前々から注目されていた旧労働契約法20条、労働契約の期間の有無により労働条件に不合理な相違を設けることを禁じる*1、という規律に違反するかどうかが争点となった訴訟について、今週、相次いで最高裁判決が出された。
多くのメディアも、それに接して情報を入手した方々も、上告審判決の結論とそこに書かれていることだけに飛びついたのだろう。
13日、15日と判決が出るたびに、一喜一憂という感のある反応を見かけることも多かった。
「非正規従業員に賞与や退職金が支払われなかったことの是非が争われた2件の訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷は13日、不支給を「不合理とまでは評価できない」との判断を示した。いずれも二審の高裁判決は一定額を支払うべきだとしていた。原告側の逆転敗訴が確定した。」
「最高裁は他方で「格差の状況によっては不合理との判断があり得る」とも指摘した。今回の司法判断が、政府が進める「同一労働同一賃金」の運用に一定の影響を与える可能性もある。」
(日本経済新聞電子版 2020年10月13日15時09分)
「日本郵便の正社員と契約社員の待遇格差の是非が争われた訴訟の上告審判決が15日、最高裁であった。第1小法廷(山口厚裁判長)は、契約社員に扶養手当や夏期冬期休暇などが与えられないことを「不合理な格差」に当たると判断した。」
「今回の判決は日本郵便の労務環境に即したもので、企業の手当一般についての判断ではないが、政府の「同一労働同一賃金」の運用に一定の影響を与える可能性もある。」
(日本経済新聞電子版 2020年10月15日18時50分)
これだけ読むと、あたかも両極端な判断を最高裁がしたように見えるが、実のところ13日の判決でも15日の判決でも、最高裁が言っていること自体はさほど異ならないし、そもそも今回の一連の判決で最高裁が新たに述べたことは実のところほとんどない。
旧労働契約法20条をめぐる判断枠組みは、平成30年6月1日に第二小法廷が出した2つの判決(ハマキョウレックス事件・民集72巻2号88頁、長澤運輸事件民集72巻2号202頁)が示した当たり前と言えば当たり前の基準がずっと使われているのであって、その後出された判決は今回の最高裁判決も含めてそれを「個々の事案に当てはめた結果」に過ぎない、ということは、念頭に置く必要があるように思われる*2。
そして、今回出された上告審判決から、事件を原審、原々審の判決まで追いかけていくことで、単純な「勝ち負け」論とは違うものも見えてくる。
「上告を棄却された『非正規従業員』は本当に負けたのか?」ということも含め、読者の皆様に改めて考えていただく機会になれば、ということで以下各事件について、簡単にご紹介することとしたい。
「格差」が正面から争われた3件
■最一小判令和2年10月15日(日本郵便・東京、令1(受)777号)*3
第一審:東京地判平成29年9月14日、H26(ワ)第11271号
控訴審:東京高裁平成30年12月13日、H29(ネ)第4474号
■最一小判令和2年10月15日(日本郵便・大阪、令1(受)794号)*4
第一審:大阪地判平成30年2月21日、H26(ワ)5697号
控訴審:大阪高判平成31年1月24日、H30(ネ)729号
まずは、数年後エポックメイキングな出来事として歴史に刻まれる可能性が高い日本郵便の2件の最高裁判決から。
いずれも労働契約法に不合理な労働条件禁止ルールが導入施行されたタイミング(平成25年4月1日)から間を置かずに提訴され、手当から休日制度に至るまで、まさに「有期雇用契約であることによる不合理な相違」が正面から争われたこと、そして、ターニングポイントとなった「ハマキョウレックス」以前から請求の一部が(それもかなりの部分で)認められていた、という点でもこれらの事件は他の事件とは一線を画している。
この2件に関しては、地裁、高裁判決の段階から評釈等も多数出ていたので、自分も事案の概要を眺めたことがあったのだが、確かにまぁこれは・・・というところはあって、大阪の事件だともっとも長期間契約を更新している原告の最初の契約締結日が平成9年12月、他に平成11年7月から契約更新し続けている原告もいて、契約期間は短いながらも長期雇用が常態化している状況が見て取れたし、それを前提とすると「相違」を指摘された手当等の中にはこれは厳しいんじゃないか、と思えたものが多かったのは確かである。
ざっとまとめると、以下のとおり。
(〇は相違に合理性あり、とされたもの、×は合理性が否定されたもの)
・外務業務手当 東京地裁〇 東京高裁〇 /大阪地裁〇 大阪高裁〇
・郵便外務業務精通手当 東京地裁〇 東京高裁〇 /大阪地裁〇 大阪高裁〇
・早出勤務等手当 東京地裁〇 東京高裁〇 /大阪地裁〇 大阪高裁〇
・年末年始勤務手当 東京地裁×(8割)東京高裁×(上告受理)
