ジュリスト2005.10.15号(No.1299)

休みの日に出かけていたりすることが多かったこともあり、
しばらく読んでいない雑誌がたまっている。


既に最新刊が来ているのだが、
一応古い方から目を通しておく。


1299号の特集は、国際公法に関する諸問題と国会主要成立法律の続編だが、
とりあえずそのあたりはすっ飛ばして、印象に残った記事をいくつか。

不動産法セミナー第7回*1


最近では登記簿を見ることもめっきり減ったが、
以前は、用地関係の事件をかなり扱っていたこともあって、
最近の不動産登記をめぐる法改正の動きを見ていると、少し懐かしい気分になる。


で、これまで登記法の話を扱っていたこのセミナーも良く読んでいたのだが、
今号からは、借地借家法の話に移っていくようである。


学校(あくまで学部レベルの話だが)で習う法律と、
現実の世界のギャップが大きい分野というのはいくつかあるものだが、
借地借家法もその一つといえるだろう*2


教室の中では、
借地借家法は、弱い借地人・借家人と、
強い土地保有者を前提としたイメージで語られることが多い。
そもそも法の趣旨自体が上記のようなものであるし、
定期借地権等を導入した趣旨として、
「土地の効率的な供給」という政策課題に言及されることはあっても、
結局は、土地を借りる側をいかに保護するか、というところに、
話は収束していくことになる。


だが、現実社会で借地借家法を根拠に争っている「借り手」の多くは、
「強い借り手」である。


そして、そこには、
年老いて土地を追われる老人夫婦を助けるための法律としてではなく、
賃料を支払う以外に取り得のない不良事業者(借地人)が、
資産をきちんと管理・運用したいと考える健全な事業者(ないし個人)の
追及を免れるための法律として、借地借家法が機能しているという現実がある。


今号のテーマになっている「事業用借地権」は、
上記のような従来の借地法の「弊害」を回避するために設けられた制度であるが、
本号の記事の中でも指摘されているように、
契約年数の上限・下限が明文で規定されているなど、
お世辞にも使い勝手が良いものとはいえない(借地借家法24条参照)。


自分が用地関係の契約を扱っていた時も、
定期借地制度が既に導入されていたにもかかわらず、
積極的にそれを活用しようという動きは、
残念ながら社内にはほとんど見られなかった*3


あくまで借地人保護の強い「普通借地権」をベースにする、
という発想は、借地借家制度のこれまでの趣旨を考えると
やむを得ないのかもしれないが*4
本来、純粋に事業リスクを踏まえた契約がなされるべき、
事業者間の土地賃貸借契約において、
事業を離れたところで、法による「制約」がかかるというのは、
ビジネスを行う上では、決して健全な形とはいえないだろう。


今号の記事の中では、
更新予約条項や再協議条項等の実務上の様々な工夫が紹介されているが、
その是非については、相当な議論が展開されている。


この議論は、次号以降にも続いていくようなので、
楽しみに見守ることにしたい(笑)。


個人的には、借地借家法の原則と例外を転換する、という発想が
もっと出てきても良いのではないか、と思っている。
最後は立法論になってしまうのかもしれないが。

労働判例研究*5

最二小判平成17年6月3日(関西医大研修医(未払賃金)事件)を素材とした
水町助教授の評釈である。

関西医大の一研修医の過労死をめぐっては、
この他にも労災認定や大学病院側の安全配慮義務違反による損害賠償請求など、
数多くの訴訟が提起されていたはずであり、
それだけ遺族(と代理人)の思いが強いことを感じさせられるのだが*6
本件は、それらの一連の訴訟のうち、
当該研修医に実際に支払われていた「手当」と
最賃法上の最低賃金との差額を請求した
未払賃金請求事件の上告審にあたるものである。


最低賃金法上の「労働者」は、条文上、労基法上の労働者を指す、
と規定されているから、結局ここでの争点は、
研修医が労基法上の労働者性に収斂することになるのだが、
水町助教授は、最高裁判決が示した下記の判示について疑義を示されている。

「研修医がこのようにして医療行為等に従事する場合には、これらの行為等は病院の開設者のための労務の遂行という側面を不可避的に有することとなるのであり、病院の開設者の指揮監督の下にこれを行ったと評価することができる限り、上記研修医は労働基準法9条所定の労働者に当たるものというべきである。」

「指揮監督関係の存在」は、従前から労働者性を判断する上での
重要な判断要素として用いられてきたものであるが、
「使用者のための労務遂行」=「労務遂行による利益の使用者への帰属の有無」
という要素についてはこれまでの裁判例等には見られなかったものである、
と水町助教授は指摘されている。


そして「労働関係法規は報償責任の原理を採用しているわけではない」以上、
これを「労働者性の判断基準として用いることは適当でない」と
述べられているのである*7


最高裁が、いかなる意図で、
「病院の開設者のための労務の遂行」を持ち出したのかは明らかではない*8
だが、いかなる意図によるものだとしても、
最高裁判決に独特の「言葉足らず」な面があることは否定できず、
解釈の仕方次第では、様々なところで矛盾をはらむことにもなりそうである*9


おそらく、実際のところは、
事案の流れに沿って規範を組み立てただけの「悪気のない」判決なのだろうが、
夏休みのインターンシップの学生たちの処遇に頭を悩ませている現在、
射程の捉え方次第によっては、いろいろと波紋が出てきそうな気がする。


とりあえず、後続の評釈を楽しみに待つことにしよう。

*1:鎌田薫=道垣内弘人=安永正昭=始関正光=松岡久和=山野目章夫「事業用借地権の使い勝手(上)」ジュリスト1299号132頁(2005年)

*2:知財なんぞは、もっともギャップが小さい部類に入る。現実に合わせて法律を作っているから、というのも大きいのかもしれないが。

*3:資本関係のある子会社等への土地貸付はしても、それ以外の一般第三者に土地を貸し付けるという発想は当時はなかった。

*4:前掲142-143頁〔鎌田教授発言〕参照

*5:水町勇一郎「研修医の最賃法・労基法上の労働者性」ジュリスト1299号180頁(2005年)

*6:一連の事件と相前後して、研修医の取扱いが社会問題化したこともあって、最近大きな制度改革が行われた、と記憶している。

*7:以上、水町・前掲183頁

*8:民集掲載判例でもなさそうなので、調査官解説に期待するのも難しいかもしれない(後日注:民集59巻5号に掲載された模様)。

*9:極端な話、単なるボランティアで作業を手伝った者についても、その活動の利益が「使用者」に帰属するのであれば「労働者にあたる」とする解釈もできそうである。

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