「一太郎」訴訟の「大逆転劇」

9月30日、知財高裁(篠原勝美裁判長)で、
松下電器ジャストシステムを相手取って提起していた
「アイコン特許」*1特許権侵害に基づく
一太郎」ソフト等の製造・販売差止請求事件の控訴審判決が出た。


松下電器側の全面勝利となって物議をかもした
高部眞規子裁判長の地裁判決が出たのが本年2月だから、
異例のスピード決着ということになる*2


もっとも、この事案で争点になっていたのは、
特許権侵害(間接侵害)の有無と特許に内在する無効事由の有無*3という、
侵害訴訟の定番メニューであり、法的には真新しい論点もなかったから、
控訴審でも新証拠を待って事実認定をやり直せば足りるといえ、
早期に審理終結可能な事案であったといえる。


今日の日経新聞の朝刊でも、この判決についてかなりの紙面が割かれていたが、
特許法独特の用語の使い方がどうもいい加減で信用ならないので、
ちゃんと原判決にあたって見ることにした。
最高裁ウェブサイト・知的財産権判例速報/http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/d36216086504bdc349256fce00275162/ccfb66946ca9762d4925708c00266349?OpenDocument


前日の判決を早々とアップしているあたり(しかも土曜日に)、
さすが最高裁知財高裁)も知財訴訟に対しては力の入れ方が違う、と感心しきり。
読んでみて案の定、だったのだが・・・。


日経新聞の記事の何が問題かといえば、
「新規性」という用語と「進歩性」という用語をごっちゃに使っていること。


いずれも特許が有効に成立するための要件であることに変わりはないのだが、
「新規性」が、特許出願前に公然知られた発明(そのもの)がないこと、
という要件であるのに対し(特許法29条1項)、
「進歩性」は、特許出願前に「当該技術分野における通常の知識を有する者」が
容易に発明することができなかった、という要件である(同29条2項)点で、
両者は大きく異なる。


「新規性欠如」と認定されるということは、
当該特許発明と同一の発明が明確に存在していた、ということだから、
その特許を持つ権利者にとっては事実上の「死刑」判決に等しい。
裁判所の認定が間違っていない限り、
別ルートで特許無効審判を起こされれば、確実にその特許は消える。


一方、「進歩性欠如」という認定は、
たぶんに、当事者の主張立証活動や、
判断を行う者の主観に左右されるところが大きい。
全く同じ発明があったわけではないが、「ちょっと考えれば容易に思いついた」
という判断を、出願の時点からかなり後になってから行うわけだから、
素人目に見ても、判断が難しいであろうことは容易に想像が付く。


したがって、「進歩性欠如」という認定であれば、
別の判断権者の手にかかれば別の結論が出ることもありうるわけで、
侵害訴訟における判断に対世効があるわけではない以上、
特許庁の無効審判ではまた別の結論が出ることも考えられる*4


そのあたりの気楽さゆえか、
裁判所は「権利無効の抗弁」を認めるにあたっては
「進歩性欠如」を認定することが多く、
今回も、ジャストシステム(控訴人)側が新規性、進歩性の両方を
主張しているにもかかわらず、
最終的には、進歩性判断のみで本件特許に無効理由あり、としている。


結論としては「進歩性」判断をめぐって、
地裁と180度結論が変わったわけだが、
それについてはこの後述べるとして、
要は、それだけ重要な用語の意味の違いをきちんと区別しないで書いている
日経の記事には、ちょっと問題があるぞ、と言いたかった(笑)。


東京地裁知財高裁で結論が変わった理由は単純で、
控訴審に入ってジャストシステム側が、
「乙18号証」という必殺兵器を繰り出したことに尽きる。


この「乙18号証」は松下の特許の出願2ヶ月前に、
米国内で公刊された刊行物*5ということであるが、
この証拠と松下の特許とを比較すると次のようになる、と裁判所は認定した(一部略)。

「以上のことを踏まえると,本件第1発明と乙18発明とは,「アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる機能説明表示手段,および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と,前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と,前記指定手段による,機能説明表示手段の指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて,前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段とを有することを特徴とする情報処理装置」である点で一致し,被控訴人も・・・主張するとおり,次の相違点で相違する。」

