契約書の作り方

雪が降る街に出かけていって、
半日みぞれ交じりの雨にあたっていたせいか、
本格的に風邪を引きつつある・・・。


こんな時に限って、夜中の12時前まで仕事。
よくあることとはいえ、ついてない・・・。


さて、最高裁の「知的財産権判決速報」ページで、
また知財事件ではない事件の判決を見つけた。


大阪地裁平成18年2月13日(山田知司裁判長)*1


医療機器輸入販売業者である原告が、
販売代理店契約の終了後に同種の商品を販売した被告シーマンに対して
債務不履行に基づく約5億1474万円の損害賠償請求を行ったこの事件、
大塚先生のブログでは、
「医療機器販売代理店契約違反(利益相反行為)事件」として紹介されている。
http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50362028.html#trackback


この事件、裁判所は最終的に、
被告の行為が「契約期間中の技術開発活動」にあたり、
これを禁じていた販売代理店契約の条項に違反したとして、
債務不履行に基づく約8152万円の損害賠償請求を認容しているのだが、
結論に至るまでの裁判所の「契約の解釈」を
当事者の主張と照らし合わせながら見ていると、
どうも、この争いの元になった販売代理店契約の書き方に、
そもそもの問題があったのではないか、という疑念が生じる。


そこで、以下、「法務担当者のための契約講座」とも言うべく、
自分なりの簡単な検討を加えてみることにする。


本件では、前提事実として、
本販売代理店契約の一部が掲載されているのだが、
ここでは、原告が主張の根拠とした第11条を中心に見ていくことにする。

第2条(販売権に付随する義務)
3 被告シーマンが販売するメドラッド製品は,全て原告から購入するものとする。(以下略)
4 被告シーマンまたはその関連会社は,本契約の有効期間中,本契約書の日付の時点で現に販売するもの,被告シーマンの現在の仕入先が被告シーマンに対し現在及び今後販売するもの,及び原告が書面により承諾したものを除き,メドラッド製品と直接または間接的に競合しまたはこれと明らかに類似する製品を販売,流通その他の態様で取り扱ってはならず,または,その役員もしくは従業員によるそのような行為を容認してはならない。
第11条(技術開発等)
1 原告またはその関連会社と被告シーマンが行なう既存のメドラッド製品の変更もしくは改良,または新製品もしくは新技術の共同開発作業については,別途原告またはその関連会社と被告シーマンの間で定める一般開発契約の条項に従う。
2 被告シーマンは,原告の書面による事前の承諾がない限り,単独で既存の製品の変更または改良もしくはこれに類似するメドラッド製品に関する技術開発活動を行わない。
3 被告シーマンが,原告の承諾を得て今後単独で開発し,かつ共同開発作業に属さない既存のメドラッド製品または新製品に関する技術の知的所有権は,以下の条件のもとに,被告シーマンがこれを所有するものとする。
(a) 被告シーマンは,本契約の期間及びその終了後1年間,日本またはその他の国での使用のため,その技術または知的所有権に基づく,メドラッド製品またはメドラッド製品と競合する製品を,第三者に販売してはならない
(b) 被告シーマンは,原告に対し,そのような技術または知的所有権を,その技術に対する特許権の付与の時点から2年間または本契約(延長された場合を含む)の終了時点のいずれか遅い時点までの間,被告シーマンと原告の相互に受諾可能な条件にて,買い受けまたはこれを使用する権利を取得するために誠実に交渉する独占的な権利を付与する。
4 既存のメドラッド製品または新製品に関する共同開発作業から生じた技術の知的所有権の帰属については,別途原告またはその関連会社と被告シーマンとの間で定める一般開発契約の条項に従う。
5 被告シーマンは,本契約の日付の時点において,メドラッド製品に関して,被告シーマンが所有する知的所有権または技術が,別紙5に記載する以外存在しないことを確認する。原告は,メドラッド製品の日本国外での販売のために他に優先してこのような知的所有権または技術を取得または使用する権利を有するが,両当事者は信義誠実の原則に基づき合理的な相互に受諾可能な経済的補償に関する取り決めについて協議決定するものとする。(以下略)。

本件では、被告が契約期間中に吉川化成という会社*2に委託して、
原告製品と競合する製品を開発し、
契約終了の約半年後にそれを販売した、という行為が問題になっている*3


本契約において競業禁止を直接規定するのは第2条であるが、
第2条4項で「本契約の有効期間中」という限定が付されていることから、
本件のような契約終了後の行為についてまで、同条の効力を及ぼすことはできない。


そこで、原告は第11条2項(契約期間中の無断技術開発禁止)と、
第11条3項(a)に基づき、被告の債務不履行責任を追及しようとしたのである。


原告・被告が取り扱っている製品は、
「血管に造影剤を注入する注射筒」という医療機器であり、
限られた市場の中で、自ずから販路も限定されるから、
「販売代理店」となったものが“寝返る”ことによって販売元が被る打撃は大きい。
また、機器の特性上、代理店が商品を扱う上で販売元から得ている
有形・無形のノウハウ等も少なからずあるものと思われる。


それゆえ、契約の終了後であっても、
「販売代理店」に一定期間の競業を禁止することのメリットは、
本来大きいはずである。


そして、原告はそのような背景を踏まえて、
第2条ならず第11条の規定を設けた、と考えることは、
決して無理な解釈ではない。


だが、現実には、
裁判所は、原告の主張を一部の限られたものについてしか認めなかった。


まず、第11条2項に関し、
裁判所は、被告の活動が「技術開発活動」にあたる、
という原告の主張を認めたものの、同時に、

「同条項は、その文言上、原告シリンジの完全なコピー商品を製造することまでを禁止するものでないことは明らかである」

として、競合品の製作をメーカーに依頼した時点で義務違反となる、
とする原告の主張を退けている。


認定事実からは、
被告が「改良品」の製作を委託する前に「コピー商品」の製作を委託した、
という事実が存在したことを読み取ることはできないから、
上記のような認定が損害額の算定等にあたって影響を与えたのか否かも
不明であるといわざるを得ない*4


