最高裁法廷意見の分析(第16回)〜無意味(?)な上告

最高裁判決が出るような事件には、大概それなりの背景事情があって、それなりの上告理由もあるものなのだ。


だが、これから取り上げる事件に関して言えば、「え、そんなところで争うの?」と思わず言ってしまいたくなるのは否めない。

最三小判平成19年5月29日(H18(受)882号)*1


本件は、いわゆる米軍横田基地の航空機騒音をめぐる訴訟であるところ、原審では住民側の請求が一部認容され、その中で、

「原審の口頭弁論終結の日の翌日以降原判決言渡日までに生ずべき損害の賠償請求」

も含めて損害賠償が認容されたため、上告審において「継続的不法行為に基づく将来発生すべき損害の賠償請求が認められるかどうか」という争点が取り上げられることになった。


多数意見は、従来の判決(最大判昭和56年12月16日など)をひいて、

「継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権については,たとえ同一態様の行為が将来も継続されることが予測される場合であっても,損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず,具体的に請求権が成立したとされる時点において初めてこれを認定することができ,かつ,その場合における権利の成立要件の具備については債権者においてこれを立証すべく,事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生としてとらえてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられるようなものは,将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものと解するのが相当である。そして,飛行場等において離着陸する航空機の発する騒音等により周辺住民らが精神的又は身体的被害等を被っていることを理由とする損害賠償請求権のうち事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降の分については,将来それが具体的に成立したとされる時点の事実関係に基づきその成立の有無及び内容を判断すべく,かつ,その成立要件の具備については請求者においてその立証の責任を負うべき性質のものであって,このような請求権が将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものである」(2-3頁)

と述べた上で、

「横田飛行場において離着陸する米軍の航空機の発する騒音等により精神的又は身体的被害等を被っていることを理由とする被上告人らの上告人に対する損害賠償請求権のうち事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降の分については、その性質上、将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものであるから、これを認容する余地はないものというべきである」(3頁)

と上告理由を認容し、完膚なきまでに被上告人(住民)側の請求を退けた。


これに対し、那須弘平(弁護士出身)、田原睦夫(弁護士出身)の両判事の反対意見と、他の3裁判官の補足意見が付されている。

那須弘平判事・反対意見(弁護士出身)

那須判事は、昭和56年大法廷判決が将来の給付訴訟の適格要件として要求している、「損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができ」ること、という要件について、

「損害賠償請求権の成否にせよ,損害額にせよ,それが将来の事象に属するため,「一義的に明確に認定」するといっても,事柄の性質上一定の限界があることは当然であって,原判決が上記のとおり認定したところによれば請求権の成立及び損害額の確定のために欠けるところはないと考えられる。これを超えて厳密な一義性,明確性を要求することは,他の類型の将来給付訴訟との兼ね合いの点からも,またわざわざ条文を設けて将来の給付による救済のみちを拓いた法の趣旨からも,相当なものとは考え難い。」(12頁)

と述べる。


そして、

1)損害発生の期間を限定することで、損害発生に関する債権者の主観的な立証責任は一応果たされており、判決言渡日までの間に権利の成立に関する事情に変更が生じた場合には、債務者側が弁論の再開を申し立てて「騒音の程度に変化が生じない」という推認を覆すみちも確保されていること。
2)口頭弁論終結後の原告らの居住地の変更といった請求権に影響のある事由については、請求異議の訴えによりその事実を証明して執行を阻止する負担を被告に課しても格別不当とはいえないこと。

の2点から、大法廷判決のいう「専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生としてとらえてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられるような」事情の変動が存在しないことも明らか、とし、原判決の判断を

「昭和56年大法廷判決の示した枠組みを踏まえつつ、当事者の適切かつ迅速な救済を図るために、あえて判決言渡日までの短期間に限定して継続的な不法行為による将来の損害賠償請求権の成立を認めるべく実務上の工夫をしたものであると評価できる」(13頁)

としている。


昭和56年大法廷判決の射程距離を、

「本件のような将来の損害賠償の期間を短く限定した場合にまで及ぶものではないという考え方」(14頁)

を可能にするものととらえ、あくまで大法廷判決の定立した規範を維持した上で、「期間を短く限定することで将来予測の可能性及び確実性が格段に高まる」といった点を強調して、本件において“整合性のある”結論を導いた、という点に那須判事の意見の特徴がある。


上記反対意見における大法廷判決のとらえ方は、上田豊三(裁判官出身)、堀籠幸男(裁判官出身)両判事の補足意見において、「判例」を正確にとらえたものではないという趣旨の批判を受けているものの*2、このような解釈技法は、確立された判例に立ち向かうために法律家が用いる典型的なテクニックといえ、筆者としてはさほど違和感はない。

田原睦夫判事・反対意見(裁判官出身)

一方、田原判事は、大法廷法理に真正面から立ち向かう見解をとる。


すなわち、田原判事の反対意見においては、原判決が昭和56年大法廷判決に抵触することを認めつつも、

「昭和56年大法廷判決から既に25年を経た今日、その間に提起された同種事件の状況や学説の状況を踏まえれば、同判決が定立した継続的不法行為による将来の損害賠償請求権の行使が許容される場合の要件について、その見直しがなされるべきである。」(17頁)

と述べられている。


そして、「将来の給付の訴え」の適格性を

「学説において一般に承認されているように、将来生じる不確定要素の立証の負担を原、被告いずれに負担させるのが妥当かという利益衡量の問題に尽きるのであって、当該具体的な事案に応じて判断されるべき事項である」

