「TOMY」の憂鬱

最近、これまであまり表に出ることのなかった
「キャラクタービジネス」の内情が、
判決書等を通じて世に示される機会が増えているように思える*1


東京地判平成18年2月21日(民事第46部・設楽隆一裁判長)*2もその一つ。


いつもながらに、大塚先生のブログで、
既に本件の概要をご紹介いただいているので、
あえて本ブログで説明する必要は乏しいのであるが、
http://app.blog.livedoor.jp/hayabusa9999/tb.cgi/50355753


端的に言えば、

「「TOMY」等のロゴ入りのポケモンキャラクター商品*3」を製造販売したY1(プロテックス社)と、それを自己の店舗で販売したY2(大創産業)に対して、「TOMY」等の商標権を有する原告X(トミー)が商標権を行使しうるか」

ということが問題になった事案である。


このうち、本件商品を製造販売した被告Y1(プロテックス社)については、
商標権侵害行為を行っていることが明白であるため、
あえて論じる意味は乏しい。


なぜなら、

①Y1商品には正規商品に通常付されるべき「証紙」が交付されていないこと、
②原告の具体的なとの間で取り交わされた契約書等が存在しないこと、
③Y1商品に付された「TOMY」のロゴは正式なデータにより作成されたものと認めることはできないこと*4
④商品の裏面に印刷されたバーコードはY1取締役事業部長が取締役を務める会社のものであったこと。

といった事情からは、
Y1が「確信犯」であることが容易に推認されるからである。


最近、キャラクタービジネスに手を出すようになってきたこともあって、
この業界のライセンス業務に関っている方とやり取りをすることが多いのだが、
そこでは常に、この業界の「権利に対する意識の強さ」を感じさせられる。


微々たるイメージ修正であっても、権利者への確認なしにはなしえないし、
ましてや、契約書なしに商品化が認められることなどありえない*5


Y1は、原告社員とのやり取りや、
商品化企画を持ち込んだ訴外A(「ジェネシス社」の経営者)との関係から*6
商標使用許諾契約(商品化ライセンス契約)の存在を主張し、
少なくとも商標権侵害に過失はなかった、と述べているが、
「盗人猛々しい」というべきだろう。


キャラクタービジネスのど素人であればともかく*7
Y1はその前身である「マインド社」の時代に
ディズニーキャラクター等の商品企画も手がけているのであり、
上記のようなキャラクタービジネスの“掟”を知らなかったはずがないのである。


社内の内規には反していなかったとはいえ、
キャラクタービジネス事業者にとっての“宝”ともいえるキャラクターデータを
安易に貸し出した原告側に、落ち度がなかったとはいえない*8


だが、それを差し引いたとしても、
判決が、ライセンス契約の成立を否定した上で、
過失推定*9について、

「通常の取引者として負うべき十分な注意義務を尽くしたということはできない」

とした(推定の覆滅を否定)のは、
至って妥当な結論だったといえる。

小売業者の責任について


議論の余地があるとすれば、被告Y2(大創産業)に対して、
商標権侵害責任を追及しうるか、という点である。


商標権を侵害した商品を店頭で販売した以上、
商標権侵害行為の存在を否定することはできないが、
小売業者に過ぎないY2にとっては、これは一種の“巻き添え”事故であり、
原則どおり過失を推定するのは酷なようにも思えるからだ*10


しかし、裁判所は、

「キャラクター商品ビジネスについては,キャラクターを使用する商品については,当該キャラクターの権利者と商品化許諾契約書を交わし,権利者から製造数量相当の証紙を発行をしてもらい,商品に証紙を貼ることは通常の方法である(その方法は,商品1点ごとに一つ貼る方法と代表証紙としてインナーカートンに一つ貼る方法があることは前記のとおりである。)。したがって,被告大創が,本件商品に証紙が貼られていないことを認識した段階で,その発売元と記載されている原告に対し,本件商品の発売元かどうかを確認するなどすべきだったのであり,このような確認をすることが容易であったのに,これをしなかった被告大創については,通常の取引者として有すべき十分な注意義務を尽くしたものということはできない。」(太線筆者)

