高部判事の野望(?)

昨日のエントリーへの反応を見て、ネット住民の皆様の著作権に対する関心の高さをあらためて実感する。


というわけで、便乗するわけではないが、二日続けて著作権法に関する話題。


数日前に奥村徹弁護士のブログで、東京地裁・高部眞規子判事の論文*1が一部引用されている。(http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/20060213/1139814038*2


高部判事の論文は俗に言う「間接侵害」に対する差止請求の可否、


すなわち、

「物理的な意味における直接侵害者以外の関与者の責任」

についての判例・学説の分析、そしてそれを踏まえた「法改正への期待を含めた」検討を行うものであり、昨日のエントリーで言及した司法救済WGでの議論と、ほぼ同じような問題意識の下で書かれているものである。


上記ブログを読む限り、奥村弁護士は、やや否定的なニュアンスでこの論文を捉えているようにも思われるのだが、実際にこの論文を読んでみると、侵害類型のパターン分けを含めた精緻な分析に加えて、裁判官ならではの「バランス感覚」が随所に現れているように感じられ、権利者側の“暴走”を食い止めるための拠り所ともなりうる価値の高い論文であるように思われる。


自分は決して“高部マニア”というわけではないが*3、ここはあえて、この論文を取り上げてみることにしたい。




本論文では、「判例・学説の状況」として、クラブキャッツアイ事件*4ときめきメモリアル事件*5といった最高裁判決から、「カラオケ以外で差止請求を認めた」ファイルローグ事件*6、ヒットワン事件*72ちゃんねる小学館事件*8、選撮見録事件*9といった下級審判決まで、主要な判決がひと通り紹介され*10英米法の状況についても言及されている。


そして、「直接侵害者以外の関与者に責任を負わせるためのアプローチ」として、

解釈論としての
A 「侵害の主体を広げる方法」(カラオケ法理)
B 「侵害の直接的な主体以外の者への差止めを認める方法」
立法論としての
C 「支分権を広げる方法」
D 「一定の行為を侵害とみなす手法」

という「4つのアプローチ」を取り上げ、検討を加えている。


ここで筆者が高く評価しているのは、「侵害行為に(間接的に)関与する者に対する差止め」の意義を認めつつも、現行著作権法の野放図な“拡張解釈”には組しない本論文の姿勢である。


例えば、「カラオケ法理」に関しては、

判例【1】は、その判示事項にも示されているとおり、事例判決であり、その判例としての拘束力は限定されたものである。」
最高裁判例で認められた上記判例のケースより支配管理の要素が低いケースにまで同判例の法理を拡張し、カラオケ法理を及ぼすことは、擬制という批判を免れないのであって、このカラオケ法理を拡張し過ぎることについては再検討が必要であろう。」(高部・前掲125頁)

と述べられているし、


「幇助者であっても著作権法112条の差し止めの相手方となる」という近年有力な見解*11に対しては、「ヒットワン事件」が挙げた上記肯定説の理由付け*12について、ひとつ一つ説得的な論拠を挙げて反論していくことで、“拡張解釈”の問題性を炙り出す*13


立法論として、「新たな支分権の創設」による侵害差止の可能性に言及する際にも、
「著作物の公正な利用との調和は常に考慮する必要がある」*14と一言付け加えているし、著作権法113条(みなし侵害規定)の拡充に言及するのは、「現在のような強引な法解釈により法的安定性が害されることを避ける」ということに主眼を置くが故のことと思われる。


高部判事が「立法的解決への視点」の章で示されている「差止めを認めるべき(認めたい)類型」*15に該当するとされる事例について、本当に「認めるべき」なのか、という疑念を投げかけるむきはあるだろうが、「差止めの必要性についてなお検討を要する類型」*16との線引きの必要性は本論文の中でも明確に意識されている。


表現の自由」に対する言及がないのは奥村弁護士が指摘されているとおりなのだが、本論文でも、

直接侵害者ではない関与者の責任をあまりに広く追及すると、侵害でない使用を行うユーザーが新しい技術の恩恵を受けることができないなどの社会的な損失も伴うことに照らすと、その責任を認める範囲に適正な限界を設ける必要がある」(太字筆者)

として、「現行著作権法の規律が全面的に正当化される状況」の下でも「限界を設ける必要」があることが主張されているのであり、著作権法の根底思想の抜本的改革が難しい現状においては、結果として「(「表現の自由」も含めた)ユーザーの利益を保護するためのより現実的な選択肢を示している、ということができる。


本論文は、東大COEプログラムの一環である「著作権法研究会」における報告に加筆したもの*17ということであるから、当然ながら今後のWGでの議論等にも反映されていくものと思われる。


だが、理路整然、かつ具体的事例に踏み込んだ言及がなされている本論文を拝読していると、

文部科学省文化審議会著作権分科会法制問題小委員会における検討を期待する」(高部・前掲133頁)(太字筆者)

という言葉とは裏腹に、「“自ら”新たな立法に向けての影響力を発揮したい」という高部判事の“野望”(のようなもの)、がひしひしと伝わってくるような気がするのは気のせいだろうか・・・(笑)。


いずれにしても、今後、東京地裁が繰り出してくるであろう判決群から目が離せないのは言うまでもない。

*1:高部眞規子「著作権侵害の主体について」ジュリスト1306号114頁(2006年)

*2:okeydokey氏の『言いたい放題』の記事(http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20060213/1139831716)経由。

*3:調査官時代からの切れ味鋭い見解と、それ以上に鋭いご本人のキャラクターゆえに、学界には根強いファンがいるとかいないとか・・・。

*4:最三小判昭和63年3月15日

*5:最三小判平成13年2月13日

*6:東京高判平成17年3月31日など

*7:大阪地判平成15年2月13日

*8:東京高判平成17年3月3日

*9:大阪地判平成17年10月24日

*10:学説としては、牧野利秋弁護士、作花文雄参事官、田中豊弁護士、上野達弘助教授の見解などが「代表的な」ものとして紹介されている。

*11:ヒットワン事件や選撮見録事件で示された考え方

*12:民法上、物権的請求権を行使しうる相手方には幇助行為を行うものも含まれる、②112条1項の文理上支障がない、③幇助者に対して事後的な損害賠償責任を認めるだけでは権利者の保護に欠ける、④特許法著作権法は法領域を異にするから、特許法上の間接侵害に該当する規定が存在しなくても、著作権法の解釈には影響しない。

*13:高部・前掲126‐128頁。特に「判決主文として何が書けるか」という観点から112条の「文理解釈」を再考しているあたりや(②)、特許法との関係の指摘(④)については、非常に説得力のある見解だと思う。

*14:高部・前掲129頁。

*15:高部判事は「間接正犯・共同正犯型」(代位責任型。ここではクラブ・キャッツアイ、ファイルローグ、録画ネット事件などが挙げられている。)、「侵害に供する機器の提供型」(寄与侵害型。ここではときめきメモリアル事件が念頭に置かれている。)を挙げている(高部・前掲130-131頁)。

*16:「バレエやコンサートの公演を企画管理する者及び場所の提供者」「侵害を惹起するのに不可欠な機器・方法を提供し、現に侵害を惹起していることを認識している類型」については消極的ながらも立法論による差止めの余地を認めるが、「例外的に侵害を惹起する機器の提供の類型」については明確な否定的姿勢を示している(高部・前掲131-132頁)。

*17:高部・前掲114頁。

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