江戸の仇もカリフォルニアの仇も討たせてくれなかった大阪地裁。

昨年、知財高裁の判決を最高裁が大胆にひっくり返して話題になったのが「ポリイミドフィルム製品製造機械装置」をめぐる損害賠償債務不存在確認等請求事件だった。

当時の衝撃は以下のエントリーに記したとおり。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

もっとも、最高裁が否定したのは特許権者(株式会社カネカ)と販売先の間の確認請求だけで、この事件の一審原告・ライセンシー(株式会社ヒラノテクシード)の一審被告・特許権者(株式会社カネカ)に対する確認請求は、知財高裁の差し戻し判決により、今でも東京地裁に係属しているはずである。

そんな中、同じ三当事者が構図を変えて争っていた事件の判決が、今度は「大阪」で出されている。

大阪地判令和3年1月21日(平成30年(ワ)第5041号)*1

原告:ピーアイ アドバンスト マテリアルズ カンパニー リミテッド
被告:株式会社カネカ
補助参加人:株式会社ヒラノテクシード

本件の原告は、昨年、別件訴訟に補助参加人として関与していた「販売先」で、同じ被告を相手に原告と補助参加人が入れ替わる構図。さらに、事件名は「損害賠償等請求事件」だが、請求の趣旨に最初に出てくるのは、

1 原告が別紙1(機械装置目録)記載の機械装置を使用して別紙2(製品目録)記載のポリイミドフィルムを製造及び販売したことに関し,被告が,原告に対し,別紙3(特許権目録)記載の各特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権をいずれも有しないことを確認する。(1頁、強調筆者、以下同じ。)

で、要は当事者を変えた債務不存在確認訴訟再び・・・という事件である。

提訴されたのが平成30年だから、確認請求をすべて却下した別件訴訟(東京地裁)の第一審を受け、当事者を変えて「大阪」でわざわざ起こしたのか・・・?などといろいろ想像してしまうのだが、元々原告・被告間が紛争状態にあるわけではなかった別件訴訟とは異なり、今回は、米国で原告・被告として争った当事者間での債務不存在確認請求、ということで、まさに「アメリカの仇を大阪で討つ」と言わんばかりの訴訟だった。

別件訴訟のエントリーでも触れた*2が、本件訴訟の被告が原告らを訴えた米国訴訟は、以下のような経緯を辿った末に、原告側の勝利で確定している。

2010年7月26日 米国テキサス州東部地区連邦地方裁判所に訴訟提起
 → その後,カリフォルニア州中部地区連邦地方裁判所に移送。
2015年11月19日 陪審評決
2017年5月24日 カリフォルニア州中部地区連邦地方裁判所が、本件各製品につき本件米国特許権の侵害を認めると共に,本件原告等に対し,本件被告に対する逸失利益592万0389.50米ドルの支払いを命じる判決
2017年12月13日 控訴提起
2019年3月15日 米国連邦巡回控訴裁判所が連邦地裁判決を支持する判決
2019年6月18日 再審理申立てが退けられる。
 → 米国判決確定

したがって、本件被告にしてみれば、今回の確認請求のうち米国特許に係る部分は、「既に終わった話」の蒸し返しでしかなく、よって、

「日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し,又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる「特別の事情」(民訴法3条の9)があると認められるから,却下されるべきである。」(8頁)

というのが本件被告側の主張。

一方、本件原告は、別件米国訴訟の存在を理由に日本の裁判所の管轄権が否定されるべきではない、日本の裁判所で審理することが必要かつ適切である、本件訴えが別件米国訴訟の重複・蒸し返しに当たらない、別件米国判決は日本において承認されない、といった理由を挙げて、「特別の事情」は存在しない、と主張する。

本件原告側のもう一つの請求、 被告による別件米国訴訟の提起及び追行につき,原告の被告に対する不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求に関しても準拠法が主要な争点の一つとなっているから、これはもう知財事件というよりは、完全に国際私法プロパーの領域の事件の様相を呈している。

