消えないモヤモヤ

バズワードになって久しく、最近では世界中で政治の世界でのアピール材料にすらされている感のある「生成AI」

確かに現在の殺伐とした世界情勢を考慮すれば、情報倫理的観点から「いかに悪用されないようにするか」を考えることには意味があると思うし、昨年から喧々諤々と繰り広げられている議論のすべてを否定するつもりはない。

だが、昨年の春時点でのエントリー*1でも書いたとおり、この話題から「著作権法の権利制限規定」にまで切り込もうとするのは、明らかに筋が悪い話だと自分は思っているし、本当に著作権法を(これまでの改正経緯も含めて)理解している関係者なら、そこに議論を飛び火させるのはまっとうではない、ということも重々理解しているはず。

だから、様々な業界団体のプレッシャーで政治が「著作権法への介入」に色気を見せ始めた時も、真の専門家の委員会(文化審議会著作権分科会法制度小委員会)では上手にあしらってくれるだろう、と個人的には期待していた。

そんな中、先月末に公表され、パブコメに付された「AIと著作権に関する考え方について(素案) 」
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000267588

自分も一通り目を通してはみたが、どう評価すべきか、一言で表すのはなかなか難しい。

例えば、著作権法30条の4に関する以下のような記述。

「近時は、特定のクリエイターの作品である少量の著作物のみを学習データとして追加的な学習を行うことで、当該作品群の影響を強く受けた生成物を生成することを可能とする行為が行われており、このような行為によって特定のクリエイターの、いわゆる「作風」を容易に模倣できてしまうといった点に対する懸念も示されている。 この点に関して、生成AIの開発・学習段階においては、当該作品群は、表現に至らないアイデアのレベルにおいて、当該クリエイターのいわゆる「作風」を共通して有しているにとどまらず、創作的表現が共通する作品群となっている場合もあると考えられる。このような場合に、意図的に、当該創作的表現の全部又は一部を生成AIによって出力させることを目的とした追加的な学習を行うため、当該作品群の複製等を行うような場合は、享受目的が併存すると考えられる。」(素案16頁、強調筆者、以下同じ)

享受目的が併存する場合は30条の4が適用されない、という前提で一定の場合を例示して「併存する」と述べているのだが、「クリエイターの懸念」に配慮しているように見えて、「作風の模倣」を懸念する意見は婉曲にだがバッサリと切り捨てている*2

また、一部で出ている、「著作権者が反対しているのに勝手に学習に使うなんてけしからん」という声に対しても、

「このような権利制限規定一般についての立法趣旨、及び法第30条の4の立法趣旨からすると、著作権者が反対の意思を示していることそれ自体をもって、権利制限規定の対象から除外されると解釈することは困難である。そのため、こうした意思表示があることのみをもって、法第30条の4ただし書に該当するとは考えられない。」(素案22頁)

とバッサリ切ってくれているのは心強い。

海賊版から学習データの収集が行われることの是非については、事業者側に規範的な行為主体としての責任が認められうる、という建前は打ち出しつつも、

海賊版等の権利侵害複製物を掲載するウェブサイトからの学習データの収集を行う場合等に、事業者において、このような、少量の学習データに含まれる著作物の創作的表現の影響を強く受けた生成物が出力されるような追加的な学習を行う目的を有していたと評価され、当該生成AIによる著作権侵害の結果発生の蓋然性を認識しながら、かつ、当該結果を回避する措置を講じることが可能であるにもかかわらずこれを講じなかったといえる場合は、当該事業者は著作権侵害の結果発生を回避すべき注意義務を怠ったものとして、当該生成AIにより生じる著作権侵害について規範的な行為主体として侵害の責任を問われる可能性が高まるものと考えられる。」(素案24頁)

というのが具体的なあてはめだから、現実にこれに抵触する場面というのは相当限定されるだろう。

このように、明後日の方向からの批判を巧みにかわし、切り捨ててくれるだけならよかったのだが、他の箇所では、以下のようにわざわざ「少数意見」を拾い上げているようなくだりもあったりする。

著作権法が保護する利益でないアイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることにより、特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI生成物によって代替されてしまうような事態が生じることは想定しうるものの、当該生成物が学習元著作物の創作的表現と共通しない場合には、著作権法上の「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には該当しないと考えられる。他方で、この点に関しては、特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI生成物によって代替されてしまうような事態が生じる場合、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当し得ると考える余地があるとする意見が一定数みられた。」 (素案20頁)

本来であればこの話は「1文目」で終わって然るべきレベルのものであるはずなのに、著作権の話とは無関係の”需要代替”を法30条の4ただし書きにこじつけようとする論者にささやかな共感を示す不可解*3

