最後に勝つのは正義。

地裁判決の時にも話題になっていた「オリンパス内部通報報復事件」で、会社側に大きな打撃を与えるような高裁の逆転判決が出た。

「社内のコンプライアンス(法令順守)窓口に上司の行為を通報したことで配置転換などの報復を受けたとして、オリンパス社員、浜田正晴さん(50)が1000万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が31日、東京高裁であった。鈴木健太裁判長は請求を棄却した一審判決を変更し、「配転先の部署で働く義務はない」と確認して配転は無効とし、同社と担当部長だった男性上司に計220万円の支払いを命じた。」(日本経済新聞2011年8月31日付け夕刊・第16面)

自分もかつては“会社側”の人間として、ドロドロした労働事件に片足突っ込んでいたりしたこともあったから、会社と喧嘩している社員、元社員の側に常に正義があるわけではない、ということを、一応強調しておきたい気持ちはあるし*1、会社の中で働く、ということの意味を実体験として理解していない学者や一部の法律家たちが考えるほど、会社の中での社員の扱われ方が滅茶苦茶だとは思っていない。

だが、この事件に関しては、最高裁HPにアップされた地裁の判決で認定された事実を見ただけで、明らかに会社側に理がない事件だ、という思いを強くしたし、そのような前提事実の下でもなお社員側の請求を退けた東京地裁の至って保守的な判断に、理解できないものを感じていた。

上記の記事のとおり、高裁が社員側勝訴の逆転判決を下した、というのは、実に賢明で、画期的なことだと思うのであるが、ここではまず、この事案における会社側の対応がいかにひどいもので、地裁判決がいかに理解しがたいものか、ということを、ご紹介しておくことにしたい。

東京地判平成22年1月15日(H20(ワ)第4156号)*2

判決の中では、

平成17年10月1日 IMS事業部IMS企画営業部工業用内視鏡販売部門チームリーダー及びマーケティング部門チームリーダー
平成18年11月 オリンパスNDT株式会社(ONDT)においてNDTシステム(非破壊検査機器)営業にかかわる
平成19年4月1日 ONDTの被告会社への吸収合併に伴い、IMS事業部国内販売部NDTシステムグループ営業チームリーダー(営業販売業務の統括責任者)
平成19年10月1日 IMS事業部IMS企画営業部部長付き(新事業創生探索活動として主にSHM(構造ヘルスモニタリング)のビジネス化に関する調査研究業務)

という原告の異動履歴が認定されている。

そして、本件で争いになったのは、原告がNDTシステムグループの営業チームリーダーから、全く畑違いの分野を担当する「部長付」へと配転された平成19年10月1日付け異動(太字)の有効性であり、その背景にあったと思われる原告の平成19年4月〜8月の行動に対する“評価”であった。

原告が平成19年4月〜8月に取った行動というのは、「取引先の社員が原告の職場に何人も立て続けに引き抜かれてきたこと」に対する抗議行動であり、本判決の中では、以下のような事実が認定されている。

4月12日 IMS事業部長であるX1に対し、取引先からの2人目の転職希望者の件をとりやめるべき、と言う。
4月13日 直属の上司であるX2に対し、「飲み会の場でのX4(引き抜かれた社員)の発言に対し厳しい措置と指導を課すべき」という内容のメールを送付。
5月21日 原告とX1、X2、X4とで会議
6月11日 コンプライアンスヘルプラインに電話
7月3日 コンプライアンス室長も交えた会合
7月12日 コンプライアンス室長も交えた(関係修復の)会合
8月27日 X1らによる原告に対する配転命令の説明
8月29日 社長に対するメール

一機2億円程度、という巨額のシステムを扱う部署が、大口の顧客の担当者を引き抜いて自社の営業で使う、というやり方の荒っぽさは、この原告ならずとも疑問に思うところで、原告が上司やコンプライアンス窓口等、あの手この手で自分の問題意識を伝えようとしたことは無理からぬことといえるだろう。

通報を受けたコンプライアンス室も、その回答の中で、

「4 本件に対する処置 (1)取引先担当者の採用に関する注意喚起 採用に関しては人事部がチェックし,問題があれば個々に注意しており,改めて注意喚起を行うかどうかは人事部に一任する。人事部では,取引先担当者の採用に関する明文化された基準はないが,基本的には道義的な問題があり,“採用は控える”というのが原則だと考えている。採用する場合には,当事者が当社への転職を希望し,取引先と当社との間で機密保持誓約を含む同意が成立しない限り行わないこととしている。」などというものであった。」(27頁)

