債権法改正に向けて我々は何をすべきか。

いつも有意義な情報を、これぞ、といったタイミングで届けてくれる「BUSINESS LAW JOURNAL」だが、先月出された8月号の特集もまた、自分にとってはツボだった。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2011年 08月号 [雑誌]

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2011年 08月号 [雑誌]

民法改正‐『中間論点整理』段階で何をすべきか」というタイトルが付された特集。

多くの読者の方はご存知かと思うが、法制審議会民法(債権関係)部会が5月10日に「中間論点整理」を公表し、その後、6月1日からパブリック・コメントの手続きに付されている。

今後詰めた議論を進めていく上での大きなターニングポイントになり得る可能性がある段階だけに、できることなら、会社の立場で、あるいは企業内法律家個人の立場として、意見を出しておいて損はないはずであるが、「中間・・・」というステージの微妙さや、その割に、全部読むにはあまりに分量が多すぎる、ということもあってか、忙しい企業実務者の中には、触れることすら敬遠している方も多いようだ。

だが、BLJの今月の特集には、そんな迷える子羊を戦闘モードに切り替えるだけの材料が詰まっている。

例えば、匿名で寄稿している弁護士の以下のようなコメント。

「(法改正作業の)中心となる官僚や学者の先生はビジネスの経験がなく、法律の直接のユーザーではありません。実務界からも弁護士を含め数名の実務家が法制審に参加していますが、人数は限られており、かつ、すべてのビジネスを経験しているわけではありません。そうすると、学者の先生方も官僚も、議論の際に寄せられた情報をもとに、各規定について頭の中で想像力を働かせて、実際のビジネスに与える影響をシミュレーションするほかないのです。」(32頁)

「意見提出者が誰かというのは基本的には気にしませんし、今回の場合、賛否を問うものではないので、意見提出者を構成するメンバーの数もあまり関係ないでしょう。したがって、個人や個別の企業でも、複数社が集まる業界団体等でも意見の重みには変わりがなく、重要なのは中身だと思います。」
「今回のパブコメでは少数意見も通常のパブコメと同様あるいはそれ以上に重要であり、今回意見を提出することで議論の方向性を変えることができるかもしれないのです。現時点で意見を提出しないと致命的に不都合というわけではありませんが、後になればなるほど軌道修正は難しくなりますので、今提出して損はありません。」(以上、33頁)

「極端に申し上げれば、これまでの議論の状況が続くと、学者の先生方の価値観を強く反映した民法になってしまうような気がしています。」
今、企業の視点からの声を上げないと、どうしても「個人の保護」を重視し過ぎたり、規律としての理論的な美しさやあるべき姿に重きが置かれ過ぎたりするおそれもあります。」
現在の実務への配慮をできる限り求めるためにも、企業法務の現場から声を上げる意義は十分にあるはずです。」

実際に法務省で立案作業に携わった経験を持つ、という方だけに、学者中心に構成される今回の審議会の議論の先行きへの危惧感と、企業実務者から出される意見への期待感が強いのだろう。

また、若手弁護士による匿名座談会にも、

「一部の業界を除いて、企業の人たちがあまり積極的に意見を発信していないのは危機的状況だと思っています。」
「法的素養を身につけた一般市民ユーザーである法務部の方々から「自分の仕事に当てはめたとき、どのような結果になるのか分からない」「これでは実務が動かない」といった意見がどんどん出てきたら、内田貴先生の心にもズシリと響くと思います。」(59頁)

といった発言があったりする。

正直言えば、「普遍的なデフォルト・ルールであって、それ以上でもそれ以下でもない」債権法の多くの規定について、業法に匹敵するほどの問題意識を持って、挑むモチベーションを持てる人はそんなに多くない、ということは否定できないのも確か。

特定の契約類型の明文規定化や、約款規制といった問題を除けば、「わざわざ自分のところで意見出さなくても・・・」とか、「成案が具体化してから対応を練れば足りるだろう・・・」という思いがよぎったとしても不思議ではない。

でも、そこをあえて乗り越えて壮大な山に挑んでこそ、自らの法務担当者としての技量を磨くことができるのではないか、と自分は思っている。

なお、本来であれば、どの項目に対して意見を出すか、というところから、個々人のセンスでじっくり考えていくべきなのだろうが、時間を節約したい人には、本BLJ誌の中で西村あさひの三弁護士が書かれている記事(34頁以降。実に18頁にもわたる長大な記事)が有意義だろう。

また、読み物としては、先ほども紹介した若手弁護士の匿名座談会(「弁護士の本音」)*1や、柏木昇・中大法科大学院教授のコラムなどが比較的面白かった*2


以上、8月号には他にもいろいろと興味深い記事が載っているのであるが、とりあえずは特集について存分に語らせていただいただけで十分過ぎるほど長いエントリーになってしまったので、残りの部分は、買ってのお楽しみ・・・ということにさせていただければ幸いである。

*1:特に今回の債権法改正が実施されれば、若手には大きなチャンスになる、という点は同感だし、それが若手弁護士の口から発言として出ていることに、この記事の一つの意義があると思う。個人的には、(会社法と同じように)見た目はともかく、実質的な内容面では、今回の改正が一から体系的知識の再習得を迫られるような大改正になるとは思わないのだが、“見た目”で忌避してしまう人は専門家の中にも多いから、確かに学ぼうとする意欲のある人には大きなチャンスなのは事実だと思う。

*2:もっとも、「現在の民法の解釈は非常に専門的な特殊技能を要する作業であり、このような特殊技能を身につけた専門家集団は、改正がないほうが現在の環境に安住することができる。しかし、これは、外国人や外国企業を含む、民法を利用する非専門家一般の利益を無視し、専門家以外は民法の具体的内容は分からなくともよい、という独善主義のにおいがするがどうだろう。」(58頁)というくだりは、ある一面においては支持できるものの(中身を大して検討することもなく、単に「改正」を行うことそれ自体に反対しているような輩に対して、という面で)、「改正の方向性自体が独善的ではないか?」(一部の学者の判例解釈や見解に偏った改正の方向性が示されているのではないか)という批判に対しては、単なるすれ違い答弁でしかない。「法務担当者の受け止め方」を紹介した記事の中で、「内田貴先生の考え方に共感」という声がいくつか紹介されているのだが、彼の著書や各種“説明会”での一見分かりやすい語り口を盲目的に信奉することのリスクもまた大きい、ということは、一応頭の片隅に入れておくべきではないかと思う。

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