また同じ法30条の4ただし書きに関し、

AI学習のための著作物の複製等を防止する技術的な措置が講じられており、かつ、このような措置が講じられていること等の事実から、当該ウェブサイト内のデータを含み、情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が将来販売される予定があることが推認される場合には 、この措置を回避して、クローラにより当該ウェブサイト内に掲載されている多数のデータを収集することにより、AI学習のために当該データベースの著作物の複製等をする行為は、当該データベースの著作物の将来における潜在的販路を阻害する行為として、本ただし書に該当し、法第30条の4による権利制限の対象とはならないことが考えられる。」(素案23頁)

と書かれているくだりについても、いささか「特定の分野の権利者」のビジネスモデルに配慮し過ぎのように思えてならない。

ここではむしろ脚注25に落とされている、

「この措置を回避して行うAI学習のための複製等であっても、当該データベースの著作物の将来における潜在的販路を阻害する行為に当たるとは限らない、また、これに当たると評価される場合でも、本ただし書に該当すると解することは適切でないといった意見もあった。また、当該データベースの著作物の将来における潜在的販路を阻害する行為に当たると評価される場合であっても、これに含まれる個々の著作物の将来における潜在的販路を阻害する行為に当たるとはいえず、当該個々の著作物との関係で本ただし書に該当するわけではない、とする意見があった。 」(素案23頁)

といった指摘も、きちんと本文で併記して取り上げるべきではなかったか。

パブコメ締切り後の2月15日に、明大IPLPIのサイト上で公表された著作権関連法制研究者有志の「「AIと著作権に関する考え方について(素案)」に対する意見」(2024年2月12日付)*4が端的に懸念を示すように、日本の、特に最近の「実務家」は、この手のペーパーを必要以上に気にしがちだ。

著作権法30条の4等の柔軟な制限規定の適用については、特定の解釈が採用される可能性や様々な状況が問題となりうること等により、侵害のおそれが完全には否定できない場合は少なくない。しかし、社会状況も含めた具体的事案を前提としなければ確定的な判断ができないような事例についてまで、小委員会のような公の機関が、今回の「素案」のような形であえて著作権侵害の可能性を指摘することは、特に著作権侵害について刑事罰が設けられていることに鑑みると、新たな表現活動やAIの開発・研究等に対して過度の萎縮を及ぼすことが強く懸念される。 とりわけ、「素案」で示された解釈が公的に承認された唯一の考え方であるかのように社会的に受け止められること、AIを巡る技術や社会の認識が刻一刻と変化する中でもなおそれが一人歩きし、拡大解釈されていくことを強く危惧する。 」(有志意見より、強調筆者)

世の中には、有志意見が引き合いに出している『電子商取引に関する準則』ですら金科玉条の如く扱っている人がいることを考えると、「一つの法解釈のたたき台」ということを強調したところで、萎縮する人が一定数出てくることは避けられないだろうけど、せめて、前記「考え方」が、各権利制限規定が本来想定している範囲を超えて「権利制限の対象とはならない」可能性に言及したくだりだけが都合よく使われることのないように、釘を刺しておくのは大事なこと。

そして、非享受/享受の概念を用いることで、著作権法によって守られるべき部分とそうでない部分に絶妙なラインを引き、バランスを保った現行著作権法30条の4と47条の5の規定は世界に誇るべきものだと思うだけに、仮に「広く国民に対して周知し啓発を図る」(素案37頁)場合でも、その根底にある思想だけは決して逸脱することのないように、と今は願うのみである。

*1:k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*2:改めて説明するまでもない話だが、「作風」がいかに類似していたとしても、具体的な創作的表現のレベルで類似性がなければ、著作権侵害の問題は生じえない。

*3:同じページで「改正前の旧法第47条の7において権利制限の対象であった行為(例:電子計算機による情報解析のための記録媒体への記録)については、同条ただし書が「情報解析を行う者の用に供するために作成されたデータベースの著作物については、この限りでない。」と限定的に規定しており、改正前に「権利制限の対象として想定されていた行為については引き続き権利制限の対象とする立法趣旨」(参議院文教科学委員会附帯決議(平成30年5月17日))に鑑みれば、改正前に権利制限の対象であった行為(例:電子計算機による情報解析のための記録媒体への記録)について、改正後の法第30条の4柱書ただし書に該当するのは、情報解析を行う者の用に供するために作成されたデータベースの著作物の場合に限定される、といった意見があった。」という立法趣旨を踏まえればごくまっとうとも言ってよい意見が「脚注」に追いやられている(脚注19)こととの対比で、この持ち上げぶりには違和感を禁じ得ない。

*4:https://www.isc.meiji.ac.jp/~ip/20240212PublicComment.pdf

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