アルゼ、最後の抵抗

アルゼの「スロットマシン」特許をめぐる一連の訴訟は、
特許の世界における“ダブル・トラック”の不可解さを説明するのに
うってつけの題材。


だが、昨年の知財高裁での侵害訴訟敗訴で終焉したと思われていた
「アルゼ事件」の残滓はまだ残っていたようだ。


知財高裁平成18年4月17日判決(第2部・中野哲弘裁判長)。
(平成17年(行ケ)第10739号、第10771号)
アルゼ側が、訂正審判却下審決の取り消しを求めて争った事案である。


そもそもの問題の経緯を時系列を追って見てみることにする*1

平成6年7月7日  特許第1855980号設定登録
平成13年6月25日 サミー(株)による第1次無効審判請求(無効2001-35267号)
平成13年6月27日 サミー(株)による第2次無効審判請求(無効2001-35278号)
平成14年5月17日 原告による訂正請求
平成14年6月26日 第2次無効審判事件の手続中止の通知
平成14年12月25日 訂正請求認容、特許無効審決(第1次審決)
         審決取消訴訟(第1次取消訴訟・H15(行ケ)第36号)
平成15年6月16日 第2次無効審判事件の手続中止解除の通知
平成15年6月27日 第2次無効審判事件において無効理由の通知
平成16年11月19日 特許無効審決(第2次審決)
         審決取消訴訟(第2次取消訴訟・H16(行ケ)第551号)
平成16年12月17日 原告による訂正審判請求(第1次請求・訂正2004-39286号)
平成17年1月25日 訂正拒絶理由通知
平成17年3月1日 原告による訂正審判請求(第2次請求・訂正2005-39036号)
平成17年2月21日 原告請求棄却
平成17年7月13日 第1次請求取り下げ
平成17年7月14日 上告棄却及び上告不受理決定
平成17年9月6日  第2次請求却下審決  

侵害訴訟の認容額が大きかっただけに、
特許権の維持をめぐっても権利者側の攻防の必死さが伝わってくる。


第2次請求却下審決が示していたように、
これまでの判例(最三小判昭和59年4月24日)や通説による限り、

「第1次審決が確定したことにより、本件特許は初めから存在しなかったものとみなされるので、本件訂正審判請求は、その請求の対象物がない不適法な請求であることに帰」す(7頁)

ことになるのは避けられなかったはずだ。


しかし、原告・アルゼ側はあえて、
最高裁判決に反旗を翻したのである。

昭和59年最判に対する“異議申立”

昭和59年最高裁判決は、
実用新案権者による訂正審判係属中に無効審決が確定した場合には、
「訂正審判の請求はその目的を失い不適法になると解するのが相当」として、
権利者側の訴えの法律上の利益を否定したものであるが*2
原告は、「同判決は実質的論拠を欠く」上に、
訂正審判請求に係る制度が「同判決がなされた以降に大きく様変わりしている」
現在においては、「同判決の射程は本件には及ばない」として、
以下のような主張を展開している。


まず、実質的論拠の欠如について、
原告は次のように述べる。

特許法126条6項但書は、無効審決確定後の新たな訂正審判請求を排除しているにとどまり、特許法の文理上、特許権の消滅までに請求された訂正審判事件の存続を許さないという規定は一切存在しない。
②訂正審判請求が無効審判請求に対する防御手段であることに鑑みると、一つの争いの中において偶然に無効審決が先に確定したというだけの理由で、既に係属中の訂正審判請求が不適法なものになるという消極説は、防御手段としての訂正審判請求制度の機能を著しく不完全にするものであり、現行特許法が想定している特許争訟の基本体系に反する結果を引き起こす。審理・確定の先後という偶発的事情によって特許権の生死が決まると言う結論に合理性がないことは明らかである。
③無効審決の確定によって特許権が遡及的に消滅した後であっても、特許権について訂正審決を得ることには法律上の利益がある。すなわち、法126条6項本文自体が「既に消滅して存在しない」特許権に対しても訂正審判請求をすることを認めているし、訂正を認める審決を得た場合、「確定した無効審決について再審を請求することができるという利益」の存在も認められる。
④消極説は、憲法上保障された特許権者の「裁判を受ける権利」を不当に制限するものである。無効審決確定時に係属中の訂正審判についてその継続を認めても、いたずらに紛争が長引くおそれは少ないから、消極説が論拠とする法的安定性の要請をもってしても、訂正の機会を終局的に奪われることにより特許権者の受ける甚大な損害を正当化することはできない。

また、昭和59年最判後の特許法改正として、

①平成5年改正により、無効審判係属中の訂正は「訂正請求」として行うべきものとされ、別途に訂正審判請求をすることができなくなった。
②平成15年改正により、訂正審判の請求時期が、特許無効審判の審決に対する訴えの提起があった日から原則として90日以内に制限された。

という事情を挙げ、

「現行法の下では、昭和59年最判が危惧したような権利関係の複雑化が制度的に解消されているのであるから、上記のような消極説の難点を無視してまで、消極説に固執する必要性は乏しくなった」

と述べている。


さらに原告は、本件の特殊性として、
第2次無効審判請求の審理が2度にわたって中断されたことを指摘し、
「訂正審判請求が法律上封殺される事態」が生じたと主張するとともに*3
「経過措置の狭間に立たされたことに起因する特許権者に不利な特殊事情」
が存在したことを主張したのである*4


