「馬好き」は法務を救う?~『広告法律相談125問』より

連休だからと言って、連日競馬ネタは勘弁してくれ・・・という読者の方もいらっしゃるかもしれないが、今日は真面目な法律書の話。

プライバシー/名誉棄損/個人情報管理、といった分野で既に多くの著作を世に出されている、桃尾・松尾・難波法律事務所の松尾剛行弁護士が、最近また新しい書籍を公刊された。

題して「広告法律相談125問」。

広告法律相談 125 問

広告法律相談 125 問

一見すると、一般的なQ&A形式の解説本のようにも思えるこの本。
だが、「はしがき」から読み始めると、本書が実に興味深いコンセプトの下で執筆されたものであることが分かる。

「そもそもこの本は、『馬好き法務部員の一日』としてコラムを書いて下さっている、広島の広告会社の法務を担当されているAさん*1と、同じ馬好きの編集者であるBさん*2のご縁で出版に至ったものである。」
「私が留学から帰ってきた頃、Aさんは広告会社の一人法務部員になられ、私に、著作物の類似性や景品規制などありとあらゆる質問をしてくれるようになった。私も『教え子』*3が立派な法務部員になったということで、喜んで質問に答えていた。」
「このようなご縁に恵まれ、『広告という非常に幅の広い分野では、考慮すべき事項が多岐にわたるため、ルーキーからベテランに至るまで、それぞれ悩みが多い。だから、実務的な要素が多数ちりばめられていて、初心者でも分かりやすく読める広告法務の本はニーズが必ずあるはず!』というAさんとBさんの熱意によって、本書は誕生した。」(強調筆者、以下同じ。)

ここで注目すべきは「馬好き」というキーワード・・・ではない

名実ともに、会社の中で広告絡みの相談に「一人で」対応している担当者自身が書籍の執筆に関与され、「コラム」等を通じてその視点を至るところにちりばめた、という点に本書の大きな意義がある。

例えば最初に出てくるコラムの見出しは「1『大丈夫ですよね?』の怖さ」(11頁)。
経験者であれば、この見出しに接しただけで、様々な思い出が喚起されるだろう。

また、「9 嫌われない法務になるために」(173頁)に書かれていることは、「一人」の場面に限らず法務部門の担当者が心がけるべきエッセンスが、シンプルだが見事に凝縮されていて、個人的には実に心に染みる。

そして、本書の良いところは、コラムだけではなく、松尾弁護士が書かれたQ&A自体も、決して熟練していない担当者が藁にも頼る思いで頼ってくる場面を想定して、極めてシンプルに記されている、という点だろう。

例えば、「第4話 商標法」の章に出てくるQ25「新商品発売時にどのような対応をすべきですか?」という問いに対する回答は、

A 「商標調査をすべきです。」(62頁)

の一言(もちろん、その後にコンパクトな解説は付されている)。

一方、「第3話 著作権法」の章に出てくるQ13「撮影をしたところ、他社のキャラクターが全面に描かれている服を着た人が写り込んでいました。こういう場合には、必ずその部分を消さないと、著作権侵害ですか?」という問いなどでは、

A 「写り込みについての著作権制限規定が適用される可能性がありますが、そもそも、広告にある程度以上のサイズで他社のキャラクターが出現すること自体、広告主にとって望ましくない場合が多いように思われます。」(36頁)

と、法の原則に触れつつ、実務者にとって必要な情報をサラッと盛り込んでいる。

このタイプのQ&A本(特に分担執筆の場合)の場合、

・せっかくQ&A形式にしているのに、問いの立て方がおかしくて実用に耐えない(「執筆者の書きやすさ」に合わせて「問い」を作るとこうなる)。
・問いはまずまずの作りなのに、回答がそれにストレートに応えていない
・問いの掘り下げ感や、回答スタンスに関して、章ごとのばらつきが激しい

となってしまう残念なケースも時々見かけるのだが、本書は松尾弁護士の単独執筆。
「そもそも」や「ただし」書きの使い方も含めて回答スタンスは一貫しているし、解説で基本的な論点を網羅しつつ、「問い」そのものは極めて実践的な作りになっている、という点も高く評価できるところである。

