「大局的判断」かそれとも素人的発想か?(前編)〜まねきTV事件最高裁判決〜

振り返れば今週は、著作権業界を震撼させるような最高裁判決が相次いで出された“怒涛の一週間”であった。

速報エントリーでもご紹介したように、この種のサービススキームに対する最高裁の“思想”は、先に出された判決よりも、後に出された「ロクラク2」事件の判決の方により分かりやすく示されているから、本格的な紹介を行うに際し、どちらから始めようか少し迷っていたのだが、ここはやはり順番通り進めていくことにしたい。

これまでなされてきた議論に今回の判決がどのような決着を付けたか(あるいは付けていないのか?)、という点に加え、今回の最高裁の判断が、この種の専門的領域に属する事件に対するスタンスとして適切だったのかどうか、という視点についても織り交ぜていければ、と思っている。

最三小判平成23年1月18日(H21(受)653)*1

「放送事業者である上告人らが,「まねきTV」という名称で,放送番組を利用者からの求めに応じ自動的に送信する機能を有する機器を用いたサービス(以下「本件サービス」という。)を提供する被上告人に対し,本件サービスは,各上告人が行う放送についての送信可能化権著作権法99条の2)及び各上告人が制作した放送番組についての公衆送信権(同法23条1項)を侵害するなどと主張して,放送の送信可能化及び放送番組の公衆送信の差止め並びに損害賠償の支払を求める事案」

と整理することができるこの事件。

(1)システムの中核に、地上波アナログ放送をデジタルデータ化して送信するソニー製の「ベースステーション」を据えていること。
(2)利用者が自己の所有する「ベースステーション」と手元の専用モニター等の端末機器をインターネットを介して「1対1」で対応させることによって、「転送」された放送番組を視聴すること。
(3)被上告人(永野商店)は、利用者の「ベースステーション」を自己の事業所内に設置し、それをテレビアンテナに接続するとともに、インターネットへの接続も行っていたこと。

といった、サービスの中核となる機器構成や事業者の関与状況については、これまでの仮処分申立事件や本訴事件の中でも散々取り上げられてきたところであるから、あえてここで詳細に説明するまでもないだろう。

「転送」はするが、「録画」(複製)行為は介在しない、というのが、他に訴訟で争われた“ロケーションフリー”サービスと「まねきTV」サービスとの最大の違いであり、それゆえ東京地裁知財高裁が、仮処分・本訴と計4回、「サービス事業者側を勝たせる」という判断を示した時も、あまり異論は出ていなかったように思う。

だが、今回最高裁が下した判断は、それまでの業界常識を覆すものであった。

まず、これまで「ベースステーションは1対1の送信を行う機能を有するに過ぎず、自動公衆送信装置に当たらない」ということを根拠として、放送局(上告人)側の主張がことごとく退けられていた「送信可能化権侵害の成否」の争点について、最高裁は、

「自動公衆送信は,公衆送信の一態様であり(同項9号の4),公衆送信は,送信の主体からみて公衆によって直接受信されることを目的とする送信をいう(同項7号の2)ところ,著作権法が送信可能化を規制の対象となる行為として規定した趣旨,目的は,公衆送信のうち,公衆からの求めに応じ自動的に行う送信(後に自動公衆送信として定義規定が置かれたもの)が既に規制の対象とされていた状況の下で,現に自動公衆送信が行われるに至る前の準備段階の行為を規制することにある。」(4頁、強調筆者)

と「送信可能化権侵害規制の趣旨」を述べた上で、

「公衆の用に供されている電気通信回線に接続することにより,当該装置に入力される情報を受信者からの求めに応じ自動的に送信する機能を有する装置は,これがあらかじめ設定された単一の機器宛てに送信する機能しか有しない場合であっても,当該装置を用いて行われる送信が自動公衆送信であるといえるときは,自動公衆送信装置に当たるというべきである。」(4-5頁)

と、「送信の法的性質」から「機器の法的性質」を導き出す、という“逆転の発想”(a)を持ち出したのである*2

そして、

「自動公衆送信が,当該装置に入力される情報を受信者からの求めに応じ自動的に送信する機能を有する装置の使用を前提としていることに鑑みると,その主体は,当該装置が受信者からの求めに応じ情報を自動的に送信することができる状態を作り出す行為を行う者と解するのが相当であり,当該装置が公衆の用に供されている電気通信回線に接続しており,これに継続的に情報が入力されている場合には,当該装置に情報を入力する者が送信の主体であると解するのが相当である。」(5頁)

と、自動公衆装置〜利用者間の機器構成にかかわらず、「自動公衆送信装置への情報入力者」が「(全体の)送信主体」である、という一般論(b)も合わせて提示した。


そして、(a)と(b)を本件にあてはめた結果、

(b)のあてはめ
「利用者がベースステーションを所有しているとしても,ベースステーションに本件放送の入力をしている者は被上告人であり,ベースステーションを用いて行われる送信の主体は被上告人であるとみるのが相当である。」(5頁)

