最高裁法廷意見の分析(第21回)〜わいせつと芸術の間

メイプルソープ」写真集の輸入禁制品(「風俗を害すべき書籍、図画」)該当性をめぐる最高裁判決が、随所で好意的に取り上げられている。


これまでの判例に照らしてみれば、「処分取消請求を認めた」という本判決の結論が画期的なものであることに疑いの余地はないのかもしれない。


だが、よく読むと多数意見の論旨の中には、「危うい」と感じてしまうような価値判断も潜んでいるように思われる。


以下では、本小法廷で唯一の反対意見を書いた、堀籠幸男判事(裁判官出身)のご意見にも耳を傾けつつ、この「画期的な」判決を分析していくことにしたい。

最三小判平成20年2月19日(H15(行ツ)第157号)*1

本件は、上告人が米国から帰国する際に、携行していた写真集「MAPLETHORPE」*2について、成田税関による「関税定率法21条1項4号所定の輸入禁制品に該当する旨の通知」を受けたため、上告人が憲法違反及び通知処分の違法を主張して提訴したものである。


判決によると、問題の写真(20枚)は、

「いずれも男性性器を直接的、具体的に写し、これを画面の中央に目立つように配置した白黒(モノクローム)の写真」(3頁)

であったとのことだが、第一審の東京地裁が「わいせつ性」を否定して処分取消と70万円の国家賠償責任を認めた一方で、控訴審(東京高裁)は請求を全て棄却したため、勝負は最高裁にもつれ込むことになった。


最高裁第三小法廷は、最大判昭和59年12月12日(税関検査事件)を引用して関税定率法21条1項4号に基づく輸入規制の合憲性を肯定した上で、通知処分の違法性について、以下のような判断を行っている。

「前記事実関係によれば,本件各写真は,いずれも男性性器を直接的,具体的に写し,これを画面の中央に目立つように配置したものであるというのであり,当該描写の手法,当該描写が画面全体に占める比重,画面の構成などからして,いずれも性器そのものを強調し,その描写に重きを置くものとみざるを得ないというべきである。」
「しかしながら,前記事実関係によれば,メイプルソープは,肉体,性,裸体という人間の存在の根元にかかわる事象をテーマとする作品を発表し,写真による現代美術の第一人者として美術評論家から高い評価を得ていたというのであり,本件写真集は,写真芸術ないし現代美術に高い関心を有する者による購読,鑑賞を想定して,上記のような写真芸術家の主要な作品を1冊の本に収録し,その写真芸術の全体像を概観するという芸術的観点から編集し,構成したものである点に意義を有するものと認められ,本件各写真もそのような観点からその主要な作品と位置付けられた上でこれに収録されたものとみることができる。」
「また,前記事実関係によれば,本件写真集は,ポートレイト,花,静物,男性及び女性のヌード等の写真を幅広く収録するものであり,全体で384頁に及ぶ本件写真集のうち本件各写真(そのうち2点は他の写真の縮小版である。)が掲載されているのは19頁にすぎないというのであるから,本件写真集全体に対して本件各写真の占める比重は相当に低いものというべきであり,しかも,本件各写真は,白黒(モノクローム)の写真であり,性交等の状況を直接的に表現したものでもない。」
「以上のような本件写真集における芸術性など性的刺激を緩和させる要素の存在,本件各写真の本件写真集全体に占める比重,その表現手法等の観点から写真集を全体としてみたときには,本件写真集が主として見る者の好色的興味に訴えるものと認めることは困難といわざるを得ない。」
(4-5頁、強調筆者)

そしてこの結果、小法廷は、

「これらの諸点を総合すれば,本件写真集は,本件通知処分当時における一般社会の健全な社会通念に照らして,関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍,図画」等に該当するものとは認められないというべきである。」(5-6頁)

という結論に至ったのである。


また、メイプルソープ写真集に関しては、「本件各写真のうち5点と同一の写真を掲載した写真集(メイプルソープの回顧展における展示作品を収録したカタログ)」が関税定率法上の「風俗を害すべき書籍、図画」に該当する、とした判決(最三小判平成11年2月23日)もあったところであるが、本判決では、

「上記の事案は、本件写真集とは構成等を異にするカタログを対象とするものであり、対象となる処分がされた時点も異なるのであって、本件写真集についての上記判断は、上記第三小法廷判決に抵触するものではないというべきである。」(6頁)

と整理して、本件における処分取消という結論を肯定している。


さすがに、国家賠償法上の損害賠償請求については、

「本件各写真の内容が前記認定のとおりであること,本件各写真の一部と同一の写真を掲載した写真集につき前記第三小法廷判決が上記のとおり判断していること等にかんがみれば,被上告人税関支署長において,本件写真集が本件通知処分当時の社会通念に照らして「風俗を害すべき書籍,図画」等に該当すると判断したことにも相応の理由がないとまではいい難く,本件通知処分をしたことが職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったものということはできないから,本件通知処分をしたことは,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けるものではないと解するのが相当である。」(6頁、強調筆者)

と、高裁に続いて請求が退けられたのだが、上告人にとっては、税関における「風俗を害すべき書籍、図画」認定を覆したことだけで、十分な意義が認められるから(しかも争われていたのは、一度最高裁で禁制品としての処分が確定した写真を含む写真集である)、「画期的」という評価をしたくなるのも頷けるところであろう。


だが、本判決の判旨を普遍的な基準として位置付けようとすると、多少危うい部分もあるのではないかというのが筆者が抱いた印象であり、それは、堀籠判事の反対意見と比較する中でより明確になっているように思われる。

