パブリシティ権と肖像権

今年最初に取り上げる裁判例は、「コムロ美容外科肖像権・パブリシティ権侵害事件」。


一見すると、新年早々ちょっとネタに走りすぎているんじゃないか?という突っ込みを受けるような事案だが、どっこい、実務的にも理論的にも意義のある判断が下されているように思われる。

東京地判平成20年12月24日(H20(ワ)第7828号)*1

原告:A *2
被告:株式会社メディコア(コムロ美容外科・歯科(以下「コムロ」)の広告宣伝・管理運営業務を行っている会社)


原告は、平成16年4月1日に、当時、コムロの広告宣伝業務を行っていた訴外・株式会社オルモックとの間で、平成17年3月末日までの1年間、広告のために自己の氏名及び肖像を使用することを許諾し(広告出演契約の締結)、平成17年4月1日にさらに1年間、同契約を更新した。


契約の条件は、出演契約料年126万円、広告の範囲を「TVCM、ラジオ、雑誌・ポスター、チラシなどの印刷媒体やインターネットでの広告を含めた全ての広告物」とするものであり、実際に掲載された広告は、

「コムロのホームページに,原告の顔写真とともに,「顔のシワがなくなるだけで,人生が明るくなるんだってこと,実感しました。」との原告のコメント,「女優のAさんがヒアルロン酸注入法でシワ取りしたことがテレビや週刊誌で当時,話題になりました。現在も定期的に来院されております。」との文章を掲載」(2頁)

する、というものであった。


その後、コムロを経営する医療法人社団美詳会の経営が悪化したことにより、

「被告が平成18年3月31日に「コムロ美容外科」の商標を買い取り、第三者である医師にその商標を使用許諾し、当該医師がコムロ美容外科の名称の下、クリニックの運営を継続していく」(3頁)

というスキームで再生が図られ、ホームページの運営もオルモックから被告が引き継ぐことになったのであるが、その際、原告Aとの契約が平成18年3月末日で終了し、それ以降の期間について広告出演契約が締結されていなかったにもかかわらず、被告が原告から掲載中止要求書を受け取った平成20年1月30日までの間(670日間)、本件広告の掲載を継続したため、本件紛争に発展したのである。



被告側に過失が存在することは、争いのない事実として認められているから、実質的な争点は、如何なる損害が認められるか、という点に限られていた。


原告は、氏名・肖像の使用に伴い財産的損害・精神的損害の両方が生じていると主張し、財産的損害については広告料に加え、「原告がコムロにおいて随時無料でコラーゲン、ヒアルロン酸注入等の治療を受けられることを約束された」ことに基づく治療費相当分を加算した額を基準とすべき、として、損害が約600万円になる、と主張。


これに対し、被告が広告の範囲のうち、「インターネット」でしか原告の氏名・肖像を使用していないことや、広告掲載が訴外・オルモックの広告掲載を削除しなかった、という不作為によるものであることから、財産的損害を契約料の5分の1の額を基準に算定した。


また、精神的損害については、原告が芸能人であることに着目し、

人格的利益に関しては,そもそも芸能人の氏名・肖像においては,広く一般大衆に公開されることが前提とされ,かつ,希望されていることから,その使用方法,態様等に照らして,当該芸能人の社会的評価を低下させるような場合でなければ,人格的利益を毀損するものではない。そして,本件広告は,原告の体験に基づく感想を原告の氏名及び写真とともに掲載しているにすぎない。また,本件広告は,本件契約に基づくものが契約終了後も掲載されたままになっていただけのものにすぎない。したがって,本件広告の掲載により原告の社会的評価が低下するものではなく,慰謝料請求権が発生するだけの精神的打撃も認められない。(8-9頁)

という主張を展開したのである。


芸能人のパブリシティに関しては、「肖像パブリシティ権擁護監視機構」(JAPRPO)のような団体が啓発活動を行っているところであるが(http://www.japrpo.or.jp/index.html)、そこでは専ら財産権としてのパブリシティ権の説明がなされるに留まっているし、財産的権利としての性格が強くなった場合には、その分人格的権利としての性格が縮小する、という見解が説かれることもあった(内藤篤弁護士の『パブリシティ権概説』等を参照のこと)。


本件は、広告利用という典型的な芸能人としての氏名・肖像利用のケースだけに、「経済的利益と人格的利益双方の侵害」をミックスした請求が認められるのか? また、認めるとしてどのように損害額を算定するのか? ということが重要な問題になっていたといえるだろう。


では、裁判所はどのように判断したのか。


まず、裁判所は、財産的損害について、

「原告は,女優,タレントとして,広告に出演すること(自己の氏名,写真等を広告に利用すること)を許諾していた場合には,出演料として相当の対価を受けることができた(証拠略)のであるから,自己の氏名,顔写真等を本件広告に無断使用されたことによって原告が受けた財産的損害は,原告が,本件広告に出演することを許諾するとすれば受けることができる対価相当額であると認められる。そして,本件における被告の不法行為は,前記のとおり,本件契約の契約期間が終了したにもかかわらず,コムロのホームページに本件広告の掲載を継続したというものであることからすれば,前記の対価相当額は,本件契約によって定められた広告出演等の対価及び本件契約終了後における本件広告の掲載期間を基準として認定することが相当である。もっとも,契約によって定められた広告出演等の対価は,通常は,当該契約において許諾された広告の内容,広告媒体及び広告を行う地域,原告と被告との関係その他の事情等を考慮して決定されるものであることからすれば,本件契約によって定められた対価が直ちに対価相当額として原告の損害となるものではなく,当該対価を基準としつつも,本件契約が許諾の対象とする広告の内容,広告媒体及び広告地域と本件広告の広告内容,広告媒体及び広告地域の異同,当該対価を定めるに当たって考慮された事情の有無等を考慮して,原告の財産的損害である対価相当額を認定するのが相当である。」(9-10頁)