[相違点]アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる「機能説明表示手段」が,本件第1発明では「アイコン」であるのに対し,乙18発明では,「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムである点。


両者の違いは表示手段として「メニューアイテム」を使うか、「アイコン」を使うか、
ということに過ぎない、と整理されてしまった以上、
ここに特許性を認めるだけの「進歩性」を認めることは難しい*6


要するに、この証拠を見つけた時点で控訴人側の勝利はほぼ確定したのである*7
まさに一発逆転、強烈なカウンターパンチ!


米国内の、しかも16年前の刊行物を探しあてた
ジャストシステム側の執念には頭が下がる*8


地裁判決の際にも話題になっていたように、
元々松下電器の特許は、「先端技術の香りがしない」もので、
今まで特許になると思っていなかったから誰も出さなかっただけ、
という類のものだったから*9
探せばどこかに先行文献があるはず、とは思っていたのだが、
それをちゃんと見つけるのが、企業の法務担当者の仕事であり、
訴訟を担当する弁護士事務所の仕事である。


今回、ジャストシステム側に付いた代理人は、
「四大」に続く規模を誇る「あさひ・狛法律事務所」の4名の弁護士。
地裁判決が出た時には生きた心地がしなかったであろうが、
見事な逆転劇を演じて見せ、大手としての面目を保った感がある*10


繰り返しになるが、
今回の判決の法的な意義はさほど大きいとはいえないと思う。
おそらく、最高裁に上告受理申立をしても受け入れられない類の事案だろう。


だが、ソフトウェア特許に基づく権利行使をどこまで認めるべきか、
そもそもソフトウェア特許を簡単に認めることが産業の発達につながるのか、
という政策論的な課題を投げかけた、という点においては、
大きな意義のある訴訟だった*11


また、本年4月に改組された知財高裁の存在意義、
「大合議制」や「スピード審理」といった「画期的な」改革、を
アピールする上でも格好の材料になったのは言うまでもない。


今思えば、東京地裁があんな大胆な判決を出してみせたのは、
(しかもお茶目なことに仮執行宣言を付さなかったのは)
高部裁判長が、実はソフトウェア特許が嫌いで(笑)、
かつ、知財高裁のショーアップに貢献したかったから(爆)ではないか、
と勘ぐりたくもなる・・・。

*1:正確には、特許第2803236号「情報処理装置及び情報処理方法」

*2:一審判決の評釈を書く暇もない早業である(笑)。

*3:いわゆる「キルビー判決」以降一般的になった「権利濫用の抗弁」。平成16年特許法改正により、本件では、新設された特許法104条の3第1項に基づく「特許権の行使の制限」の主張として提出されているもの。

*4:もちろん、いったん「欠如」しているといわれてしまうと、それをひっくり返すのは相当難しいのであるが。

*5:ヴィッキー・スピルマン=ユージン・ジェイ・ウォング著「HPニューウェーブ環境ヘルプ・ファシリティ」,1989年〔平成元年〕8月発行

*6:自分は、当該技術分野の専門家ではないので、断定はできないが、ジャスト側はそれを裏付ける証拠も提出している。

*7:松下電器側に残された手は、「時機に後れた攻撃防御方法」として証拠提出を却下してもらうことしかなかったが、本件資料収集の困難さと、本訴訟の訴訟提起時からの経過時間の短さを理由に裁判所には受け入れられなかった。異例のスピード審理が仇になった面も否定できない。

*8:ある意味会社の存亡がかかっていた以上、当然といえば当然なのだが。

*9:それゆえ松下電器も、特許庁の審査基準がソフトウェア特許に追い風になるまで、審査請求をかけるのを待っていた。

*10:あさひ・狛弁護士事務所のサイトより、弁護団の筆頭に上がっている福島栄一弁護士の紹介ページ。http://www.alo.jp/members/partner_ef.html

*11:その結果、近年強まっていたアンチ・ソフトウェア/ビジネスモデル特許の流れを決定的なものにした。