堀籠幸男裁判官・反対意見

堀籠判事は、以下のような論旨により、多数意見と正反対の結論を導いた。


堀籠判事は、まず最大判昭和59年12月12日をベースに、

「関税定率法21条1項4号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等とは、・・・わいせつな書籍、図画等を指すものと解されており、また、「わいせつ」とは、「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」をいうとするのが確立した判例である。」(7頁)

と、基本的な定義を確認した上で、「わいせつ」性の判断について、

「ある物がわいせつであるかどうかの判断は,社会通念の変化により変化するものであることは認めなければならないが,写真がわいせつであるかどうかについては,少なくとも,男女を問わず,性器が露骨に,直接的に,具体的に画面の中央に大きく配置されている場合には,その写真がわいせつ物に当たることは,刑事裁判実務において確立された運用というべきであり,本件20葉の写真がわいせつ性を有することは,否定することができないと考える。」(8頁、強調筆者)

という意見を述べ、最大判昭和32年3月13日(チャタレー事件)が示した「わいせつ性の存否の判断の仕方」や「芸術作品とわいせつ性との関係」に関する判断、すなわち、

「猥褻性の存否は純客観的に、つまり作品自体からして判断されなければならず、作者の主観的意図によって影響さるべきものではない」(8頁)
「本書が全体として芸術的、思想的作品であり、その故に英文学界において相当の高い評価を受けているのは上述のごとくである。本書の芸術性はその全部についてばかりでなく、検察官が指摘した12箇所に及ぶ性的描写の部分についても認め得られないではない。しかし芸術性と猥褻性とは別異の次元に属する概念であり、両立し得ないものではない。」(8-9頁)

という判旨の趣旨に、本件多数意見が反しているのではないか、という指摘を行っている*3


実際には、本判決の多数意見では、「芸術的観点」と並んで、写真集全体において当該写真が占める比重や実際の使われ方(見せ方)にも十分重きを置いているように思われるから*4

「多数意見は、本件写真集の芸術性を重く見過ぎたものであり、前記大法廷判決の趣旨を逸脱し、判断の仕方に問題があるといわざるを得ない。」(9頁)

という堀籠判事の反対意見は、若干言い過ぎのような気がしないでもない。


だが、それを差し引いても、上記意見には尊重すべきものがあるといえる。



あえて述べるまでもなく、「芸術的」か否か、というのは極めて主観的、かつ曖昧な概念である。


本件は、メイプルソープ氏のような、ある程度評価が確立した芸術家の写真だったために、上記のような結論があっさりと導かれているのだが、これが無名の前衛芸術家、あるいは趣味で写真を撮っている人の作品だったとしたら、同じ結論が果たして導かれたのだろうか?


「芸術性」という要素を「わいせつ性」の判断に持ち込むことは合理的な発想のように見えるが、そこには、判断者の“感覚”に振り回されてしまう懸念がどうしてもついて回る。


その点、堀籠判事が主張されるような「純客観的」基準の方が、(それによって得られる結論の当否はともかくとして)「判断の安定性」という点から見れば、まだ優れている面もあるように思えるわけで、このような“杓子定規”な判断を乗り越えて、総合衡量によって「わいせつ」性を判断するのであれば、より緻密で予測可能性の高い規範が提示される必要があるように思えてならない*5



なお、筆者個人としては、「わいせつ」かどうかを、税関や警察・検察が判断して規制する、というのは極めてナンセンスな話で、こういった問題は、(将来的には)あくまで「それによって正常な性的羞恥心を害される者」と、「『わいせつ』物を提供する者」との間の利益衡量問題としてのみ整理するのが妥当だと考えているのだが、このような極論を取らないまでも、

「我が国において出版されていた写真集について、あえて輸入禁制品に該当する旨の通知を行った」

本件の税関の処分のセンスのなさは、ちょっといかがなものかと思う。


判決の中ではわずか4行で片付けられているのだが、

「我が国において既に頒布され、販売されているわいせつ表現物を税関検査による輸入規制の対象とすることが憲法21条1項の規定に違反するものではないことも、上記大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。」(3頁)

という結論の妥当性こそが、本来問われるべきだったように思えてならない。


ちなみに、新聞等の報道によれば、本件上告人は、本判決を受けて、現在若干の在庫が残っている本件写真集を販売する意向のようである。


本件で問題になっていた写真等が最高裁のHPにアップされる可能性は極めて低いと思われるから、どうしても写真を自分の目で確かめたい、という方には、↓をお勧めすることにしたい(少々値が張るが・・・)。


Mapplethorpe

Mapplethorpe

*1:第三小法廷・那須弘平裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080219115355.pdf

*2:写真による現代美術の第一人者として知られるメイプルソープ氏に初期から後期までの主要な作品を編集したもの(日本語翻訳版)。上告人が取締役を務める有限会社Aが平成6年11月1日に出版したものであり、ハードカバーによる装丁で384頁、重量4kgにもなる豪華な写真集であった。平成12年3月31日までの間に計937冊販売。

*3:堀籠判事は、他にも、過去のメイプルソープ写真集輸入禁止処分事件(別件)における結論と本判決との不整合についても指摘している。

*4:特に本件では、問題になった写真が多数の写真の中のほんの一部であることが、結論に大きく影響を与えたように思われる。

*5:一般的な取引法の世界とは異なり、基本的人権に対する制約が争われる場面では、制約の強弱・広狭が問題にされることはあっても、「判断の安定性」の要請が前面に出てくることはあまりないのだが、実際には。当該禁制品の出版や流通等に多くの人がかかわることになるのだから、「判断の安定性」も看過されてはならない要素ではないかと思われる(若干行政寄りの発想なのかもしれないが)。