だが、実害はなかったとしても、
上記のような解釈がなされることは、原告にとっては心外であろう。


原告にしてみれば、ここで禁止したかったのは「競合製品の開発」であって、
その見地からすれば、改良行為以上に、コピー商品の開発の方がたちが悪い。
改良行為でさえ禁止されるのだから、ましてやコピーをや・・・
と読ませるつもりでこの条項を理解していたに違いないからだ。


だが、残念ながら、
「変更または改良もしくはこれに類似する・・・技術開発活動」
という日本語を使った時点で、この条項には大きな隙が生まれてしまったといえる*5


また第11条3項(a)に基づく原告の主張にも裁判所はつれない。


曰く、

「前提事実記載のとおり,本件契約11条3項は,既存のメドラッド製品または新製品に関する技術の知的所有権を,被告シーマンが,「原告の承諾を得て」,単独で開発した場合に関するものであるが,本件における被告シリンジの開発が,原告の承諾を得てしたものでないことは弁論の全趣旨から明らかであるから,本件契約11条3項は本件に適用されないというべきである。したがって,その余について判断するまでもなく,被告シーマンによる本件契約11条3項(a)違反は認められない。」

いともあっさりと原告の主張を切り捨てた。


原告にしてみれば、“行儀良く振舞っている”代理店であっても、
「本契約の期間及びその終了後1年間」という競業禁止期間を遵守しなければ、
当然に与えられるべき権利を与えない*6、という
厳格な姿勢をとっているのだから、
ましてや“行儀良く振舞っていない”(承諾を得ずして開発を行う)代理店に対しては、
当然に上記の期間は競業が禁止される、と読ませるつもりだったのだろう*7


だが、裁判所は、本条項の条文構造ゆえ、
あくまで「原告の承諾を得て」開発を行った者にしか本条は適用されない、
と読んでしまったのである。


原告の気持ちは分からないではないが、
やはり、11条3項の柱書きとその下にぶらさがる(a)、(b)の各項、という構造を見ると、
裁判所の解釈の方に軍配が上がる。


3項(a)の内容は、「知的所有権の帰属」に絡めずに独立した条項として記載するか、
あるいは、「原告の承諾を得て」という余分な語を取るべきであったといえる*8


以上見てきたように、本件契約の書き方は、
原告の意図を伝えるのに十分なものとはいえない。


もしかすると、原告は“あからさまな”競業禁止条項を入れることを躊躇ったために、
あえて上記のような迂遠な書き方をしたのかもしれないし*9
元々、契約期間終了後の競合製品の販売は制限しないつもりだったのかもしれない。


だが、本契約全体を通じて感じられる“ぎこちなさ”を見ると、
上記のような問題は、
本契約が米国の契約書の「直訳」であることに由来するのではないか、
と思えてならない*10


自分はかの地での法務実務の経験はないが、
時々手元に渡ってくる契約書を眺めると、
“米国流契約文法”とも言うべき、奇妙な接続詞や関係代名詞の使い方に
お目にかかることがある。


そこに何の疑問も抱かずに“直訳”するか、
逐一相手に照会して“意訳”した場合とで、
文意が大きく変わることも稀ではないのだ。


そして、契約締結を急ぐ営業担当者をなだめながら、
そのような“契約文法”と格闘していくのが法務担当者の重要な使命でもある。


本件は、この点につき深慮が至らなかった、
という点で、原告にとって不幸な事例といえるのかもしれないが*11
同時に、「反面教師」として、契約法務の重要性を思い知らせてくれる好素材、
ということもできるように思われる。


上記の事案から、
法務担当者が日々行っている言葉遊びは決して無意味なものではない、
ということを、少しでもご理解いただければ幸いである・・・。

*1:http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/caa027de696a3bd349256795007fb825/b785ac994c109771492571180003e736?OpenDocument

*2:こちらも本件訴訟の当事者(被告)となっているが、裁判所は債権侵害に基づく不法行為の成立を否定し、原告の請求を棄却した。

*3:ここで問題になっている商品は医療用製品であるため、販売にあたっては厚生労働省の承認が必要となり、通常であれば半年で新製品を市場に出すのは困難である、ということが認定されている。

*4:その意味で、上記判示は単なる“傍論”に過ぎないのかもしれない。

*5:ここは一言、「複製」という言葉を入れておけば済んだ話のように思われる。

*6:代理店が単独で開発した技術の「知的所有権」は、本来であれば当然に代理店側に帰属させるべきものである。

*7:原告の裁判所での主張にもそれは良く現れている。

*8:なお、この契約の書きぶりを見る限り、仮に「原告の承諾を得て」がなかったとしても、「知的所有権」の「所有」者が「被告ではない=原告が「所有」者である」という解釈が導けるとは限らないし、本件で被告製品の中に「知的所有権」といえるものが含まれていたかどうかは分からない。だが、少なくとも裁判所に門前払いされることはなかっただろう。

*9:あまりに露骨だと独禁法違反の可能性も出てくる。

*10:原告は、米国の医療機器メーカーの日本法人である。

*11:もっとも、一応被告の債務不履行責任自体は認められているから、上記の契約文言上の「ミス」が最終的な結論にどの程度影響を与えたかは定かではない。損害額算定期間の長短には多少なりとも影響しているように思われるのは確かだが・・・。

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