「回答」の読み方

今週の半ばくらいから、突如として盛り上がりを見せた「AI契約審査サービスは違法」騒動。

いわゆる「グレーゾーン解消制度」での法務省の回答(https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/shinjigyo-kaitakuseidosuishin/press/220606_yoshiki.pdf)を契機として出てきた話だったのだが、元々この種の話は、抽象的に照会をしたところで意味のある回答を得られることは稀だから*1、中身をちゃんと読む前から、まぁそんなもんじゃないの?と、さほど気にも留めてはいなかった。

が・・・、一部の人々がSNS等で騒いだこともあってか、10日になって、メディアまでこのニュースを取り上げ始める。

口火を切ったのが、日経電子版の↓の記事。
www.nikkei.com

そして、DIAMOND SIGNALの↓の記事も続く。
signal.diamond.jp

「揺れる法曹界とか「デジタル技術で法務をサポートする「リーガルテック」の成長の足かせになる恐れもある。」(以上、前記日経電子版記事より)などと書かれてしまうと、さも大ごとかのように思えてしまうし、実際、それを目にしてざわついた方も多いのかもしれないが・・・。


今回公表された法務省の回答内容をよく読めば、「弁護士法第72条本文に違反すると評価される可能性がある」という結論の前提となっている「本件サービス」の内容が、今、現実に提供されているサービスとの比較でかなりのフィクションに満ちたものであることは明らかだろう。

法務省は、

「本件サービスにおいて、前記①ないし⑤の各事項についての表示をするに当たっては、審査対象となる契約書に含まれる条項の具体的な文言からどのような法律効果が発生するかを判定することが大前提となっており 」(強調筆者)

という前提を踏まえて、「これは正に法律上の専門的知識に基づいて法律的見解を述べるものに当たり得る。よって、本件サービスは弁護士法第72条本文に規定する「鑑定」に当たると評価され得るといえる。」という結論を導いているのだが、「当事者間で紛争が生じた場合に契約書の文言がどのような「法律効果」を発揮するか」を判定できるようなAIは今この世の中には存在しないし、今の技術開発の方向性をいくら突き詰めたところで、そのような「判定」ができるAIが生まれる可能性は限りなく低い。

同じ契約書の文言でも、当事者間の力関係、取引の経緯・性質・進行度合い、さらには当事者を取り巻く世の中の情勢等、解釈が行われる時点の背景事情によって、生じる「法的効果」は大きく変わってくる。さらに、その判断を裁判所が行う場合には、個々の裁判官の考え方という変数も、生じる効果に更なる影響を与えることになる。

だから、仮に教科書に書かれているような知識や過去の紛争での解釈パターン等をすべてAIに学習させたところで、「法律効果の判定」の域にまで達することはできないし、加えて、今、あたかも「法的観点から有利であるか不利であるか」を判断しているかのように見えるシステムも、実際にはパターン化されたひな形やチェックリストとの比較をしているに過ぎない、という現実があること(要は、まだかなり手前のところで止まっている、ということ)は、トライアルでも何でも、実際に巷のサービスに触れたことのある方なら容易に知り得ることであるはずで、ちょうどタイミングよく発せられた松尾弁護士の以下のツイートでのコメントなどは、実に正鵠を射たものであるように思われる。

一見すると、法務省の「回答」を詳細に分析しているように見える前掲の日経電子版の記事が、なぜこの点だけをスルーしたのかは自分の知るところではないが、この分野に限らず、全体的にやや先走った感のある同紙の「AI」への”誇大評価”が、今回の回答の最大のキモの部分に目を瞑る結果を招いたのだとしたら、かけるべき言葉は、もう少し冷静に現実を見ましょう・・・ということになるのかもしれない。

DIAMOND SIGNALの記事の中でGVA TECHの代表取締役が語っておられるように、既存の「AI契約書審査」サービスの実質は、

「弊社サービスのGVA assistは当初の設計段階からこのような評価の可能性があることを考慮しており、そもそも本回答が示すようなAIが契約書につき法的観点からの有利・不利を指摘したり法的観点からのリスク評価を指摘するものではありません。GVA assistはAI技術を用いてデータベース内の特定の契約書雛型との比較を行い、自然言語としての類似性の観点から『両契約書や条文間の差異や過不足を参照させる』ものです」(強調筆者)

というものに尽きているはずだし、これだけでも「担当者の形式チェックの労力を大幅に削減する」という点において、実務上の意義は極めて大きいものである*2

それゆえ、メディアがいかに煽ろうと今展開されているリーガルテックサービスに影響が出るとは考えにくいし、多くの会社が現状のリソースの中で行っている開発の方向性に影響を与えることもなかろう、と思うのだが、もし影響があるとすれば、少し背伸びをして自社プロダクトの機能や将来像を喧伝していた会社がプロモーションの方向性の修正を迫られることくらいだろうか。だがそれも、エスカレートして景表法違反等で処分されるような事態になることとの比較では、むしろこの時点で軌道修正できることはラッキーだったのではなかろうか。

最後に、ここ数年の「AI」をめぐる(時に誇張された)報道を眺めつつ自分が考えていたことは、今回の話にもズバリ当てはまるなぁと思うので、それを書き残して本エントリーを締めることとしたい。

「今のAIの技術それ自体は知的活動を行う人間にとっての脅威とはなりえない。ただ、AIが提供するアウトプットを過大に評価する無知な人間が、一定の脅威と暫しの混乱をもたらすことへの覚悟は、ある程度必要になるのかもしれない。」

筆者自身、踊らされることのないように、自戒も込めて。

*1:ゆえに、個別事案ごとの官庁への事前照会とは別枠で設けられているこの「グレーゾーン解消制度」なる仕組みについても、全く意味がないとまでは言わないものの、そこまで過大な期待を寄せるべきものではない、と自分は思っている。

*2:ついでに言えば、「自然言語としての比較に基づく差異や過不足の参照」の機能自体、まだまだ完成の域には達しておらず、開発による更なる伸びしろが期待されるところでもある。

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