/ 大阪地裁× 大阪高裁△(上告受理)
・祝日給 東京地裁〇 東京高裁〇
/大阪地裁〇 大阪高裁△(上告受理)
・夏期年末手当 東京地裁〇 東京高裁〇 /大阪地裁〇 大阪高裁〇
・住居手当 東京地裁×(6割)東京高裁× /大阪地裁× 大阪高裁×
・扶養手当 (東京では主張なし)
/大阪地裁× 大阪高裁〇(上告受理)
・夏期冬期休暇 東京地裁× 東京高裁×(損害発生は否定)(上告受理)
/大阪地裁(主張排斥) 大阪高裁△
・病気休暇 東京地裁× 東京高裁×(上告受理)
/大阪地裁(主張排斥) 大阪高裁△
原告としては、基本給上乗せ的な要素が強い業務系の手当を認めてもらうことに重点を置いていた可能性はあるし、何よりも「均等待遇」を貫徹するための差額賃金是正こそが”本丸”という意識が強かったのかもしれないが、それでも住居手当が認められたこともあって、認容された請求額は、高裁段階で大阪事件のMAXが109万4936円、東京事件でMAXが82万2000円、とそれなりにまとまった金額になっていた。
東京、大阪ともに高裁判決を受けて、原告、被告双方が上告するという展開になっていたのだが、東京では手当のうち唯一上告が受理された年末年始勤務手当について、あっさり不合理性が肯定され、さらに休暇についても、
「有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当であるところ,賃金以外の労働条件の相違についても,同様に,個々の労働条件が定められた趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。」(東京6頁、強調筆者以下同じ)*5
「第1審被告において,私傷病により勤務することができなくなった郵便の業務を担当する正社員に対して有給の病気休暇が与えられているのは,上記正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから,その生活保障を図り,私傷病の療養に専念させることを通じて,その継続的な雇用を確保するという目的によるものと考えられる。このように,継続的な勤務が見込まれる労働者に私傷病による有給の病気休暇を与えるものとすることは,使用者の経営判断として尊重し得るものと解される。もっとも,上記目的に照らせば,郵便の業務を担当する時給制契約社員についても,相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば,私傷病による有給の病気休暇を与えることとした趣旨は妥当するというべきである。そして,第1審被告においては,上記時給制契約社員は,契約期間が6か月以内とされており,第1審原告らのように有期労働契約の更新を繰り返して勤務する者が存するなど,相応に継続的な勤務が見込まれているといえる。そうすると,前記第1の2(5)~(7)のとおり,上記正社員と上記時給制契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても,私傷病による病気休暇の日数につき相違を設けることはともかく,これを有給とするか無給とするかにつき労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものといえる。したがって,私傷病による病気休暇として,郵便の業務を担当する正社員に対して有給休暇を与えるものとする一方で,同業務を担当する時給制契約社員に対して無給の休暇のみを与えるものとするという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。」(東京・6~7頁)
と述べて病気休暇に係る相違を不合理と認めた原審の判断を支持、さらに、原審が夏期冬期休暇に係る差異の不合理性を認めつつ「損害の立証がない」として請求を退けていた点については、
「第1審被告における夏期冬期休暇は,有給休暇として所定の期間内に所定の日数を取得することができるものであるところ,郵便の業務を担当する時給制契約社員である第1審原告らは,夏期冬期休暇を与えられなかったことにより,当該所定の日数につき,本来する必要のなかった勤務をせざるを得なかったものといえるから,上記勤務をしたことによる財産的損害を受けたものということができる。当該時給制契約社員が無給の休暇を取得したか否かなどは,上記損害の有無の判断を左右するものではない。したがって,郵便の業務を担当する時給制契約社員である第1審原告らについて,無給の休暇を取得したなどの事実の主張立証がないとして,夏期冬期休暇を与えられないことによる損害が生じたとはいえないとした原審の判断には,不法行為に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。」(東京・7~8頁)
と、東京高裁の頭でっかちな理屈をバッサリ切って、原告の認容額を増額させる方向での破棄差戻判決となった。
