最後の審判が下される日は来るのだろうか?

金曜日の午後、知財クラスタを俄かにざわめかせたドワンゴ対FC2の知財高裁大合議判決。

本来であればすぐさま反応すべきところだったのだろうが、自分はそれを横目で見ながら土曜日にゆっくりと朝刊を開き、ようやく事の概略を知った次第。

「動画配信サービス「ニコニコ動画」を手掛けるドワンゴが、動画にコメントを流す特許を侵害されたとして米FC2などに配信差し止めと10億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が26日、知財高裁の大合議(裁判長・大鷹一郎所長)であった。大鷹裁判長は請求を棄却した一審判決を変更して特許侵害を認め、FC2側に配信差し止めと約1100万円の賠償を命じた。」
「日本の特許権は「適用範囲を登録した国の中に限ること」(属地主義)を原則とする。グローバル化とIT(情報技術)化が進む中、サーバーを海外に置いて原則から逃れる「抜け道」を塞いだ司法判断といえる。同種判決は2例目で、今回新たに日本の特許権が及ぶ範囲について、ネット時代に適応した判断の枠組みが示された。」
「訴訟はネットを通じて国境を越えて特許技術が使われた場合、日本で登録された特許の侵害を問えるかが争点。ドワンゴが2019年に提訴したが、22年の一審・東京地裁判決は、サーバーが海外にあるとして特許侵害を認めなかった。これに対し26日の大合議判決は、行為の具体的な態様▽日本国内にある構成要素が果たす機能や役割▽発明による効果が得られる場所▽特許権者の経済的利益への影響――などを総合考慮し、国内で行われたとみなせれば、日本の特許権が及ぶとの基準を示した。その上でFC2のサービス提供について「娯楽性の向上という発明の効果が国内で生じ、ドワンゴ側の経済的利益に影響を及ぼしうる」などとして「国内で行われたとみることができる」と結論付けた。」
日本経済新聞2023年5月27日付朝刊第38面、強調筆者、以下同じ)

この事件の第一審はこのブログでも取り上げたことがあって*1、その時は度重なる分割出願で被告システムを「本件発明の技術的範囲に属するものと認められる」というところまで追い込んだ原告側の執念に敬意を表しつつも、それまで裁判所が採用していた厳格な属地主義の原則の前では、このケースで勝つのは難しいのかなぁ・・・というのが率直な感想だった。

ところがそのエントリーを書いた翌月、同じ当事者間の類似発明をめぐって争われた知財高判令和4年7月20日(平成30年(ネ)10077号)で、「本件配信は、その一部に日本国の領域外で行われる部分があるとしても、これを実質的かつ全体的に考察すれば、日本国の領域内で行われたものと評価するのが相当である」 として、ドワンゴ側を逆転勝訴させた判決が出て一気に流れが変わった。

さらに前記第一審の控訴後、知財高裁が「サーバと複数の端末装置とを構成要素とする「システム」の発明において、当該サーバが日本国外で作り出され、存在する場合、発明の実施行為である「生産」(特許法2条3項1号)に該当し得ると考えるべきか」といったお題について特許法105条の2の11の「第三者意見募集」を初めて実施した上で大合議に回付して審理を行った、という報に接した時点で、今回のような結論になることは大方予想できていたともいえる。

なので、「ドワンゴ逆転勝訴」という結論自体には、自分も全く違和感はなかったのだが、気になるのはその結論を導いたロジックである。

世の中には尊敬すべき方がいるもので、自分などは、冒頭の記事を見た後に最高裁のウェブサイトに行き、まだ判決文がアップされていない、ということに安心して、1ヶ月後くらいに出るだろうからそれまでは・・・と悠長なことを考えてしまったのだが、その間に知財高裁ウェブサイトの判決要旨*2に基づくブログの立派な解説記事が一本書かれていた。

patent-law.hatenablog.com

こうなると、もはや自分なんぞが判決そのものをあれこれ論じても意味ないなぁ、と思ってしまうのであるが・・・


昨年7月の知財高裁判決が出た時もそうだったように、この「日本国外」で実施行為の一部が行われている場合に日本国内の特許権侵害を認めるためのロジックについては、メディアや一部の政治的なアクションを好む人々が「画期的」と称賛するのとは対照的に、専門家の評価はあまり芳しいものではない。

裁判所が得意とする「総合考慮」という判断枠組み自体がクリアな基準を求める人々にとっては分かりにくい、ということになるのだろうし*3、それ故に実務に携わっている方々からは「予測可能性」を不安視する声も出てくるのだろうと思う。

だが自分の場合、裁判所が書いた判決は、それがどんなに「一般的/抽象的規範」のように見えたとしても、所詮はその事件限りの判断に過ぎない(それが下級審であればなおさらだ)と割り切っているところがあって、「予測可能性」を裁判例に依拠する、という発想自体がほとんどない*4から、その点に関してはそんなに気にしても仕方ないだろうと思っている。

本件に関して言えば、裁判所は、本件被告が「FC2」という、外国にサーバを置いているけど実際のサービスは日本にしか向けていない事業者であることを最初から織り込んで最終的な結論を導いているはずで、(さすがにそれを露骨に判決文に書くわけにはいかないが)「総合考慮」の枠組みの中で評価に取り込んでしまえばよい、ということも考えていたのではないかと思う*5

だから、今回とは全く異なる当事者、全く異なる背景で争われたような場合であれば、(仮に「総合考慮」による実務が定着するとしても)各要素が全く異なる形で使われることも十分あり得るはずで、そう考えると仮に裁判所が本件でどんなに緻密な規範を立てようが、別の事件での「予測可能性」にはつながらない。そして、当事者であれば、目の前の事案の「予測可能性」は、判旨のテキスト分析から導くより、当事者のポジションや事件の筋から導く方がはるかに確保しやすいはずである。


おそらく本件は、この後も舞台を最高裁に移してもうしばらく審理されるだろうし、その結果、また新しい「規範」が生まれる可能性もあるのかもしれない*6。だが、最高裁による「最後の審判」がなされようがなされまいが、現場で頭を悩ます問題のすべてが解決されるわけでは到底ないのだから、その点はさほど期待もせず、今後の帰趨を見守っていければ、と思っているところである。

*1:k-houmu-sensi2005.hatenablog.com参照。

*2:https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2023/R4ne10046.pdf

*3:この辺は伝統的な法律系バックグラウンドの人間であれば、まぁそういうもんだよね、で流せるところもあるのだが、特許系知財の関係者には異なるバックグラウンドを持つ方々も多いだけに、なおさらすっきりと割り切れないことへの違和感を抱く人も多くなるのだろう、と勝手に想像している。

*4:もちろん、自分が考えている法律構成を裏付けるような裁判例があれば容赦なく引っ張ってくるが、逆の立場であれば「射程外」だの「先例拘束性がない」だのと、死に物狂いで反論することになるわけで、要は過去の裁判例など戦う上での一つのツールにしか過ぎないのだから、それに「予測可能性」なんてものを求めるのはないものねだりだろう、と思っている。

*5:むしろ、国内特許権者の請求を認めるための理屈として、「総合考慮」の要素を組み立てている印象すら受ける。

*6:これまでの傾向からすると、知財高裁が定立したもの以上に詳細な「規範」を最高裁が示すことは稀で、どちらかと言えば、よりふわっとした「総合考慮」になる可能性も高いとは思うが。

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