「意匠制度の国際調和」の行方。

仕事始めとなったこの日の日経紙の夕刊に、意匠法に関する記事が唐突に掲載された。

特許庁はデザインを保護する権利を定めた国際協定に2015年にも加盟する。海外での模造品対策を通じて、日本でデザインされた商品の価値を高める。日本の伝統工芸品やファッションを海外に売り込む「クールジャパン」戦略を後押しする狙いもある。」(日本経済新聞2014年1月6日付け夕刊・第1面)

これだけ読むと、一体特許庁は何をしようとしているのか、全く想像できない、という方も多いだろうが、これに続けて書かれている、

「新しく独創的で美しいデザインは、国に登録すれば『意匠』として20年間独占できる権利が認められる。」

というところまで読めば、なるほど意匠法の話か、今審議されているハーグ協定(ジュネーブ改正協定)、ロカルノ協定に加入する、という話なのか・・・ということがようやく分かってくる。

この話は一昨年くらいから既に出ていたものだし、昨年末には、産業構造審議会知的財産分科会意匠制度小委員会の報告書(案)として、「創造的なデザインの権利保護による我が国企業の国際展開支援について」(案)*1というペーパーが公表され、その前半部分(〜17頁)にある「ハーグ協定ジュネーブ改正協定・ロカルノ協定加入に向けた対応」という章では、今後の対応に向けての方向性も示されている。

この報告書(案)自体は、現在まだパブリックコメントの手続きにかかっているところであり(http://www.jpo.go.jp/iken/isho_251226.htm平成26年1月25日まで)、確定したものではないのだが、前半に関しては、特に大きな異論が出てくるとも考えにくいことから、若干先走ってはいるが、

特許庁は国内の意匠権の扱いを定めた意匠法の改正案を今年の通常国会に提出する構え。並行して協定への加盟承認手続きも進める。」(同上)

という記事になったとしても、そんなに不思議はない。

だが、ここまでは良いとしても、上記報告書(案)が2部構成になっているにもかかわらず、後半に記された「画像デザインの保護拡充について」(18〜32頁)の部分について、上記記事の中で何ら触れられていないことには、ちょっと首を傾げたくなるところもある。


「画像デザインの保護」の話も、協定加入の話と同じようなタイミングで、一昨年の始め頃には既に話題に上がっていたテーマだ。

そして、特許庁が「協定加入」という論点と、この論点を合わせて「我が国企業の国際展開支援について」というテーマで一本の報告書(案)にまとめていること、報告書(案)の「はじめに」(1頁)でも、「国際的な意匠権取得手続の支援、意匠法の保護対象の不整合の解消は、検討の喫緊性が高いものと考えられる」という記述があることなどからして、本来は、協定加入とセットで「画像デザインの保護」についても意匠法改正に持っていきたい、というのが、特許庁側の意図なのだろう。

しかし、この論点が浮上してきた頃のエントリー*2でも書いたように、「画像デザイン」の保護を意匠権で行うことについては、根本的な疑問点が多く、実務サイドからも多くの批判が上がっているところである。

そして、今回の報告書(案)において示された「制度案」を見ても、

(A案)機能ごとに権利化する案 
 → 意匠権の最大の特徴である「物品との一体性」を放棄して「個々の物品に依拠しない画像」を保護対象とする、理論面ではかなりドラスティックな制度改正案
(B案)物品ごとに権利化する案
 → 物品の形状を保護する、という現行意匠法の原則を維持したまま、現在の意匠法2条2項の修正又は解釈変更によって、保護対象とする画像の範囲を広げようとする案*3
(C案)事後審査制度案
 → 実用新案と同様に、実体審査を経ることなく登録を認める代わりに、過失の推定規定を設けず、権利行使に一定の制限を設ける、というスーパードラスティックな制度改正案

と、全く制度の根本思想が異なる案が併記されており、収拾できそうな目途は立っていない*4

このような状況において、冒頭で紹介したような記事が出てきた、ということは、特許庁も、こちらの「画像デザインの保護」については、いったん寝かせる覚悟を決めた上で、協定加入の手続きの方を先行させる、という腹を決めた、ということなのか、それとも逆に、上記3案(C案を特許庁自身が選択することは考えにくいので、おそらくA案かB案のどちらか)のどれか、で、一気に押し切ってしまおうとしているのか・・・

万が一、「意匠法による画像デザインの保護拡大」が現実に進められた場合には、これまで意匠権とは縁が薄かった業界も含めて、多くの業界や事業者に影響が及ぶことになるし、報告書(案)を読む限り、以前当ブログで指摘したような“そもそも”レベルでの疑問も何ら解消されていない*5

そういったことを考えると、性急にことを進める必要はなく、むしろここは「画像デザインの保護」については一度白紙に戻したうえで、淡々と協定加入に向けて手続きを進めるのが良い、と自分は思っているのであるが、いずれにしても、冒頭の記事で置き忘れられたこの論点が、今後どうなっていこうとしているのか、せっかく意匠法改正の動きを取り上げるのであれば、そこまで含めて報じていただくよう、日経紙にはお願いしたいところである(きっとどこかで続報があるものと、自分は信じている(笑))。

*1:http://www.jpo.go.jp/iken/pdf/isho_251226/an.pdf

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120327/1333180270参照。

*3:一昨年に提案され、各方面から批判を受けた「情報機器の画像」を保護対象とする、という案(http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/isyou21/07.pdf)は、撤回された模様である。

*4:通常は複数案を並べた上で一定の方向性を示すことが一般的な「小括」の欄においても、「バランスの取れた制度を構築していく必要がある」という一般論を述べるだけで、どの案に向かって進めるか、という方向性は何ら示されていない(29頁)。

*5:むしろ、「他の法領域との関係」として記述されている内容(22頁)などを見ると、現在の知財法制の下での「画像デザイン」の保護について根本的な誤解があるようにも思われ、ますます「何のために意匠法に基づく保護を拡大しようとしているのか?」ということが分からなくなってきている。例えば「画像デザイン(例:実用ソフトのGUI)は応用美術の領域に属することが多いことから、少なくとも、意匠法によって保護すべき必要性が高いものと考えられる」という記述があるが、判例となったサイボウズの事例にしても、PIMソフトウェアの事例にしても、判決では「表示画面が応用美術だから保護しない」などということは一切言われておらず、画面の著作物性もしっかりと肯定されている。これらの事例で結果的に表示画面が保護されなかったのは、「機能に由来する(必然的な)制約」ゆえに「作成者の思想・感情を創作的に表現する範囲が限定」されており、その限定された創作的表現の部分において、原告デザインと被告デザインとの間に複製・翻案権侵害が認められるほどの共通性が存在しなかったから、に他ならない(逆に原告の表示画面とほぼ全て共通するようなデッドコピーであれば保護される可能性がある、ということは、サイボウズ事件の判決等でも明確に述べられている)。要は、現在、我が国の「画像デザイン」は法の欠缺によって保護されていないわけでは決してなく、むしろ、後発創作者がソフトウェア等の機能に応じた創作的表現を行う余地を不当に狭めないために、著作権法が保護範囲をコントロールしている、というのが正確な説明だと言えるだろう。にもかかわらず、著作権法の解釈によって形成されている先行創作者と後発創作者の間の絶妙なバランスを無視して、闇雲に意匠権による「画像デザイン」保護拡大を志向する、という発想は、極めてリスクの高いものだと言える。

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