最近の法律雑誌より~BUSINESS LAW JOURNAL 2019年7月号

月末に差し掛かってきたこともあるので、そろそろ法律雑誌の特集でも。

今月第一弾は、不定期購読のBLJ。
特集が「海外取引における最近のトラブル類型と対応策」ということで、ここは迷わず購入させていただいた。

Business Law Journal 2019年 07 月号 [雑誌]

Business Law Journal 2019年 07 月号 [雑誌]

定期購読されている方が既に感想をアップされている中(BLJ 2019年7月号 - dtk's blog(71B))、後追いになってしまう感はあるのだが、気づいた点をいくつか書き残しておくことにしたい。

特集「海外取引トラブルにおける法務担当者の役割」

企業内実務者の論稿が巻頭の1本のみ、それ以外は弁護士の解説記事、というBLJらしからぬ構成になっている、ということで不満をお持ちの読者もいらっしゃるのかもしれないが、個人的には中尾智三郎さん(三菱自動車法務部担当部長/三菱商事)の記事一本だけでインパクトは十分だし、「内側から見た海外取引法務」のエッセンスは概ね伝えきれているのではないかと思っている。

小見出しを抜粋するだけでも、「契約書はビジネスの取扱説明書」、「交渉では決裂を恐れない」、「契約交渉ではビジネスとの連携を図る」、「失敗事例から学ぶ再発防止策」、「契約の世界を現場に浸透させる」、「個々の専門性を磨く」と、この論稿がこの種の話のスタンダードテキストになっている、ということが分かるだろう。

もちろん、古くから海外をフィールドに事業を行い、それに対応した法務部門の体制も充実している商社、メーカーと、そうでない会社とでは、海外事業部門の「法務」に対する意識や、法務部門との関係に異なる面は多い。

冒頭の「契約書」の重要性を説かれるくだり一つとっても、

契約書の内容は、法務だけではなく事業部門の担当者もしっかりと把握していなければなりません。本来、契約書はビジネスの取扱説明書であり、ガイドラインとなるものだからです。」(中尾智三郎「海外取引トラブルにおける法務担当者の役割」BUSINESS LAW JOURNAL136号24頁(2019年)、強調筆者、以下同じ。)

というコメントには何の異論もないのだが、その前提となっている「事業部門の担当者の多くは、いまだビジネスと契約書は別個の存在であり、契約書は法務マターとして法務に一任しておけばよいと考えがち」というところは、そのまま当てはまらない会社も多いのではないかと思う*1

また、

交渉まで担当しないかぎり、契約書は『読めない』『書けない』『分からない』ように思います。」(前掲25頁)

というのも、本当におっしゃるとおりなのだが、契約交渉に法務部門が同席する習慣のない会社でそれを実現するためには、そこに至るまでの信頼関係を築くための地道な努力が必要で、そう簡単な話ではない。

トラブルへの対応に関しても、

「トラブル対応における最後の砦となるのは法務ですから、みんなが慌てていたとしても、冷静沈着でなければなりません。」
「実際、ビジネス現場が『相手が悪かった』と非難する場合の多くは『契約書が悪かった』事案であったりします。先に述べたように、基本的には契約書に書いてあることがすべてですから、『そうはいっても・・・』『理屈ではそうだけど・・・』といった言葉は禁句です。相手にとって裏切ったほうが得な契約書であったのならば、裏切られても仕方がないということです。」(前掲26頁)

と、いかにも商社の方らしいドライさが前面に出ているのだけど、事実を確認して、明らかに相手方の対応に非があると思えるような場合に、「契約書が悪いので無理ですね」などといってことを片付けてしまったら社内の法務部門の存在意義などない、と自分は思っていて、「振り返り」をする前に、屁理屈的な文言解釈でも、契約締結前のやり取りでも、使える材料は何でも使って”取り返す”努力はしていかないといけない*2

ということで、バックグラウンドの違いからくる突っ込みはいくつかあるのだけど、

「国際交渉において求められるのは、法律を振り回すことではなく、言葉を使い回してビジネスを実現することです。交渉の現場にいるのは『国際交渉人』であって『国際弁護士』ではありません。法務担当者は優秀な国際交渉人を目指すべきです。」(前掲25頁)
「複雑な契約書の交渉・作成を担った法務担当者には、締結後すぐに、交渉の経緯をまとめた引継書や解説書を残しておくことをお薦めします。」(25~26頁)*3
「法務の本質は、『処方』を出すことではなく、リスク分析や法解釈といった専門性を活かして、事業部門の担当者と一緒に、『怪我』のないビジネスを作り上げていくことにあるからです。」(前掲27頁)

といったフレーズには実務のエッセンスが凝縮されており、こういったところを読むだけでも、今回の特集目当てに一冊買った甲斐はあったなぁ、と思った次第。

なお、中尾氏の豊富なご経験に基づく実務エッセンスと世界観をより堪能したい方には、昨年出版された以下の書籍を強くお勧めしておく。
(海外法務に関する書籍としては、現時点ではナンバー1だと自分は思っている。)

英文契約の考え方

英文契約の考え方


本特集のそれ以外の論稿は、弁護士が書かれた各論で淡々と読むしかなかったのだが、仲裁や事実上の対処法まで言及されている江口拓哉弁護士の論稿*4を除くと、「最近のトラブル類型と対応策」というテーマには必ずしもマッチしていないような気がした*5

