救われた小売店

知財をめぐる紛争を語る上で、「販売者が如何なる責任を負うか」という問題を避けて通ることはできない。


本ブログでも、以前、大創産業(100円ショップのダイソー)が「ポケモンシール」について商標権侵害責任を負わされたケース*1を取り上げたことがあるが、PB商品ならともかく、あちこちから仕入れてくる無数の商品全てについて第三者の権利侵害の有無を確認せよ、というのは酷な場合もあるのは事実だ。


本件は、そんな小売店の思いが通じた・・・とも言えるような判決である。

東京地判平成20年7月4日(H19(ワ)第19275号)*2

原告・株式会社ベストエバー、株式会社ベストエバージャパン
被告・株式会社しまむら


原告は、キャラクター商品等の製造、販売を業とする大韓民国設立法人。一方の被告は言わずと知れた、廉価衣料品販売小売事業者である。


原告は、動物のぬいぐるみと小物入れを組み合わせた「プチホルダー」という名称のシリーズ小物を製造、販売していたのであるが、そのうち、「プードル」と小物入れを組み合わせた商品と酷似する商品が被告店舗で販売されていたことが問題となった。


原告は、不正競争防止法(2条1項3号)に基づく請求と著作権侵害に基づく請求を行っているのであるが、添付されている原告・被告商品を対比してみると、確かに良く似ている・・・ というか、明らかなバッタものである。


もちろん、被告は自ら販売していた商品の製造に直接関与したことはなく、あくまでバイヤーが仕入れた商品を売りさばいていただけなのであるが、それでもこれだけ似ていると何らかの責任を負わされても不思議ではないように思える。


だが、本判決は原告の請求を全面的に棄却した。


裁判所は一体どのような理屈で原告の請求を退けたのか、追ってみていくことにしたい。

救われるための論理

裁判所は、準拠法の問題を冒頭で処理した後*3、原告商品・被告商品の対比を行い、

「原告商品と被告商品は、個々の特徴的形状の多くがと共通しており、全体の形態もほぼ同一であるということができるので、両者の形態は実質的に同一であるというべきである」(17頁)

という結論を導いた。


そして、「被告商品は原告商品を模倣して製造されたもの」であり、「商品の機能を確保するために不可欠な形態であるとは認められない」とした。


もし、被告が本件商品の製造者であれば、この後即、損害論に移行することになっただろう。


だが、幸運なことに不正競争防止法には以下のような規定があった。

第19条 第3条から第15条まで・・・の規定は、次の各号に掲げる不正競争の区分に応じて当該各号に定める行為については、適用しない。
5 第2条第1項第3号に掲げる不正競争 次のいずれかに掲げる行為
ロ 他人の商品の形態を模倣した商品を譲り受けた者(その譲り受けた時にその商品が他人の商品の形態を模倣した商品であることを知らず、かつ、知らないことにつき重大な過失がない者に限る。)がその商品を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、又は輸入する行為

本件被告は、「商品を譲り受けた者」にあたり、問題になっている行為は、その商品を「譲渡」する行為だから、当該商品が原告商品の形態を模倣したものであることについて、悪意重過失でない限り、不競法上の責任を負わないということになる。


そして、裁判所は、その悪意重過失の有無の認定に際し、以下のような判断を行ったのである。

「被告における商品の仕入れは,商品の仕入れを担当する部門に所属するバイヤーが,仕入先が行う多数の企画提案の中から,特定の商品の企画提案を採用し,その販売数量や価格等を決定して行うというものであり,また,被告商品の仕入れを担当する部門が1年間に取り扱う商品数だけでも約12万点に及び,仕入先が被告に対して行う企画提案の数も極めて多数に及ぶものと推測されることからすると,被告は,被告商品の仕入れを行うに当たり,被告商品の企画や生産の過程に関与することはなく,被告商品の選定やその販売数量及び価格等の決定のみを行っていたものと認められる。また,上記の膨大な数量の商品すべてについて,その開発過程を確認するとともに,形態が実質的に同一である同種商品がないかどうかを調査することは,著しく困難であるということができる。」(18-19頁)

「一方,原告商品は,これまでの販売金額が合計19万0487円,販売数量も合計330個にとどまり,その宣伝,広告も,原告ベストエバージャパンのウェブページや商品カタログに写真が掲載されている程度であって,一般に広く認知された商品とは認められないことからすると,被告は,被告商品を平成化成から購入するに当たり,取引上要求される通常の注意を払ったとしても,原告商品の存在を知り,被告商品が原告商品の形態を模倣した事実を認識することはできなかったものというべきである。以上によれば,被告は,被告商品の購入時にそれが原告商品の形態を模倣したものであることを知らず,かつ,知らなかったことにつき重大な過失はなかったものと認められる。」(19頁)

