応用美術の著作権をめぐる議論への更なる一石。

今週が学会ウィークだから・・・というわけではないが、再び著作権関係のネタを。

単なる偶然だとは思うが、「応用美術」の著作権が争われた事件の判決は春に出ることが多い。

それまでの常識を覆したかに思われた「TRIPP TRAPP」の知財高裁判決が出たのは8年前の4月*1

だがその後も世の中は変わりそうで変わらず、その6年後の4月には、かなり微妙な事例だった「タコ滑り台」をめぐる著作権侵害訴訟でも請求を棄却する判決が出た*2

そしてさらにその2年後の2023年4月、「応用美術」をめぐって、新たに「大阪発」のちょっと物議を醸しそうな判決が出されている。

強引にタイトルを付けるなら”布団の薔薇事件”とでも言ってよさそうなこの事件の判決を以下ご紹介することにしたい。

大阪地判令和5年4月27日(令和4年(ネ)745号)*3

控訴人(一審原告):藤田株式会社
被控訴人(一審被告):株式会社ダイユーエイト、株式会社アレンザ・ジャパン

控訴人は布団の製造・販売を行う会社で、被控訴人は東北地方に展開するホームセンターとその仕入先だが、被控訴人ダイユーエイトがPB商品として販売した寝具(敷布団等)の図柄が、控訴人が著作権を主張する図柄と類似していたために争われたのがこの事件である。

判決に添付された画像を見ると、控訴人・被控訴人のいずれの図柄も「花柄」と「ダマスク模様」からなり、見れば見るほど両者の雰囲気は良く似ている。

だからこそ控訴人は「本件はデッドコピーの事案」であるとして(PDF9頁)、一審(大津地裁)からこの控訴審まで譲らずに戦ってきたのだろう。

これに対し、被控訴人側は、本件図柄が「実用品である布団の絵柄」である、ということを前面に出して争った。

布団は、人が睡眠時に長時間使用するものであるために、汗等の体液や皮脂が付着することが不可避で、かつ、一般家庭で日常的に洗濯できるような形状、大きさ、素材ではないことから、汗染みや皮脂汚れが目立たないような絵柄であることも、重要な実用的機能の一つである。このように、布団の絵柄も、布団の実用的機能の重要な一端を担っているのであって、布団の絵柄と実用的機能とは分離できるものではない。また、布団は日常使用する実用品であって、その柄を絵画のように鑑賞するものでなく、そもそも通常、布団にはシーツ、布団カバーなどをかけて使用するのであるから、布団の柄がユーザーの美的感覚に働きかけることはない。したがって、本件絵柄が、実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているとはいえない。」(PDF10頁、強調筆者、以下同じ)

という被控訴人側の主張は、これまでの「美術工芸品」的な応用美術に関する主張と比べると、若干異彩を放っていて、半ば強引な論旨のように読めるところもなくはないが、デザインだけを見れば極めてよく似ているものである以上、反撃の打ち手としてはまさにこれしかない、という事案だったのも確かである。

かくして、「応用美術」の著作権に関してまた新たな一ページを付け加えることとなったこの事件。

裁判所が下した結論は、他の多くの事例(&本件原審)と同様に著作権侵害を否定するものとなったのだが、注目すべきはその理由で、特に「実用品に用いられるデザイン」の著作物性に関する以下の判旨は見所十分なものだった。

著作権法2条1項1号は、「著作物」とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と規定し、同法10条1項4号は、同法にいう著作物の例示として、「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」を規定し、同法2条2項は、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする」と規定している。ここにいう「美術工芸品」は例示と解され、美術工芸品以外のいわゆる応用美術が、著作物として保護されるか否かは著作権法の文言上明らかでないが、同法が、「文化の発展に寄与すること」を目的とし(同法1条)、著作権につき審査も登録も要することなく長期間の保護を与えているのに対し(同法51条)、産業上利用することができる意匠については、「産業の発達に寄与すること」を目的とする意匠法(同法1条)において、出願、審査を経て登録を受けることで、意匠権として著作権に比して短期間の保護が与えられるにとどまること(同法6条、16条、20条1項、21条)からすると、産業上利用することができる意匠、すなわち、実用品に用いられるデザインについては、その創作的表現が、実用品としての産業上の利用を離れて、独立に美的鑑賞の対象となる美的特性を備えていない限り、著作権法が保護を予定している対象ではなく、同法2条1項1号の「美術の著作物」に当たらないというべきである。そして、ここで実用品としての産業上の利用を離れて、独立に美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているといえるためには、当該実用品における創作的表現が、少なくとも実用目的のために制約されていることが明らかなものであってはならないというべきである。 これに対し、控訴人は、著作権法と意匠法による保護が重複することについて何ら調整の必要がないとする前提で著作権法による保護を求めていると解されるが、両法制度の相違に鑑みれば、両法制度で重複的に保護される範囲には自ずと限界があり、美術の著作物として保護されるためには、上記のとおりの要件が必要であるというべきである。実用品における創作的表現につき、無限定に著作権法上の保護を及ぼそうとする控訴人の主張は、現行の法体系に照らし、著作権法が想定しているところを超えてまで保護の対象を広げようとするものであって採用することはできない。 」(PDF14~15頁)

かつて「TRIPP TRAPP」の知財高裁判決で著作権法と意匠法とは,趣旨,目的を異にするものであり(著作権法1条,意匠法1条),いずれか一方のみが排他的又は優先的に適用され,他方の適用を不可能又は劣後とするという関係は,明文上認められず,そのように解し得る合理的根拠も見出し難い。」「応用美術につき,意匠法によって保護され得ることを根拠として,著作物としての認定を格別厳格にすべき合理的理由は,見出し難いというべきである。」として、「重複適用」の可能性が認められてからまだ10年経っていないというのに、ここで現れたのは「重複的に保護される範囲には自ずから限界がある」というところから導かれる古典的な説示だった。

そして、「本件絵柄における創作的表現は、その細部を区々に見る限りにおいて、美的表現を追求した作者の個性が表れていることを否定できない」(PDF16頁)ということは述べつつも、「衣料製品(工業製品)に用いる大きな絵柄模様とするための工夫」がされていることや、「花の絵柄とアラベスク模様を交互につなぎ、背景にダマスク模様を淡く描く」という特徴を「このような衣料製15 品(工業製品)に付すための一般的な絵柄模様の方式に従ったものであって、その域を超えるものではないと評価することで、「全体的に見れば、衣料製品(工業製品)の絵柄に用いるという実用目的によって制約されていることがむしろ明らかである」とし、

「実用品である衣料製品としての産業上の利用を離れて、独立に美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているとはいえない。」

ことから、「本件絵柄は、「美術の著作物」に当たるとはいえず、著作物性を認めることはできない」という結論を導いたのである。

実用目的による機能上の制約がデザインとも直結する製品とは異なり、本件の「衣料製品」の「実用目的」と「デザイン」との結びつきは決して明確に説明しきれるものとは言い難い。

だがそれでも、「実用目的による制約」に触れながら、裁判所が控訴人の訴えを退けたことをどう考えるか。

”この先”を占うにはちょうど良い面白い事案だっただけに、今後も、他事件での”追随”の可能性も含めて見守っていきたいと思っている。

*1:当時の興奮を生々しく描いたのが↓のエントリーである。k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*2:k-houmu-sensi2005.hatenablog.comその後、高裁ではやや著作物性を認めやすい方向に論旨が傾いたものの、結論は変わらないままこの事件は終わった。k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*3:第8民事部・森崎英二裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/073/092073_hanrei.pdf

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