最高裁が示した「模範解答」

諫早湾土地改良事業(土地干拓事業)」というフレーズは、自分が高校生の頃に「意識の高い級友が議論してたな」ということを「ムツゴロウ」の愛嬌ある映像と一緒に思い出すくらい古い記憶の中に刻まれている。

その後、水門が閉じられ、「農業者対漁業者」、「佐賀県長崎県」といった複雑な構図に政治が絡むことでカオスに陥ったこの問題は、それらの構図をそのまま引きずった「司法判断のねじれ」によって、より混迷を極めることになった。

そんな中、一度は確定した「開門命令」に関し、最高裁が請求異議事件で判決を下した、というニュースが報じられている。

国営諫早湾干拓事業長崎県)を巡り、国が潮受け堤防排水門の開門を強制しないよう求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)は13日、国の請求を認めた二審・福岡高裁判決を破棄し、審理を同高裁に差し戻した。」(日本経済新聞2019年9月14日付朝刊・第35面)

2010年、佐賀地裁ルートで出された開門を命じる福岡高裁判決に対し、当時の民主党政権が「上告断念」という判断を下したのがケチの付き始め。
翌年、入植者らが長崎地裁に提起した仮処分申し立てでは、全く正反対の結論が出され、「開けるか、それともそのままか」という相反した「命令」の下で、国が延々と間接強制に服する、という事態に陥ることになってしまった。

そして閉門からかなり時間が経ち、繰り返される司法判断でも「閉じたまま」という方向性を支持する判断が多数を占めてきたかな、と思えてきたところで漁業者側から繰り出されたのが「強制執行の不許」を求める本件請求異議訴訟だったのだが、既に随所でコメントされているとおり、今回の最高裁判決は、「開門の是非は判断しなかったが、開門命令の無効化もありうるとの方向性を示唆した。」(前記日経紙記事)もので、理屈の筋は通しながらも、裁判官の「個別意見」を使って「実質的な最終決着を求めた」という点で、これまでにない形だなという印象を受けるものになっている。

そこで、以下、簡単に、最高裁が繰り出した理屈と、それに添えられた意見等をご紹介することにしたい。

最二小判令和元年9月13日(平成30年(受)第1874号)*1

確定判決に基づく強制執行の不許を求める、という本件訴訟の性質上、下級審で争われてきたのはもっぱら「本件確定判決の口頭弁論終結後に生じた事実関係の変動」により確定判決の違法性判断の基礎を覆せるか、という点だった。

そして、原告である国が主張した「福岡高裁判決の口頭弁論終結後に新たに生じた本件潮受堤防の公共性ないし公益上の必要性に関する事実関係」、特に「開門による被害防止のための対策工事の実施が事実上不可能な状況になったこと」を違法性判断の基礎を覆すものとして認めなかったのが、第一審の佐賀地判平成26年12月12日であり、控訴審においても、さらに「諫早湾近傍部における漁獲量が増加傾向に転じた」といった事情を追加した上で主要な争点として争われたのはこの点だった。

ところが、控訴審である福岡高判平成30年7月30日は、上記の争点について判断を下すことなく、新たに国側の主張として追加された「被控訴人らの本件開門請求権の前提となる漁業行使権及び共同漁業権の消滅」という形式的な点をもって異議事由と認め、第一審の結論を覆して国側を勝たせたのである。