また大阪高裁の判決に対しては、「更新された有期労働契約の期間が5年を超えているかどうか」で不合理性に係る結論が変わっていた年末年始勤務手当と祝日給について、(契約期間にかかわらず)一律に相違は不合理と判断し、さらに地裁と高裁で判断が分かれていた「扶養手当」について、
「第1審被告において,郵便の業務を担当する正社員に対して扶養手当が支給されているのは,上記正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから,その生活保障や福利厚生を図り,扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることを通じて,その継続的な雇用を確保するという目的によるものと考えられる。このように,継続的な勤務が見込まれる労働者に扶養手当を支給するものとすることは,使用者の経営判断として尊重し得るものと解される。もっとも,上記目的に照らせば,本件契約社員についても,扶養親族があり,かつ,相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば,扶養手当を支給することとした趣旨は妥当するというべきである。そして,第1審被告においては,本件契約社員は,契約期間が6か月以内又は1年以内とされており,第1審原告らのように有期労働契約の更新を繰り返して勤務する者が存するなど,相応に継続的な勤務が見込まれているといえる。そうすると,前記第1の2(5)~(7)のとおり,上記正社員と本件契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても,両者の間に扶養手当に係る労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものというべきである。したがって,郵便の業務を担当する正社員に対して扶養手当を支給する一方で,本件契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。」(大阪・10~11頁)
と不合理性を肯定することで、これまた原告の認容額を増額させる方向での破棄差戻し。
手当については「労働契約の期間」の長短による区別を否定したのに、同じ理由で「5年」基準を適用した夏期冬期休暇、病気休暇に関しては破棄しなかった(一方で東京の方は先述のとおり、「5年」基準など設けずに相違の合理性を否定している)、というあたりがちょっと不思議な気もするのだが、いずれにしても「有期雇用契約」とは形ばかりで、事実上長期的に継続する雇用契約となっていた、ということが結論に大きく影響したのは間違いない。
一方、同様に長期間の雇用継続が前提となっていたような有期雇用契約でありながら、ちょっと微妙な結論となってしまったのが、次のメトロコマースの事件である。
■最三小判令和2年10月13日(メトロコマース、令1(受)1190号)*6
第一審:東京地判平成29年3月23日、H26(ワ)第10806号
控訴審:東京高判平成31年2月20日、H29(ネ)第1842号
本件は、東京メトロの駅構内売店での業務に従事する有期労働契約の社員が提起した訴訟だが、こちらも雇用されていた期間は長く、第一審原告4名のうち3名は平成16年から労働契約の更新を続けており(ただし平成27年3月末までの間にこれら3名の契約社員としての雇用契約は終了している)、残る1名は平成18年8月1日から労働契約の更新を続けた末に無期労働契約の職種限定社員として現在に至るまで雇用を継続している。
そして、売店での販売業務、という郵便局以上に有期、無期の違いによる業務内容の差異を見出しにくい業務に従事することが労働契約の内容となっていただけに、原審の評釈等に接してた時は、日本郵便の事件以上に会社側の旗色が悪そうな事件だな、と思っていた。
実際、本件でも地裁段階から一部手当については不合理性が認定されている。
(〇は相違に合理性あり、とされたもの、×は合理性が否定されたもの)
・本給、資格手当 地裁〇 高裁〇
・賞与 地裁〇 高裁〇
・住宅手当 地裁〇 高裁×
・早出残業手当 地裁× 高裁×
・褒賞 地裁〇 高裁×
・退職金 地裁〇 高裁×(4分の1相当)
原告4名のうち、労働契約法施行前に退職した1名については高裁段階でも一切の請求が認められなかったという事情はあるし(当該原告は上告審においても審理の対象になっていない)、地裁から高裁に行ったところで「不合理性」が認められる範囲が大幅に広がったのは、「ハマキョウレックス最判」が追い風になったところはあるだろうが、高裁段階での認容額は約66万円~約87万円だから、決して低い金額ではない。
だが、最高裁は、使用者側の上告を受理した上で、もっともボリュームが大きかった「退職金」の部分に関して、以下のように結論をひっくり返す判断を行った。
