これが「限界利益」説の到達点なのか?

ここ2日ほど時事ネタが続いたところで、本業に戻ろう。

これも時事ネタ、といえば時事ネタなのだが、今朝の日経朝刊に以下のような記事が掲載されていた。

「化粧品の特許侵害を巡り、侵害者が支払う賠償金の減額が認められるかなどが争われた訴訟の控訴審判決が7日、知的財産高裁の大合議(裁判長・高部真規子所長)であった。高部裁判長は賠償金の算定基準を示し、減額が認められる事情についても初判断を示した。」(日本経済新聞2019年6月8日付朝刊・第34面)

正直、これだけ読んで何の話なのか分かる人はほとんどいないだろうし、知財法に詳しくない人よりも、むしろ詳しい人の方が読んで混乱するのではないか、と思う。

知財クラスタの関係者であれば、この後に出てくる、

「高部裁判長は判決で、経費に該当するのは、材料費や運送費など直接的な内容に限られると指摘し、人件費や交通費などは含まれないと結論づけた。」(同上)

というくだりを読んで、初めて、ああ「限界利益」の控除費用の話か、と何となく感づき、「初判断」というのが、あくまで「大合議法廷では初めての判断」という意味だった、ということを理解することができるのであるが、今度は逆に、知財法に精通していない人にとってはチンプンカンプンになってしまうはず。

幸いにも、最高裁のWebサイトに、早々と知財高裁の判決文がアップされたので、ちゃんとそこに目を通しながら、以下で〝翻訳”を試みてみたいと思っている。

知財高判令和元年6月7日(平成30年(ネ)第10063号)*1

控訴人(一審被告)
:ネオケミア株式会社、株式会社コスメプロ、株式会社アイリカ、株式会社キアラマキアート、ウインセンス株式会社、株式会社コスメポーゼ、クリアノワール株式会社
被控訴人(一審原告)
:株式会社メディオン・リサーチ・ラボラトリーズ

本件は、一審原告が、保有する2件の特許権(特許番号第4659980号「二酸化炭素含有粘性組成物」、特許番号第4912492号「二酸化炭素含有粘性組成物」)に基づき、一審被告らが製造販売する「炭酸パック」やその一部の製品に使用する「顆粒剤」の製造販売差し止め、及び損害賠償を求めた事件である。

当然ながら一審被告らは、構成要件該当性を争った上で、無効論まで展開したのであるが、第一審(大阪地判平成30年6月28日)*2では、特許権侵害の成立が認められ、差止・廃棄請求に加え、特許法第102条2項又は3項により算定される損害額+弁護士費用の損害賠償が認容された。

そして、被告7社が命じられた損害賠償額を合計すると、約3億4000万円くらい。
この種の小規模な会社同士の事件としては、かなりの高額賠償事件であり、一審原告の主位的請求額の約8割が認容されたことから、控訴審においても特許法第102条2項、3項の適用が主要な争点となり、その結果、「特許法102条に基づく損害賠償額の具体的な算定方法」という、かねてから裁判例でも学説でも様々な議論が飛び交っていながら、そんなにかっちりとした判断が示されていなかった論点を大合議が取り上げることになったのだろうと思われる。

さて、以上の前振りを踏まえて、損害論に関する知財高裁大合議判決の説示を見ていく。

大合議法廷は、まず、特許法第102条2項の趣旨と適用の可否について、

特許法102条2項は,「特許権者…が故意又は過失により自己の特許権…を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において,その者がその侵害の行為により利益を受けているときは,その利益の額は,特許権者…が受けた損害の額と推定する。」と規定する。特許法102条2項は,民法の原則の下では,特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには,特許権者において,損害の発生及び額,これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張,立証しなければならないところ,その立証等には困難が伴い,その結果,妥当な損害の塡補がされないという不都合が生じ得ることに照らして,侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは,その利益の額を特許権者の損害額と推定するとして,立証の困難性の軽減を図った規定である。そして,特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,特許法102条2項の適用が認められると解すべきである。」(32頁、強調筆者、以下同じ。)

という常識的な説示を行った上で、「侵害者が受けた利益の額」について、以下のように述べた。

「そして,特許法102条2項の上記趣旨からすると,同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは,原則として,侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって,このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべきである。もっとも,上記規定は推定規定であるから,侵害者の側で,侵害者が得た利益の一部又は全部について,特許権者が受けた損害との相当因果関係が欠けることを主張立証した場合には,その限度で上記推定は覆滅されるものということができる。」(32~33頁)
特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額は,侵害者の侵害品の売上高から,侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり,その主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべきである。」(33頁)

長年、「粗利益」か「純利益」か、はたまた「限界利益」か、という壮大な議論が繰り広げられてきたこの「利益」とは何ぞや?という論点も、この10年、20年くらいの間に、ほぼ「限界利益」を採用するということで実務上は決着を見ていたのは事実。

ただ、一審被告は、少なくとも地裁段階では、「 売上額から控除すべき費用について,限界費用に限定するという法律上の根拠はなく,相当因果関係の有無により規律されるべきである(民法416条)。限界費用以外の費用についても,それにより会社が存続し,工場が稼働するものであるから,売上高に応じた金額が控除すべき費用に含まれると解するべきである。」という主張を行っていたし、大合議判決でのこのあっさり感はちょっと拍子抜けな感がしないでもない。

大合議判決は、さらに続けて、控除することが認められる費用について、以下のように説示する。

「控除すべき経費は,侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったものをいい,例えば,侵害品についての原材料費,仕入費用,運送費等がこれに当たる。これに対し,例えば,管理部門の人件費や交通・通信費等は,通常,侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費には当たらない。」(33頁)