また、全体的に取引類型に偏りがあるのも気になるところで、読者構成を考慮すると、代理店契約や調達契約、技術ライセンス契約がメインになってしまうのは仕方ないとしても、このご時世、もう少しO&Mとか、サービスノウハウ移転系の話にまで踏み込んで書いてもらえるとよいのだけどな、というのが、率直な感想である。

辛口法律書レビュー(2019年4月)

数ある連載記事の中でも、断トツでぶっ飛んでいるこの企画がまだ続いている、というのが自分は本当に嬉しい。

今月は「改訂新版 良いウェブサービスを支える『利用規約』の作り方」を「必読の一冊」として持ち上げつつ、

「中級者にとっては、本書のツッコミポイントをいくつ探せるかというのが、自分が中級者に成長したかどうかを測るバロメーターになるのである。」(企業法務系ブロガー「辛口法律書レビュー」BUSINESS LAW JOURNAL136号134頁)

と、ネタから本質的な指摘まで、こと細かく突っ込みを入れていく、といういつもながらの心憎い構成になっている。

自分はまだこの「改訂新版」を入手していないので、あくまでronnorさんの指摘を追いかけているだけなのだが、例えば「類似の他社サービスの利用規約を『部分的にマネしても基本的には法律上問題とならない』」というくだりに関して平成26年東京地裁判決*6に言及すべき、というのはその通りだと思うし、「法改正対応」と帯に書きながら、創設される定型約款規制について詳述していない、ということなのであれば、それはさすがに・・・と思うところもある*7

ちなみに、自分は、ここで取り上げられている書籍の初版が出た時に、以下のようなエントリーを書いた。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

なので、今回の「辛口法律書レビュー」の中では取り上げられていない部分(『契約関係』の整理・把握関係の記述について、どこまで改訂新版で踏み込めたか)の方に自分の関心も向いていたりするのだが、その辺は実際に読む機会があれば、改めて書いてみることにしたい。

その他の記事

自分の習性で(しかも今は時間的な余裕もあるので)、隅から隅まで目を通してみたのだけど、久しぶりに通常号を読むと、全体的に記事の中身がマニアックな方向に行ってないか、言い換えるとNBL化」してないか?というのが、ちょっと気になってしまった。

元々この雑誌は、編集部の方々の″実務目線”への強いこだわりの下、「企業内の法務の第一線で働いている人に本当に必要な情報を届ける」というコンセプトでできたものだったはず。だからこそ、以前は外部の弁護士の論稿も、単純に持ち込まれたものではなく、一定の企画コンセプトの下で組み立てられたものが多かったし、実名でも匿名でも生々しいコメントをそういった記事に添えることで、他の商業法律雑誌とは一線を画すものが出来上がっていたのだと思っている。

年月が経ち、様々な事情はあるのだと思うけど、自分は、BLJが、「書き手のニーズ」ではなく、「読み手のニーズ」に合わせた雑誌であり続けてくれることを願っているので、ここで改めて・・・*8

*1:「一任」という名の「丸投げ」ではさすがに困るが、どちらかと言えば「法務に関係しそうな中身はないのでこのまま進めます」と言い張る海外事業部門の担当者に「早期に法務部門にレビューさせる」習慣を身に付けてもらうことの方に、自分は多くの時間を割いており、「早く契約書のドラフトをこっちに回せ!」と叫んだことは一度や二度ではない。

*2:そして、それが奏功して良い流れに変わることだって現実には多々ある。その意味で「契約書」が全てではない、と自分は思っている。

*3:自分はここまですればベスト(実際にそこまでする気力体力があるかどうかは別として)、という点については何ら異論はないのだが、後々トラブルが生じた時に、そこに書かれた内容(交渉経緯時のやり取りをベースにした解釈)に縛られ過ぎると、かえって柔軟な解決を妨げるおそれもあるので、その点にだけは留意すべきだろう。先ほどの例とは逆に、自社の方が(契約当初の相手方の思惑に反して)“不誠実”にふるまわないといけないことだってあるのだから。

*4:「中国・ASEAN企業と締結する調達・販売契約のトラブルとその対応策」BUSINESS LAW JOURNAL 136号51頁(2019年)

*5:「トラブルを防ぐために契約書にこう書きましょう」というのは、「トラブルへの対応」という主題とは別の話だと個人的には思っているので。

*6:「規約」の著作権侵害が認められてしまった驚くべき事例。 - 企業法務戦士の雑感参照。

*7:ronnor氏が注6で書いている「不当条項規制」に関しては、自分なら実質的に変わるところはない(消費者契約法の規制をきっちりフォローしておけば良い)、とあっさり書いてしまうだろうが、改正民法施行に伴い約款をめぐるクレーム、トラブルが増加する可能性は否定できないだけに、このタイミングで出版するのであれば、そういった時の対応についてもきっちり書いておくのが望ましいだろうと思う。

*8:本編の記事よりも、広告として掲載されている早稲田大学大学院の「知的財産法LLMコース」に関する高林龍先生+修了生の対談記事の方が、BLJっぽい、と思ってしまったくらいだから。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html