国外での知財権侵害をめぐる動き

日経紙の法務面(法務インサイド)で、「国またぐ知財訴訟勝つためには」という、ネタとしては恐ろしく高度な話題が取り上げられている*1

このテーマを理解するには、国際私法の観点からは、国際裁判管轄ルールと準拠法決定ルール、さらには執行管轄ルールについての考え方を正確に理解していないと議論が混乱するし、知財法の観点からも侵害訴訟類型と権利の有効性を争う紛争類型の違いをきちんと区別して考える必要がある。

かつて、平成14年に、いわゆる「カードリーダー事件」の最高裁判決が出され、その前後の時期には国際私法、知的財産法双方の業界の研究者が派手な論戦を繰り広げていた、という花形論点だけに、自分も全くかじったことがないわけではないが、正確な解説ができるか、というと、いささか心もとない。

そんなテーマだけに、記者の方も分かりやすく記事を構成するのにかなり苦労された様子が見受けられる。

例えば、この記事では、前半で出てくる「三星(みつぼし)ダイヤモンド工業」の事例と、後半で出てくるNECの事例を、「国外で自社の知財権が侵害された事例」として同じように並べているが、良く読むと前者は

「自社の特許を登録した国(韓国、台湾、中国)で特許無効審判を起こされた事例」

で、準拠法や裁判管轄が問題となる、一般的な侵害訴訟の事例とはフェーズを大きく異にしている。

したがって、今回の記事が“結論”的に提示している、

「国外の権利侵害でも、費用や手間などの負担が少ない日本の訴訟でまず有利な結果を得て、他国にその成果を活用するといった作戦」

も、侵害訴訟の場合とは大きく意味合いが違ってくることになる*2

一方、後半で登場するNECの事例のような国外での(商標権)侵害訴訟の場合、我が国の裁判所への国際裁判管轄が認められ、そこで勝訴判決が下されれば、裁判上の決着は一応付くことになる。

もちろん、我が国では外国での知財権侵害について、国内の裁判所で差止請求までについてまで認めることには消極的だし、損害賠償請求についても当該国での承認執行が可能かどうか、という別の問題は出てくるから、結果的に再度国外での訴訟を提起しなければならなくなることも考えられる*3が、それはmustではない。

おそらく、記者の方はその辺も十分理解された上で、掲載枠の制約の中で分かりやすく表現するために、苦心して記事をまとめられたのだろう。後は、読者の側で端折られた部分をきちんと補って読んであげないといけないと思う。


なお、NECの事件の判決は、最高裁のHPにもアップされており(東京地裁平成23年3月25日、平成20年(ワ)第27220号)*4、被告法人とその代表者が共同不法行為主体性になるかどうかという点*5や損害額等について、中国、香港、台湾の3国・地域それぞれの法に基づく判断が示されている、という興味深い事例なのであるが*6、こと裁判管轄に関して言えば、

「被告企業が日本法人を設立していたため、日本の裁判所で争うことができた」

ということのようだし、準拠法も比較的シンプルに適用できそうな事案である。


「外国で製造された特許権侵害製品が第三者を通じて国内に流入してきた場合に、ダイレクトに製造者(外国企業)を国内で訴える」場合の裁判管轄の問題とか、「カードリーダー」事件の亜種のような事例が出てきた場合の裁判所の判断*7、あるいは間接侵害が絡む場合の問題等、他にもいろいろと興味深い論点があるテーマだけに、柔軟な頭脳をお持ちの方々には、是非取り組んでいただきたいところだなぁ、と思う次第である。

*1:日本経済新聞2011年10月10日付け朝刊・第16面、瀬川奈都子記者執筆。

*2:登録の有効性そのものを争う紛争類型の場合、国際私法の原則を持ち出すまでもなく、特許の有効性を判断するのは各国の登録審査機関であることに争う余地はなさそうだし、仮にその取消訴訟を行うとしても、処分庁の所在国以外で、という話にはならないはずだから、結局はそれぞれの国で個別に応戦(攻撃)せざるを得ないことになる。もちろん、我が国で有利な判断が下されれば、それを証拠として他国の争訟でも援用することが一応可能だろうが、最終的には、それぞれの国の審査機関の判断に委ねられることに変わりはない。

*3:というか、実効性のある紛争解決を図るためには、そこまでしなければならないことの方が多いかもしれない。記事を読む限り、NECも引き続き現地での裁判や行政手続きを行っているようである。

*4:民事第29部(大須賀滋裁判長)、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110830173642.pdf

*5:様々な行為主体が絡んで商標権侵害がなされていた事案だけに、被告法人等だけを相手取って国内で勝訴判決をもらうためには、この部分の主張立証が大きな意味を持っていた、といえるだろう。

*6:如何せん200頁以上あるものなので、まだ目を通し切れていないが・・・。

*7:一応最高裁判決で決着がついたことにはなっているが、元々何かと異論の多い判決だった上に(小法廷であるにもかかわらず、1名の反対意見を含む3裁判官の意見が付されている)、後の特許法改正で「輸出」も我が国における特許の実施行為に加わったことが、平成14年の規範にどのような影響を与えるのか・・・という関心はある。

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