人生いろいろ、実務もいろいろ 〜 BLJ2013年9月号より

相変わらず、発売と同時に・・・というわけにはなかなかいかないのだが、今月もBLJの最新号をご紹介しておくことにしたい。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2013年 09月号 [雑誌]

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2013年 09月号 [雑誌]

「FOCUS」として取り上げられている「消費税転嫁対策 特別措置法の実務対応」の特集は、さすがBLJならでは、という演出が随所に盛り込まれていて、秀逸な企画だと思う。

この特措法は、自由市場経済国家の法律にしては、あまりにベタな規制が盛り込まれているがゆえに、巷では様々な批判があふれている法律だし、それは「実務上の課題と疑問」(31頁以下)の中で取り上げられている法務担当者の声にも如実に表れているのだが、そこで、根岸哲先生を登場させ、

「日本では、規制緩和による自由な競争に基づく経済成長戦略を掲げる一方で、弱者保護的発想から中小事業者であれば何でも保護すべきというような風潮があります。国全体でバランスよく成長していくためには保護すべき中小事業者の選別も必要なはずであり、その点には十分注意しなければならないと思っています。だからこそ、『特措法は必要なのか』という議論はしっかりなされるべきです」(20頁)

と、おっ、と思わせるご発言を引き出しているあたりはお見事*1
公取委での実務を経験された池田毅弁護士が解説されている「実務ポイント」も、簡にして要を得た分かり易いものになっている(22〜30頁)*2

池田弁護士のコメント(23頁)にもあるとおり、BLJの発刊後まもなくして、特措法の一連のガイドライン(案)が公表され、パブリックコメントの募集も行われているのであるが*3、いかに特措法自体がそれ自体で完結した法律だといっても、各省庁が出しているガイドラインは、独禁法、下請法、景表法といった従来から存在する法令のガイドラインをベースに作られたものであるため、付け焼刃的な知識だけでガイドラインを読むのは危険・・・というのが実態なわけで、その意味では、本誌の企画は、非常にタイムリーなものだったのではないかと思う*4

いずれにしても、多くのBtoC企業では、これから消費税率アップの日に向けて*5、実務での対応を否応なしに迫られることになるのは確実な状況だけに、実務担当者の声も含め*6、この特集に盛り込まれている問題意識を手掛かりに、自社内での対応スタンスを早めに固めてしまうのが吉だと思う。

「特集・労働トラブル収束法」の不思議。

さて、個人的に、今月号の一番の“ツボ”だったのが、この特集である。

といっても、必ずしも真正面から“絶賛”できる、という趣旨ではない。
むしろ、それなりに労働事件の場数を踏んできたつもりの一担当者の視点で見た時に、「え、こんなことするの?」「え、こんな発想ってありうるの?」というサプライズに満ちている(笑)、という点で、ツボにはまった、というのが正直なところだった。

特に、一人目の先生の論稿は、「これ、法務担当者向けではなく、新人弁護士向けに書いた記事ですよね?」と思ってしまうくらい、“やるべき”とされている内容がマニアックで、かなりびっくり・・・*7

さらに言えば、

「法務担当者は『労働問題の特殊性』という言葉に目を奪われてはいけない。」(41頁)

というフレーズは、確かにその通りだと思うのだが、

「法的問題を検討する場合には、『当事者間の権利義務関係』と『規制法規・判例の有無・適用範囲』を調査すべきことは他の法務問題と同様である。そのうえで『社内問題(社内対策)』や『組合対応』等の問題が出てくるのであって、基本的な作業を疎かにしてはならない」

とまで言ってしまうと、法務担当者が社内で存在感を発揮するために必要な紛争直後の“初動”対応を見誤りかねないんじゃないか・・・ということが、少々懸念される。

おそらく、様々な事案を担当される中で、「社内対策」「組合対応」ばかりに目が行って、肝心の法的検討に必要な材料を一向に出してこないクライアントに懲りたご経験があってのこと、なのかもしれないが、人事関係の事案は、とにもかくにも生々しいものだけに、法的検討よりも何よりも、まずは上層部も含めた社内の混乱を最小限に抑えて、事案ごとに訟務部門が信頼を得られるような動きをしないと、どうにもならないだろう、と自分は思っている。