「労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ,有期契約労働者の公正な処遇を図るため,その労働条件につき,期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり,両者の間の労働条件の相違が退職金の支給に係るものであったとしても,それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。もっとも,その判断に当たっては,他の労働条件の相違と同様に,当該使用者における退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより,当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。」(8頁)
「第1審被告の正社員に対する退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて,売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮すれば,契約社員Bの有期労働契約が原則として更新するものとされ,定年が65歳と定められるなど,必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず,第1審原告らがいずれも10年前後の勤続期間を有していることをしんしゃくしても,両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは,不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。」(10頁)
判決にも書かれているとおり、本件で争った原告たちは、契約社員でありながら「65歳」という正社員同様の定年制が適用され、原告の中には10年以上勤務した後に「定年」により退職した方もいる。
それでもなお、最高裁が原告の退職金に係る請求を退けたのは、林景一裁判官が書かれた補足意見の中の、
「有期契約労働者がある程度長期間雇用されることを想定して採用されており,有期契約労働者と比較の対象とされた無期契約労働者との職務の内容等が実質的に異ならないような場合には,両者の間に退職金の支給に係る労働条件の相違を設けることが不合理と認められるものに当たると判断されることはあり得るものの,上記に述べたとおり,その判断に当たっては,企業等において退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的をも十分に踏まえて検討する必要がある。退職金は,その支給の有無や支給方法等につき,労使交渉等を踏まえて,賃金体系全体を見据えた制度設計がされるのが通例であると考えられるところ,退職金制度を持続的に運用していくためには,その原資を長期間にわたって積み立てるなどして用
意する必要があるから,退職金制度の在り方は,社会経済情勢や使用者の経営状況の動向等にも左右されるものといえる。そうすると,退職金制度の構築に関し,これら諸般の事情を踏まえて行われる使用者の裁量判断を尊重する余地は,比較的大きいものと解されよう。」(12頁)
という”使用者の裁量への配慮”ゆえなのかもしれないが、親会社から出向で天下って来た「正社員」には退職金が支給されるのに、有期労働契約の社員に対しては、どれだけ長期間勤務したとしてもそれが一切支給されない、というのは、やはりいわゆる「格差」以外の何ものでもないと自分は思う。そして、
「契約社員Bは,契約期間を1年以内とする有期契約労働者として採用されるものの,当該労働契約は原則として更新され,定年が65歳と定められており,正社員と同様,特段の事情がない限り65歳までの勤務が保障されていたといえる。契約社員Bの新規採用者の平均年齢は約47歳であるから,契約社員Bは,平均して約18年間にわたって第1審被告に勤務することが保障されていたことになる。他方,第1審被告は,東京メトロから57歳以上の社員を出向者として受け入れ,60歳を超えてから正社員に切り替える取扱いをしているというのであり,このことからすると,むしろ,正社員よりも契約社員Bの方が長期間にわたり勤務することもある。第1審被告の正社員に対する退職金は,継続的な勤務等に対する功労報償という性質を含むものであり,このような性質は,契約社員Bにも当てはまるものである。」
