彼女の16年間は“悲劇”ではない。

ソチ五輪 女子モーグル決勝 上村愛子選手 4位」

公式のresult*1に刻まれた結果だけを見たら、過去4回(特にここ2大会ほど)繰り返されてきた「悲劇」の2文字を再び連想しても不思議ではない。
実際、決勝が終了した直後から報じられているネットニュースの見出しも、どちらかと言えばネガティブなトーンのものが目立っている。

だけど、バンクーバー五輪からの4年間、今シーズンに入ってからのこの日に至るまでの過程を考えると、そして、今回の五輪が始まってから、予選からの4本の彼女の滑りを全部リアルタイムで見てしまった者としては、「清々しい気持ち」「頑張ってよかった」と語った上村選手の言葉の方がしっくりはまる。

ソチの舞台が魅せた夢

長年世界の舞台で安定した成績を残してきたことと、開幕初戦のW杯3位という結果ゆえ、5大会連続の代表に選ばれていたものの、「12」番という大きいゼッケンの数字に象徴されるように、今シーズンの上村選手は、決して世界で「トップグループ」に位置づけられるようなポジションにいたわけではなかった。

ここ数大会は、“一枚看板”だった日本代表チームの中での役割も、バンクーバー以降の伊藤みき選手の躍進によって大きく変化していて*2、予選の一本目が終わった頃までは、上村選手の動静以上に、「伊藤みき選手がケガを乗り越えて滑走することができるかどうか」の方に女子日本代表モーグルチームを取り巻くメディアの関心も集中しているように見えた*3

そして、予選の1本目で7位、日が変わっての決勝1本目(準々決勝)で9位、という展開を見たところまでは、“善戦”という見出しは予想できても、それ以上の華々しい見出しが次の日の新聞紙面を飾ることまでは、到底予想することができなかった。

一見すると、ミスがないように見える手堅いターンでも、ジャッジが付けるスコアは3.5点前後で、予選から4点台を叩きだしている上位選手にはなかなか届かない。
エアも4点台前半、スピードも遅くはないが抜群に早いわけではない・・・ということで、最終的に6人に絞られる決勝2本目で、最後の五輪を終えることになるのかなぁ・・・と思った視聴者も多かったはずだ。

ところが、今回の上村選手は、ここからがすごかった。

決勝2本目(準決勝)、4人目にスタートすると、ターン、エアともに1本目以上の完成度の高さを見せてその時点でトップに。

1本目 ターン 10.4点 エア 4.26点 タイム5.77点(30秒68)
2本目 ターン 10.9点 エア 4.68点 タイム5.57点(31秒19)

地元ロシアのラヒモア選手や、カザフスタンガリシェワ選手が1回目のスコアを越えられずに上村選手の後塵を拝する中、決勝進出圏内に残ったまま最後のスドバ選手(準々決勝1位)を待つことになり、スドバ選手が決勝1本目から大きくタイムを落とした(30秒76→32秒09、ポイントにすると0.5点)ことにも助けられて、3本目に進出するという快挙を演じる*4

さらに、泣いても笑っても最後の3本目で、解説者も絶賛するような今大会最高の滑りを見せる。

決勝1番手でスタートすると、テレビ越しでも明らかに伝わってくるスピードに乗った滑りで、切れ味良くコブ斜面を駆け下りてくる。素人目で見る限り、ミスらしいミスはほとんどなく、エアも無難に決める。そして、叩きだされたタイムは、何と30秒46。

3本目 ターン 10.6点 エア 4.20点 タイム5.86点(30秒46)

最初に20.66点、という合計スコアを見た時は、「なんで?」と首を傾げてしまったのだが*5、本数を重ねた疲労とメダルがかかる緊張感の中滑る後続の選手たちとは十分に戦えるスコアだったようで、それまで比較的安定した滑りを見せていたアウトリム選手、コックス選手が次々と19点台に沈む中、3人を残して依然首位をキープ。

日本製の板を操り、各審判4点台を付ける安定したターンを最後まで崩さなかったデュフール=ラポイント姉妹にこそ上位を譲ったものの、最後に滑った“絶対女王”のハンナ・カーニー選手が、中盤のターンで何度か体勢を崩しかけた時は、「これで間違いなく悲願のメダル確定だ!」と、朝5時までテレビにかじりついていた日本人のほとんどが、夢を見ることができた・・・

「メダル」の次元を越えたところにあったもの

ハンナ・カーニー選手 ターン11.1点 エア 4.76点 タイム5.63点(31.04秒) 21.49点  
上村愛子選手(再掲) ターン10.6点 エア 4.20点 タイム5.86点(30.46秒) 20.66点

終わってみれば、メダルまであと0.83点。
カーニー選手の第2エアは「3D」で、元々基礎点も高いから、そこである程度の差が付いてしまったのは仕方ないとしても、「ターン点で0.5点負けた」という採点に納得がいっていない日本人は多いことだろう*6

これまでの五輪で何度となく泣かされてきた採点競技ならではの複雑な事情(&北米発祥の競技ならではの事情)に、今回もまた泣かされた、と言ってしまえばそれまでの話。

しかし、公式競技に採用されてからまだ日が浅く、選手層も決して厚い、と言えなかった長野五輪の時代から、16年間の時を経て、一度も順位を下げることなく、5大会連続で決勝に、そして8位以内に名を刻んだ、という事実が色褪せることは決してない。