「侵害品を追加的に製造販売する際に発生する費用」についてのみ控除を認める、というのも、従来から「限界利益」説のコアになっていた考え方ではあるのだが、上記判旨の凄いところは、これまで〝ケースバイケース”で判断されることが多かった”費用の内訳”についてまで、ざっくりと言い切ってしまったこと。

そして、続く具体的なあてはめの場面で「R&Dセンターの研究員の人件費」「パート従業員の人件費」「広告費」「サンプル代」といった費用に関し、「控除すべき」と主張した一審被告側の主張をことごとく退けたところがハイライト、といえるかもしれない。

よく読むと、今回の大合議判決も、上記費用に関する一審被告側の主張をカテゴリカルに退けているわけではなく、あくまで一審被告(控訴人)側が「製造販売に直接関連して追加的に必要となった」ことを十分に立証できていない、ということを主な理由として退けているように読めるから、場合によってはこれらの費用まで売上高から控除される可能性も完全には否定されていない、ということになりそうだが、同時に、被告側が相当頑張らないと控除してもらえないんじゃないか、という雰囲気もひしひしと感じられる。

また、大合議判決は、一審被告が強く争っていた、102条2項の「推定覆滅事由」に関しても、判断を示した。

特許法102条2項における推定の覆滅については,同条1項ただし書の事情と同様に,侵害者が主張立証責任を負うものであり,侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。例えば,特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情について,特許法102条1項ただし書の事情と同様,同条2項についても,これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。また,特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても,推定覆滅の事情として考慮することができるが,特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく,特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け,当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。」(37頁)

このように大合議判決は、「推定覆滅」の事情を明確に列挙したのだが、結論としては、一審判決同様、推定覆滅は認めていない。

最後に特許法102条3項に関する判断。

特許法102条3項所定の「その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」については,平成10年法律第51号による改正前は「その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額」と定められていたところ,「通常受けるべき金銭の額」では侵害のし得になってしまうとして,同改正により「通常」の部分が削除された経緯がある。特許発明の実施許諾契約においては,技術的範囲への属否や当該特許が無効にされるべきものか否かが明らかではない段階で,被許諾者が最低保証額を支払い,当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなどさまざまな契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で事前に実施料率が決定されるのに対し,技術的範囲に属し当該特許が無効にされるべきものとはいえないとして特許権侵害に当たるとされた場合には,侵害者が上記のような契約上の制約を負わない。そして,上記のような特許法改正の経緯に照らせば,同項に基づく損害の算定に当たっては,必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく,特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき,実施に対し受けるべき料率は,むしろ,通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうことを考慮すべきである。したがって,実施に対し受けるべき料率は,①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や,それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ,②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性,他のものによる代替可能性,③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様,④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して,合理的な料率を定めるべきである。」(42~43頁)

考え方としては、まさに田村善之教授が長年にわたって主張されてきた線に沿ったものであり*3、これも違和感はない。

そして、最後にざっくりと出した「合理的な料率」は「10%」

「①本件訴訟において本件各特許の実際の実施許諾契約の実施料率は現れていないところ,本件各特許の技術分野が属する分野の近年の統計上の平均的な実施料率が,国内企業のアンケート結果では5.3%で,司法決定では6.1%であること及び被控訴人の保有する同じ分野の特許の特許権侵害に関する解決金を売上高の10%とした事例があること,②本件発明1-1及び本件発明2-1は相応の重要性を有し,代替技術があるものではないこと,③本件発明1-1及び本件発明2-1の実施は被告各製品の売上げ及び利益に貢献するものといえること,④被控訴人と控訴人らは競業関係にあることなど,本件訴訟に現れた事情を考慮すると,特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき,本件での実施に対し受けるべき料率は10%を下らないものと認めるのが相当である。」(45~46頁)

前記田村教授の論文の中でも紹介されているとおり、「10%」という数字は決して珍しいものではないのだが、平均実施料率が5~6%くらい、ということを認定しつつ、裁判上は「10%」まで引き上げる、ということを明確に述べ、上記規定趣旨をストレートに反映した判断を示した、という点では意義がある、といえるのかもしれない。

以上、元々テクニカルな論点の上に、今後の下級審判決への影響も考慮してか、今回の大合議判決が、終始、非常に「教科書的」な説示を行っていることもあって、あまり面白みのない”翻訳”になってしまったが、結論だけ見ると、本判決でも一審原告(被控訴人)の請求がほぼ全額認容されており、総額約1.4億円くらいの賠償が認められている*4

この国では長年、「特許訴訟の損害賠償額が低すぎる」ということがまことしやかに言われ、今年の特許法改正のメニューの中に、損害額算定規定の見直しが一部盛り込まれたのもその影響ではあるのだが*5、今回、知財高裁が、「別紙」として請求額と認容額の対比表や、いつもなら黒塗りで塗りつぶされても不思議ではない細かい費用の内訳まで丁寧に付けて*6、損害賠償額について丁寧に解説した判決を出したのは、「そうじゃない」ということをアピールしたかった、という面もあったのかなぁ・・・、と自分は思わずにはいられなかった。

*1:特別部・高部眞規子裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/717/088717_hanrei.pdf

*2:第26民事部・高松宏之裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/963/087963_hanrei.pdf

*3:かなり昔の論文にはなるが、知財管理掲載のhttps://lex.juris.hokudai.ac.jp/coe/articles/tamura/article05b.pdf参照。

*4:高額賠償が命じられた一審被告の一部は控訴しなかったようで、その分トータルの金額は低くなっているが、認容率としてはかなり高い。

*5:「知財立国」時代の残り香、のようなもの~令和元年特許法改正への雑感 - 企業法務戦士の雑感参照。

*6:一審判決でも一部の費用や料率等については黒塗りになっていた。