対決・東京vs大阪(営業秘密編・第2弾)

あまり注目している人もいないと思われる判決であるが、営業秘密関係の裁判例を追っかけている身としては、見過ごせないものであるわけで。


ちょうど1年ほど前に、営業秘密侵害事件に対する東京地裁と大阪地裁のスタンスの違い、特に「秘密管理性」要件充足性に対する評価のあまりの違いに驚嘆のエントリーを載せていたのだが、あらためてそれを裏付けるような判決である。


(参考)
対決・東京vs大阪〜営業秘密編
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070727/1185719353
「秘密管理性」要件をめぐる判断の揺らぎ?
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070606/1181173582

大阪地判平成20年6月12日(H18(ワ)第5172号)*1


原告:イープランニング株式会社、マテリアル有限会社
被告:Y1〜Y4


社名だけを見ると、何となく先進的なIT系企業絡みの事件のようでワクワクさせられるが、よく読めば何てことはない、「出会い系サイト」を経営する原告とその元従業員間の争いである。


原告が開設していたサイトは、「出会い広場」、「モアラブ」。
被告が開設していたサイトは、「ソルモンド」、「アップル・アップル」、「恋ゲット」、etc...


「サクラ」役のアルバイトの存在や、その社員が退職したことで売上げが減少した云々等、当事者の主張から業界の裏事情が垣間見えたりするあたりも、ちょっと普通の事件じゃない。


もちろん、不正取得・開示が争われている原告のプログラムなどは、良く作り込まれたものだったようであるし、被告サイトの売上げも半年程度で1000万円を超えていることが認定されているから、一応レッキとした“ビジネス紛争”の様相を呈しているのは間違いないのだが・・・。


さて、本判決で一番特徴的なのは、原告の「プログラム」と「顧客データ」の秘密管理性について判断した以下のくだりだろう。

「上記事実に基づき,本件プログラムが法2条6項の「営業秘密」に当たるか否かについて検討するに,本件プログラムは,出会い系サイトの営業に使用することのできるプログラムで,有償の使用許諾もなされていたものであるから「事業活動に有用な技術上の情報」であることが認められる。そして,本件プログラムが特に公知になっていたことも窺われないから「公然と知られていないもの」に当たり,さらに,原告社内でもアクセスできる者が限られていたのであるから「秘密として管理されている」ものと認められる。したがって,本件プログラムは,原告イープランニングの営業秘密であると認められる。」
「これに対し,被告らは,原告ら代表者やP2によるID及びパスワードの管理が杜撰であったと主張して,本件プログラムの秘密管理性を否定するが,被告らが主張するように,単にIDとパスワードを書いた紙片を机に入れていたとか,それらをパソコンに入れたまま離席することがあったとしても,アクセスできる従業員を制限している取扱いをしていることに変わりはないから,被告らの主張する上記事実をもって秘密管理性を否定することはできない。」
(17-18頁)

「上記事実に基づき,本件顧客データが法2条6項にいう「営業秘密」に当たるか否か検討するに,本件顧客データは,出会い系サイトに会員として登録する顧客のメールアドレスとその利用程度を知ることができる情報であるから「事業活動に有用な営業上の情報」に当たることが明らかである。そして,本件顧客データが特に公知になっていたことも窺われないから「公然と知られていないもの」と認められ,さらに,本件顧客データにアクセスするためには,IDとパスワードが必要であったのであるから「秘密として管理されている」ものと認められる。したがって,本件顧客データは,原告イープランニングの営業秘密であると認められる。」
(略)
「まず被告らは,本件顧客データにアクセスできる従業員は何ら制限されていなかったから秘密管理性がないと主張する。確かに被告らが指摘するように,本件顧客データにアクセスできる従業員の範囲と内容についての原告らの主張は変遷を重ねており,原告ら社内において原告らが主張するような系統立ったアクセス制限がとられていたのかについては疑問もある。しかし,一般にIDやパスワードを要求する趣旨は,それを知っている者のみを当該情報にアクセスできるようにし,それを知らない者には当該情報にアクセスできないようにする点にある。そうすると,たとえ原告ら社内において会員のデータベースにアクセスできる者が制限されておらず,全従業員が会員のデータベースにアクセスすることができたとしても,従業員にIDとパスワードが与えられ,それなしには会員のデータベースにアクセスすることができない措置がとられていた以上,従業員にとっては,原告らが,会員のデータベース中の情報をIDとパスワードを知らない者,すなわち原告らの従業員でない者に対しては秘密とする意思を有していると認識し得るだけの措置をとっていたと認めるに妨げないというべきである。」
「また被告らは,原告ら社内では,ID及びパスワードの管理が杜撰で,原告ら代表者らもその管理について何ら注意を与えなかったから,秘密管理性がないと主張する。しかし,IDやパスワードというものが上記(ア)で述べた趣旨のものである以上,殊更にその管理について注意を与えなかったからといって,原告らがそれによってアクセスし得る情報を秘密とする意思を有していることが,同情報にアクセスしようとする者に認識できないとはいえない。」
(19-20頁)