(a)のあてはめ
「何人も,被上告人との関係等を問題にされることなく,被上告人と本件サービスを利用する契約を締結することにより同サービスを利用することができるのであって,送信の主体である被上告人からみて,本件サービスの利用者は不特定の者として公衆に当たるから,ベースステーションを用いて行われる送信は自動公衆送信であり,したがって,ベースステーションは自動公衆送信装置に当たる。」(5-6頁)

と、“大きな視点”から本件サービスを捉えた上で、

「そうすると,インターネットに接続している自動公衆送信装置であるベースステーションに本件放送を入力する行為は,本件放送の送信可能化に当たるというべきである。」(5-6頁)

という結論に到達した。


また、知財高裁では「公衆によって直接受信されること」を目的とするものでない(被上告人の送信行為がアンテナ‐ベースステーション間のものにとどまっている、という前提で)、ということを理由に退けられていた公衆送信権侵害の主張についても、

「本件サービスにおいて,テレビアンテナからベースステーションまでの送信の主体が被上告人であることは明らかである上,上記(1)ウのとおり,ベースステーションから利用者の端末機器までの送信の主体についても被上告人であるというべきであるから,テレビアンテナから利用者の端末機器に本件番組を送信することは,本件番組の公衆送信に当たるというべきである。」(6頁)

と、上記(b)のあてはめを用いて、上告人の主張を肯定したのである*3


以上のプロセスを経て導き出されたのが、

ベースステーションがあらかじめ設定された単一の機器宛てに送信する機能しか有しないことのみをもって自動公衆送信装置の該当性を否定し,被上告人による送信可能化権の侵害又は公衆送信権の侵害を認めなかった原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,論旨は理由がある。原判決は破棄を免れず,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。」(6頁)

という結論。

一応は差し戻し、という形になっているため、事実審である知財高裁において、事実関係に関する新たな主張・立証が認められれば*4、再度結論が逆転する可能性もないわけではないが*5、本件に関して言えば、これまでの4度にわたる事実審での審理の中で、「事実関係」自体はガチガチに固まっているように思われるから、ユーザーサイドが望むような“奇跡”は望むべくもない、というのが現実ではなかろうか。

本判決の最大の疑問点

最高裁が書いた判決らしく、条文の趣旨→規範定立→事実へのあてはめ、と、一見、三段論法に基づき明快に結論が導かれているように見えるこの判決。

だが、一見淡々とあてはめをしているかのように読めるところで、実は最も重要な「価値判断」をしている、という点に本判決の最大のトラップがある。

端的に言うと、

「何人も,被上告人との関係等を問題にされることなく,被上告人と本件サービスを利用する契約を締結することにより同サービスを利用することができるのであって,送信の主体である被上告人からみて,本件サービスの利用者は不特定の者として公衆に当たるからベースステーションを用いて行われる送信は自動公衆送信であり」

とさらっと述べられているくだり。

著作権法の条文構造は、

2条1項7号の2 公衆送信
公衆によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信(略)を行うことをいう。
2条1項9号の4 自動公衆送信
公衆送信のうち、公衆からの求めに応じ自動的に行うもの(放送又は有線放送に該当するものを除く。)をいう。
2条1項9号の5 送信可能化
次のいずれかに掲げる行為により自動公衆送信し得るようにすることをいう。
イ 公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置(公衆の用に供する電気通信回線に接続することにより、その記録媒体のうち自動公衆送信の用に供する部分(以下この号において「公衆送信用記録媒体」という。)に記録され、又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する機能を有する装置をいう。以下同じ。)の公衆送信用記録媒体に情報を記録し、情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体として加え、若しくは情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に変換し、又は当該自動公衆送信装置に情報を入力すること
ロ (略)

と、「公衆」に対する送信行為といえるか否かが、各支分権に該当するか否かを判断する上での大前提となっている。

本判決で下線が引かれているような規範も、結局は客体である本件サービスの利用者が「公衆」に該当しなければ、何ら機能しえない規範だといえるだろう。

・・・にもかかわらず、上記最高裁判決の「利用者=公衆」とする判断のくだりの何と淡泊なことか。

利用者が「公衆」かどうか、というのは、これまで地裁・高裁においても散々争われてきたところなのだから、もう少し充実した判断を示すことが求められていたのではないかと思う*6

また、最高裁は、「ベースステーションを用いて行われる送信の主体が被上告人であること」を前提に、「被上告人から見た利用者」を「不特定の者=公衆」と判断しているようだが、本判決に記された“論理”に忠実に解釈するなら、

「送信の主体が被上告人である」という認定事実の論理的前提として、「ベースステーションを用いて行われる送信が自動公衆送信である」という事実が必要となる

のであって、これは完全なるトートロジーではないか、と突っ込みたくもなる。

上級審である最高裁が示した三段論法を、下級審に過ぎない知財高裁が覆すのはかなり困難な作業ではあると思うが、同じ結論を維持するにしても、せめて、もう少し分かりやすく説明を加えてほしい、と、差戻し審の担当裁判官にはお願いしたいところである。

