日曜日に「特許法の八衢」*1というブログで紹介されているのを見て、結末が気になっていた事件があった。
ライセンス契約をめぐる比較的シンプルな中身の紛争のように思える割には、本件のみならず、米国でも大阪でも事件が裁判所に係属しており、さらに直接の契約関係にあるライセンサー・ライセンシー間だけでなく「第三者」も絡んでくるややこしい話。
しかも、請求自体、特許権者から行う定番のそれではなく、”窮鼠猫を噛む”的な「損害賠償債務不存在確認」で、いろいろと複雑なねじれのある事件でもありそうだ。
だからこそ、上記エントリーのように図解まで交えた解説をして下さる方がいらっしゃると非常にありがたいし、興味を惹かれたところも多かった。
今週が始まってからあまりにバタバタしすぎていることもあって、本当なら次の日に知ることができたはずの「結果」を週の半ばまで確認せずにいたのは怠慢の限りだが、ようやく目を通すことができたので、以下簡単にメモを残しておくことにしたい。
最二小判令和2年9月7日(H31(受)619)*2
原審までは、特許権者(一審被告)・ライセンシー(一審原告)間と、特許権者(一審被告)・販売先(補助参加人)間の両方が争点となり、裁判所の各審級も真反対ながら両方に判断を下してきた。
しかし、ここはさすが上告審。判決ではざっくりと後者に絞って判断を示している*3。
「本件確認請求に係る訴えは,被上告人が,第三者である参加人の上告人に対する債務の不存在の確認を求める訴えであって,被上告人自身の権利義務又は法的地位を確認の対象とするものではなく,たとえ本件確認請求を認容する判決が確定したとしても,その判決の効力は参加人と上告人との間には及ばず,上告人が参加人に対して本件損害賠償請求権を行使することは妨げられない。そして,上告人の参加人に対する本件損害賠償請求権の行使により参加人が損害を被った場合に,被上告人が参加人に対し本件補償合意に基づきその損害を補償し,その補償額について上告人に対し本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求をすることがあるとしても,実際に参加人の損害に対する補償を通じて被上告人に損害が発生するか否かは不確実であるし,被上告人は,現実に同損害が発生したときに,上告人に対して本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起することができるのであるから,本件損害賠償請求権が存在しない旨の確認判決を得ることが,被上告人の権利又は法的地位への危険又は不安を除去するために必要かつ適切であるということはできない。なお,上記債務不履行に基づく損害賠償請求と本件確認請求の主要事実に係る認定判断が一部重なるからといって,同損害賠償請求訴訟に先立ち,その認定判断を本件訴訟においてあらかじめしておくことが必要かつ適切であるということもできない。以上によれば,本件確認請求に係る訴えは,確認の利益を欠くものというべきである。」(3頁)
民事訴訟法の原理原則に従うなら、当事者ではない補助参加人の「債務不存在」をここで認めてもらったところで参加人と上告人(特許権者)の間に判決効は及ばないし、それによってさらなる紛争の惹起を防げるわけではない、というのは当然導かれる結論である。
そして、天下の知財高裁、それも第1部の裁判長、すなわち知財高裁所長の下で下された判断をわずか20行弱で切って捨てて破棄自判に持って行ったこの最高裁判決からは、
「お前ら、民訴法も知らんのか?!」
という香りすら漂ってくる。
だが、知財高裁の判決は「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある」と指弾されるほどおかしなものだったのだろうか・・・?
