恥ずかしいのは自分の方だったか・・・

21日付のエントリーで言及した富士火災の件。
いろいろと各メディアの記事を見比べていくうちに、
筆者自身がとんでもない事実誤認をしていたのではないか、
ということに気付く。


元々経営不振で外国資本が注入された、という背景や、
昨年、徹底した成果主義で「手取りが約2万2000円になってしまった社員」
とかが話題になっていた会社だったこともあって、
どうしても先入観で記事を書いてしまったことは否めない。


関係者の皆様にはこの場を借りてお詫びするとともに、
筆者がドツボに嵌った、
今回のメディア報道の落とし穴をあわせて検証してみることにしたい。


※なお、以下では比較検証のため、各メディアの記事を全文忠実に引用することとしたい。



今回、筆者が最初に触れた日本経済新聞の報道は、
以下のようなものであった。(以下、太字は筆者)

富士火災社員、無効求め会社提訴 
 富士火災海上保険「弁護士に法律相談をする場合は会社の事前承認が必要」などとする社員行動規範を定めたのは「裁判を受ける権利を保障した憲法などに違反する」として、社員15人が行動規範の無効確認と1人当たり10万円の慰謝料を求める訴えを20日東京地裁に起こした。
 訴状によると、同社は今年5月、正社員や契約社員らを対象にした行動規範を制定。違反した場合は懲戒処分や訴追の対象になるとしたうえで、全社員に規範に従うとの確認書への署名を求めた。原告側代理人の弁護士は「規定は前代未聞。時代の流れに逆行している」としている。
 富士火災海上保険社長室広報グループの話 訴状を見ていないのでコメントできない。 (22:38)
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060920AT1G2003A20092006.html

これだけ見ると、
富士火災が制定した「規範」は、
社員が法律相談をする場合は常に会社の事前承認が必要、となるものであるように読める。
社員側がわざわざ憲法違反を主張していることや、弁護士のコメントもそれを裏付けるもの、
と理解するのが自然な理解であろう。


また、共同通信の配信を受けた東京新聞のサイトでは、
弁護士に「訴訟の代理」を委任する場合には、
コンプライアンス・法務部長の承認を得ねばならない」と
本件「規範」のより具体的な内容を記しているように読める*1

法律相談や取材は許可制 富士火災社員、違憲と提訴 
 中堅損保の富士火災海上保険(東京)の社員15人が20日、弁護士に法律相談したり、報道取材に応じたりする場合、会社側の許可が必要と定めた同社の行動規範は違憲として、無効確認と1人当たり10万円の慰謝料を求める訴訟を東京地裁に起こした。
 訴状によると、富士火災は5月ごろ、全社員に「メディア対応は社長室広報グループに照会しなければならない」「法律事務所に訴訟の代理を委任する場合などはコンプライアンス・法務部長の承認を得ねばならない」「違反すると懲戒処分などにする」と定めた行動規範への署名を求めた。
 原告を含む社員のほとんどは「業務命令」と言われ、署名したという。
 こうした行動規範は、憲法が保障する表現の自由や裁判を受ける権利の侵害と主張している。
 記者会見した原告の男性(59)は「セクハラや不当労働行為などで会社に問題があっても、事前にお伺いを立てなければならず、明らかにおかしい。提訴して会見している今も懲戒対象になってしまう」と話した。
 富士火災社長室広報グループは「訴状を見ていないのでコメントできない」としている。
(共同)(2006年09月20日 20時36分)
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006092001000844.html

この期に及んで自己弁護するのは潔くない、というのは承知の上だが、
上の二つだけを読めば、「とんでもない会社だ」という感想を抱くのが
普通の感覚である、といわざるを得ない。


だが、他紙のサイトを見ると様相は大きく異なってくる。


まず、産経新聞のサイトより。

社員が提訴 弁護士との接触を制限する行動規範は違憲
 社員が弁護士に相談する際、事前に会社の承認を義務付けた「行動規範」は憲法に違反するとして、中堅損保「富士火災海上保険」(本社・大阪市)の社員15人が20日、行動規範の無効確認と計150万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。
 原告代理人によると、弁護士との接触を制限する行動規範を企業がつくるのは前代未聞という。
 富士火災は5月、行動規範を社員に提示。同規範は「業務に関連して法律事務所に相談したり、弁護士に訴訟の代理委任をする場合は事前に法務部長の承認を得なければならない」などと規定し、違反者は懲戒処分の対象になるとしている。
 原告らは「会社側は法律相談の対象を労働争議全般と説明している」とした上で、「事実上、会社を提訴する権利を罰則付きで禁止するに等しい」と主張している。
 一方、富士火災「法律相談の規定は保険業務に関するものだけで、労働争議全般に及ぶものではない。なぜこんな誤解が生じたのか分からない」としている。
(09/20 20:53)
http://www.sankei.co.jp/news/060920/sha025.htm