これまで東京地裁を中心に下された来た判決と比べると、なんと画期的な判断であることか!


経済産業省の「営業秘密管理指針」に沿って、忠実に物理的・組織的・人的・・・などとステップを踏んで対策を進めてきた会社が「単にIDやパスワードで管理していれば良い」とも読めてしまう本判決を目の前にしたら、思わず歯軋りをしたくなってしまうのではないだろうか*2


判決文の先の方をさらに読み進めていくと、本件では、

「サイトの各ページについて、ページURLのうちプログラム名と引数名がすべて同一であり、また、ページ内容も一部を除いて同一であった。」(21頁)

といった事情や、被告らが、原告代理人(村田秀人弁護士)に対し、プログラムや顧客データの使用を自認していた、といった事情が認定されており、明らかに“クロ”の事件だったことが良く分かる。


それゆえ、裁判所としても、些細な要件にはこだわらない、という姿勢を見せたのかもしれないが*3、これまでの裁判例の中には、顧客データ等の使用が強く推認される事案であっても、「秘密管理性」の非充足を根拠として原告の請求を退けたものが少なからず存在したわけで、それゆえ本判決の存在はより際立つものになっている。


事件の特殊性に起因するものか、それともこれが「大阪」の新しいカタチなのかは、もう少し裁判例の集積を待つ必要があるだろうが、こういう状況が続くようだと、実務の対応すら変えてしまいかねない。


少なくとも、営業秘密を相手方に開示することが予定されている会社が秘密保持契約の原案を起案する際には、本店所在地がどこだろうが、「第一審の専属的合意管轄を大阪地方裁判所とする」なんて時代が来ても不思議ではないわけで*4、わが日本に、本格的な“フォーラム・ショッピング時代”が到来する日も近いのか!?


と、先走った想像もしたくなる今日この頃である。

*1:第21部・田中俊次裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080613132715.pdf

*2:さすがに本判決も、「それら(パスワードを記載した紙をパソコンに張ってあったり、退職者が出てもIDやパスワードを変更することなく使用を継続していた等)が常態化し,かつ原告ら代表者らがそれを知りながら放置し,結果として原告ら社内におけるIDやパスワードの趣旨が有名無実化していたというような事情があれば(ともかく)」と、秘密管理性が否定される事情を挙げているものの(結論としてはそのような事情は認められない、として秘密管理性を肯定)、これまでの判決では、そういった事情がちょっとでも見受けられれば、秘密管理性が否定されていたのであり、本判決と東京地裁の一連の判決とのギャップは大きい、といわざるを得ない。

*3:現に不正取得行為の有無の認定や損害額の認定についても、裁判所はかなり大らかな認定・解釈態度を見せている。

*4:秘密保持契約の場合、あくまで問題になるのは契約上の権利義務なのだが、そもそも保護対象としている情報が、契約による保護を与えるのに値するものなのか否か、という点に関しては、場合によっては「営業秘密」該当性判断に準じた判断を挟む余地もあるように思われるため、このようなフォーラム・ショッピングをすることには合理性があるといえるだろう。

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