として過失推定の覆滅を否定した。


そして、
①Y1との取引においてこれまで問題が生じていなかった、
②キャラクター商品の契約内容を把握するのが困難である、
③これまで取引した正規商品の中にも証紙が添付されていないものがあった、
というY2側の反論に対しては、

「被告大創は,100円均一ショップなどの名称で商品を販売する全国的にも有名な小売店であり,本件のようなキャラクター商品の販売について,どのような手続が必要であるかは,十分知り得る立場にある。被告大創が主張しているように,メーカー等が契約上の守秘義務の関係から,著作権等の契約内容を小売店に開示することはできないとしても,本件のように証紙の貼付のない商品について,許諾契約の内容ではなく,その契約の存否自体の問合せや,少なくとも発売元と記載されている原告が本件商品の発売元かどうかを確認するための問合せについて,発売元である原告がその回答を留保する理由はない。本件においては,被告大創が,発売元である原告に対しこのような問い合わせをすれば,本件紛争が生じることを未然に防げたのであり,被告大創が,本件の権利関係を確認しないで本件商品を販売したことは,通常の取引における注意義務を欠いたものであるといわざるを得ない。」

と述べて、その反論を退けている。


100円ショップで売られているような商品の中には、
“何ちゃってキャラクターグッズ”といった類のものも多いから、
「証紙添付」という慣行も、おそらくは徹底されてはいないのだろう。


したがって、
上記の理をいかなる「キャラクター商品」にもあてはめるのは、
いささか“行き過ぎ”といった感があるのは否めないのだが、
本件商品のキャラクターが「ポケットモンスター」という有名キャラであることや、
Y2の小売業者としての存在感の大きさを鑑みると、
本件に関しては、やむを得ない結論というべきだと思う*11

損害額の認定(特に「TOMY」標章の寄与率)について


さて、以上のように商標権侵害責任が認められるとすれば、
次に問題となるのは損害額の認定である。


被告Y2は店舗をフランチャイズ展開していることもあって、
損害額算定の基礎を下代(フランチャイズ店に対する卸値)にするか、
上代フランチャイズ店における販売価格)にするか、も争点になっているが、
裁判所はフランチャイザーであるY2も「共同不法行為者としての責任」を負う、
ということをもって、後者を採用した。


そして、販売価格100円から仕入れ価額50円を差し引いた50円×販売個数、
により総利益額を851万6350円と算定している*12


問題はここからである。


本件商品には、原告「TOMY」の商標とともに、
ポケットモンスターの図柄」(著作権)と「ポケットモンスター」商標(任天堂)が
付されている。
そして、被告Y2は、既に任天堂に対して和解金を支払っていたこともあって、
「二重払いの危険」を主張し、商標法38条2項により推定される利益の全額が
損害にあたるものではない、という反論を行っている。


これに対し、裁判所は、一部Y2の主張に応える形で*13
「被告各標章の寄与率」としてこの問題を処理した。


裁判所は、

「本件商品のようなキャラクターが掲載された商品の売上げは,一般的には,当該キャラクターの内容や当該キャラクターに関する商標権の影響力が,商品の販売実績に大きな影響を与えるものといえる。一方,商品自体の安全性も商品の購入に際しては重要であり,当該商品の製造元や販売元として記される商標の影響力も少なくない。」

という一般論を示した後に、

「本件商品は,世界的に有名なキャラクターであるポケットモンスターが使用されたフェイスシールであり,その表面には,ポケットモンスターの図柄(著作権)と「ポケットモンスター アドバンスジェネレーション」の商標(商標権)が付されており,その裏面には,その発売元を表示するものとして,本件各登録商標(被告各標章)が使用されている(甲3,4,検甲1)。本件商品については,その表面のポケットモンスターの図柄(著作権)と「ポケットモンスターアドバンスジェネレーション」の商標(商標権)の著名性からいって,これらが本件商品の顧客購買動機あるいは顧客吸引力に与える影響力が大きいことは明らかであり,発売元である原告の本件各登録商標が有する顧客吸引力も高いことを考慮しても,両者を比べると,前者が本件商品の顧客吸引力の約5分の4を占めているものといえ,その余の5分の1が,本件各登録商標の顧客吸引力によるものと認めるのが相当である。よって,被告大創が本件商品の販売により得た利益についての本件各登録商標の寄与率は,20%と認めるのが相当である。」(太線筆者)