しかも、「アピールポイント不足」を指摘されることが多かったソルトレイク後には、高度な3Dエア(コークスクリュー)を仕上げて本番で成功させ、「ターン点が伸び悩んだ」トリノ後には、ラハテラコーチの下で身に付けた世界最高レベルのカービングターン技術で世界のトップに立ち、さらに、「スピード不足」が響いたバンクーバー後の最後の大会で、決勝6名中最高のタイムを叩きだす・・・と、一つひとつ課題をクリアして、最後の大会の最後のレースまで“進化”した姿を示し続けた。

本人も試合後のインタビューで言及していたように、「メダル」という観点だけで見てしまえば、「取れなかった」というだけの話になってしまうし、2つのメダルを持っている先人とは異なり、上村選手の名前が五輪の歴史に刻まれる可能性は低い。

だけど、きれいごとではなく「そんな次元で語るのは失礼」と心の底から思えてしまうようなオーラが今大会の彼女の滑りからは発されていたし、全ての結果が出た後の、これまでと同じように凛とした、そしてこれまではなかった清々しさすらたたえる彼女の表情を見ていたら、メダルを取れたかどうかの一事だけで「悲劇」の二文字を安易に付すべきではないな、と、強く感じざるをえなかった*7

五輪前に書かれた上村選手のオフィシャルブログの最新の記事(今日時点)*8には、以下のようなコメントが掲載されている。

これからオリンピックまでの時間はあと少しですが
すでに越えてきた今までの時間の全てに自信をもって
最高のパフォーマンスを発揮できるよう
頑張ります。
5度目のオリンピックで、どんな結果になるのか
私自身、全く想像出来ていません。
ただ、その瞬間には、最大の力を発揮できるように
最善の準備をして望みたいと思っています。
上村愛子オフィシャルブログより、強調筆者)

負傷者が続出した他の代表選手の無念の想いさえ背負うかのように、彼女が示した「最大の力」。
「有言実行」という言葉が、これほどしっくりくる場面もないと思う。

モーグルを始めてから丁度20年。
これまでの全ての出会いと全ての出来事に
心から感謝しています。
上村愛子オフィシャルブログより)

という言葉で結んだ上村選手の心のうちは、五輪が始まる前から“清々しさ”で満ちていたのかもしれないけれど、4本滑り終えて、最高のパフォーマンスで有終の美を飾った今、ここにどんな言葉が綴られるのか、更新を楽しみに待つことにしたい。

*1:http://www.sochi2014.com/en/freestyle-skiing-ladies-moguls-final-3

*2:長野大会以来定番だった応援CMも、今回は伊藤選手が前面に出ていた。

*3:復帰レースとなるはずだった予選1本目直前の練習で再び故障個所を悪化させる、という悲劇性が、この話題をより大きなものにしてしまった一因でもあるのだろうが、技術が完熟の域に達していた2007-2009年頃のシーズン(W杯年間総合優勝、世界選手権二冠)が一時代前のトピックとなり、バンクーバー後には「引退」も取りざたされた上村選手が、一部メディアからは“昔の名前”と見られていたことも否定はできないだろう。

*4:終わってみれば、この6位争いは、0.18ポイント差の中に4人がひしめく大激戦だった。

*5:ターン点があまり伸びなかったこともさることながら、エア点の低さが結果的にはメダリストとの差を分けることになってしまったのだが、その辺の分析は、後日プロの解説に期待したいところ。

*6:第一滑走者だった上村選手への採点が控えめな数字となり、最終滑走者の世界女王カーニー選手への採点が(彼女本来のスコアではないとはいえ)甘めになった、というのは、他の採点競技とも共通する話なのかもしれないが、その巡りあわせが4年に一度の大舞台で出てしまうところが、何とも残念。

*7:予選から決勝まで、危なげなく安定した滑りを見せ続けていたソルトレイクトリノの頃に、今大会と同じような絞り込みノックアウト決勝方式が採用されていたら、上村選手が相対的に浮上して、一度くらいは表彰台に手が届いたことがあったかもしれないし、バンクーバー五輪の時に今回のような飛ばしにくい難コースが設定されていたら、4年前の結果も少し違ったものになっていたのかもしれない。“たら、れば”を言い出したらキリがないのだけれど、今回の決勝方式が、(緊張感もあってか)これまで本番でもう一歩、の滑りになりがちだった上村選手が、全てを解き放って全力を引き出すにはちょうどよい舞台設定だったことも疑いはないわけで(そうでなければ、今大会ではたぶん、決勝で一本滑って入賞するかどうかの微妙なラインで止まってしまっていた可能性も高い)、最後と決めた舞台でそういう“見せ場”が与えられたことも含めて、全てはアスリートにとって受け止めなければならない運命、なのだと言うほかないのだろう。もちろん、本人にも周囲にも、無念の思いは、どこかに残り続けるだろうけど。

*8:http://blog.excite.co.jp/aikouemura/d2014-01-21/

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