自分も、ブログのプロフィール欄などに書いた通り、若い頃に知財周りの法務を一人でやっていた時があって、その頃は、「広告主」としての立場で社内のあちこちから飛んでくるゲラチェックや、「広告代理店から『権利処理』を求められる」立場で社外から飛んでくるゲラチェックに日々追われていた。
前者に関しては、景表法周りを所管していたのが当時の「法務部」だったので、そこだけ切り分けて相談を持っていくこともあったが(あるいは相談者の方で先回りして別々に相談を持っていってくれたこともあったが)、今一つすっきりしない答えしか得られないことも多かったし、「広告の中で最後までコロコロ変わるのは、商標とコンテンツ素材の使い方」*4ということもあって、最後まで相談に乗っている自分のところで「(権限を超えた)最終判断」を求められることは一度や二度ではなかった。

顧問弁理士の先生がまだ若くてフットワークも良く、一日に何通メールや電話で問い合わせても嫌な顔一つせず対応してくれた、というのが当時の救いではあったのだが*5、この種の話になると、最後は「直感」的な部分で、”えいや~”と判断せざるを得ないことも多いわけで。

そんなことを思い出しながら、拝読させていただいた。

なお、本書の中でも紹介されているように、広告法務周りの文献としては、電通法務マネジメント局から出ている「広告法」が無駄なくムラなく、だがクオリティも高い良書として既に存在しているから、どんな初心者であっても、そこまでは文献として活用してほしい、というのはあるし、特定の業界に関しては、さらに掘り下げて調べないといけないことは多々ある、というのももちろんのことである。

広告法

広告法

ただ、会社に入ってみたら「一人」法務で、しかもいきなり有象無象の広告宣伝物のチェックをしてくれ、と言われた人が最初に飛びつくための本としては、冒頭でご紹介した『125問』がとても良い本ではないかな、と思ったので、まずはお勧めする次第である。

(以下は、自分の細かいこだわりなので、興味のない方はスルーしてください・・・)


ちなみに、『125問』に載っていて『広告法』の方には載っていない話として、一つ見つけたのは以下のくだり。

「Q 広告代理店自身は広告主のため、商標を取得すべきですか?」
「A 広告主との協議によりますが、仮にキャッチコピー的なものの商標を広告代理店の会社名で登録できたとしても、商標への信用は、広告主の活用により蓄積する訳ですから、その権利関係については慎重に協議すべきです。」(75頁)

これって、実務上は結構問題になる話で、広告主たる自社と代理店が(知財管理部署も含めて)綿密に打合せをしていれば、まず「代理店に取らせる」ということにはならないのだが、時々、めんどくさがりの広告主側の営業担当者が、広告代理店に「商標も押さえといて~」と丸投げしてしまうことがあったりして、そうなると後々の処理はかなり面倒なことになる*6

本書の解説にも書かれているとおり、商標が「使用」により信用を蓄積していく権利であることを考えると、使用の主導権を握れない広告代理店側が商標権者になる、という選択肢はまずありえない、というのが自分の考えなので、QAのやり取りとしては、上記のような流れが穏当かな、と。

また、自分がこの種の書籍を読む際に必ずチェックするのが、著作権の権利制限に関する記述(これについては既に一つご紹介した)と、「モノのパブリシティ権」に関する記述箇所で、これに関する『125問』でのQAは以下のようになっている。

「Q 物にパブリシティ権はありますか?」
「A 判例はこれを否定しましたが、クレームリスクに留意が必要です。」(106頁)

うん、ここもお見事。
判例は否定した」で終わってしまったら、広告業界向けの解説書にはなり得ない。

興味深かったのは、『広告法』では、「ギャロップレーサー事件によれば、モノのパブリシティ権は法的には認められないといえるでしょう。」という前提で、「そのモノの所有者や管理者が、無断使用者に対して、何らかの主張をしようと考えることは想像にかたくない」「したがって、広告ビジネス実務上はそのようなクレームを避けるために、・・・十分な検討が必要です」(112頁)と記述されているのに対し、『125問』では、「ギャロップレーサー事件判決の射程範囲が不明確である」という点と、調査官解説からの引用等を元にクレームリスクへの配慮を促している、という点だろうか(107頁)。

