反骨の精神、ここに極まれり〜「メール便サービス廃止」のプレスリリースに思うこと。

ヤマト運輸」と言えば、中興の祖である小倉昌男元社長が、宅配便をめぐって「官」と壮絶な戦いを演じた、という逸話とともに語られることが多い会社である。
小倉氏も既にこの世を去り、最近では、押しも押されもせぬ陸運業界の大手企業、という地位が確立したこともあって、“官との諍い”が大きなニュースになる機会もあまりなかったのだが、22日、久々に“らしい”ニュースが報じられた。

ヤマト運輸は22日、3月末でメール便サービスを廃止すると発表した。メール便に手紙などの『信書』が交ざると、利用者に刑事罰が科される恐れがあり、誤った利用を避けるためだ。」(日本経済新聞2015年1月23日付朝刊・第11面)

「郵便法」の問題点については、記事の中でも簡単に紹介されているのだが、よりわかりやすいのが、ヤマト運輸が22日付でHPに公表した資料だろう。
http://www.kuronekoyamato.co.jp/mail-haishi/index.html

「郵便で送ることは許されても、メール便で送ると罪に問われ、罰せられる書類があります。「手紙」です。」

という書き出しで始まるこの公表資料には、現在の郵便法の「信書」の定義が、「メール便」の利用に対していかに深刻な問題をもたらしたのか、ということが、ビジュアルも交えて非常にわかりやすく、だが、会社としての強い感情をこめて書かれている。

メール便」の廃止後に提供される書類配達サービスが、「法人向け」のサービスのみに限られている、ということから、ヤマト運輸側に、別の意図*1があったことを指摘する声があるのも確か。

だが、「信書」が入っているかどうかについて過敏に反応しなければならない状況が作られたことが、「メール便」という小口サービスの効率性を害し、採算を悪化させた、ということも考えられる以上、仮に上記のような思惑があったとしても、今回のプレスリリースを“ただのパフォーマンス”と片づけるわけにはいかないと思う。


ちなみに、新聞記事の中でも、会社のリリースの中でも、郵便法の関係条文については明確には引用されていないのだが、実際に法律を見ると、以下のような規定になっている。

第4条 (事業の独占)会社以外の者は、何人も、郵便の業務を業とし、また、会社の行う郵便の業務に従事する場合を除いて、郵便の業務に従事してはならない。ただし、会社が、契約により会社のため郵便の業務の一部を委託することを妨げない。
2 会社(契約により会社から郵便の業務の一部の委託を受けた者を含む。)以外の者は、何人も、他人の信書(特定の受取人に対し、差出人の意思を表示し、又は事実を通知する文書をいう。以下同じ。)の送達を業としてはならない。二以上の人又は法人に雇用され、これらの人又は法人の信書の送達を継続して行う者は、他人の信書の送達を業とする者とみなす。
3 運送営業者、その代表者又はその代理人その他の従業者は、その運送方法により他人のために信書の送達をしてはならない。ただし、貨物に添付する無封の添え状又は送り状は、この限りでない。
4 何人も、第二項の規定に違反して信書の送達を業とする者に信書の送達を委託し、又は前項に掲げる者に信書(同項ただし書に掲げるものを除く。)の送達を委託してはならない。
※郵便法における「会社」とは、「日本郵便株式会社」のみを指すものとされている(第2条参照)。

第76条 (事業の独占を乱す罪) 第4条の規定に違反した者は、これを3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する。
2 前項の場合において、金銭物品を収得したときは、これを没収する。既に消費し、又は譲渡したときは、その価額を追徴する。

「事業の独占」とか「事業の独占を乱す罪」という条文のタイトル自体に、自分は、時代錯誤的なものを感じてしまうのだが、百歩譲って「全国津々浦々まで、郵便のネットワークを維持する必要性」等、事業独占を認める合理的理由がある、としても、法4条4項で、「何人」に対しても「信書の送達を委託する」行為自体を禁止し、さらに刑事罰まで科す、というのは、さすがに合理的な範囲を超えていると言わざるを得ないだろう*2

また、前記郵便法4条2項は、事業者が「民間事業者による信書の送達に関する法律」(いわゆる「信書便法」)*3に定める「一般信書便事業者」等となった場合には、適用が除外されることになっているのだが、総務大臣の許可要件が厳格に過ぎ、ヤマト運輸をもってしても参入できるような代物ではない、というのは、かねてから報じられているとおりである。

そもそも、「日本郵便」が、郵便法上、唯一「郵便」を業とすることが認められた会社、という位置づけになっているのに、他の事業者は、「信書便法」の厳格な要件を満たさないと参入すらできない、という建付けになっているのは、やはり問題、というほかない*4


ということで、ヤマト運輸は、長年定着した「メール便」の看板を下ろすのと引き換えに、世の中に対して強烈な問題提起を行った。

我が国では、大企業であっても、お上に何か言われると、萎縮してしまう企業が思いのほか多いのだが*5、不合理な規制、過剰な規制に対しては、やはり事業者自ら声を上げなければ戦いようがないわけで、そういう意味でも、今回のヤマト運輸の勇気ある判断から、学ぶべきことは多い、と思うのである。

*1:不採算の個人向けメール便を廃止し、法人向けに特化することで事業を立て直す、というのが真の意図で、「郵便法」云々は、長年定着したサービスを廃止するための言い訳に過ぎない、といった指摘がある。

*2:あくまで「事業の独占維持」を規制目的とするのであれば、それを崩そうとする事業者に対して法の規律を及ぼせば足りるのであり、ユーザーは、せいぜい教唆・幇助犯のレベルに留めるのが合理的だと思う。にもかかわらず、現在の郵便法は、「信書の送達を委託」する者に対して正犯としての罪を科す建付けになっており、いくら何でも・・・と思わずにはいられない。

*3:http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H14/H14HO099.html

*4:そもそも「日本郵便」だって、民営化に向けた道を既に歩み始めているにもかかわらず、信書便法の正式タイトルに「民間事業者・・・」と入っているのがまた何とも・・・である。

*5:普通の大企業であれば、プレスリリースの中で郵便法の話は書かないか、書いても必要最小限の言及に留めることだろう。

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