行政訴訟で時々見られがちな”肩透かし”判断。

だが、本件のように一度国側が敗訴する確定判決まで出ている事件で、この理屈だけで実質的に結論をひっくり返したのはさすがにまずいと最高裁も考えたのだろう。

最高裁判決は、以下のとおり、平成22年の確定判決の内容と原審高裁判決の矛盾を突き、完膚なきまでに再度結論を覆した。

「本件各確定判決が認容した前訴の訴訟物である請求権は,本件各組合の有する各共同漁業権から派生する上告人らの各漁業行使権に基づく妨害排除請求権又は妨害予防請求権としての開門請求権であるが,本件各確定判決は,本件各組合が有する各共同漁業権を特定するための事実として本件各漁業権1の発生原因事実を明示的に記載しているものの,その存続期間経過後の共同漁業権等については何ら触れるところがない。したがって,本件各確定判決の上記の明示的記載だけをみれば,本件各確定判決に係る請求権は,本件各漁業権1から派生する各漁業行使権に基づく開門請求権のみではないかとも解し得るところである。」
「しかしながら,本件各確定判決は,平成20年6月及び平成22年12月にされたものであり,かつ,その既判力に係る判断が包含されることとなる主文は要旨「判決確定の日から3年を経過する日までに開門し,以後5年間にわたって開門を継続せよ」というものであるから,本件各漁業権1の存続期間の末日である平成25年8月31日を経過した後に本件各確定判決に基づく開門が継続されることをも命じていたことが明らかである。さらに,前訴において,上告人らは,もともと本件潮受堤防の撤去や本件各排水門の即時開門を求めていたのであるから,将来発生するであろう共同漁業権等について明示的な主張がなくても不自然ではない。そうすると,本件各確定判決を合理的に解釈すれば,本件各確定判決は,本件各漁業権1が存続期間の経過により消滅しても,本件各組合に同一内容の各共同漁業権の免許が再度付与される蓋然性があることなどを前提として,同年9月1日頃に免許がされるであろう本件各漁業権1と同一内容の各共同漁業権(本件各漁業権2がこれに当たる。)から派生する各漁業行使権に基づく開門請求権をも認容したものであると理解するのが相当である。」
「以上によれば,本件各確定判決に係る請求権は,本件各漁業権1から派生する各漁業行使権に基づく開門請求権のみならず,本件各漁業権2から派生する各漁業行使権に基づく開門請求権をも包含するものと解されるから,前者の開門請求権が消滅したことは,それのみでは本件各確定判決についての異議の事由とはならない。」
(2~3頁、強調筆者、以下同じ。)

そして、原審が判断回避した他の異議事由について、更に審理を尽くさせるため、以下のように述べて本件を差し戻したのである。

「本件各確定判決が,飽くまでも将来予測に基づくものであり,開門の時期に判決確定の日から3年という猶予期間を設けた上,開門期間を5年間に限って請求を認容するという特殊な主文を採った暫定的な性格を有する債務名義であること前訴の口頭弁論終結日から既に長期間が経過していることなどを踏まえ,前訴の口頭弁論終結後の事情の変動により,本件各確定判決に基づく強制執行が権利の濫用となるかなど,本件各確定判決についての他の異議の事由の有無について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。」(4頁)

現在に至るまで問題を複雑化させている確定判決の特殊性をチクリ、とやっているところが少々異彩を放っているものの、ここまでであれば、「最高裁よくチェックした」という話で済んだだろう。

だが、本判決では、ここから6ページ半にわたって菅野博之裁判官(裁判官出身)の補足意見と草野耕一裁判官(弁護士出身)の意見が展開され、その内容が事実上の「判決理由」となっている、という点で極めて異彩を放つ結果となっている。

裁判官の個別意見

まず、「本件訴訟を含む本件潮受堤防をめぐる紛争が長期化,混迷化していることなどに鑑み,更に審理を尽くさせるために本件を原審に差し戻すとした趣旨について考えるところを敷衍することとする。」という書き出しで始まる菅野裁判官の補足意見から。