おわりに

本件に関して、これまでに出されてきた決定・判決では、サービスを構成する機器の構成に着目し、その分析を元に、緻密に送信可能化権(自動公衆送信装置)、公衆送信権といった著作権法上の各支分権の定義への該当性を検討する、というアプローチが取られてきた。

そして、我が国を代表する知財系専門部であった高部コート、三村コートから、本訴の阿部コート、石原コートまで、(程度の差はあれど)共通したアプローチを取ったことで、“ロケーションフリー”サービスとしてどこまでが許容されるのか、ということを第三者が予測する上での判断基準も比較的立てやすい状況になっていた、といえる。


もちろん、見方を変えれば、「瑣末な機器構成の部分に目をとらわれて、サービスの本質的な違法性を見過ごしている」という批判も成り立ちうる状況ではあったといえるだろう。

それゆえ、今回最高裁が示した判断、そしてその結論に至るまでのアプローチを、ある種の“大局的”見地に立って、放送局を“実質的な権利侵害状態”から救済するために下した“英断”と評価する声も、一部にはあるやに聞く。

だが、これまで知財専門部での判断を経て、業界で定着してきた「『1対1対応』の構成=ゆえに自動公衆送信装置に該当せず適法」という明快な判断基準を根底からひっくり返してまで、守るべき価値のあるものが果たしてあったのかどうか。

著作権法」という決して柔軟とはいえないルールを、目まぐるしい進歩を遂げる技術に対応させ、権利者・ユーザー双方にとっての最適解を導くために関係者が必死の綱引きをしてきた、というここ数年の時代背景を踏まえることなく、“何となくの社会通念”で今回のような判断を下したのだとしたら、最高裁といえど、“素人判断”のそしりは免れまい。


なお、本来、他の“ロケーションフリー”サービスとは一線を画していた「まねきTV」事件が*7、ここまで前面に出るようになったのは、

「無敵の権利者」と思われていた放送局に勝ち続けた

ことのインパクトが極めて大きかったゆえだろう。

勝って注目を浴び、ここで負けて再び注目を浴び・・・と、時代の波に翻弄された感のある「まねきTV」であるが、できれば差し戻し審でもうひと踏ん張りして一矢を・・・と期待したいところである*8

*1:第三小法廷・田原睦夫裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110118164443.pdf

*2:制度趣旨がどうかはともかく、著作権法2条1項9号の5イの条文の書き方からすれば、このような“逆転”的解釈が妥当なものかどうか、疑問を入れる余地はあるように思う。

*3:この争点については、知財高裁判決までの送信主体性の評価の下でも「直接受信」の解釈如何で結論が逆転する可能性はあった(被上告人との関係で利用者が「公衆」にあたり、かつ、ベースステーションへの送信が「直接受信」にあたる、とされれば公衆送信権侵害が肯定される可能性はあった)だけに、上告審で結論が覆されるとしたら、ここがポイントになるだろう、と自分は思っていた。結果的には、刺身のツマ的な扱いになってしまったが・・・。

*4:例えば、「ベースステーションへの入力と評価されるような行為そのものをしていない」「ベースステーションの管理を被上告人が行っていない」等の主張が考え得るだろうか。

*5:最高裁の判断を高裁が再度ひっくり返した事例としては、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20100723/1280891215を参照。

*6:集中管理されているサーバーから各利用者の端末に配信する場合とは異なり、本件では「ベースステーション」自体が個々の利用者に帰属する独立した物として管理されているのだから、「ベースステーション‐利用者間」の送信主体を被上告人と解してもなお、公衆送信にあたらない、と解する余地はあるように思われる(各ベースステーションを一体のものとして把握するか否か、という議論も下級審段階ではなされていたと思うが、そのような争点に関する応答も最高裁判決ではなされていない)。

*7:本訴段階になって「公衆送信権侵害の成否」という争点が審理されるようになったために(仮処分事件の抗告審(知財高裁)段階から放送局側が申立の趣旨に追加することを試みていたのだが、その時は「申立ての趣旨の変更」が認められなかった。)、一応は「著作権侵害事件」のカテゴリーに属することになったこの事件だが、元々は「著作隣接権としての送信可能化権侵害」だけが争われる、という微妙にマイナー感の漂う事件であった。

*8:そうこうしているうちに、「アナログテレビチューナーを内蔵し、受信する放送をデジタルデータ化する」などというシステムは、無用の長物になりかけているのであるが・・・。5年前の夏、地裁の仮処分決定が出た時は、ここまでこの事件が長期化するとは思わなかったし、「最高裁で負けて」再びこれだけの注目を集めることになるとは、夢にも思わなかった。

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