近年は、オリンピックが近くなると、常に湧いてくる「応援したいけどできない」問題。
開会式が目前に迫り、そろそろ話題になるかな、と思ったら、やっぱり、という感じで日経紙にコラムが組まれていた。
「9日に開幕する平昌冬季五輪。スポンサー企業などによる広告活動が熱を帯びる一方、それ以外の企業では「便乗商法と受け取られかねない」と警戒し、選手を起用したテレビCMなどを自粛する動きも相次いでいる。2020年の東京五輪・パラリンピックを控え、五輪を巡る知的財産はしっかり保護することが必要だ。ただどう応援するか戸惑う企業もある。」(日本経済新聞2018年2月8日付朝刊・第2面、強調筆者、以下同じ)
自分も、五輪期間中に五輪マークを無断で使って宣伝したり、「オリンピック」と銘打った興行を勝手に開催することまで許容しているわけではない。
日経紙のコラムで取り上げられている「選手の肖像」についても、それをCMのような純粋商業目的で使うのは避けるべきだろう、と思う*1。
だが、雑誌の表紙に写っている五輪代表選手の写真をネット上で消したり、代表選手の所属企業による「壮行会の中止や非公開化」という話になってくると、次元は全く異なるわけで・・・。
記事では、こういった動きの背景には「JOCの指導の強化」がある、とされていて、
「ただ乗りが横行すれば国際社会から批判されかねず「東京五輪を控え、知財保護を徹底せざるを得ない」とJOCは説明する。ある意味「忖度(そんたく)」だが、JOCにも言い分はある。五輪関連の知財使用権を公式スポンサーに与える見返りに協賛金の拠出を受け、運営や選手強化の財源にしている。不正使用が増えれば知財の侵害だけでなく、協賛金の減収を招き大会運営に支障をきたしかねない。」(同上)
といったコメントと理由説明が付されているのだが、上記の「壮行会の中止」だったり、この後に出てくる「会社案内に『五輪』などの言葉を使っていたために破棄を余儀なくされた」*2といった事例は、「知財保護」とは何ら関係ない話で、商標権や(部分的にIOCが管理する)肖像権が明らかに及ばないところにまで干渉しようとする、JOCの行き過ぎた暴挙による悲劇に他ならない。
平昌五輪の先の、「「2020へカウントダウン」はダメ」という話もまたしかり。
「オリンピック/五輪」は、商標である以前に、大会名称(略称)そのものなのであり、その大会が行われた事実や、そこに自社の選手が参加した事実を伝える際に、これらの語を使うことが禁じられる、なんてことは、商標法の解釈上はあり得ない*3。
「2020」に至っては、ただの数字、年号であって、そこに何らかの権利性を求めること自体が失当である。
そして、実質面においても、壮行会だの、カウントダウンセールだの、応援セールだのを認めたところで、スポンサーにとっては何らマイナスに働く要素はない。
なぜなら、五輪スポンサーを同業他社と異なる存在に「差別化」している最大の要因は、「その会社がスポンサーである」という事実そのもの(+それに付随して使われる五輪マークや大会エンブレム)だからであり、どんなに華々しく壮行会を行っても、どんなに大規模な「応援セール」をやっても、それらの会社が「公式スポンサー」を名乗ることは決してできない以上、スポンサー企業がプレミアムな存在であることに変わりはなく、むしろ相乗効果すら期待できるからである*4。
逆に、スポンサー以外の全ての会社が自粛して「五輪スルー」状態になってしまったら、困るのはスポンサーの方なわけで、JOCがやっていることは、マーケティングの基本を無視した、いわば贔屓の引き倒しに他ならないとも言える。
記事の中では、
「JOCは便乗商法を防ぐ法整備を求めている。JOCと共同で知財を管理する東京五輪・パラリンピック競技大会組織委員会の五十嵐敦法務部長は「ルールをはっきりさせることで、幅広く応援してもらいやすくなる」と話す。」(同上)