原告側は、被告担当者と名刺交換した事実等も主張していたのであるが、結局上記判断を覆すには至らなかった。


単なる軽過失であれば、認められる余地はあったかもしれないが、「重過失」のハードルはいかにも高い。


その意味で、本件被告は第19条5項ロの規定に救われた、ということができる*4


それでは、そのような規定のない著作権侵害の主張についてはどうだったか。


裁判所は以下のような判断を下している。

著作権法2条1項1号は,同法により保護される著作物について,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」と規定し,同条2項は,「この法律にいう美術の著作物には,美術工芸品を含むものとする。」と規定している。これらの規定は,意匠法等の産業財産権制度との関係から,著作権法により著作物として保護されるのは,純粋美術の領域に属するものや美術工芸品であり,実用に供され,あるいは産業上利用されることが予定されているものは,それが純粋美術や美術工芸品と同視することができるような美術性を備えている場合に限り,著作権法による保護の対象になるという趣旨であると解するのが相当である。」(21頁)

「原告商品は,小物入れにプードルのぬいぐるみを組み合わせたもので,小物入れの機能を備えた実用品であることは明らかである。そして,原告が主張する,ペットとしてのかわいらしさや癒し等の点は,プードルのぬいぐるみ自体から当然に生じる感情というべきであり,原告商品において表現されているプードルの顔の表情や手足の格好等の点に,純粋美術や美術工芸品と同視することができるような美術性を認めることは困難である。また,東京ギフトショーにおいて審査員特別賞を受賞した事実が,原告商品の美術性を基礎付けるに足るものでないことは明らかである。したがって,原告商品は,著作権法によって保護される著作物に当たらない。」(21-22頁)

これについては、原告商品の著作物性を争った被告側の主張を前面的に採用し、被告商品が著作権を侵害した、という事実そのものを否定した、ということになる。


「応用美術」が著作権法の保護を受ける際のハードルの高さは、随所で指摘されているところであり、かつてはファービー人形(ただし刑事事件)や海洋堂のフィギュアが、同じ要件で切られてしまった過去もある*5


“ぬいぐるみ”の保護が産業財産権の範疇か、と言われれば、ちょっと引っかかるところもあるのだが、前段で不競法2条1項3号に基づく保護を検討している経緯を考えれば、このような結論になるのもやむを得ない、というべきだろうか。


いずれにせよ、被告は本件訴訟において責任を免れることになった。

おわりに

本件は、「知財」を保護する諸制度の整合性と、それに対する小売事業者の対応を考える上で、いろいろと参考になる事例だといえるだろう。


既に見てきたように、被告が責任を負わされずに済んだのは、

(1)原告の請求が、侵害成立のための主観的要件が加重された、形態模倣(不競法2条1項3号)に基づくものであったこと。
(2)商品が「ぬいぐるみ」という“応用美術”(著作権法と意匠法等の調整が必要な領域)の領域に属するものだったため、著作権による保護が及ばなかったこと。

という2点によるものであり、これが、(3)特許権や商標権侵害が問題になっていた事件であれば、「過失推定」が及ぼされ小売業者といえどもそれを覆して責任を免れるのは相当難しい、ということになっただろうし、(4)もう少し純粋美術に近いものの模倣品(たとえばTシャツにプリントされたイラスト等)が問題になっていた事件であれば、本件の程度の事情があれば被告側の過失が認められた可能性もあっただろう*6


だが、実のところ、バイヤーの側で、個々の商品について知的財産権侵害の有無を確認することが難しいのは、(1)、(2)の場合だろうが、(3)、(4)の場合だろうが、大して変わるものではない。


したがって、小売業者の側にしてみれば、ロシアンルーレットをやっているようなもので、不運にも弾が直撃する事態を避けようと思うのであれば、取引先を信頼できるところに絞るか、せめて内部関係だけでもリスクヘッジ(第三者からクレームが来た場合の責任分担)をしっかりやっておく、といった措置を講じるほかない、ということになろう。



なお、もっと大きな話でいえば、商標権等に関する「過失推定」、著作権法や不競法2条1項1号、2号違反に関する「過失」、そして、不競法2条1項3号に関する「重過失」といったそれぞれの侵害成立要件によって小売業者の責任に大きな差異が生じないような解釈・判断が試みられても良いのではないか・・・? と思ったりもする。


もちろん、主観的要件を異にした各制度趣旨との兼ね合いは意識する必要があるだろうが、小売・流通の実態にもう少し配慮があっても良いのではないか、と思う次第・・・*7

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060225/1140844023

*2:第47部・阿部正幸裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080711092534.pdf

*3:原告ベストエバーが韓国法人だったため問題になったものであるが、結論としては全ての請求について日本法を適用する、と判断されている。

*4:不競法2条1項1号や2号であれば、そのような重い主観的要件は課されないのだが、さすがにそれらの主張が認められるほどの周知性・著名性はなかった、ということになるのだろう。

*5:中山信弘名誉教授は、「応用美術」について要件を加重することについて、「妥当でないという批判は当たらない」(中山信弘著作権法』(有斐閣、2007年)146頁)とコメントしている。

*6:原告商品は「東京ギフトショー」において「審査員特別賞」を受賞しているし、数はさほどでもないとはいえ一応は市場に出回っていた。したがって、そこから小売店のバイヤーの調査義務違反(過失)が導かれる可能性があったことは否定できない。

*7:取扱商品が権利侵害商品であれば、主観的要件如何にかかわらず差し止めが認められてしまう、という点についても、このような実態を考えれば一考の余地があるように思う。権利保護はもちろん大事だが、そのハレーションが過度に広がってしまうことのリスクは、よくよく意識しなければならないだろう。

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