『試される司法』

23日から、日本経済新聞1面の新しいコラム、
『試される司法』という連載が始まっている。


「第1部 担い手たち」と題したシリーズ、
第1回*1では、「弁護士 大流動化時代」というタイトルの下、
外資系法律事務所や企業による「弁護士大量引き抜き」の実例が取り上げられ、
さらに、

「まだ早いけど、合格したらうちに来てよ」。

と、「首都圏の法科大学院に通う院生」が、
「大手事務所が六本木ヒルズの会員制レストランで開いた懇親会」で、
「採用担当から口説かれた」というエピソードなどが紹介されている。


一方、第2回*2では、
「「法曹新人類」現る」というタイトルで、
キャリアを中断して法科大学院に集う“元社会人”の姿や*3
「リーガルクリニック」や「出張授業」に取り組んでいる
「自分の潜在力を引き出そうと、意欲的に行動する院生」
の姿を伝えている。


本コラムは、新時代の司法の担い手である「弁護士ら法曹人の実像」から
司法制度改革の内実に迫っていこうとするものなのである・・・


・・・と、一応型どおりの紹介をしてはみたが、
率直な感想をいえば、このコラムで伝えられている情報には
何ら真新しいものはないし、
“ありがちな”世間の見方を再確認するものでしかない。
むしろ、突っ込みどころが満載のコラムといえる。


例えば、第1回で登場する西川元啓・新日鉄常任顧問は、

「これまでは弁護士不足のせいで迅速な紛争解決ができなかった。弁護士の飛躍的な増加は大歓迎。ただ人数が増えれば競争原理が働く。質の低い弁護士は淘汰されるだろう。」

と、いつもと同じご見解を説かれているが、
法務実務の現場で、日々弁護士と接している担当者なら皆、
“淘汰”なんて、早々簡単にできるものじゃない、ってことを知っている。


また、仮に“淘汰”がなされたとしても、
こと“人”が絡む世界では、単純な“優勝劣敗”原理が働くことの方が稀で、
“悪貨は良貨を駆逐する”ことの方が多いのが世の常だということを、
発言者がご存知ないはずがなく、
取材者とて、理解していないはずはないのであって、
このような「定説」があたかも真理であるかのように説かれるのは、
全くもって、解せない話である。


また、第2回では、
新司法試験の合格率をめぐって、
当初の「法科大学院の修了者の7-8割」という数字ゆえに、

「30-40代の脂の乗った世代がキャリア中断を思いきれるようになったのではないか」

佐藤幸治法科大学院協会理事長が“分析”したかと思えば、


「「法曹新人類」の特性を生む原動力となった合格率が当初の想定より低くなる」
ことによって、

「社会人の法曹志向に陰りが差した。多様な人材の確保という理念が危うくなった」

と伊藤進・前明大法科大学院学長が
「警鐘を鳴ら」していらっしゃったりするのだが、
“高い合格率”なるものに魅かれて呼び込まれる程度の“多様な人材”の質など
たかが知れているのだから、
そんなものを呼び込むのであれば、
真面目に勉強している法学部の学部生に門戸を開いてやった方が、
よっぽど世のため人のためである。


自分の周りにも、法科大学院に転向した「元・社会人」の中にも、
内心「簡単に受かりそうだから」と思って行った人たちは
少なからずいたと思うが、
同時に「純粋に大学に戻って勉強したい」という思いが
同じくらい強かったからこそ、あえて仕事を離れ、
キャンパスに戻ったのだと思う*4


どんな立派な仕事キャリアを誇り、
どんなに高額の報酬を受け取っていたとしても、
「何か新しいことを学ぶ」機会のない人生は空しい。


仕事の中で、日々学び続け、成長し続けられればそれにこしたことはないが、
得てして、華やかな仕事ほど、そういう機会からは縁遠くなるものである。


ゆえに、“合格率”などという“撒き餌”など使わなくても、
毎年、「法律を勉強したい」「法律のプロになりたい」という理想に燃えて
法科大学院に進学する人間は必ず出てくるし、
制度設計者側が配慮すべきことは、
そういう理想に燃えた元・社会人を失望させないような
カリキュラムなり設備なりを大学側にしっかりと整備させることなのであって、
かえって勉強への意欲を弛緩させ、
かつ合格後の生活設計を揺るがしかねないような、
合格率の野放図な引き上げでは、断じて行うべきではないと思っている*5


そもそも、プロフェッショナルとして生きる以上、
職業に伴うリスクはどうしても避けることはできないはずだ。


そして、プロフェッショナルの中でも
求められるもののレベルが際立って高い弁護士ほどリスクの高い職業はない、
というべきなのであって*6
試験の合格率のリスクを恐れていては、
その後の人生を全うすることなど、とてもじゃないが覚束ないだろう*7