という動きも紹介されているのだが、東京五輪の大会組織委が、立候補ファイル(https://tokyo2020.org/jp/games/plan/data/candidate-section-4-JP.pdf)の中で、
「知的財産権の侵害に対する措置オリンピック関連マーク及び名称に対する知的財産権が侵害された場合には、商標法、意匠法、不正競争防止法等の関係法令に基づき、IOC等の知的財産権者は、侵害者に対し、違法な使用の差し止めを請求して迅速な被害の防止を図るとともに、損害賠償や信用回復措置等を請求して損害の回復を図ることができ、また、侵害者は懲役又は罰金の刑事罰を科される。さらに、日本では、関係機関が一体となって、水際や国内での模倣品・海賊版などの知的財産権侵害物品の取締りを積極的に実施している。JOC及び大会組織委員会は、こうした知的財産権の法的な保護制度を最大限に活用することにより、オリンピック関連マーク及び名称を厳正に保護する。」
と宣言していることを忘れたわけではあるまい。
もちろん、「さらに保護を万全なものにするのだ」という理屈で新法制定を目指すことが直ちに否定されるわけではないが、福井健策弁護士の言葉を借りるまでもなく、行き過ぎた『保護』*5が社会を萎縮させるのみならず、保護しようとしたものそれ自体をも疲弊させる、ということはこれまで散々言われてきていたことでもある。
「五輪」という2年に一度の大イベントを、これ以上、息苦しいイベントにして潰さないために、まずは平昌五輪から・・・。
ということで、本ブログでは、五輪期間中、五輪関係の著作権、商標権、そして一部の肖像権に抵触しない限りにおいて、五輪スポンサーではない人々が、精一杯、日本代表選手を応援するための“便乗”企画を展開することを強く後押ししたい。
そして、そんな思いに水を差すようなJOCや一部スポンサーのご乱行を巷で目にしたときは、最大限のブーイングを浴びせ、おかしなムーヴメントを東京まで引きずることを躊躇させるような鉄槌をガシッと打ちこまねばならん、と思う次第である*6。
*1:オリンピック競技中の動画・写真等を除けば、選手の肖像にかかる権利というのは、本来選手個人に帰属するものだから、CM利用する会社がきちんと契約を交わしている限り責めを受けるべきいわれはない、と考えることもできるのだが、選手が必死に競技に挑んでいる合間に、プライベートショットのようなCMが流れても拍子抜けするだけなので、個人的には大会期間中くらいは自粛していただいた方がよいのでは、と思っている。
*2:ちなみに、これはいずれも、スキージャンプの葛西紀明選手らの所属企業として有名な土屋ホームの事例である。
*3:そもそも、こういった使い方の場合、これらの名称と商標権行使の前提となる特定の商品、役務との結びつきを認めがたいし、そもそも「オリンピック」の商標権自体、限られた役務の範囲でしか登録されていない(「五輪」は最近広範囲の権利確保を狙った出願がなされたようだが、仮にこのまま登録されたとしても商標的使用でない使用態様にまで権利を及ぼすことはできない。)。
*4:五輪期間中に小売店が“便乗した”セールを行えば、間違いなく、「五輪公式スポンサー」の商品が一番売れる。逆に、誰もが口にする「五輪」というフレーズに独占権を与えたとことろで、それによって何か付随的な効果が生まれるとは到底思えないのである。
*5:JOCをはじめとする一部のアンブッシュ規制派が保護しようとしているものは、もはや「知財」でも何でもないので、ここではあえて「知財保護」という言葉は使わないことにする。
*6:なお、「知財」ですらないレベルの弱い何かを振りかざして、競合他社の行為にプレッシャーをかけにいった場合、単に顰蹙、というだけでなく、独禁法上の問題を生じさせることにもつながり得ることに留意が必要だと思われる。さすがにそこは公取委も忖度してしまうのかもしれないが、個人的には良識ある人々が必要以上の囲い込みから人々を解き放つ役目を果たしてくれることを密かに期待している。