維持された(?)「設楽フォーミュラ」

以前取り上げた「豊田中央研究所職務発明事件」の控訴審判決が出されている(知財高判平成19年3月29日・H18(ネ)第10035号)*1)。


結論としては、認容額が54万9333円から139万4756円に増額されたこの判決。


原審同様、親会社の体質そのままの黒塗りだらけの判決になってしまっているので、どの点で差が付いたのか詳細な比較を行うのは難しいのだが、「“トヨタグループ系列の研究機関”という被告(被控訴人)の特殊性から、実施料収入が通常より低額に抑えられている」という趣旨の控訴人(原告)側の主張を一部受け容れた以下のくだりが結論に影響を与えたことは容易に想像できる。

「一審被告の研究開発活動は、トヨタグループ関係にとどまらず広く行われているとはいうものの、その株主構成はトヨタグループ所属の会社から成り、同グループから多額の研究委託事業の依頼があり、高額の委託研究費が支払われていると推認されることからすると、社会的にみて一審被告がトヨタ自動車をはじめとするトヨタグループのための研究・開発機関であるとの特徴を有していることは否定し難いから、実施料の定めにもそのような事情が反映していると認めるのが相当である。」(65頁、太字筆者)

国有特許の実施料率を参酌すべき、という原告側の主張こそ退けたものの、「発明協会研究センター編『実施料率〔第5版〕』、『特許管理』誌上のアンケート調査」など、諸文献を参酌して、実際に支払われた実施料よりも高額の“仮想実施料”を対価算定の基礎としたことで、認容額も原審判決よりも若干増加した、と考えるのが妥当ということになるのだろう。


ところで、本件の原審(東京地判平成18年3月9日)では、被告側の貢献度を算定するにあたり、以下のような興味深い説示がなされていた。

「相当の対価」についての上記考え方からすれば、「利益の額」が極めて高額になる場合は、特段の事情がない限り、「使用者が貢献した程度」は通常より高いものとなり得るのであり、「利益の額」が低額になる場合には、特段の事情がない限り、「使用者が貢献した程度」は、通常よりもやや低くなり得るのである。」(原判決・69頁)

東京地裁民事第46部におけるこの定式は、後の三菱電機職務発明事件(東京地判平成18年6月8日)にも引き継がれており*2、ジュリストの横山久芳助教授(当時)の論文でも(微妙な言い回しながら)このような定式に対して一定の評価が与えられていた、というのは、これまでにも述べてきたとおりである*3


だが、上記のような定式は、個々の事件において原告側に“花を持たせる”ための方便としては有効であるとしても、一般的な理屈として筋の通ったものとは言いがたいものであるように思う。


本件の被告側も当然同様の思いを抱いたようで、被告側の主張において、

「ある二つの特許発明に対する使用者側の所為・対応に差違がない場合で、かつ、一方の特許発明はその価値が高いことの結果として独占の利益が高額となり、他方の特許発明はその価値が高いことの結果として独占の利益が低額となった場合において、本来、二つの特許発明に対する使用者側の所為・対応に何ら差違もないのであれば、「使用者が貢献した程度」は同じであるべきである。原判決の見解によれば、価値の高い特許発明については「使用者が貢献した程度」が高くなり、価値の低い特許発明については「使用者が貢献した程度」が低くなるという理不尽な結果となる」
「また、原判決の見解によれば、特許発明の価値が低い結果として独占の利益が低額となる場合にまで、あえて「使用者が貢献した程度」を通常よりも低く見積もることにより、本来であれば支払うべきではない相当の対価を、従業員に対して支払うこととなる。しかし、インセンティブは、結果の伴った特許発明に対してなされるべきであり、結果の伴わない特許発明に対してまでなされるべきではない。原判決の見解は、従業員への発明のインセンティブの過大な付与であり妥当でない。」(36頁)

と明快な反論を行っており、これは至極まっとうな意見、として評価できるものであった。


ところが・・・である。


裁判所は、

「本件における上記諸事情にかんがみれば、本件特許発明に関する一審被告の貢献度は原判決の判断と同じく90パーセントと認めるのが相当である」(72頁)

と簡単に述べただけで、「設楽フォーミュラ」に対しては何らコメントすることなく、原審の判断を維持した。


もちろん、貢献度の算定に当たって考慮した事情(特許技術担当者による明細書の作成、実施許諾契約締結のための努力など)は挙げられているのだが、これらの事情はこれまでの他の事例(多くは発明者の貢献度が5%程度に留まっていた)に比べて使用者に有利に働くことはあっても発明者側に有利に働くとは考えにくいものばかりであり、「設楽フォーミュラ」的な特殊な考慮をしなければ、本件の「10%」という数字を正当化するのは難しいにもかかわらず、である。


被告側は、上記のような「設楽フォーミュラ」批判に加えて、「他の職務発明訴訟における独占の利益の額と使用者の貢献度との関係との対比で、原判決の認定は法的安定性を害する」という主張も行っており、これに対しては、裁判所も

「個々の職務発明訴訟においては、各訴訟に現れた諸事情を考慮して使用者等の貢献度が算定されているのであって、本件特許発明に関する一審被告の貢献度は90パーセントと認めることが法的安定性を害するということはあり得ない」(72頁)

と当たり前の回答を返しているため、うがった見方をすれば、「法的安定性」などという強引な論拠を持ち出したことが、かえって裁判所を依怙地に「10%」に固執させてしまったのではないか・・・、という想像も働いてしまうのであるが、いずれにせよ何となく腑に落ちない結末となってしまった*4


実務では、もはや職務発明訴訟における対価算定(特に「貢献度」の算定)は一種のフィクションであり、そこに何らの法則性を求めるのは無意味、というムードが蔓延している。


裁判所としては、原告と被告を天秤にかけながら、“大体これくらいが妥当”という額から逆算して、「貢献度」なり「受けるべき利益」の額を算定しているのであろうし、実務サイドとしてもそれは「さもありなん」的なるものとして、受け容れざるを得ないというのが現実である。


だとすれば、ヘタに理屈を並べられるよりも、「まず額ありき」でズバッと裁断していただいた方がまだマシ、なのではないだろうか。


裁判所の“本音”を定式化した、という点において「設楽フォーミュラ」にも一定の意義があることは認めざるを得ないが、筆者としては、こんな理屈にならない理屈でお茶を濁すのは、できればご遠慮いただきたい、というのが率直な心情である。

*1:第2部・中野哲弘裁判長

*2:本ブログでは、このような定式を、第46部の裁判長のお名前をお借りして「設楽フォーミュラ」と名づけることにする。

*3:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070202/1170179479#tb

*4:本件の当事者の主張などを見ると、被告側は実質的な“勝ち戦”であるにもかかわらず必要以上に余裕のない必死な主張を行っているように思われ(例えば発明者欄に記載のある発明者(原告とその共同発明者)ではなく、特許技術担当者が100%発明を行ったと主張するなど)その強引さが裁判所の心証を損ねた感があるのは否めない(例えば、先述した主張に対し、「発明者とされたX(一審原告)からの職務発明対価請求訴訟において一審被告が上記両名が発明者でないと主張することは、国家機関である特許庁に対し特許法36条1項2号に基づき記載した内容と異なることを公然と主張することになり、特段の事情がある場合を除き、信義に反して許されない(禁反言)」などと返されてしまっているあたりからも、裁判所の“不快感”が伝わってくる)。

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