と共通の問題意識を示している。

だが、この会社は、原告をNDTシステムの営業ラインから外して何ら経験のない新規事業分野の「部長付」とする配転人事を企図して本人に通告するとともに、応じようとしない原告に対して「ユーザー側の混乱」を理由に、「ユーザー訪問のキャンセル」や「ユーザーへの連絡禁止」を指示する、という対応に出た。

確かに、あちらこちらで自分の主張を声高に主張し、最終的には社長への“ダイレクトメール”まで飛ばした原告のやり方には、主張の内容の是非以前の問題が全くなかったとは言い切れないのかもしれない。

しかし、その辺を割り引いても、平成19年10月1日付けの原告に対する配転命令は、一連の原告の言動に対する措置としてはあまりに際どく、「報復」と言われても仕方ないような露骨なものであったと言わざるを得ない。

そして、その過程では、通報の秘密を厳守すべきコンプライアンス室長が、回答の際に、原告のみならず、X1や、問題の“引き抜き”を受けた社員本人(X5)に対してまで、メールを送信し、「原告がコンプライアンス窓口に申告したこと」を晒してしまった、という重大な落ち度も介在している。

こうなってくると、配転命令の妥当性に疑義が生じるのはもちろんのこと、会社等への損害賠償請求(1000万円)すら認められても不思議ではなかった。

それにもかかわらず、東京地裁は以下のような驚くべき論理を用いて、原告の請求を退けたのである。

「原告が主張する不正競争防止法違反」という点に関し、原告は社長へのメールやその後の内容証明郵便の中で、特段言及しておらず、被告会社の認識としては、「原告の通報内容は業務及び人間関係両側面の正常化を目的とするもの」というものであった」(33-34頁)
    ↓
「このような抽象的な通報を理由に、被告会社がコンプライアンス室に対する申告を制限したり、無化する目的と有していたとは到底考え難い」
「以上によれば、公益通報者保護法にいう「通報対象事実」に該当する通報があったものと認めることはできない」
(34頁)

在職中に会社相手に訴訟を提起していることに鑑みれば、原告が普通の人より勇敢な社員であるのは間違いない。
だがその一方で、法律知識に関して、この原告が特別秀でていた、といえるような事情があるわけでもない。

自分が問題意識を有している事項が、どの法律のいかなる構成要件に該当して違法行為となりうるのだ、ということを、法の素人である申告者側で積極的に主張し続けないと公益通報者保護法が適用されない、というのでは、「保護法」は事実上、有名無実なものとなってしまうわけで、「不正競争防止法違反」ということを明示して主張していないとダメという理屈*3は、正直言って理解不能というほかない*4

そもそも、この手の窓口に情報を申告する者は、あくまで“(法律に関しては)素人”というのが前提なのだから、申告の内容が、法制度の趣旨からして申告に馴染むものであるかどうかを問わず、申告の事実に関する秘密は守られなければならないのであって、

「原告による被告コンプライアンス室に対する通報は「業務及び人間関係両側面の正常化が狙いである」

などと、原告の意図を勝手に忖度し、

当然、被告X1等関係者に通報者及び通報内容が知られることは容易に想定しうることであり、原告が平成19年7月9日に送信した電子メールもそれを前提とした内容である。結局、本件回答を被告X1及びX10人事部長に送信することについて、原告の承諾があったものと認められる」(36頁)

などとするのは、「公益通報窓口」の趣旨を全く理解していない判断だと言わざるを得ない。

加えて、話が出てきた経緯に明らかな疑義があり、本人のそれまでの職務内容や職制上のポジションを勘案すると違和感のある異動であるにもかかわらず、裁判所は会社側の主張を丸のみするような形で、「人員選択の合理性必要性あり」との判断まで示してしまっている。

その結果、一審では、事案には相応しくない「会社勝訴」という結論が導かれることになってしまい、結果的に、本件の原告は、錦の御旗を得た会社により、第一審の口頭弁論終結後、判決後とさらに閑職への配転命令を食らうことにもなってしまった・・・。

いずれ、高裁判決をベースに、様々な議論が世の中で戦わされることになるだろうと思うが、その際には是非、「地裁判決がいかに罪な判断だったか」ということも合わせて検討していただきたいものだと、個人的には思うところである。

*1:片足突っ込んでない時期には、組合の役員やら何やらをやらされて、労働側のご都合主義も散々目の当たりにしてきたからなおさらそう思うところはある。

*2:民事第36部・田中一隆裁判官(単独)、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110621150355.pdf

*3:公益通報者保護法の射程外の問題であるから、「通報への報復」等の不当な動機・目的は認められない、とする理屈。

*4:申告者としては、自分が知っているありのままの事実を伝えればそれで十分なのであって、その内容がいかなる法令に抵触するか、ということは、申告を受けた会社自身で調査しなければいけないことのはずである。

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