という結論を導いたのである。


確かに、キャラクター商品を購入する需要者は、
「どこのメーカーの商品か」ということよりも、
「どのキャラクターが素材として使われているか」ということに注目するから、
「20%」という寄与度算定は一見すると妥当であるようにも思われる。


だが、この理があてはまるのは、
あくまで一般消費者向けに本件商品を販売していたY2についてのみである。


取引の実情に着目するなら、
「TOMY」という信頼できるブランドが商品に付されていたことが、
Y1とY2の取引の成立に多大な影響を与えていたように思われるから*14
ことY1との関係においては、
「TOMY」標章の寄与率はもっと高めに認定されてしかるべきであり、
「上記(1)のウと同様の理由により」Y1についても推定利益の20%分しか
損害の発生を認めなかった裁判所の判示には、疑問が残るところである。


他のメーカーのロゴを無断で使用した上に、
その信用を害するような粗悪品を提供したY1の責任は重く、
これにより原告が被ったダメージも大きい*15


ある商品に関して複数の権利者がいる場合に、
「寄与率の判断が区々になることにより、賠償額が利益額を超過する」
ことがあったとしても、
「複数の権利を侵害した以上、この程度の不利益も均衡にかなっている」
という指摘もあるところであり*16
キャラクター商品の製造販売元としての「TOMY」の“看板”の大きさを鑑みれば、
Y1に対してすら「20%」(約90万円)分の損害賠償しか認めてもらえなかった
原告の担当者は、相当憂鬱なのではないかと思う*17


本件においては、

「本件商品は,水性のりを使用したシール製品であり,当該シールを貼りたい場所(手や顔などの肌)の上などに直接置き,手のひらでシールを温めるように押さえ,シールを被っていたフィルムをはがすと,シールが当該場所に付着するというもので,シールをはがしたいときには,シールを巻き取るようにすると簡単にはがせるというものであり,対象年齢6歳以上の商品であって,商品の品質や安全性が特に要求されるものであること(甲3の1の1ないし5及び甲4の1ないし10),また,上記1(1)で認定したとおり,平成16年3月に本件商品の販売が開始された後,本件商品を購入した消費者から原告に対し,フェイスシールが台紙から剥がれないなどの本件商品の品質に関わる苦情が数件寄せられていたこと(甲24及び25),本件商品は,前記認定のとおり,1か月間とはいえ,20万個弱と大量に販売され,かつ,すべて100円ショップにおいて廉価で販売されたものであること,被告各標章は,本件各登録商標と全く同一の構成をとっているため,本件商品を購入した消費者は,本件商品が原告の発売に係るものであると誤信することは明らかであることなどを総合すると,原告は,被告らの本件商標権侵害行為により,その商品の品質について疑いの残る本件商品を,原告自身による品質の検査・確認の手続きを一切経ることなく,大量に100円ショップで廉価に販売され,その結果,一般の消費者から苦情を受けたものであり,原告の業務上の信用が害されたものと認められる。」(太線筆者)

という理由により、謝罪広告の掲載請求が認められている*18


だが、果たして、謝罪広告が掲載されたくらいで、
「TOMY」の憂鬱は晴れるのだろうか?