昭和59年最判については、『特許法判例百選〔第3版〕』に
宮坂勝利最高裁調査官(当時)の解説が掲載されているが*5
その中でも、本件で原告が主張しているような、

「無効審決と訂正審決の先後関係によって権利の帰趨が決定的に異なるという結論について、なにがしかの割り切れなさ(がある)」

ことや、

「確定した無効審決に対する再審事由の獲得という意味での実益」

などが、一応の検討素材として挙げられている*6


消極説に対するこれらの“根強い”有力説を後ろ盾とし、
さらに近年の法改正を味方につけようとした原告の主張。


だが、それは知財高裁の容れるところとはならなかった。

無情な判決

知財高裁は、昭和59年最判を引用し

「本件訂正審判請求は、本件特許権を無効とする第1次審決の確定により不適法になったというべきであり、これと同趣旨の本件審決が違法となる余地はない」

と、あっさりした結論を出した。


そして、原告の主張に対しては、

(再審請求ができるという利益の存在について)
「訂正審判は、既存の特許権の内容を設定時にさかのぼって変更しようとする行政処分であって、あくまでも目的たる特許権の存続を前提とする従的な法律関係であるから、無効審決の確定により上記特許権が初めから存在しないことになった以上、訂正審判を請求する権利も目的を失ったことにより消滅することは明らかである」
「前記のような訂正審判制度の基本的な性質、及び、再審は紛争解決制度の中における例外的な救済制度であること等に照らし、原告主張の利益をもって法律上の利益と解することはできない」

(法改正後の昭和59年最判の妥当性について)
「上記各改正によっても訂正審判に関する法126条6項(平成5年改正前の同条4項、平成15年改正前の同条5項)と特許無効審判に関する法123条3項には明示的な変更がなされていないのであるから、原告の上記主張は採用できない」

特許権者の裁判を受ける権利の侵害について)
「原告はこれまでに合計4回(特許庁の判断を得たものは3回)にわたり訂正請求権を行使しているのであるから、原告が訂正請求権の行使を不当に制限されたとまでいうことはできないのみならず、同一の特許に係る無効審判の取消訴訟と訂正審判とが同時に係属している場合のそれぞれの審理の進め方につき、特許法が何らの定めもしなかったのは、特許権者の利益と、法的安定性の要請ひいては第三者の利益とを、具体的事件の実情に応じて調和させることを、それぞれの審理を担当する者の裁量と運用に委ねたからであると解されるから、原告主張のような事情があったとしても、それをどの程度考慮するかは、特許庁及び裁判所の裁量に任されるというべき」(以上、太線筆者)

と、悉くその主張を退けたのである。


あくまで憶測でしかないが、
本件訴訟は、特許の有効性を否定され、
侵害訴訟でどんでん返しを食らった原告側が、
「最後の抵抗(悪あがき?)」を試みたものに過ぎないように思われ、
仮に訂正審判請求の適法性が認められたとしても、訂正認容審決を得られる保証は
全くなかったように思われる。


また、前掲・宮坂解説が指摘するように、
平成15年改正により、一定の制度が整備された現在において、

「本判決の法理が直接適用される場面は、今後はごく限られたものとな」る

ことが予想されるのであって、
本件も一種の“名残り雪”のような存在の事件に過ぎない、
というべきなのかもしれない。


だが、そのような“実態”に即した結論の是非はともかく、
平成15年法改正に対する評価が未だ固まっていない現時点において、
20年以上も前の最高裁判決に対し、果敢に異を唱えた原告の“挑戦”には、
一定の評価が与えられて良いように思われる。


最高裁の先例が厳然と存在している以上、
本件について上告受理を申し立てたとしても、それが受け入れられる可能性は
決して高くないだろうが、
「早期の法的安定性確保」「迅速な紛争解決」に対抗するものとして、
特許権者の手続を受ける利益」が存在しうる、ということは、
頭の片隅にとどめておいても良いのかもしれない。

*1:H17(行ケ)第10739号と第10771号は、ほぼ同じ争点をめぐって争われているものなので、以下では前者を中心に説明することにしたい。

*2:ただし、当該事案においては、既に訂正不成立審決がなされており、それに対する取消訴訟の係属中に無効審決が確定した、という点で、訂正審判に対する審決そのものがなされていなかった本件とは若干事例が異なるようである。

*3:これは、平成15年法改正によって訂正審判請求の提起時期が制限されたことによる。

*4:平成15年改正法によって訂正審判請求の提起期間制限が設けられた代償として、裁判所による差戻し決定(法181条2項)や審決取消後の訂正審判請求の無効審判事件への吸収(法134条の3)という制度が設けられたが、これらの“救済”規定は平成15年改正法施行日以前に請求された無効審判についての審決取消訴訟には適用されなかったため(附則2条10項)、「極めて不利な状況」に置かれた、というのが原告の言い分である。もっとも、これまで再三取り上げている大渕哲也教授のご見解などによれば、平成15年改正によって設けられた諸制度を「救済措置」と位置付けるのは妥当ではないといえ、被告もこれに沿った反論を行っている。平成15年法改正が従来の判例に影響を与える、というのは大渕教授の持説と類似の発想であるが、本件における原告の主張のベクトルは、大渕教授のそれとは全く正反対の方向に向かっているようにみえる。この点につき裁判所がいかなる判断を示すか、注目しつつ読んでいたのだが、残念ながら判決においては、完全にスルーされてしまっていた(笑)。

*5:別冊ジュリスト170号・96頁(2004年)。

*6:もっとも、宮坂調査官ご自身は「無効審決が確定し、これを覆す可能性がなくなった以上、訂正不成立審決の取消しを求めるについて法律上の利益を失うに至ると解すべきことは当然であろう」と説かれているのであるが。

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