そんな状況で、大阪地裁知財部は米国特許に係る債務不存在確認請求に関して、以下のような判断を下した。

被告の主たる事務所は日本国内にあることから,本件各請求に係る訴えのいずれについても,日本の裁判所が管轄権を有する(民訴法3条の2第3項)。」
「もっとも,その場合でも,事案の性質,応訴による被告の負担の程度,証拠の所在地その他の事情を考慮して,日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し,又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるときは,裁判所は,その訴えの全部又は一部を却下することができる(同法3条の9)。そこで,本件各請求に係る訴えにおいて,それぞれ,上記「特別の事情」があると認められるかについて,以下検討する。」(24頁)

「請求1-1は,別件米国訴訟と同一の訴訟物に関するものである。また,本件において,本件各装置が本件米国特許に係る発明の実施品であること,本件各装置が参加人から SKC 等に販売されたこと及び原告が本件各装置を使用して本件各製品を製造したことについては,当事者間に争いはない。本件での主要な争点は,本件許諾契約により参加人が許諾された本件実施権の範囲,すなわち,参加人の販売先に関する制限の存否といった本件許諾契約の解釈である。他方,別件米国訴訟においても,その経過(前記イ(イ))から,消尽及び黙示のライセンスの抗弁は主要な争点として位置付けられ,本件許諾契約の解釈につき,日本法の専門家の各意見書及び関係者の供述書並びにそれを踏まえた主張の提出,陪審公判での証人尋問といった形で,原告等と被告とが主張立証を重ね,陪審及び加州裁判所の判断の対象となっている。その意味で,本件と別件米国訴訟とは,争点を共通にするものといえる。しかも,別件米国訴訟の提起は平成22年7月であり,本件の訴え提起までの約8年間,こうした主張立証が行われ,その結果として,別件評決及び加州裁判所の別件米国判決に至ったものである。なお,この間,原告が日本において請求1-1に係る訴えのような訴訟を提起することを妨げる具体的事情があったことはうかがわれない。」
「これらの事情を総合的に考慮すると,別件米国訴訟につき加州裁判所の別件米国判決がされるまでは,原告は,日本において請求1-1に係る訴えのような訴訟を提起する考えはなく,別件米国判決を受けたことを契機に,その結論を覆すべく請求1-1に係る訴えを提起したものと理解される(別件米国判決の基礎となった証拠方法の重大な瑕疵等を度々指摘する原告の主張からも,原告のこのような意図がうかがわれる。)。他方,請求1-1に係る本件の訴えに応訴すべきものとした場合,被告は,時期を異にして別件米国訴訟と共通する主張立証活動を重ねて強いられることとなるのみならず,別件米国判決の結論を本件において覆そうとする以上,原告は別件米国訴訟では行わなかった主張立証を追加的に行う蓋然性が高いと見られるところ,これに対する対応を強いられることで,被告にとっては,更なる応訴の負担を新たに生じる蓋然性も高いといえる。そうすると,本件許諾契約はいずれも日本法人である被告と参加人との間で締結されたものであり,関連する証拠も,多くは日本語で作成されていること又は日本語を解する者である蓋然性が高く,その所在も多くは日本国内にあると見られることを考慮しても,請求1-1に係る訴えについては,日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害する特別の事情(民訴法3条の9)があると認められる。」(31~32頁)

本件原告が、(日本で反訴しようと思えばできたにもかかわらず)敗色濃厚になるまでは、対応を海の向こうで起こされた訴訟一本に絞っていたことは否定しようがない事実で、「外資」(韓国)系企業である本件原告にとっては米国も日本も「外国」であることに変わりがないことを考えると、8年かけた末の米国の負けを「取り返す」ために、日本がライセンス契約地であることを奇貨として紛争を蒸し返した、という見方も十分あり得るところだとは思う。

ただ、仮にこの当事者が日本企業だったとしても、米国で訴訟を起こされ、その対応に追われている中、日本で訴訟を「打ち返す」には相応の気力と経営体力がいるのは間違いないところ。

