「TPP大筋合意」は著作権法をどう変えるのか?

“漂流”の可能性も取りざたされる中で、何とか「大筋合意」まで辿り着いた環太平洋経済連携協定(TPP)。
そして、これまでベールに包まれていた協定の内容が、徐々に報道でも取り上げられるようになってきている。

関税の引き下げが話題になった翌日、一部の人にとってはそれ以上の関心事かもしれない「著作権法の抜本見直し」も記事になった。

「政府は環太平洋経済連携協定(TPP)の大筋合意を受け、著作権法の抜本見直しに着手する。現在は音楽と映画に限っているネット上の違法ダウンロードの取り締まりを電子書籍やソフトウェアなどに広げるほか、企業などの著作権者が損害賠償を請求しやすくするなど、海賊版対策の大幅強化が柱となる。」(日本経済新聞2015年10月10日付夕刊・第1面、強調筆者、以下同じ)

これまで、保護期間延長や、法定賠償制度、そして、非親告罪化、といったところが、著作権分野の主要な争点だろうと思っていただけに、個人的には、「違法ダウンロード規制」の対象拡大はあまり嬉しくないサプライズである。

政府が公開した「協定の概要」(http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/10/151005_tpp_gaiyou.pdf)に記載された骨子にも、

・著作物(映画を含む)、実演又はレコードの保護期間を以下の通りとする。
(1)自然人の生存期間に基づき計算される場合には、著作者の生存期間及び著作者の死から少なくとも70年
(2)自然人の生存期間に基づき計算されない場合には、次のいずれかの期間
 (i) 当該著作物、実演又はレコードの権利者の許諾を得た最初の公表の年の終わりから少なくとも70年
 (ii) 当該著作物、実演又はレコードの創作から一定期間内に権利者の許諾を得た公表が行われない場合には、当該著作物、実演又はレコードの創作の年の終わりから少なくとも70年
・故意による商業的規模の著作物の違法な複製等を非親告罪とする。ただし、市場における原著作物等の収益性に大きな影響を与えない場合はこの限りではない。
著作権等の侵害について、法定損害賠償制度又は追加的損害賠償制度を設ける。

と、ダウンロード規制の範囲云々、ということは書かれていないから、あくまで“飛ばし”の段階なのかもしれないが、他の合意内容だけでも十分に重たいだけに、これ以上「保護強化」的要素を盛り込むのは、ちょっといかがなものか、と思わずにはいられない。

また、「非親告罪」化について、記事では、

「訴訟が多発したり、個人の二次創作活動が制限されたりしないような措置も講じる方向だ。模倣品を告発する時に、権利者の収入に大きな影響がない場合は取り締まり対象から外すなど、制度を柔軟に運用できるようにする方向だ。」(同上)

と書かれており、公表された概要にも記載されている「商業的規模」とか「原著作物等の収益性」といったキーワードによって、影響を限定的なものに留めることができるような雰囲気になっている。

しかし、これまで侵害判断において「商業」性、「収益性」といった要素をあまり取り込んでこなかった日本の著作権法*1の条文を少々調整する程度で、取り締まり対象となる利用行為を明確に区別することが果たしてできるのだろうか。

既にインターネットで確認できる最新のリークテキスト(https://wikileaks.org/tpp-ip3/WikiLeaks-TPP-IP-Chapter/WikiLeaks-TPP-IP-Chapter-051015.pdf)では、

QQ.H.7: Criminal Procedures and Penalties
1.1. Each Party shall provide for criminal procedures and penalties to be applied at least in cases of willful trademark counterfeiting or copyright or related rights piracy on a commercial scale. In respect of willful copyright or related rights piracy, “on a commercial scale” includes at least:
(a) acts carried out for commercial advantage or financial gain; and
(b) significant acts, not carried out for commercial advantage or financial gain, that have a substantial prejudicial impact on the interests of the copyright or
related rights owner in relation to the marketplace
6.With respect to the offences described in Article QQ.H.7 (1)-(5) above, each Party shall provide:
(g)that its competent authorities may act upon their own initiative to initiate a legal action without the need for a formal complaint by a private party or right holder注144).
注144) With regard to copyright and related rights piracy provided for by QQ.H.7.1 (Commercial Scale), a Party may limit application of subparagraph (h) to the cases where there is an impact on the right holder’s ability to exploit the work in the market.

という表現になっているが、“piracy”、“commercial”“right holder's ability”といったキーワードをどのようにパラフレーズするか、によって、巷で取り沙汰されている“表現の萎縮”が杞憂に終わるのか、それとも現実のものになってしまうのかが大きく左右されるだけに、ここは、立法サイドの叡智が試されることになるだろう*2


長きにわたってTPPの知財条項の交渉経過をフォローされており*3、今回の「大筋合意」後にもすかさずエントリーを掲載された兎園氏は、今回の合意内容に一貫して強い反対意見を表明されており、10月10日付のエントリー*4の中でも、「このような非道な内容の協定には断固反対して行きたい」と、強い抗議の意思を示されている。

客観的に見ても、今回「合意」したすべての国が署名し、かつ、国内での批准手続を経て発効するところまで行けるのか、というと大いに疑問があるだけに、違法ダウンロードの件にしても、非親告罪化をはじめとするその他の合意内容にしても、日本だけが先走ってことを進めることは避けてほしいところなのだが、どうしても変えなければならない、ということになるのであれば、小手先の改正ではなく、真の国益・公益にそった改正で対応していただきたいものだ、と思う*5

*1:条文上も「商業用レコード」が定義されている程度である。

*2:一方で権利制限の一般規定を導入することでバランスを取る、という考え方が唱えられることも多いのだが、権利制限について論じる前に、そもそも「何が非親告罪化される侵害行為なのか」というところが明確に規定されないと、混乱は避けられないように思われる。刑事処罰の場面における「柔軟な運用」は、一歩間違えると「当局の気分次第」ということになりかねないのであり、まずは非親告罪化される犯罪行為の構成要件が明確化されなければならないはずである。

*3:今回のエントリーをはじめ、自分がエントリーを書く際には常に参考にさせていただいている。

*4:http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-1db5.html

*5:かねてから問題が指摘されている刑事罰の規定については、今回のTPP合意を機に全て「非親告罪」とする代わりに、全ての場合に上記で挙げられているような要件を加重する(原著作物の収益性に影響しないような軽微な侵害は、故意であっても刑事罰の対象としない)、というのも一案だと思う。

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