育児休業法の改正案がまもなく国会で成立する見通しとなっているが、そんな中、興味深い紛争事例が記事になっている。
「ゲーム開発会社「コナミデジタルエンタテインメント」(東京・港)社員のAさん(36)*1が16日、育児休業から復職後に降格されたのは違法として、同社に育休前の地位の確認や減額分の賃金の支払いなどを求め、東京地裁に提訴した。」(日本経済新聞2009年6月17日付朝刊・第34面)
記事によれば、Aさんは1996年に入社後、「人気サッカーゲームのマーケティングや海外のライセンス業務などを担当」し、2008年7月に産休、出産後今年4月まで育休を取得していたそうであるが、
「復職後に会社側は「育児しながら働くことを配慮した」と説明し、役職を降格。業務範囲を海外から国内に限定し、月収も約20万円の減額とされた」
とのこと。
正直これを読んだだけでは、事実関係がどうなっているのかは全く分からない。
この原告が、「配慮」とは名ばかりの「育休切り」スレスレの閑職に追いやられていたり、そこまでいかなくても、「実質的に仕事の中身は変わらないのに地位・待遇だけ切り下げた」りされているのだとすれば、明らかに「不利益な取扱い」にあたるように思われ、育児休業法違反*2として、会社側の責任を追及することは可能だろう。
だが、仮に、産休・育休取得前の原告のポジションが、「24時間仕事に追われまくる」とか、「月数回の海外出張が避けられない」といった重たいポジションだったのだとしたら、会社側が“配慮”したのもむべなるかな・・・、という気がしなくもない。
いくら本人が、
「自分なら育児と仕事を両立できる。元の仕事のままで十分!」
といったところで、実際にやらせてみて、過労で倒れてしまった・・・なんてことになれば、当然に会社が責任を負うことになるわけで*3、ましてや死に至らしめようものなら、世間から轟々たる非難を浴びることは目に見えている。
もちろん、「業務負担を軽減させること」と、「役職の降格」や「給与の減額」とが必然的に結びつくわけではなく、役職や待遇を維持したまま、業務負担の軽いポジションに動かす努力が会社の側には求められるわけであるが、どんな良心的な会社でも、“仕事の性質上、どんなに頑張っても負担を減らすのは無理”という職場を一つや二つは抱えているわけで*4、そういった職場の社員が育休から復帰して引き続き育児に従事する意向を示している場合に、会社がどのような判断を下すべきか、というのは極めて悩ましい問題だと思う。
個人的には、労働者が「やる!」といった以上は、その意思は尊重されるべきだと思うし*5、最近大内伸哉教授あたりがあちこちで唱えておられるように、使用者が労働者の個人的事情にまで踏み込んで干渉するような「過剰なパターナリズム」は排斥されるべきだと思うのであるが、個別の事情によっては、「泣いて馬謖を・・・」という心境で“不利益”人事を敢行しなければならない場合がある、ということも気に留めておかないといけないだろう*6。
一流のキャリアを持つホワイトカラーが、在職しながら待遇の改善を求めて争う、という貴重な事例だけに、提訴した勇気が報われるような結論を期待したい、というのが率直な心情だが、もし同じような状況に立たされて法的見解を求められたらどのように回答すべきだろうか・・・と考えると、自信を持って言えるような答えはなかなか見つからない。
*1:注:記事では実名になっていたが、筆者の判断により置換した。以下同じ。
*2:正確には、「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」第10条違反。
*3:幼い子の育児に携わる社員に過酷な勤務をさせていた、というシチュエーションで会社が安全(健康)配慮義務違反の責任を免れるとは、ちょっと考えにくい。
*4:手薄な体制で回している法務部門なんぞも、この系譜に属するのは言うまでもないことだ(あくまで余談)。
*5:実際、育児休業法においても、ほとんどの労働者保護規定は労働者自身の「申出」があることが適用されるための要件になっている。
*6:実際、どんな会社でも真に能力のある社員というのは希少だから、そういった社員を育児や介護等の家庭の事情で配置転換しなければならない、ということになった時の上司や同僚は、文字通り「泣く」ような思いをすることになる。