『愛の劇場』オープニングテーマ曲のお値段。

著作物を制作した者とそれを利用する者との間でトラブルが生じる、というのは、良くあることだし、間に第三者が入っているような場合は、余計にそのリスクが増すことになる*1

それでも、著作物がマイナーなものであれば、そんなにおおごとにならずにカタが付くことも多いのだが、これが全国ネットで放映されるドラマのオープニングテーマだったとしたら・・・

今年3月に地裁判決が出されたのに続き、さる8月9日には高裁判決まで出ている「『愛の劇場』オープニングテーマ事件」。以下で簡単にご紹介することにしたい。

東京地判平成23年3月24日(H21(ワ)第43011号)*2

知財高判平成23年8月9日(H23(ネ)第10030号)*3

原告:A,B
被告:株式会社TBSテレビ

ことの経緯は、被告の前身である株式会社東京放送が平成15年11月ころ、ケネックジャパン株式会社という会社に、「愛の劇場」の新しいオープニングCGアニメーションの制作を依頼したところに始まる。

その後、ケネックが平成15年12月ころ、原告Aに対して本件オープニング映像に付ける音楽の制作(作曲、演奏、録音物の制作)を依頼、原告Aと原告Bが同月24日ころまでに、全部で7秒程度の長さの楽曲を制作、納品し、ケネック社から20万円の支払いを受けた。

そして、翌月(平成16年1月)からは、早速「ホワイトチャイム」という名称で、「愛の劇場」のタイトルバック音楽として用いられている。

「愛の劇場」といえば、泣く子も黙る“昼メロ”の王様みたいなドラマ枠で、自分も昔ヒマな時は、眺めていたなぁ・・・という代物なのであるが、確かに一瞬だけ流れる「オープニング」があり、それなりにインパクトのある曲が使われていた*4、と記憶している。

7秒とはいえ、全国放送されるドラマに自分の曲を使ってもらえるメリットはあったはずだし、制作者である原告A、Bは、その後(平成18年4月1日付け)TBS系列の音楽会社・日音に本件楽曲の著作権を譲渡、さらにそこからJASRACへの信託を経て、楽曲使用料の2分の1の分配を受けることになったから、それでメデタシメデタシ、ということになるはずだった。

だが、「愛の劇場」が、平成21年3月に打ち切られることが決まったのを契機に事態は暗転する。

原告らが、平成21年2月6日、被告に対し、平成16年1月1日から平成18年3月31日までの本件楽曲の著作権使用料を支払って欲しい、と通知。

これに対し、被告が内容証明郵便により、「本件使用についてはケネック社を通じて許諾を得ており、使用料を支払う理由はない」と反論したことで、両者の亀裂は決定的になり、不幸な訴訟に至ってしまったのである。

被告が日音に対して支払った著作権使用料から弾き出された両原告の請求額は合計1320万3000円。
被告が「対価」と主張する「20万円」の実に65倍以上の数字となれば、安易に折り合えるはずもなく・・・。

なお、この手の話によくあることだが、ケネック社と原告の間には、著作権云々について明記されているような契約書は当然ながら存在しなかったようであり、ゆえに、「原告が被告に対して本件楽曲の(追加対価の支払いなしでの)利用を許諾したか」という点が主要な争点として争われることになった。

東京地裁が示した契約解釈の手法

上記争点について、地裁は、以下のような事実を挙げて、「原告らがケネック社又は東京放送に対し、金20万円を対価として、本件楽曲を本件オープニング映像に使用することを許諾した」ものと認定している。

(1)東京放送は,ケネック社に対して本件オープニング映像の制作を依頼するに当たって,同映像に係る著作権処理をすべて済ませた物を納品するよう求め,ケネック社は,これを承諾して本件オープニング映像を制作し,東京放送に納品していること
(2)原告らは,本件オープニング映像用に本件楽曲を制作して同曲をケネック社に納品し,本件楽曲が平成16年1月から「愛の劇場」のオープニング映像用のタイトルバックとして使用されていることを認識していたにもかかわらず,平成20年12月までの約5年間,東京放送に対して本件楽曲の使用料を請求していないこと
(3)本件楽曲は,全体で7秒程度のごく短いものであり,ケネック社から原告らに支払われた20万円という金額は,「愛の劇場」のオープニング映像としての使用料を含むものであったとしても,特段不自然とはいえないこと

(1)は必ずしも説得的な理由とはいえないし、(3)も本当にそう言えるのか、地裁判決の認定事実を見ただけでは何ともいえないところだが、(2)については、確かに「何で5年間も放置していたの・・・?」という疑問は、この地裁の裁判官でなくても当然湧くところだろう。

また、本件では、平成18年になって楽曲の著作権が日音に譲渡され、JASRACに信託されている、という経緯があり、本件楽曲の信託後、被告が著作権使用料を支払っていた、という点が、唯一原告に有利な材料、といえたところだが、これについても、裁判所は、第三者から「携帯電話の着メロ」に使用したいという申し出があったことが譲渡の契機となった、という事実を認定した上で、「東京放送が本件使用に関して原告らに使用料の支払義務があることを前提としたものではなかった」と判断しており、結果として、上記3つの要素に基づく契約解釈として、「許諾あり」という結論が導かれることになった。