という規範を立てた。


そして、広告料よりも基準額を増額するよう求めた原告の主張を、

「本件契約の契約書には,原告がコムロにおいて無償で治療を受けることができることに関して,それが本件契約によって定められた対価としてのものであるということのみならず,当該治療を受けられること自体も何ら記載されていないこと(証拠略),本件各証拠に照らしても,治療回数,実際に受けることができる治療の内容,治療に要する費用の上限等について定められた形跡はなく,したがって,原告がコムロにおいて治療を受けるかどうか,受けるとしてその回数,内容等は,原告の任意によるものであって(証拠略),それ自体が不確定なものであったことからすれば,コムロにおける無償での治療の提供は,本件契約を締結したことに伴う原告に対する付随的なサービスにとどまるものというべきであって,当該治療費相当額も本件契約によって定められた対価の一部であると認めることはできない。」(11頁)

と退けた上で*3

(1)?本件契約は,広告の範囲を「TVCM,ラジオ,雑誌・ポスター,チラシなどの印刷媒体やインターネットでの広告を含めた全ての広告物」とするものである(前記争いのない事実等⑵ア参照)のに対し,被告が行った行為は,コムロのホームページに本件広告の掲載を継続したことのみであって,広告媒体が本件契約で許諾の対象とされた媒体のうちの「インターネット」に限定されていること
(2)インターネット上のホームページへの掲載は,その性質上,いったん掲載されれば,削除されない限り,掲載が継続され,掲載されている期間は,いつでも,どこからでも,誰からでもアクセスすることが可能であり,かつ,アクセスも容易な媒体であること(公知の事実)
(3)本件契約においては,広告の大きさ,内容等についての規定は設けられていない(証拠略)のに対し,本件広告は,コムロのホームページのトップページではなく,「BUST」,「BODY」等の9種類の治療内容のうちの「FACE」における多数の美顔施術の中の「シワ取り」の治療内容を紹介するページの末尾近くに掲載されたものであって,また,本件広告に掲載された原告の顔写真は,他のモデルの施術前施術後を比較する写真等と比べて相対的に小さく,さらに,本件広告の画面全体において占める割合も,それほど大きなものではないこと(証拠略)。
(12-13頁)

といった事情を挙げ、さらにコムロによる無償での治療行為の提供を考慮要素とした上で、「対価の額の2分の1である1年当たり63万円」を基本として、財産的損害額を算定したのである。


一方、精神的損害については、

「芸能人の氏名・肖像は、通常、広く一般大衆に公開されることが前提とされており、当該芸能人自身もそのことを希望している場合が多い」(14頁)

としつつも、

「芸能人が,どのような企業のどのような商品・サービス等の広告に出演するかや,いったん広告に出演することを許諾したとしても,当該広告に出演することを継続するかどうかは,自己の芸能人としてのイメージや,広告の主体である企業や広告の対象である商品・サービス等に対する社会的評価等の諸般の事情を考慮し,当該芸能人において,自己の意思に基づいて判断・決定をすることができるものである。そして,無断でその氏名,肖像等を広告に使用された場合には,自らの自由な意思に基づいてこのような判断・決定をすることができるという主観的利益が侵害されたものであり,これによる精神的な苦痛は,財産的損害が賠償されたからといって回復されるものではなく,慰謝料によって慰謝されるべきものと認められる。したがって,無断でその氏名,肖像等を広告に使用された者が芸能人である場合であっても,当該広告にその氏名,肖像等が使用されたことにより当該芸能人の社会的評価が下がったか否かにかかわらず,当該芸能人は,慰謝料を請求することができると解すべきである。」(14頁)

として、精神的損害に基づく慰謝料請求を認めた(計30万円)。


結論としては、計145万6438円の範囲で一部請求認容、ということになる。



芸能人の氏名・肖像の財産的価値を認めつつ、「出演する広告を判断・決定するという主観的利益の侵害」を根拠に精神的損害をも肯定する、という本判決の判断には、批判があるかもしれないし、「美容整形」というセンシティブな業界の広告だったがゆえの特殊な事例判断ではないか?という見方もあろう*4


だが、トラブルの多さの割に、議論が今一歩成熟していたとは言い難いパブリシティの分野において、本件のような“キレイな判決”が出されたことには、やはりそれなりの意義があるのではないだろうか。


というわけで、この一年で、知財周辺領域に関する議論が盛り上がることを期待しつつ、今年最初の判例紹介を終えることにしたい。



パブリシティ権概説

パブリシティ権概説

*1:第29部・清水節裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090105100744.pdf

*2:「昭和43年にデビューして以来、映画、テレビドラマ、舞台等に出演している女優、タレント」だということで、報道等を見ると実名も出ている(ここではあえて書かないが(笑))。

*3:他にも原告は、「原告のような著名タレントであれば、広告出演契約の契約量がコマーシャルムービー契約で年間500万円、コマーシャルフォト契約で年間300万円を下回ることはない」と主張していたが、客観的証拠がない、として退けられている。

*4:コムロ美容外科の「シワ取り」のページを参考までにリンクしておく(http://face.komuro.or.jp/face/detail9.html

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