スカイツリーや東京タワーを広告に利用」する場合の解説(39頁)等とも共通するのだが、広告実務上は合法/違法の境界のかなり手前で”許諾”を得る運用が行われているし、少々の手続負担やコスト負担を負ってでもそうしたほうが広告制作会社、広告主にとってもメリットが大きい*7と思われるところなので、分かっている人が書けば当然結論は同じになるのだが、その結論にもっていくまでの説明の仕方は人それぞれだけに、(微妙な違いではあるが)上記の差異は面白いものだった。

なお、『125問』の特徴の一つとして、いわゆる広告にまつわる「法律」の話だけではなく、「紛争対応」(第10話、203頁以降)や、「予防法務」(第2話、12頁以降)といったトピックに関してもQ&Aを立てて一通りの解説を加えていることも挙げられる。

特に、「リーガルチェック」という項目の中にある、

Q4「自社の法務部が対応する案件と弁護士にお願いする案件は、どのように分けたらよいですか?」
Q5「弁護士に相談する場合、どのような方法で相談するのがよいですか?」

といった問いとこれらに対する回答(18~20頁)には、本書を書かれた松尾弁護士の”初心者一人法務”の人々への愛情が込められているような気がして、これまた良い企画だな、と思った次第*8

以上、広告に関する法律相談に関する書籍としても、「あるべきQ&A本」を考える上でも、いろいろと参考になる一冊、ということで、ご関心のある方は一度手に取っていただければ幸いである。

*1:実際のはしがきにはちゃんとお名前が入っていますが、ここでは仮名とさせていただきます。

*2:Aさんに同じ。

*3:松尾弁護士によると、学習院大学ロースクール時代の教え子だということである。

*4:この点に関して言うと、キャンペーンの枠組みは調整する箇所等も多いので結構早い段階で決まることが多いし、上の立場の人になればなるほど、細かい説明書きはスルーする一方で、「ビジュアル」とか「デザイン」に関しては、誰でも気軽に口を出せてしまうので、必然的にそうなる、というところはあるように思う。

*5:本書に登場する「馬好き法務部員」も、「誰か相談できる人を探すことが重要」ということを強調されているが(25頁参照)、この点に関しては本当にその通りだと思う(なお、この「馬好き法務部員」の方はこの点に限らず「相談することに関しては事前に会社の許可を得ている」という点を繰り返し強調しておられるが、個人的にはボランティアでの対応を求める限りにおいては、あまり固いことは気にしなくて良いと思うところ。チャージを支払って、というレベルになってくると、さすがに会社の正式な承認なしでは先に進めないのだけれど、その前段階でハードルを上げても仕方ないだろう、と)。

*6:登録された後に権利関係を整理しようとすると、資産計上等々かなり面倒。忖度して「広告主名義」で出してくれる代理店も時々いたりするのだけど、事前の打ち合わせ等を行わないがために、広告主の出願ポリシーとは異なる出し方をされてしまうことも多くて、後々の管理上も「なんだこれ?」状態になる。特許とは違って必要なら自社名義で出し直しても権利取得はできるので、最後は何とか片づけてはいたのだけれど。

*7:例えば、遠方から隠し撮り(?)するよりも、オフィシャルな撮影スポットを使った方が良い画像、映像になることもあるし、顧客吸引力の高い素材の場合、「正式な許可を得て広告使用した」ということ自体が一種のプレミアムになることもある。

*8:ある程度経験を積んだ人間の意地悪な視点で見ると、この種の相談を「弁護士に持っていく」最大の理由は、法的な判断の中身以上に(自分の判断に正統性」を付するための)「ご託宣」をいただくことにあったりもするんだよな・・・という思いも湧いてきたりするのであるが、ここはあえて正統派の回答で「フレッシュな担当者向けのテキスト」としての矜持を示されたのだろうな、と思ったり。