「また,正社員は,代務業務を行っていたために勤務する売店が固定されておらず,複数の売店を統括するエリアマネージャー業務に従事することがあるが,契約社員Bも代務業務を行うことがあり,また,代務業務が正社員でなければ行えないような専門性を必要とするものとも考え難い。エリアマネージャー業務に従事する者は正社員に限られるものの,エリアマネージャー業務が他の売店業務と質的に異なるものであるかは評価の分かれ得るところである。正社員は,配置転換,職種転換又は出向の可能性があるのに対して,契約社員Bは,勤務する売店の変更の可能性があるのみという制度上の相違は存在するものの,売店業務に従事する正社員は,互助会において売店業務に従事していた者と,登用制度により正社員になった者とでほぼ全体を占めており,当該売店業務がいわゆる人事ローテーションの一環として現場の勤務を一定期間行わせるという位置付けのものであったとはいえない。そうすると,売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容や変更の範囲に大きな相違はない。」(14~15頁)
という事実を指摘して、退職金支給に係る労働条件の差異を「不合理」と断じた宇賀克也裁判官の反対意見の方が、ここでは遥かに説得力を持っている。
原審破棄により、上告受理申立ての対象となった原告2名については、それぞれ認容額が50万円程度減額されることとなった。
退職金以外の手当や褒賞に関しては高裁の認容判断が維持されていることから、本件の原告も決して「全負け」ということではないのだが、今回出された5件の最高裁判決の中で唯一結論に疑義を呈するとしたら、やはりこの事件、ということになるのだろう、と思ったところである。
判決の中にも出てくるように、被告は既に制度を改訂して、雇用契約継続中の原告の1人には、退職金が支給されるようになっている、ということだから、「事件では負けても労働者自体は勝利した」ということは言えるのかもしれないが・・・。
別の筋から来た?2件
さて、上記3件は、長期間労働契約を更新した労働者が「不合理な相違」に正面から挑んだタイプの事件といえるようなものだったのであるが、これに対し、少々毛色が異なるのが次の2件である。
■最三小判令和2年10月13日(大阪医科大学、令1(受)1055,1056)*7
第一審:大阪地判平成30年1月24日(H27(ワ)第8334号)
控訴審:大阪高判平成31年2月15日(H30(ネ)第406号)
本件の原告は大学のアルバイト職員として平成25年1月29日に採用され、同年4月1日以降、契約期間1年で契約を更新していた有期労働契約従業者だったのだが、大阪地裁に訴訟提起後の平成28年3月31日に判決を待たずして退職、しかも平成27年3月4日以降病気により勤務していなかった、という背景がある。
おそらく休職に入る以前の職場との様々な軋轢、そして私傷病休職期間中の賃金等の支払いをめぐるトラブルが発端となって本件訴訟が提起されたのだろうが、当該原告の業務の内容や位置づけだけを見れば、いかに労働契約法20条が存在したとはいっても、正社員と同様の労働条件を求めるのは少々厳しい面もあったように思われるし、現に地裁段階では、原告が展開した「労働条件の相違」に関する様々な主張はすべて退けられていた。
ところが、地裁判決後、「ハマキョウレックス」の最高裁判決を挟んだことで、大阪高裁では一転、「夏期特別有給休暇」に始まり、「私傷病欠勤中の賃金、休職給」から「賞与」に至るまで、一転して「不合理」と判断し請求を一部認容する判決に変わった(認容額は109万4737円)。
もちろん、賞与に関しては正社員基準の60%、私傷病欠勤中の賃金支払い等についても正社員に比べると低い支給額に抑えているものの、第三者的に眺めると、当事者の代理人すら驚いたのではなかろうか、というくらいのコペルニクス的転回である。
報道されているとおり、最高裁は再び結論を改める方向に舵を切った。
「労働契約法20条は,有期労働契約を締結した労働者と無期労働契約を締結した労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ,有期労働契約を締結した労働者の公正な処遇を図るため,その労働条件につき,期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものであり,両者の間の労働条件の相違が賞与の支給に係るものであったとしても,それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。もっとも,その判断に当たっては,他の労働条件の相違と同様に,当該使用者における賞与の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより,当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。」(7頁)