キャラクターのライセンサー(著作権者)に搾取され、
消費者の不平・不満を一身に浴びた上に、偽造品のもぐら叩きに追われ、
その上、侵害による損害も些少な額しか填補されないのだとしたら、
メーカーとしては「やってられない」という気持ちになるような気がする。


これも、あくまで、憶測でしかないのであるが・・・(笑)。

*1:本ブログで取り上げたものとしては「NOVAうさぎ」事件など(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20051221/1135102452)。訴訟にまでは至っていないが、のまネコをめぐる一連の騒動でも、エイベックス社の商品化スキームがいろいろと話題に上っていた。

*2:http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/c617a99bb925a29449256795007fb7d1/4338b6e64eddb6dd4925711e000e7f2e?OpenDocument

*3:「フェイシャルステッカー」という水性のりを使用したシール製品、と説明されている。

*4:ロゴの輪郭部分に「ギザギザ」が見られ、原告の別の商品から何らかの方法で画像データを読み取って作成されたもの、と推認されている。

*5:NOVAの事件のように、契約の最終的な締結が商品出荷に間に合わないことはあるにしても

*6:被告は、「ジェネシス社にライセンス料として270万円を支払った」と主張している。もっとも、Aは被告会社の前身の会社の社員であり、そもそも、Y1とジェネシス社を別の行為主体として観念しうるかは疑わしい。

*7:ちなみに、筆者の会社は「ど素人」であるがゆえ、時々オイタをして事業部門担当者が権利者サイドから“お叱り”を受けることが多いのではあるが・・・。

*8:原告の内規によれば、「それまでに取引の実績がある企画会社」には貸し出しが認められており、Y1と従前取引があった以上、その内規に反してはいない。また、原告はあくまで試作品製作のため返却を条件として貸し出したものに過ぎない、と主張している。だが、デジタル化が浸透している現在、いったん外部に流出したキャラクターデータの「返却」を観念すること自体がフィクションに過ぎないし、貸出先であるY1の“胡散臭さ”を鑑みると、法的側面はともかく、事業リスク管理のあり方としては、原告側にもやや軽率な面があったのではないか。

*9:商標法39条・特許法103条により、商標権侵害行為者の過失は推定される。

*10:田村教授も、「流通する多種多様の商品を販売する末端の小売店舗等には、逐一、自己が扱う商品について商標登録をサーチすることを求めることは酷」である、としてこの理を述べられている(田村善之『商標法概説〔第2版〕』(弘文堂、2000年)336頁。本件のようなキャラクター商品の場合、「他人の商標」がそこに付されていることを認識するのは容易なのだが、それが正規に付されたものであるであるか否かをサーチするのは、登録の有無をサーチする以上に煩雑な作業となるのであるから、果たして小売店舗等がそこまでの注意義務を負うのか、ということについては議論する余地があろう(現実には小売業者であっても、過失推定の覆滅が認められた裁判例は極めて少ないのではあるが・・・)。

*11:なお、本件のような「キャラクター商品」の流通に際しては、商標法侵害に関する過失の有無(推定の覆滅の可否)と、著作権侵害に関する過失の有無の両方が問題になるが、「過失」を否定するために必要となる小売業者の“注意”の程度の差異があるのか否か、という問題については、より検討を深めていく必要があるように思う。

*12:Y1については、卸値から製造原価を引いた額をベースとして同様の算定が行われている。

*13:実際のY2の主張は、38条2項による推定自体を否定する趣旨であるように思われるため、完全に対応しているとはいえないが。

*14:これがアジアの国の聞いたことのない会社の名前だったら、当然にY2は取引を拒んだであろう。

*15:後述するように、原告は本件商品の品質に関する苦情を数件受けたことが認定されているし、それ以上に、著作権者(小学館等)との関係では一ライセンシーに過ぎない原告が、今後、“キャラクタービジネス村”における商売を行っていく上では、この“不祥事”のダメージは相当大きいように思われる。

*16:田村・前掲356頁

*17:いかに原価が安い商品とはいえ、Y1に課せられた賠償額が約90万に過ぎない、というのでは制裁機能としても不十分だろう。

*18:信用回復請求のために謝罪広告を掲載することの是非については、田村・前掲369頁などを参照(田村教授は訂正広告で足りるとする)。内心の自由にかかわる問題ではあるが、損害賠償等による制裁が十分に機能しているとはいえない現状を鑑みると、Y1のような悪質な侵害者に対して謝罪広告を認める必要性は否定できないように思われる。

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