原告にとどめを刺した知財高裁

さて、東京地裁の判決が随分とあっさりしたものだったこともあってか、控訴した原告(控訴人)は、「20万円の対価性」と中心に更なる主張を試みたようである。

しかし、仕事が早い第3部は、地裁判決と同じ契約解釈の判断枠組を維持しつつ、以下のような内容を補充して、第一審と同じ結論を再び導き出した。

「原告X1は,それまで,楽曲制作時に一括して著作権使用料を受領したことも,楽曲の著作権を譲渡した上で,使用に応じて著作権使用料の支払を受けたこともあり,楽曲制作の依頼を受ける際には,著作権の権利処理方法及び対価について必ず考え,相手方に対して,著作権の権利処理及び対価についての交渉をするなど(略),著作権の権利処理や対価については高い関心があり,また,楽曲制作時に一括して著作権使用料が支払われることがあることも認識していたと認められる。原告X1が,上記のような知識,経験を有していた点に照らすならば,東京放送が本件楽曲の使用を開始した後,長期間にわたって,使用料の支払を受けなかったにもかかわらず,使用料の請求をすることも,支払の確認もしなかった理由は,原告X1とケネック社との合意の内容として,同原告が東京放送が本件楽曲を使用することを許諾し,その際に受領した前記の20万円の金額中に,本件楽曲の使用料が含まれていたことを認識していたからであると解するのが自然である。さらに,原告X1は,平成18年4月1日付けで本件譲渡契約を締結した際にも,それ以前の本件使用に対する使用料の支払について何の確認等も行っておらず,その後,同日以降の本件楽曲の使用に対する著作権使用料が日音から支払われた後においても,それより以前の本件楽曲の使用に対する使用料の支払について,使用料の請求や確認は,一切行っていない(略)。原告X1が,同原告と東京放送ないしケネック社との間の合意によって,平成16年1月1日分から使用料の支払を受けられる権利を有していたと認識,理解していたのであれば,東京放送ないしケネック社側の認識を確認することすらしなかった点について,合理性な説明がなされていないというべきである。上記の事実経緯に照らすならば,前記のとおり,東京放送を信用したために使用料の請求をしなかったという原告X1の供述は採用することができない。また,20万円とは別途に使用料を支払うことが許諾の停止条件になっていたと解することもできない。」(5-6頁)

「原告X1が,(1)平成15年12月29日にDに3万円,(2)平成16年1月28日にEに1万1000円,(3)同年3月12日に原告X2に7万円,(4)同月19日に株式会社モリダイラ楽器に1万8795円,(5)同年4月3日にFに3万円支払っていることは認められる(略)。(1)は中古の録音用機材の購入代金,(2)は中古のバックアップ用機材の購入代金,(4)はバックアップ用機材の整備費ということであり(略),これらの機材を購入又は整備した契機が本件楽曲の制作であったとしても,原告X1はこれらの機材をその後も楽曲の制作等に使用したり,さらに第三者に売却したりすることが可能である点を考慮するならば,その購入代金や整備費用全額が本件楽曲制作に要した金額とはいえない。原告提出の音楽制作費御見積書(略)にも,機材の購入代金や整備費用は見積もりの項目として列記されていない(なお,機材の購入代金は「録音テープ料」には当たらない(略)。)。以上のとおり,本件楽曲制作のために約20万円の全額を要したと認めることはできない。」(7頁)

地裁判決がさらっと契約解釈要素として挙げた2点((2)、(3))について、さらにここまで踏み込んで事実認定をされてしまった、となればさすがに原告も苦しい。

そして、JASRAC信託後の使用料と「20万円」という数字のギャップがあまりに激しい、という原告(控訴人)の主張についても、

「当事者間の合意内容で決まる使用料と、JASRACの規定に基づいて分配される使用料が異なるとしても不合理とはいえない」(8頁)

と身も蓋もない論旨で切り捨てられ、この時点でゲームセット。

JASRACの“過大”とも言える使用料と、それに伴って美味しい利益還元を受けた経験が、原告らを強気にさせたのかもしれないが、結局は「20万円」が妥当な対価、というところで落ち着いてしまったのは、今後もBGMを制作し続けるであろう原告らにとって決して芳しい結論ではなかったように思う。

もちろん、ここ何年も、『愛の劇場』全盛期のような“ドラマ黄金時代”とは縁遠い状況で、業界内でも苦しい戦いを強いられている被告にとっては、“看板枠”修了後にこんなトラブルに巻き込まれたこと自体が、“泣きっ面に蜂”で、2度勝訴してもすっきりしない状況にあるのかもしれないけれど・・・。

*1:元々、意思疎通が間接的にしかできない上に、もめた時の“言った言わない”の問題が複雑化しやすいので。

*2:第47部・阿部正幸裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110407103615.pdf

*3:第3部・飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110810115637.pdf

*4:ドラマを見ていた時期を考えると、たぶん本件で争われた曲ではないと思うけど。

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