で、話は少し脇道に逸れたが、
このコラム(特に第2回)の記事を見て、一番引っかかるのは、
「従来の司法試験受験生」と「法曹新人類」のそれぞれに対する、
極めて型にはまった捉え方。


例えば、「合格率の大変動」がもたらした効果として、
このコラムでは、

詰め込みと答案技術に追われた司法浪人生を過去に追いやり、代わりに自分の潜在力を引き出そうと、意欲的に行動する院生の登場を促している」(太字筆者)

といった表現がなされているが、
旧司法試験が「詰め込みと答案技術」“だけ”で受かる試験ではない、
というのは受験界の定説であると聞くし、
逆に、どんなに合格率が高い試験になったとしても、
一定の「答案技術」と最低限の知識の「詰め込み」がなければ、
試験の合格は覚束ないだろう。


また、このコラムは、

「様々なバックグラウンドを持つ「法曹新人類」は企業間の困難な交渉ごとやトラブルの複雑さを肌で知っている。型にはまりがちだった従来の法曹人にない幅広い視野は「身近な司法」の実現に不可欠だ」(太字筆者)

とおだてるが、
企業の実務を知っているからといって、幅広い視野を持っているとは限らない。
いや、むしろ、企業の実務の最前線にどっぷり浸かっている人ほど、
視野が狭くなる傾向があるのは否めず、
それゆえに、コンプライアンス体制の確立だの、
社外の専門家の活用、だのが説かれていることを、
このコラムの筆者はお忘れなのだろうか?


・・・と、以上見てきたように、
このコラムに掘り下げの浅さが残ることは否めない。



世の中には「視野の狭い」司法浪人生もいるだろうし、
同時に、「視野の広い」「法曹新人類」なる人種もいることだろう。


だが、そういった新旧制度の“断片”だけを捉えて、
「司法制度改革の内実」を全て分析したつもりになるのは危険だと思う。


いかに法曹養成制度が変わったとしても、
いかに法曹のバックグラウンドが多様になったとしても、
「法律のプロ」としての法曹が世の中で担うべき役割には
変わりはないのであって、だとすれば、
「変わっていくもの」「変えなければならないもの」があるのと同時に、
「変わらないもの」「変えてはいけないもの」もそこにはあるはずだ。


真新しい改革の旗の下で、
後者は常に忘れられがちな存在であるのも事実*8
だが、そこに目を向けてはじめて、
真に「司法制度改革」の分析たりうるのではないだろうか。


司法制度改革に対するフォローに関しては、
他紙よりも一歩抜け出している感のある日経新聞だけに、
どうせ特集を組むのであれば、
そこまで踏み込んでほしい、と思っているのだが、
これは、期待しすぎだろうか・・・?

*1:平成18年4月23日付朝刊第1面

*2:平成18年4月24日付朝刊第2面

*3:実名で登場しているのは、公認会計士の横倉仁さん(36・早大)、インフォシーク元社長の中村隆夫さん(40・東大)、元短大助教授の竹内千春さん(37・大宮法科)。個人的には、同じ「元・社会人」でも会社を離れても使える「肩書」をもつ人々と、会社を離れてしまうと“元会社員”という“肩書”しか残らない人々を同列で論じるのは間違っていると思っているし、前者のような人々が法科大学院に集っている、ということをいかにアピールしても、一般の社会人に対する訴求効果は乏しいと言わざるを得ない。法科大学院に限らず、「普通の社会人」が抵抗なくキャリアを中断して学べるような状況には程遠い、というのが今のこの国の実態であろう。

*4:今頃「お腹いっぱい」と言っている人もいるかもしれないけれど(笑)。

*5:自分自身が、新司法試験受験界に足を踏み入れた時に、同じセリフを吐ける自信は今はないけど(笑)。

*6:逆に、仕事を選り好みしなければ、サラリーマンほどリスクの少ない職業はない(笑)。

*7:社会経験の乏しい純粋な学生であれば、「弁護士」=「安定した職業」と思ってしまうのもある意味当然のことかもしれないし(自分自身そうだったことは否定できず、ゆえに当時はそこに魅力を感じることもなかったのだと思う)、それゆえ「安定した職業に就けるか否か」(合格率が高ければ法曹の道を選ぶだろうし、低ければ、“次善の策”として他の「安定した職業」を選びたいと思うのだろう)という観点から「合格率」云々を議論することも許されると思うのだが、曲りなりにも「社会人」を経験したものであれば、「弁護士」が楽な職業でも安定した職業でもない、というのは理解していて然るべきなのであって、そういう職業に挑戦する“覚悟”を決めた以上、試験の合格率ごときであたふたするな、と言われても仕方のない立場にいる、というべきだろう。

*8:特に、一連の司法制度改革の過程においては、完全に忘れ去られていると言っても過言ではない。

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