「本件各確定判決が多数意見の指摘するとおり要旨「判決確定の日から3年を経過する日までに開門し,以後5年間にわたって開門を継続せよ」という特殊な主文を採っていることや,そのような主文を採った理由,本件訴訟の審理経過等を踏まえると,本件訴訟の中核的な争点は,請求異議事由としての事情の変動による権利濫用の成否であると考えられる。そこで,これについて更に審理を尽くさせる必要があるが,その審理,判断に当たって留意すべき点として,以下のような点を指摘しておきたい。」(4頁)
(中略)
「本件における債務名義の性質・性格や,これにより確定された権利の性質・内容等についてみると,以下のような特殊性がある。一般的にいうと,本件のような事案において妨害排除又は妨害予防請求権に基づく特定の作為又は不作為の請求(以下「作為等請求」という。)が認められるには,被侵害利益の性質と内容を踏まえつつ,対立する諸利益等との総合的な利益衡量を経た上,妨害が違法であると評価される状態が将来にわたって継続することが具体的に予測され,かつ,対立する諸利益を考慮しても,被侵害利益に対する救済を損害賠償にとどめるのでは足りず,作為等請求まで認める必要があると判断されることが必要となるであろう。このような判断の構造に照らすならば,本件各確定判決は,先に挙げた逸失利益の算定のような場合に比べても,次のような点で将来の予測に係る不確実性に対する考慮が一層必要なものであったといえる。」(5頁)
「第1に,本件各確定判決が漁業行使権に基づく開門請求を認める判断の前提とした諸事情(漁獲量の減少の程度,本件潮受堤防の災害防止機能の必要性等)は,自然環境や社会環境にも関わる本来的に可変的,流動的な性格を有するものである。こうした事情は,時の経過により変動する可能性があるが,本件各確定判決は,上記事情について前訴口頭弁論終結時における予測に基づいて,将来時点における妨害排除・予防請求を認容するものとなっているため,その判断は相当の不確実性をはらんでいるといえる。」(5~6頁)
「第2に,上記妨害排除・予防請求の可否に係る判断は,被侵害利益と対立する諸利益との総合的な利益衡量の下にされたものである。このような諸利益には経済的
な利益から生命・身体の安全に関わる利益に至るまで様々な性格のものがあるが,上記第1として述べたとおり,これらの諸利益の前提となる自然環境や社会環境は変動していく性質を有するものであるから,これらの諸利益の有り様も必然的に変動するため,総合的な利益衡量の結果が口頭弁論終結時のものと異なるものとなる
こともあり得る
ところである。」(6頁)
(中略)
「本件各確定判決の主文と判断内容に即しつつ更に進んでその特殊な性格を検討すると,次のようなことがいえよう。本件各確定判決の主文は,前記のとおり,要旨「判決確定の日から3年を経過する日までに開門し,以後5年間にわたって開門を継続せよ」という特殊なものである。まず,開門の時期を判決確定の日から最大で「3年」猶予したことに関し,本件各確定判決は,その理由中において,本件潮受堤防が果たしている洪水時の防災機能及び排水不良の改善機能等を代替するための工事(以下「対策工事」という。)に3年程度要することを考慮したとしている。これは,本件潮受堤防に防災機能があることを踏まえ,判決確定後直ちに開門を命ずることとすれば周辺住民の生命・身体に関する利益が損なわれるおそれがあることから,上記の期間中に対策工事が行われるであろうことを考慮に入れて総合的な利益衡量をしたものと解される。もとより,本件各確定判決は,対策工事が行われることを条件として開門を命ずるものではないから,対策工事がされていなくても被上告人に開門義務が生ずることとなるが,本件各確定判決が本件潮受堤防の果たしている防災機能に鑑み上記の主文としたことは,本件各確定判決のいわば留保付きの性格を示すものとして,権利濫用の成否の判断に当たり考慮されるべきこととなろう。また,開門期間を「5年間」に限ったことに関しても,本件各確定判決自体,その理由中において,前記土地干拓事業が諫早湾ないし有明海の環境に及ぼす影響が全て解明されたとはいえず将来的に請求権の成否及び内容を基礎付ける事実関係が
変動する可能性があることを認め,そのことや,開門による干潟生態系の変化とそれを受けての調査に要する期間等を考慮して,開門期間を5年間に限って請求を認容し,その余は理由がない旨判示している。これは,前訴においては,上記の点に関する将来予測が前記不確実性のために相当困難であり,その口頭弁論終結時において,期間を限定しない開門を命じ得るだけの事情があるとはいえないという判断を背景とするものと解される。このように,開門請求権の成否等に関する本件各確定判決の判断内容にはもともと仮定的な部分があり,期間を限った暫定的な性格が極めて強く,そのため前記のとおり特殊な主文としたものと考えられる。」(6~7頁)
「一般的にいえば,前訴の口頭弁論終結後の事情の変動等により確定判決に基づく強制執行が権利の濫用となるということは,例外的な問題であって,安易に認められるべきものではないことは,論をまたないところであるが,本件においては,以上のような本件各確定判決の特殊性ないし暫定性を十分に踏まえた上で検討されるべきである。前記4でみたところによれば,本件各確定判決は,上記のような暫定的・仮定的な利益衡量を前提とした上で期間を限った判断をしていると解されるのであり,差戻審においては,前訴の口頭弁論終結後の事情の変動を踏まえて,このような判断に基づく債務名義により現時点において強制執行を行うことの適否についての検討を要しよう。そして,前記将来予測の対象とされた期間が実際に到来し,更に前訴の口頭弁論終結時から長期間が経過した現在においては,このような期間の経過それ自体の評価とともに,上記判断の前提とされた事情に変動が生じているか否かが検討されなければならず,本件各確定判決の後も積み重ねられている司法判断の内容等も考慮して検討する余地もあろう。」(7~8頁)
以上のような諸事情を総合的に衡量し,本件各確定判決が暫定的な特殊な性格を有することを十分に踏まえた上で,本件各確定判決に基づく強制執行が事情の変動により権利の濫用となるに至っているか否かにつき,判断されるべきであると考える。」(8頁)