「第1審被告の正職員に対する賞与の性質やこれを支給する目的を踏まえて,教室事務員である正職員とアルバイト職員の職務の内容等を考慮すれば,正職員に対する賞与の支給額がおおむね通年で基本給の4.6か月分であり,そこに労務の対価の後払いや一律の功労報償の趣旨が含まれることや,正職員に準ずるものとされる契約職員に対して正職員の約80%に相当する賞与が支給されていたこと,アルバイト職員である第1審原告に対する年間の支給額が平成25年4月に新規採用された正職員の基本給及び賞与の合計額と比較して55%程度の水準にとどまることをしんしゃくしても,教室事務員である正職員と第1審原告との間に賞与に係る労働条件の相違があることは,不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。」
「以上によれば,本件大学の教室事務員である正職員に対して賞与を支給する一方で,アルバイト職員である第1審原告に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。」(以上9頁)
「第1審原告により比較の対象とされた教室事務員である正職員とアルバイト職員である第1審原告の職務の内容等をみると,前記(1)のとおり,正職員が配置されていた教室では病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務等が存在し,正職員は正職員就業規則上人事異動を命ぜられる可能性があるなど,教室事務員である正職員とアルバイト職員との間には職務の内容及び変更の範囲に一定の相違があったことは否定できない。さらに,教室事務員である正職員が,極めて少数にとどまり,他の大多数の正職員と職務の内容及び変更の範囲を異にするに至っていたことについては,教室事務員の業務の内容や人員配置の見直し等に起因する事情が存在したほか,職種を変更するための試験による登用制度が設けられていたという事情が存在するものである。そうすると,このような職務の内容等に係る事情に加えて,アルバイト職員は,契約期間を1年以内とし,更新される場合はあるものの,長期雇用を前提とした勤務を予定しているものとはいい難いことにも照らせば,教室事務員であるアルバイト職員は,上記のように雇用を維持し確保することを前提とする制度の趣旨が直ちに妥当するものとはいえない。また,第1審原告は,勤務開始後2年余りで欠勤扱いとなり,欠勤期間を含む在籍期間も3年余りにとどまり,その勤続期間が相当の長期間に及んでいたとはいい難く,第1審原告の有期労働契約が当然に更新され契約期間が継続する状況にあったことをうかがわせる事情も見当たらない。したがって,教室事務員である正職員と第1審原告との間に私傷病による欠勤中の賃金に係る労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものとはいえない。」
「以上によれば,本件大学の教室事務員である正職員に対して私傷病による欠勤中の賃金を支給する一方で,アルバイト職員である第1審原告に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。」(以上10頁)
賞与はともかく、私傷病欠勤時の扱いについてはここまで「相違」を強調すべきか、という疑問はあるし*8、「結果的に3年余りで退職した」という結果を判断に組み入れることが適切かどうか、という点にも議論の余地はあるように思う。
ただ、上記のとおり、賞与等に係る認容判断が破棄されても、高裁で認められた「夏期特別有給休暇」への不合理性判断は残る、ということ、そして、本件の事案に照らせば認容された請求がそれだけにとどまったとしても、そこまで違和感はないだろう、というのが自分の素朴な感想だったりする。
■最一小判令和2年10月15日(日本郵便・福岡、H30(受)1519号)*9
第一審:佐賀地判平成29年6月30日(H26(ワ)第261号)
控訴審:福岡高判平成30年5月24日(H29(ネ)第615号)
最後に、今週出された5件の判決の中でも、もっとも異色なのが、この”佐賀発”の事件である。
原告は平成22年6月に時給制契約社員として労働契約を締結し、平成25年12月14日に退職した方なのだが、地裁で認定された事実を見ると、退職時の上司等とのやり取りがいろいろと壮絶で、地裁、高裁ともに、「均衡待遇」以前の話として、「上司の暴行」に対する慰謝料請求を認めているし、原告側でも一通り賃金や手当等の相違に係る主張を行っているものの、判決文の中で割かれているボリュームからしても(特に地裁)、それが本筋という印象はあまり受けない。
「ハマキョウレックス」最判以前に判決が出たこともあるが、高裁段階で不合理性が認められていたのは「夏期冬期休暇」に係る主張の部分だけ、という状況でもあった。
それが、被告側の上告受理申立てが受理され、最高裁判決に。しかも受理された順番ゆえか、日本郵便関係の3判決の中でも「被引用判例」という位置づけになるとは、何と不思議なことか・・・。
判決では、