大阪地裁は、米国での陪審評決の瑕疵を指摘する本件原告の主張に対しても、

「別件米国判決が日本において承認されないとする根拠として,原告は,別件米国判決が重大な瑕疵のある証拠に依拠するものであることを指摘する。しかし,そのような誤りは本来的には米国の訴訟手続を通じて是正されるべきものであるところ,かえって,別件米国判決は,CAFC においても承認され,確定している。このことと,再審事由(民訴法338条)に該当するような具体的な事情もないことに鑑みると,日本法に照らしても,原告の上記指摘は別件評決及び別件米国判決の依拠する証拠評価に対する不満をいうにすぎず,これをもって外国の確定判決の効力が認められる要件である「判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと」(民訴法118条3号)を欠くとはいえない。」(32~33頁)

と、傍論ながら本件原告の希望を打ち砕くような判示まで行い、諸々の結果として本件原告の債務不存在確認請求を却下した。

客観的に見ればまぁ仕方ないか、と思うところはありつつも、企業内の実務家の立場で、こういう場面でどういうアクションを起こせるだろうか、と考えると、「日本企業間のライセンス契約の解釈の問題なのに、日本の裁判所で審理さえしてもらえない」ということに、いろいろ考えさせられるところはある*3

なお、日本特許に基づく債務不存在確認請求に対しては、日本の裁判所の裁判管轄を認めたものの、

「被告による別件米国訴訟の提起という事情を踏まえても,今後,被告が原告に対して原告の日本の顧客に対する本件各装置の販売等につき本件日本特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求を行う可能性は,実際上ないか著しく乏しいと見るのが相当である。そうすると,本件は,現に原告の法律的地位に不安又は危険が存在し,これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合と認めることはできない。これに反する原告の主張は採用できない。」(35頁)

として、確認の利益を欠くことをもって請求却下。

また、別件米国訴訟の提起及び追行に係る損害賠償請求のうち、不法行為に基づく請求については、日本の裁判所の裁判管轄を認めた上で、通則法22条1項により、「日本法により不法行為と言えるか」を検討し、

民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合に,当該訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者が,そのことを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのに敢えて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる。」(37頁)

という昭和63年最高裁判決を引いた上で請求を棄却しているし、債務不履行を根拠とする請求については、

「本件許諾契約の締結に際し,上記第三者の存在及びこれに対する本件各特許権の不行使が想定されているのであれば,本件許諾契約の内容として又はこれとは別個の合意として,参加人による譲渡が許容される第三者の範囲や参加人の被告に対する譲受人に関する事項の報告義務のように,被告が予想外の事業上の不利益を受けることを回避すること等を目的とする具体的な定めを明示的に設けることは,必要不可欠かつ合理的と考えられる。にもかかわらず,本件許諾契約にそのような定めはなく,また,他の明示的な合意もなく,さらに,黙示的にであれ,上記のような事項について当事者間に何らかの取決めがあったことをうかがわせるに足りる具体的な事情も見当たらない。そうすると,参加人が機械装置の製造業者であること(前記第2の1(1)イ)などから,本件許諾契約の当時,参加人が本件各特許発明を実施して製造した装置が被告以外の第三者に譲渡等されることが契約当事者間で予想されたとしても,少なくとも当該第三者と被告との法律関係については,本件許諾契約によって何ら定められていないものと理解するほかない。」(39~40頁)

という理由で請求を棄却している。

結果的には、理由は違えど全ての請求に関して棄却、却下で一矢を報いる隙すら与えなかった大阪地裁。

おそらくこの日本国内での争いはまだまだ続くような気もするのだが、いろいろと考えさせられる事件だけに、今後の上級審の審理においても、引き続き、裁判所がじっくりと検討した跡を見てみたいものだ、と思うところである。

*1:第26部・杉浦正樹裁判所、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/100/090100_hanrei.pdf

*2:といっても、@tanakakohsuke氏のエントリーをそのまま引用しただけなのだが・・・。

*3:本件を自分たちに置き換えて考えるなら、インド国内でのライセンス契約に基づいて作られた製品を米国で売ったら特許権侵害で訴えられた、という時に、「米国での訴訟と平行してインドでも訴訟を起こす」という選択ができるかどうか、という例え話になるわけで、この場合に「当然やる」という人が果たしてどれだけいるのだろうか・・・。

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