一体いくつ出てくるんだ、と言いたくなるくらい出てくる「特殊」というフレーズに込められた「確定判決」に対する評価。
そして、差戻しではなく、事実上「自判」じゃないか!と突っ込みたくなるような利益衡量に関する事細かな教示。

そこからは、生粋の「職業裁判官」としての熱い思いが伝わってくる。

また、これに続き、多数意見、補足意見への賛同を示しつつ、「権利濫用の成否等について更に審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととした趣旨に関して思うところを次のとおり述べておきたい」として書かれた草野裁判官の「意見」は以下のようなもの。

「一般論としていえば,物権的請求権の一形態である妨害排除請求権は,妨害行為によって生じている権利侵害がもたらす損害が全額塡補されたからといって当該請求権の行使自体を否定すべきものではない。しかしながら,問題とされている物権的請求権が経済的利益を化体したものであり(すなわち,人格権等の非経済的権利の侵害を伴っておらず),しかも,権利侵害を除去するために債務者がとらなければならない措置に要する費用がこれをとることによって発生を回避できる債権者の損害額を上回る場合において,債務者が債権者の被った損害(侵害行為が排除されないことによって今後被るであろう損害を含む。以下同じ。)を全額弁済しているか,あるいは,これと同視し得る事態が生じている(例えば,債務者が損害全額の弁済を行おうとしたのに債権者がその受領を拒絶したために債務者が当該金額の弁済の提供を行った事態などがこれに当たるであろう。)とすれば,それにもかかわらず妨害排除を強制することは,あえてそれを認めるべき別段の事由がない限り,権利濫用の法理によってこれを抑止することが相当であると思料する。しかるに,本件各確定判決の訴訟物に係る漁業権(それは多数意見に記された理由により本件各漁業権1と本件各漁業権2の双方から成るものであり,以下,併せて「本件各漁業権」という。)は所定の漁場において所定の方法を用いて漁業を営み,それによって得られる利益を独占的に享受するという経済的利益をもってその中核的保護法益とするものである。したがって,仮に,①被上告人が本件各確定判決を履行するために支出しなければならない金額が,被上告人がこれを履行したことによって発生を回避し得る上告人らの損害の合計額を上回りしかも,②被上告人の本件各漁業権に対する侵害行為によって上告人らが被った損害を全額弁済しているか,あるいは,それと同視し得る事態が発生しているとすれば,それでも本件各確定判決の履行を強制すべき別段の事由がない限り,これを強制することはもはや権利の濫用に当たると解すべきである。」(8~9頁)
「そこで,原審が確定した事実及び記録からうかがえる事実に基づいて上記①及び②の各要件の充足の有無を検討する。」(9頁)
「まず,①に関しては,被上告人が本件各確定判決を履行するためには,それに先立って,本件潮受堤防が果たしている洪水時の防災機能及び排水不良の改善機能等を代替するために多額の経費をかけて工事を行う必要があり,その経費は納税債務の支払を通じて最終的には納税者全般の負担に帰するものであることがうかがわれるが,その支出額が具体的にいくらに上るのかを原審は認定していない。一方,被上告人が本件各確定判決を履行することによって上告人らは本件各漁業権の侵害によって被る損害の発生を全体でいくら回避し得るかに関しては,後記(3)において述べるように上告人らが被る損害が全体でいくら程度となるのかをうかがうことは記録上可能であるものの,原審はこの点に関する具体的な事実認定を行っておらず,したがって,被上告人が本件各確定判決を履行することによって発生を回避し得る損害の合計額についても具体的な事実認定はなされていない。」(9頁)
「次に,②の要件のうちの「損害全額の弁済又はこれと同視し得る事態」について考えるに,本件各確定判決の勝訴当事者らが受領した間接強制金(以下「本件間接強制金」という。)の合計額は原審の口頭弁論終結の直近である平成30年2月9日時点で合計10億6830万円に上っている。本件間接強制金は被上告人をして本件各確定判決を履行せしめることを目的として課されたものであるが,民事執行法172条4項の反対解釈として間接強制金の支払は損害賠償額の支払に充当されるものであり,しかも,間接強制金の受領者は,支払額が賠償を要する金額を上回っても差額の返還を行う必要がないと解されることに鑑みれば,被上告人は,本件各確定判決の勝訴当事者である上告人らに対して,上告人らが支払を受けた本件間接強制金の金額の限度において本件各漁業権の侵害に対する損害賠償金を弁済した場合と同視し得る事態が発生していると評価できる(なお,本件間接強制の決定が確定した平成27年1月22日から本件間接強制金の支払累積額が10億6830万円に達した平成30年2月9日までの間に3年以上の時間が経過していることに鑑みれば,現時点において本件間接強制金支払の事実をもって同等額の損害賠償金が弁済されている事態と同視したからといって間接強制制度の趣旨が損なわれるような慣行が生み出されることはないであろう。)。」(10頁)
「次に,②の要件のうちの,「本件各漁業権に対する被上告人の侵害行為によって上告人らが被った損害額はいくらであるか」という問題について考えるに,被上告人は,損害額の現在価値は上告人らが受領した本件間接強制金の合計額をはるかに下回る旨主張しており,その主張を支える諸事実があることも記録からうかがえはするものの,原審は上告人らが被った損害額の現在価値が具体的にいくらであるのかを認定していない。」(10頁)
「以上の検討結果等を踏まえると,権利濫用の成否について法律審である当審がただちに判断を下すことは不適切であり,本件を原審に差し戻して更なる審理を尽くさせる必要があると判断した次第である。」(10頁)