と位置付けた上で、

「昭和56年大法廷判決が定立した基準は狭きに過ぎるものであって見直されるべきである」

としたのである。


田原判事は、

1)賃料相当損害金のような継続的不法行為に基づく将来の損害賠償請求権の場合でも、将来の不動産価格の下落といったような「口頭弁論終結時に明確に予測し得ない事由による請求異議」が認められるべきであり、かかる事情を踏まえると「あらかじめ明確に予測し得ること」との点は見直さざるを得なくなっている。
2)これまでの訴訟等での認定から、「横田飛行場における騒音等の被害は、事実審口頭弁論終結時の被害状況のまま、更に相当期間(数年単位で)継続する蓋然性が極めて高い。
3)元々、客観的に明白な事実しか減額事由として認められていないことからすると、上告人に立証の負担を課すことは不当とはいえない。

と詳細に「見直し」の必要性を説明されており、

「本件のごとき訴訟において事実審口頭弁論終結後の将来請求が認められない場合には,その被害者は,その後の被害につき損害賠償を求めるために,新たに損害賠償請求訴訟を提起せざるを得ず,その被害者らは,訴訟を提起し,主張,立証を行うことによる厖大な経済的,精神的負担を負うと共に,それらに多大な時間を要することとなり,また,かかる訴訟が提起されることに伴う社会的コストも無視できないものとなる。」(23頁)

とまで述べられる。


反対意見の中でも触れられているように、「近時の代表的な教科書を含む多数の学説」は、大法廷判決が定立した基準を「狭きに過ぎる」と批判しているところであり、上記のような意見は然るべき説得力をもって受け入れられるべきものといえるだろう。

藤田宙靖判事・補足意見(研究者出身)

裁判官出身の2裁判官が賛成、在野法曹出身の2裁判官が反対、という典型的な展開の中で、本件のキャスティングボートを握っていたのは行政法研究者の藤田判事だったのだが、結論としては、(意外にも)藤田判事は多数意見に組することになった*3


藤田判事は、田原反対意見の問題意識に理解を示しつつも、

「少なくとも、過去におけると同様の被害及び請求権の成否、内容を決定付ける要件の存続が、将来についても「高度の蓋然性」をもって予測されるのでなければなるまい。」(8頁)

と述べられる。


そして、

1)「騒音の状況はその時々の国際情勢あるいは我国の防衛力の整備状況等に応じて常に変動する可能性を有するものであって、将来にわたって一定の航空交通量があることを確定できるものではない」こと
2)周辺住民の移動状況等に鑑みると、過去の被害についてのデータ等から、将来の被害についての「高度の蓋然性」を、果たしてどのように見出せるかについて、多くの問題が残されていること

の2点に言及した上で、

「理論的に見る限り、それが(注:原審判決が)判例違反を犯すものであることは否定し得ない」

として、判例違反により、原審判決を破棄自判すべき、としたのである。


口頭弁論終結時点から判決言渡日までの「8ヶ月ないし1年間」といった期間が長いとみるか短いとみるか、は事案の性質にも左右されるだろうが、本件のような事案で「高度の蓋然性」が認められないのだとすれば、大法廷判決が覆ることは永久にないのでは・・・と感じてしまうのは筆者だけだろうか。


25年間守られてきた大法廷判決の規範が軽いものではないのは事実だとしても、同じ飛行場をめぐって何度も訴訟が繰り返されることの不合理性に、もう少し目を向けても良かったのではないか、という思いは残るところである。

個人的な感想

本件では、結論として、国側の上告が認められ、口頭弁論終結時以降判決言渡日までの間の損害賠償請求が退けられることになった。


だが、これをもって「債務者側の勝利」と断じることには、筆者は違和感を覚える。


本件の当事者(被告)は国だが、これが企業を相手取った訴訟で、高裁段階で同じような判決が出されていたとしたら、果たして敗訴した側が「この争点」だけで上告受理申立を行うことがあるだろうか?


答えは否だと思う*4


損害賠償認容期間が1年程度短縮されたところで、損害そのものの発生が認められ、更にそれが改善される見込みがないのであれば、結局3年も経たないうちに、次の訴訟が提起されるに過ぎない。


筆者であれば、むしろ、損害賠償期間をある程度長く取ってもらって“時間稼ぎ”をした上で、改善策を考える方に労力をかけたいと思う。


「将来発生する損害賠償」の問題は「起訴負担」の問題として語られることが多いが、結局、訴訟を提起する側も応訴する側も、負担としてはそんなに変わるところはないのであって、そういう観点からすれば、大法廷判決の規範にも見直す余地があるのではないか、というのが筆者の偽らざる感情である。


実際に訴訟の場面で和解に応じたり、将来分の請求も含めて受け入れる意思表示をする勇気はなくても、判決が出れば「仕方ないな」と思う「被告」は、決して少なくないと思うから・・・。

*1:堀籠幸男裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070529113753.pdf

*2:両判事の補足意見では、一般法理だけではなく、「空港周辺の住民が同空港を離着陸する航空機による騒音等により被る損害の賠償請求のうち、事実審の口頭弁論終結日の翌日以降のものは、権利保護の要件を欠き、不適法である」という「当該具体的事案に前記の一般法理を当てはめて当該要件を解決した最も重要な事例判断から抽出される命題」(結論命題)をも、「狭義の「判例」として先例的な意義・価値を有し、拘束力を持つものというべき」ということが強調されている(6頁)。

*3:正確な表現を使うなら、藤田判事が組したことによって、原判決破棄の結論が多数意見になった。

*4:現実には請求を一部認容した判断そのものを争うために、他の理由と合わせて上告受理申立を行うのだろうから、その中のひとつとしてこの争点を紛れ込ませることはあるかもしれないが。