またしてもミスリードの悪寒・・・

ホワイトカラーエグゼンプション制度に並んで今国会の雇用制度改革の目玉になるはずだった「労働契約法」。


前者が見送られることが確実になってきた今、後者の審議も無事始められる保証は全くないのであるが、とりあえず厚生労働省は法案要綱をまとめたらしい*1


だが、またしても“炎上”を予感させるのが日経新聞の以下の記事。

「新法の目玉は就業規則を役割強化(注:原文ママ)。就業規則労働基準法に基づき、休憩時間や休日、賃金の支払方法などを定めた職場の基本ルール。労働契約法では就業規則で定めた内容を、企業と個々の社員が結んだ労働契約と見なす。就業規則に労働契約としての法的効力を持たせることで全従業員の労働契約をまとめて変更できるようにする。経営の機動性が増すため経済界が導入を求めていた。」
「ただ就業規則労働組合の意見を聴取するだけで企業が自由に変更できるため、労働組合などは労働契約としての効力を持たせれば「労働条件の一方的な不利益な変更を招く」として慎重な議論を求めていた。(日経新聞2007年1月24日付け朝刊・第5面)

まずこの記事を書かれた記者の方には、偉大なる菅野和夫教授の『労働法』を熟読することを勧めたい。そこまで読みこなす能力がないのであれば、せめて伊藤真のテキスト(笑)だけでも読んで欲しい。


就業規則の内容が労働契約を規律するという発想は、かなり前から既に通説的位置づけになっているし、過去のエントリー*2でも触れたように、今回の労働契約法のこのあたりの定めは、従来の判例法理を明文化したものに過ぎず*3、それ以上でもそれ以下でもない。


それをあたかも「使用者に有利な」変更がなされたように吹聴すれば、結局は“贔屓の引き倒し”になる。天下のA新聞あたりが、「労働条件一方的改悪法案」とでも名づけてしまえば一巻の終わりだ。


もちろん、これまで契約としての位置づけが明確であった労働協約に比べると、使用者側が一方的に決められる(変更できる)点において就業規則の方が緩そうに思えるのだが、現実には「組合が弱い会社」であれば、労働協約だろうが就業規則だろうが、使用者が一方的に決めることに変わりはないし、「組合が強い会社」であれば、就業規則一つ変えるにも組合のご機嫌を伺わなければならないことに変わりはない*4


結局のところ、就業規則の効力を“法的に高めた”からといって、何ら実務が変わるとは思えないのだ。


就業規則による労働条件変更が合理的なものと認められるために必要な5項目の条件は、(厳格な審査を行う限り)変更に際しての相当高いハードルになるし、その中には「労働組合等の交渉の状況その他」という条件も含まれる。


結局、就業規則一つ変えるにも、労働者の意向を完全に無視して行うことなど日本の裁判所の現在の判断の下では不可能なのである。


これから先、どのように雇用制度改革が進められていくのかは分からないが、正確な情報を伝えなかったがゆえに世論がミスリードされ、本来必要な改革がいつまでも行われないことになったとしたら、労働者にとってこんなに不幸なことはない。


そして、そのような形で制度改正の芽が摘まれることなど、誰も望んではいない・・・。

*1:同時に、ホワイトカラーエグゼンプション制度を盛り込んだ労働基準法の改正案も用意されているようで、今国会で審議されるか否かによらず、事務方は淡々と準備を進める腹積もりのようだ。

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070109/1168367275#tb

*3:変更法理に関しては少し踏み込んだ感はあるが。

*4:そもそも現行の労基法92条が生き残るのであれば、労働協約に反する就業規則を使用者側が“一方的に”定めることはできない。

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