上記サイトで紹介されている「規範」の中身のうち、
先に取り上げた2サイトのそれと決定的に異なるのは、
「業務に関連して」の一節があるかどうかである*2


そして、ここに「業務に関連して」が入るとなると、
この「規範」の理解の仕方は全く異なることになる。


なぜなら、会社の業務に関連して法律相談や訴訟代理の委任を行う場合に、
法務部のチェックを通すという作業は、どんな会社でもやっていることであり、
法務関係規程等により明文で定めていることすら珍しくないからだ。


営業、人事、経営戦略、といった社内の各部門が、
自分の業務に関する法律相談を勝手に弁護士に持ち込んで、
ついでに訴訟もお願い!などということをおっぱじめたら、
無駄にコストはかかるし、会社としての統一した方針を打ち出す上での妨げになるのは
言うまでもないことであって、
社内の仕切りとして、それを認めない、とすることには、
合理的な理由あり、といえると考える。


そして、上記のようなルールは、
社員の個人的な事情で弁護士に相談を持ち込むことを妨げるものではないのだから、
「裁判を受ける権利」だの何だの、という社員の人権論が出てくる余地は、
ここにはない、といって良い。


「業務に関連して」という表現には
曖昧な部分があるのも確かで、
「業務遂行にあたって」行う場合以外のケース*3をも
含むと読めないこともないから、
上記記事の中で原告の主張として記されている
「事実上云々・・・」という話にも一定程度耳を傾ける必要はあるのかもしれないが、
結局は“言葉のあや”の問題に過ぎず、
一種の揚げ足取り訴訟、と呼ばれても仕方のない事例なのではないだろうか。


読売新聞のサイトでも、同じようなニュアンスの事実関係が紹介されている。

社員向け行動規範「権利侵害」で提訴…富士火災社員 
損害保険会社「富士火災海上保険」(本社・大阪市)が社員向けに策定した「行動規範」について、同社の社員15人が20日、「正当な意見を表明する権利や裁判を受ける権利を侵害するもので違法だ」とし、無効であることの確認などを求める訴訟を東京地裁に起こした。
 訴えによると、同社は今年5月、「富士火災 行動規範」を作成、社員に従うよう求めた。
 行動規範は、〈1〉メディアからの問い合わせなどがあった場合は自らの判断で対応してはいけない〈2〉業務に関連して、法律事務所に訴訟の代理を委任する場合などには事前に会社の承認を得なければならない――などとし、違反した場合には懲戒処分の対象になると定めている。
 原告側は「取材に応じたり、弁護士に相談の上、正当な内部告発を行おうとしたりする場合も、事前に会社の承認を得なければならないとする規定は問題だ」などと主張している。
 富士火災海上保険社長室広報グループの話「訴状を見ていないのでコメントできないが、行動規範はコンプライアンスの徹底のために作成した。通常業務に対する規範を定めたものだ
(2006年9月21日0時27分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060920i216.htm

ここで会社側の言い分を全面的に信用するのも危険だと思うが、
やはり産経、読売の二紙において“正確に引用された”「規範」の文言を見る限り、
会社の言い分に利があるように思える。


・・・となれば、行き着くところは「トンでも訴訟」ということになろう。


日経新聞の記者が、なぜ上記のような“舌足らず”な記事を書いたのか、
筆者には知る由もないが、
「業務に関連して」の一節を省いた二紙で取り上げられている広報のコメントと、
正確な引用を行った二紙における広報のコメントを比較すれば、
記事を書く上で、何らかの作為的な意図が働いた可能性も否定できないように思う*4


もちろん、特定のメディアの記事を鵜呑みにして、
早とちりで記事をアップした責任がすべて筆者にあるのはいうまでもない。


同じネタを取り上げた町村先生のブログでも、
http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2006/09/lawyer_7308.html#trackback
コメント欄で同様の指摘があって、
町村教授ご自身が、

「うーむ、それが本当なら、報道は全く信用できず、原告の言い分を鵜呑みにしてこのエントリを書いた私も反省が必要です。」
「ますます脊髄反射エントリの恥が明らかになってくるみたいですね。」

というコメントを寄せられているが、
筆者もまさに同じ心境である。


やはり、一次資料に触れることなく、
何かを論評するのは危険すぎる、ということなのだと思う。
これを薬に、以後精進したい・・・。

*1:ここでは「メディア対応についても広報部署への照会を経なければならない」という別のトピックも登場しているが、本稿ではこの点については割愛したい。

*2:読点が変なところに入っているので、後段には「業務に関連して」がかからないのでは?という意地悪な読み方ができなくもないのだが、文脈からいえば、訴訟の代理委任についても「業務に関連」したものだけが対象となっていることは明らかであろう。

*3:たとえば、業務中にセクハラにあった場合など

*4:なぜなら、各社とも記者会見を受けて同じような時間帯に広報に取材の電話を入れているはずで、会社担当者のコメントも当然似たようなものになっているはずだからである。そこであえてコメントの後半部分を省いているあたり、単なる字数の制約、という常套句ではごまかせない何かを感じる。

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