「人名」商標をめぐる戦い

以前、本ブログで紹介したことがある、「歴史上の人物」をめぐる商標審査の問題だが*1、あれから1年半経って、一つの答えが示された。

山口県萩市は25日、東京の企業が行った幕末の志士、吉田松陰らの商標登録を特許庁が取り消す決定をしたと明らかにした。決定は13日付。萩市が「郷土の感情を損ねる」などとして、異議を申し立てていた。」
日本経済新聞2010年1月26日付・第38面)

今回取り消された商標の一つと思われる「吉田松陰」は、平成17年6月30日に出願され(商願2005-60000*2)、一度は拒絶査定を受けたものの*3、査定不服審判を経て、平成19年11月16日に登録を受けていた。


当時、拒絶査定を覆した審判の審決(不服2006-12832)においては、

「本願商標は、その構成自体が矯激、卑猥、差別的又は他人に不快な印象を与えるような文字からなるものではなく、また、本願商標をその指定商品について使用することが社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するものでもない。さらに、本願商標は、他の法律によってその使用が禁止されているものとも認めることはできない。そうとすれば、本願商標は、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれのないものと判断するのが相当である。したがって、本願商標が商標法第4条第1項第7号に該当するものとして本願を拒絶した原査定は妥当でなく、取り消しを免れない。」

と、4条1項7号非該当である旨があっさりと示されていたことを考えると隔世の感がある*4


興味深いことに、あの株式会社チムニーが、平成21年10月28日に第43類(飲食物の提供など)を指定役務として、「吉田松陰」という商標を出願しているのだが、今の審査運用による限り、特別の事情がなければ登録を受けることは難しいように思われる。


なお、同じ記事の後ろの方に行くと、

山口市は25日、同市出身の詩人・中原中也(1907〜37年)を第三者に登録され、商品などを販売されるのを防ぐために出願していた商標登録が認められなかったことを明らかにした。」

というニュースもある*5


地元出身の有名人のネームヴァリューに乗っかった地域起こしで一旗、と考える自治体も決して少なくないと思われるだけに、「他人の登録は阻止できるが、自分が商標を取って権利を守ることはできない」という状況に各自治体が置かれるのだとすれば、ちょっと気の毒かなぁ・・・とも思えるのであるが、この辺は今後どうなっていくのだろうか?


もしかすると、審判段階にとどまらず、審査基準の当否が裁判所で争われるケースが出てくることも考えられるだけに、今後、注目してみていきたいところである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080702/1214955510http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080627/1214610834

*2:実に美しいキリ番(笑)。

*3:査定不服審判の段階では、名義人が宮城県の会社(ウィングガーデン)になっているのだが、その後、株式会社東広が商標権者となっている。この辺の経緯もちょっと気になるところ。

*4:もっとも、今に通ずる、「本願商標は、『吉田松陰』の文字を書してなるものであるが、『吉田松陰』は幕末期の志士として思想家・教育者・兵学者として、松下村塾を主宰し高杉晋作伊藤博文らの多くの偉人を輩出したこととしても一般に広く知られるとともに、国民一般に敬愛されていた人物であることが認められるところ、遺族の承諾もなく本願商標を指定商品について登録することは、著名な死者の名声に便乗し、指定商品についての使用の独占をもたらすことになり、故人の名声・名誉を傷つけるおそれがあるばかりでなく、公正な取引秩序を乱し、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあるものと認める」という考え方は原査定において示されていたようであるが。

*5:平成21年2月24日出願、商願2009-12852号