出すかは、組織管理上の単なる技巧的選択に過ぎず、内部統制の見地からも法人格の相違など大きな意味を持たなくなってきている今の時代において、今回のような回答が的を射たものと言えるのか、ということはしっかり議論されてしかるべきだろうし、多くの企業にとっては、6月6日付の法務省の回答よりも、今回のこの回答の方が数段インパクトが大きくセンセーショナルなものになり得る、ということは、改めて強調しておきたいと思っている*7。
*1:https://www.shojihomu-portal.jp/article?articleId=18408999
*2:https://www.moj.go.jp/content/001375772.pdf
*3:おそらく照会者もこの部分での線引きを求める意図はなく、明らかにこれらの法律事務に該当する例をあえて列挙したものと思われる。
*4:https://www.moj.go.jp/content/001185737.pdf
*5:最初この回答を見た時、そういえば最近、有力な知財子会社を持つ大手メーカーが持株会社化して事業部門が分社化したな・・・ということなどを想起したりもしたのだが、それとこれとが何か関係のある話なのかどうかも分からない。
*6:その種の使い方を見かけるたびに、頭の中で、♪~ 自分の限界がどこまでかを知るために この制度生きてる訳じゃない~ とマイラバの名曲の節で流れるのはわが世代ならでは、か。
*7:なお、同日付で出されたもう一件の照会(https://www.moj.go.jp/content/001375768.pdf)は、「知的財産権の売買契約やライセンス契約を希望する者を対象とするインターネットサイトの設置・運営」に関してで、そこに契約書のひな型をアップロードして提供することの是非も含めて照会されているのだが、こちらの方は比較的「シロ」の方向の見解が示されている。