「有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である(最高裁平成29年(受)第442号同30年6月1日第二小法廷判決・民集72巻2号202頁)ところ,賃金以外の労働条件の相違についても,同様に,個々の労働条件の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。上告人において,郵便の業務を担当する正社員に対して夏期冬期休暇が与えられているのは,年次有給休暇や病気休暇等とは別に,労働から離れる機会を与えることにより,心身の回復を図るという目的によるものであると解され,夏期冬期休暇の取得の可否や取得し得る日数は上記正社員の勤続期間の長さに応じて定まるものとはされていない。そして,郵便の業務を担当する時給制契約社員は,契約期間が6か月以内とされるなど,繁忙期に限定された短期間の勤務ではなく,業務の繁閑に関わらない勤務が見込まれているのであって,夏期冬期休暇を与える趣旨は,上記時給制契約社員にも妥当するというべきである。そうすると,前記2(2)のとおり,郵便の業務を担当する正社員と同業務を担当する時給制契約社員との間に労働契約法20条所定の職務の内容や当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情につき相応の相違があること等を考慮しても,両者の間に夏期冬期休暇に係る労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものといえる。」
「したがって,郵便の業務を担当する正社員に対して夏期冬期休暇を与える一方で,郵便の業務を担当する時給制契約社員に対して夏期冬期休暇を与えないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。」(3~4頁)
と、他の日本郵便の事件では高裁段階で認められていた点を改めて指摘しただけであり、そこに格別な真新しさがあるわけではないのだが、ここに至るまでの経緯、そして、労働契約法第20条違反による認容額としては僅か「5万5200円」の事件が、『非正規労働者側勝訴』の事案として報じられ、かつ、他の判決に引用されるリーディングケースとして後世まで残る、ということに、いろいろと考えさせられるところはあるな、と。
以上、この先もしばらくは様々な事例が積み重ねられていくことになるのだろうけど、やがて一人歩きするであろうこの一週間の最高裁判決の「判旨」の裏側にもちゃんと一つ一つの「事件」がある、ということで、書き残させていただいた次第である。
*1:俗に「非正規格差」と言われるが、何が『正規』雇用で何が『非正規』雇用なのか、という前提自体が揺らいでいる今となってはこの表現自体がミスリードになりかねないので、このエントリーでは極力この表現は使わないこととしたい。
*2:ご参考までに当時のエントリーを上げておくが、振り返るとこれは自分がまだ「期間の定めのない労働契約」に縛られていた時代に書いたもので、当時の鬱屈した感情が随所に散りばめられているなぁ・・・と思わずにはいられない。k-houmu-sensi2005.hatenablog.com
*3:山口厚裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/772/089772_hanrei.pdf
*4:山口厚裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/773/089773_hanrei.pdf
*5:この判旨は「賃金項目の趣旨を個別に考慮すべき」という長澤運輸最高裁判決の判旨が「賃金以外」の労働条件にも適用されることを明らかにしたものであるが(後述)、同日に出された日本郵便の最高裁判決3件のうち、なぜか福岡高裁ルートの判決に書かれた判旨を東京、大阪が引用する形になっている、というのが興味深いところである。
*6:林景一裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/768/089768_hanrei.pdf
*7:宮崎裕子裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/767/089767_hanrei.pdf
*8:そもそも「正職員」に対して、私傷病で休んでも6か月は給与全額が支払われ、休職中も給与2割相当の休職給が支給されていた、というのは、一般の民間企業の制度に照らしてもちょっと手厚すぎる面はあるので、諸々バランスを考慮すると「相違」を強調せざるをえなかったのかもしれないが・・・。
*9:山口厚裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/771/089771_hanrei.pdf