確かに、当事者ではない補助参加人まで巻き込んで債務不存在確認を打つこと自体、訴訟形態としてはかなりイレギュラーだし、そんな請求が認められたケースも(きちんと調べたわけではないが)おそらくはほとんどないだろうから、日々ありとあらゆる民事訴訟を取扱い、決着を付けている最高裁の裁判官、調査官の目には、原審の知財高裁の判断は、実にエキセントリックなものに映ったに違いないだろう。
でも、通常なら行われないような請求がなされる、ということは、それだけ本件紛争をめぐる状況が深刻だった、ということの裏返しでもある。
冒頭のブログの中で丁寧に解説されているように、本件は四半世紀以上も前に締結されたライセンス契約の下、今から15年も前の特許製品の販売をめぐって争われている事案であり、特許権が消滅して久しい(平成22年までに存続期間満了により消滅)にもかかわらず、米国ではその後上告人・補助参加人間で10年近くも特許権侵害が争われている。
仮に特許権侵害が認められた場合、認容される損害額も決して小さな額ではない。そうなると、補助参加人に対して補償合意をしている被上告人も決して無傷では済まない。
何より、米国訴訟の決着後に、今度は補助参加人・被上告人間で紛争が勃発するようなことになれば、また長い月日が浪費されることになる・・・
知財紛争、特に特許紛争の現場を知っている者であれば、誰しも「紛争を抜本的かつ一挙的に解決する必要がある」という被上告人側の主張にうなづくところは多いはずだし、その主張を入れて「本件損害賠償請求権が存在しないことの確認」の訴えに確認の利益を認めた知財高裁判決に対しては、「大岡裁きか・・・?」と内心首を傾げつつも、いいんじゃない?これで、と思った方は決して少なくなかったはずだ。
だからこそ、原審の高部コートも、悩みを示しつつ「既判力」の一般論を優先して訴えを却下した一審をひっくり返してまで、差戻し審理を求めたのだろう。
企業同士の争い。さらに知財争訟に関しては絶対的な権威を持つ東京地裁の知財部と知財高裁でじっくり審理して結論を出せば、理屈の上では既判力が及ばないとしても、不毛な”蒸し返し”は避けられるし、うまくいけば和解で決着させることもできる。そんな肚もあったに違いない。
最初に請求を却下した東京地裁にしても、「別件米国訴訟において原告補助参加人に対して損害の賠償を命ずる判決が確定し,原告補助参加人が被告に対してその損害を賠償した場合には,原告が原告補助参加人から求償されるおそれがあることは否定し難い」としていて、請求がぐるっとループしがちな本件のような紛争の特質は十分理解していたように思われる。
これに対し、今回最高裁が「実際に参加人の損害に対する補償を通じて被上告人に損害が発生するか否かは不確実である」と述べ、確認の利益を認めない根拠の一つとしたことに対しては、少なくとも実務家視線では、何とも微妙だなぁ・・・という思いを抱かざるをえなかった。
知財の世界では”当たり前”のように思われていることが、ストレートに受け入れられないこの不可解さやいかに・・・。
で、これで思い出したのが、もう10年近くも前のことになる「まねき」「ロクラクⅡ」の悲劇*4。
もちろん、争われている領域は全く異なるし、本件に関していえば、使う法律すら全く異なる、という話になってくるのだが、下級審が事案をフラットに眺めることによって導き出した結論をいともあっさりひっくり返した、という点では大いに共通している。
こういう時に、「知財紛争」の性質に合わせてことを進めていけばよいのか、それともすべては法によって支配される国にいる以上、最高裁の下す判断に絶対的な信頼を寄せるしかないのか・・・?
いずれにせよ、「知財業界固有の事情や理屈など知らん」という前提の下で、最高裁が最後に立ちはだかる壁になる可能性は高い、というのが今回改めて学んだことで、争い方一つとっても、そこから逆算してやり方を考えていかないといけないな、と思った次第である。
*1:書かれているのは、@tanakakohsukeのTwitterアカウントで著名な知財業界の方である。
*2:第二小法廷・岡村和美裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/686/089686_hanrei.pdf
*3:前者については、上告不受理決定により排除されたようである。
*4:当時の最高裁判決への違和感は、「大局的判断」かそれとも素人的発想か?(前編)〜まねきTV事件最高裁判決〜 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~も参照のこと。