「写り込み」と著作権

平成14年に策定されて以降、ここ数年毎年のように改訂されている、経済産業省電子商取引等に関する準則』。


最新の平成18年2月版は、既に別冊NBLとしてまとめられているが、その際に付け加えられた「ソフトウエアの使用許諾が及ぶ範囲」、「インターネットサイト上の情報の利用」などは、「電子商取引」というカテゴリーを越えて一般的に適用しうる準則となっており、実務上なかなか興味深いものであった。


そんな中、早くも昨年末に、次回改訂に向けてのパブリックコメント募集がかけられている。


対象は、「電子商取引等に関する準則改訂案」(経済産業省平成18年12月)(http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1030&btnDownload=yes&hdnSeqno=0000017239


「価格誤表示と表意者の法的責任」「ワンクリック請求と契約の履行義務」といった電子商取引特有の問題に関する新規追加事項もあるが、個人的に関心があるのは、「第2 情報財取引」の項にある「肖像の写り込み」「著作物の写り込み」「サムネイル画像と著作権」といったいわゆる知財マターの新規追加事項である。


あえて説明するまでもなく、これらは商品宣伝や広報等に際して、実務上常につきまとう問題であり、法令順守が声高に叫ばれる折、神経を尖らせているところではあるのだが、かといって、実際に訴訟にいたるような事案は少なく、「他社事例に学ぶ」といったような定石パターンは使えない。


それゆえ、行政機関の制定する「準則」が公表される、ということは、(それが法的規範たりえないことを前提としても)十分に有難い話なのである。

「著作物の写り込み」

さて、肝心の内容であるが、準則で論点として示されたのは、

「写真等に第三者の著作物が写りこんでいた場合、法律上問題はないか。」
(例)
1.写真や映画を撮影した際に、その写真や映画の背景に第三者著作権を有するポスターが写り込んでいた場合。
2.例1のように撮影された写真を、自分のホームページにアップロードし、公衆の閲覧に供した場合。

というものである。


準則では、「考え方」として、著作物が写り込んでいる場合に複製権侵害や公衆送信権侵害に該当する可能性があることを示唆した後に、「問題の所在」として、

「道端に掲示してあるポスターを(筆者注:原文ママ)のみを、ファインダー一杯にそのまま撮影したような場合、私的使用目的の複製等に該当する場合を除き、通常著作権侵害となると言ってよい。」
「これに対して、たまたま撮影した写真の背景に第三者が権利を有する著作物が写り込んだ場合に、全て著作権侵害になるという結論は明らかに一般的な法感情に反するものと考えられる」

として、後者の救済の途を探る姿勢を見せている。


そして、「具体的検討」の項では、「写真や映画等の背景に写り込んでいる著作物がある程度識別可能である場合には著作権侵害となる可能性がある」としつつも、雪月花事件の裁判例を例に挙げて、

①「単に識別ができるという程度の写り込みでは未だ著作権侵害とは言えず、より具体的に当該著作物の創作的表現内容を直接感得し得るような場合に限ることになろう」

としたり、

②「仮に、他人が権利を有する著作物が鮮明に背景に写り込んでいるような場合、上記のように考える以上、複製に該当しないとすることは困難である」が「他人の著作物が(筆者注:原文ママ掲示方法如何によっては、権利者の黙示の許諾の存在が認められる場合もあろう。」
「例えば、テーマパークや観光地など、多くの人の来集が想定され、写真撮影等が行われることが容易に想定できる場所に掲示してある著作物等(キャラクター等)については、その権利者が黙示の許諾を与えていると考えられる場合もあろう。」*1

という解釈を示すなどして、「写り込みが著作権侵害にならない可能性」を示唆している*2


個人的な感覚としては、①はともかく*3②については、「そうは問屋がおろすまい(笑)」という気がするのであるが*4、権利者からの“不当な”クレームに抗する拠り所が一つでもできたのは、やはり有難いことというべきだろう*5


また、氏名表示権についても、著作権法19条3項に照らし、複製権侵害等が認められない場合には「通常著作者の利益を害するおそれは乏しく、公正な慣行にも反しないと言える場合であろうから、氏名表示権侵害が問題となる場合は少ないものと考えられる」として、利用者に対する一定の配慮が示されている。


最初のところでも触れたように、この準則はあくまで行政機関が出している解釈指針の一例に過ぎず、実際に訴訟になったときに自らの主張の補強材料として使えるかどうか、については何ら保証されていない。著作権の分野においては、所管官庁たる文化庁の公定解釈すら司法当局に否定されているのであるから(記憶に新しい「ローマの休日」事件など(笑))、本来著作権を所管事項としていない経済産業省が出している準則など、歯牙にもかけられずに捨象されてしまうのかもしれない。


だが、実務者の感覚からは大きくずれた「正論」がとかくまかり通りがちな知財(特に著作権)業界において*6、法解釈により利用者の側にも一定の自由度を与えようとする試みは率直に評価されて良いものだと考えている。


これで準則のタイトルから「電子商取引等に関する云々」という看板を外していただければ、より多くの人の目にも止まり*7、議論も活発化するだろうと思うのであるが、やはりそうなると“領空侵犯”になってしまうからダメなのかしらん・・・(笑)。

*1:ただし、この準則をもってしても、「写真や映画としての撮影にとどまらず、公衆送信をする」場合については、「黙示の許諾を与えていると見うる場合はかなり限定されることになろう」と指摘していることに注意すべきであるが。

*2:もちろん、最後には「権利濫用(民法第1条第3項)」に当たる可能性も示唆している。

*3:雪月花事件判決の理由付け自体はいろいろと議論のあるところで、「感得しうるかどうか」を基準にするまでもなく、端的に②の議論から始めてしまって良いのではないか、という考え方もあるとは思うのだが、既存の裁判例に敬意を払う、という観点からすれば、まぁ穏当な発想というべきだろう。

*4:ディズニーもサンリオも、自分達のテーマパークの中で撮影した写真に写り込んでいるキャラクターがあちこちに出回るのを、そう簡単に“黙って許諾”してくれているとは思えない(ディズニーなどは明示的にに反対の意思を示している、というべきなのかもしれない)。

*5:もっとも、立場が変わって、自分の会社の製品だのキャラクターだののパブリシティを保護する必要性に迫られたときには「両刃の剣」にもなりうる準則ではあるのだが・・・(苦笑)。

*6:一部の権利制限規定を除けば、「権利者の権利を守る」ための文言しか設けられていない以上、仕方ないのではあるが。

*7:正直、つい最近までこの準則の中に「知的財産」に関する項目が設けられていることを筆者は知らなかった・・・。

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