ここで経済的価値の比較衡量で結論を導こうとする発想を繰り出すところは、さすが草野先生、というべきなのかもしれない*2

菅野裁判長の「補足」意見とは異なり、あくまで「意見」だから、小法廷が本件を自判せず差し戻した理由がこれに尽きる、ということでは当然ないだろうし、高裁が、ここに書かれているような理屈の筋に沿って経済的な利益、損失をきっちり算定した上で*3判断を下すことまで求められているわけではない、と自分は理解している。

ただ、これだけ長い個別意見を付されて「差戻し」を受けた福岡高裁は、言うなれば、

菅野裁判長の「補足意見」に沿った判断プロセスが採用されている(配点50点)
 なお、草野裁判官の「意見」に基づいて経済的価値の利益衡量を行った場合は加点する(配点5点)。
多数意見における(黙示の)最高裁の「意思」を汲んだ結論が出されている(配点30点)
 なお、事実関係を踏まえて、説得力のある判決が書かれている場合は加点する(配点15点)。

という「採点基準」の下で、「80点に達しなければ不合格」と宣告されたようなもので、差戻審を担当する裁判官の心境がいかなるものか、と想像するだけで気の毒になってしまう。

本件がこの先、どういう展開を辿ることになるのかは分からないけれど、過去の確定判決がトリッキーな作為請求を認めたことの功罪と合わせ、いろいろと考えさせられるところが多い話であることは間違いない。

そして、確定判決の主文と同じくらいトリッキーな本最高裁判決に対し、調査官がどういう解説を書くのか*4、ということにも、個人的には注目してみたいと思っている。

*1:菅野博之裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/916/088916_hanrei.pdf

*2:以前「数理法務」というカテゴリーで書籍を書かれていたくらいだから・・・(とにかく凄そうだったので買っては見たものの、思いっきり積読になって埋もれている・・・)。

数理法務のすすめ

数理法務のすすめ

*3:訴訟特有のざっくりした手法を用いるにしても、果たしてきっちり数字を出せるのかどうか、またそこで「数字」をめぐる争いになってしまったら訴訟はますます長期化するのではないか、という懸念はあるところだが・・・。

*4:少なくとも「時の判例」レベルのコンパクトな解説であれば、通常の解説の対象はあくまで多数意見の部分だけで、個別意見は「出された」ということに言及する程度なのだが、本判決に関しては、少なくとも菅野補足意見の内容は補っておかないと多数意見の解読は難しい。調査官がそれを自らの「解説」の形で行うのか、それとも補足意見をそのまま引っ張ってくるのか、捌き方が見ものである。

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