「10回目」の節目で示された数字が物語るもの

平成18年に行われた第1回の試験から今年で10回目。
「新」という冠も付かなくなって久しい司法試験の最終合格発表の記事が今年も掲載された。

法務省は8日、2015年の司法試験に1850人が合格したと発表した。昨年より40人増え、3年ぶりに前年を上回ったものの、2年連続で2千人を割った。合格率は23.1%。」
日本経済新聞2015年9月9日付朝刊・第35面)

法務省の公式発表*1に基づいてデータを整理すると、

出願者数 9,072名(前年比183名減)
受験者数 8,016名(前年比1名増)
合格者数 1,850名(前年比40名増)

受験回数がなくなったことで、出願者(受験予定者)数に比べて受験者数が前年比で増加したこと*2、そして、近年減少の一途を辿っていた合格者数も僅かながら増加した、というのは、ちょっとしたサプライズだったといえる。

とはいえ、受験生にとって楽な試験になったか、といえば、

・合格率20%台という状況は変わらず。
論文式試験の点数が全体的にインフレーション気味で、総合評価の合格ラインも実に65点アップ*3

という状況だけに、むしろ厳しくなった、という印象を受けた受験生も多かったのではないだろうか。

興味深いのは、受験回数ごとの合格者数で、

1回目 920人(139人減)
2回目 505人(78人増)
3回目 267人(57人減)
4回目 158人

と、今年からチャンスが生まれた「4回目」の受験生が8%くらいの比重を占める健闘を見せたこと、そして、その煽りを食う形で、1回目受験の合格者が大幅に減少したことだろう。

1回目の合格者数減の背景には、そもそも新規の法科大学院修了者数自体が大幅に減少している、という事情もあるのだろうが*4、「就職後の進路」について、いろいろと暗い話題ばかりが飛び交う中で、「一発では受かりにくい試験」という評判が定着してしまうと、ますます法科大学院を敬遠する流れが強まってしまわないか、という懸念も生まれるところである。

また、毎年注目している予備試験ルートの合格者については、前記記事の中でも、

「「予備試験」経由の合格者は186人、合格率は61.8%で全体の平均を大きく超える状況が続いている。」(同上)

と別枠で取り上げられており、その横に掲載された表を見ると、「どの法科大学院よりも予備試験ルートの合格者の数が多くなった」という事実がくっきりと分かるようになっているのだが、昨年まで、予備試験組が、短答はほぼ全員通過、論文不合格者も100人に満たない、という驚異的な実績を残していたことを考えると、

・論文試験で100名以上の不合格者を出した。
・これまでほぼ完ぺきな実績を残していた20〜24歳のカテゴリーで合格率が90%近くにまで低下した。

という今年の結果は、司法試験の世界に新たな地殻変動が起きているのか・・・?という疑念を抱かさずにはいられない*5

全体として、“新参者に厳しい”印象となった「10回目」の試験。

勝負するのは一人ひとり、実力勝負の世界だけに、全体の傾向がどうなろうが、合格する人は受かるし落ちる人は落ちるのであるが、これから目指そうという人にとっては総体的なムードも結構重要であるように思われるだけに、これからどうなるのか、というのは、ちょっと気になるところである。

不幸な事件をどう受け止めるべきか。

さて、以上、今年の司法試験の記事を淡々と書いてきたが、今回の合格発表が、「問題漏洩」報道で揺れる中で行われたものだった、ということも、一応、記録にはとどめておかねばならないだろう。

連日報じられている情報による限り、今回の件は、考査委員だった法科大学院教授が、特定の学生への「私的感情」に基づいて「個別指導」を行った、という極めて特殊な事例であり、影響も限定的、ということのようである。

ただ、2007年の答案練習会事件の際にも議論されたように、受験者のほとんどがいずれかの「法科大学院」の看板を背負っており、しかも、それらの受験者の合格実績によって、法科大学院の経営、ひいては存続にさえ影響するような評価がなされている、という今の状況で、法科大学院で日々学生と接している教員が試験の考査委員を兼ねている、ということは、決して好ましいこととは言えないだろう。

もちろん、旧試験の時代にも、考査委員の学者はどこかの大学で教壇に立っていたし、その大学の学生(あるいはもぐりこんで接近した学生)が身近なところでその先生に接することができた、ということに変わりはないのだが*6、当時の試験は、決して「大学対抗」というようなものではなかったし、むしろ、大学の教室とは距離を置く人々が“我が道”を行くために受験していた、というような側面もあったから、大学という狭いコミュニティに大きな期待がかけられることも少なかったはずだ*7

それが今や、限られた数の法科大学院に属する、限られた数の受験生が競い合う試験になっているのだから、やっぱり事情は大きく異なる*8

おそらく、今、法曹関係者の多くが願っているように、本件は、“一教授の私的動機に基づく特殊な事例”であることが強調されたまま、手続きに載せられ、歴史の中に葬り去られるのだろうが、上で指摘したような「構造的問題」がまた数年後、降って湧くようなことがないように、徹底した対策を今講じておくことが大事なのではないだろうか。

以上、老婆心ながら・・・。

*1:http://www.moj.go.jp/content/001158038.pdf

*2:とはいえ、法科大学院を修了して受験資格を得た者(受験予定者数)との比較でも941名が実際には受験していない。ここ数年、職業経験のある者を中心に、学位取得後すぐに仕事に戻る(&試験は状況が許せば受ける)パターンを目にすることが多かったのだが、現実にもそういった層が相当するいる、ということをこの数字は物語っているのかもしれない。

*3:これは、短答式試験の科目数が絞られ、その分論文対策に時間を割けるようになったことの影響も大きいのかもしれないが、その辺はいずれ誰かが分析してくれることだろう。

*4:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20150507/1431225608

*5:短答試験科目の絞り込み等により、どちらかといえば(一般教養科目も含めて)オールラウンドに力を発揮できる受験者が多い予備試験組にとっては厳しい展開になったのか、それとも予備試験のレベル自体が初期の頃よりは下がっているのか、この辺も気になるところではある。

*6:実際、古い司法試験の某巨大掲示板スレにも、必ずその手のネタは毎シーズン1本は立っていた。

*7:当の考査委員の側から見ても、「私的感情」でもない限り、自分の教え子に有利なポジションを与えるインセンティブはそんなに湧かなかったのではないかと思う。

*8:将来的に予備試験ルートの受験者が多数を占めるような時代になれば、そんなに気になることはなくなるのかもしれないが、それでも、「合格者数に基づく法科大学院の評価」が続けられる限り、問題の根っこは残る。

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