また、訴訟の決着自体、法的な理論構成の巧拙よりも、「事実調査の巧拙」で決まってしまう、というのが労働事件の本質*8であり、特に被告側(使用者側)の場合、口が重い人事サイドのガードを取っ払って、関係者から必要な情報と証拠をかき集めないことには、守るに守れない(それでも勝てる時は勝てるのだけど・・・)というのが実情だけに、「証拠の探し方・作成方法」が、たった2行しか記載されていない、というのも、驚きであった*9

一方、法務実務者が匿名で書かれている「最近の問題事例と解決へのアプローチ」(52頁以下)の各記事にも、ちょっと驚かされるくだりがチラホラ・・・。

特に、最初の方の、

「人証尋問前の和解で終わった事件でも1000万円を軽く超えたことがありました。」
「できることなら、ゆくゆくは弁護士資格者を採用して労働訴訟を内製化したいですね。」

というコメント(53頁)には、素直に仰天した。

確かに労働事件は、通常の訴訟に比べれば多少は時間も労力もかかるものだが、会社として腹を括って判断した結果が争われている以上、法務担当者としてはその手間を惜しむべきではないと思うし、経験豊富な事務所の多くは、そういう事情も理解した上で、商事、知財等の事件に比べると遥かにリーズナブルな報酬で対応してくれるものだ。
それをわざわざ、タイムチャージ制(?)の事務所に依頼して、コストがかかると嘆いても始まらんだろう、と・・・。
ましてや、「内製化」には一番向かない領域ですよ、労働事件は・・・*10

さすがに、これに続く論稿には、腑に落ちるコメントが多く、「司法解決のメリット」を説くメーカーBの法務部長氏のコメントや、「有期労働契約の手続きの甘さ」を指摘するサービス業法務部長氏のコメント等は、ふむふむ・・・という感じだったのだが、初っ端のインパクトがあまりに強かっただけに・・・(以下略


もしかすると、自分が認識している労働訴訟のやり方とか、捉え方、というのが、既に時代遅れになっているだけで、今は、もっとドライで、テクニカルな訴訟の進め方、捌き方が主流になっている、ということなのかもしれないけれど、生身の人間の人生に関わる事柄については、理屈よりも何よりも、まずは泥臭く事実を追いかけて向き合うことが大事、そして、最後は“情”の部分も含めて、落としどころを見出すべき、という信条でやってきた者にしてみれば、どうしても「実務もいろいろだなぁ」という感想になってしまう。

そんなわけで、この不思議な特集。

ここは是非、労働事件を扱った経験が豊富な方にご覧いただき、読後感をお聞かせいただければ・・・と思うところである。

*1:結論としては、「適用範囲が明確かつ限定的であり」「時限立法という点からも」「バランスはそれなりに確保されているのではないかと肯定的に捉えている」というところに収まってしまっているのではあるが。

*2:ちなみに池田弁護士は、31頁以降の「実務上の課題と疑問」の中でも一問一答形式のQ&Aの回答を担当されており、今回の特集では獅子奮迅のご活躍(?)である。

*3:http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h25/jul/gl_pabukome.html

*4:ここで、独禁・景表畑の先生方にとっては、願ってもない商機到来ですね・・・というと、言い過ぎになってしまうだろうか(笑)。

*5:ここに来て、消費税率が本当に3%引き上げられるのかどうか、雲行きが怪しくなっているところもあり、それが一番悩ましいところなのかもしれないが・・・。

*6:個人的には「現場をできていない規制」という意見には非常に共感するのだが、立ち位置を変えれば・・・というところもあるので、ここはどれが正しい意見なのか、ということを断言するのは難しい。

*7:個人的には、よほどリサーチが好きで、時間的余裕がある担当者でなければ、このやり方を踏襲しない方が良いのでは・・・と。

*8:もちろん、これは懲戒解雇や雇い止め、ハラスメント等の旧来型のベタ事案の場合の対応で、最近のテクニカルな労働事件への対応としては、本稿に書かれているような“スマート”な対応の方が、「新しい」のかもしれないが、幸か不幸か、自分はそういった類の事件にはまだ遭遇したことがない。

*9:この点については、次の先生が書かれている論稿である程度カバーされてはいるのだが、こちらも若干抽象的で、実戦で使うには物足りない。

*10:「同じ釜の飯を食っている」人間が扱うには事柄自体があまりに重すぎるし、会社経営のいわば暗部に触れて、時には経営者の方針と正面から対峙しないといけなくなる、というのが使用者代理人となる弁護士の宿命だけに、社内弁護士が扱うにはリスクが大きすぎる、と個人的には思っている。

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