いつも五輪のシーズンになると話題になることが多いのが、「五輪便乗商法はどこまで許されるのか?」という問題である。
そして「TOKYO 2020」という、近くて遠いイベントが国中の話題をさらう事態となってしまったがゆえに、五輪シーズンでもないのに、この話題が浮上することになった。
朝日新聞デジタル版に掲載された記事。
http://digital.asahi.com/articles/OSK201309100014.html?ref=comkiji_txt_end_kjid_OSK201309100014
この記事のなかでは、
「JOCによると、公式スポンサー以外が、パッケージに招致成功と表示した商品を販売したり、「五輪招致おめでとう」とうたったセールを催したりすれば、知的財産権の侵害とみなすという。今のタイミングは「東京2020」「4年に1度の祭典」といったあいまいな文言でも五輪を示すと判断され、「アウト」というのがJOCの主張だ。」
といった、JOCのいつもながらの厳しいスタンスが紹介され、それを支持する弁護士のコメントまで掲載されているのだが、当然ながら、これに対するTwitter等の反応は、知財に比較的詳しい方ほど「おいおい、そりゃないだろう・・・」というものが多い。
冷静にIPDLで商標の登録状況を確認すると、「コミテ アンテルナショナル オリンピック」(IOC国際オリンピック委員会)名義で登録されている商標は、五輪マークや「オリンピック」といったごく限られたものしかないし、「公益財団法人日本オリンピック委員会」名義で登録されているものも、JAPANの入った五輪エンブレムのデザインと、「がんばれ!ニッポン!」といった限られたものだけ*1。
もちろん、商標以外にも「知的財産」としての保護を受けるオリンピック関連アイテムはたくさんあり、JOCのサイト上の「オリンピック等の知的財産の保護について」という気合の入ったアナウンスページ(http://www.joc.or.jp/about/marketing/noambush.html)上で、「主なオリンピックの知的財産」として紹介されている、
「JOCのマーク・エンブレム、オリンピックシンボル(五輪のマーク)各オリンピック大会のエンブレム・マーク・マスコット・ピクトグラム、大会名称、各オリンピック大会の静止画・動画・音声・楽曲・メダル、聖火、ポスター 等」
といったものであれば、商標権だけでなく、著作権等による幅広い保護が受けられる、といってもそんなに違和感はない*2。
だが、朝日新聞の記事で挙げられているような、「4年に一度の祭典」とか「おめでとう東京」といった、「五輪」も「オリンピック」も、「オリンピックマーク」も含まないフレーズについてまで規制を及ぼす・・・という話になると、とたんに訳が分からなくなってくる。
おそらく、JOCの理屈でいえば、これらもオリンピックの「イメージ」であり、「知的財産」として守るべきもの、ということになるのだろうが、我が国において「イメージ」そのものを正面から保護する、という法制度はありそうでないものだから、
「オリンピック等に関する知的財産・オリンピックのイメージ等の無断使用・不正使用ないし流用は法的にも罰せられます。」
という曖昧な書かれ方をしていることに対して、不信感を抱く人は決して少なくないのではないだろうか。
特に“フリーライド”こそが、文化を発展させ、表現と人々の精神世界を豊かにしてきた、という歴史を踏まえる立場にたつならば、今のJOCの姿勢は、“知的財産”というマジックワードを駆使して、法で認められた範囲を超えた“言葉狩り”“表現狩り”を行おうとするもの、として、批判の対象とするにふさわしいものというべきなのかもしれない。
ただ、個人的には、「商標法、著作権法等で明確に規制されていないからフリーライドしてもいいんだ」と言ってしまうのは、少し行きすぎだと思うし、特に、利用する側が自らの商売に第三者の素材を利用するような場合には、競争法的視点から、その妥当性は厳しく吟味されるべきだと思っている。
最高裁がNFLグッズの商品化に関して判示したように(最三小判昭和59年5月29日)*3、
「不正競争防止法一条一項一号又は二号所定の他人には、特定の表示に関する商品化契約によつて結束した同表示の使用許諾者、使用権者及び再使用権者のグループのように、同表示の持つ出所識別機能、品質保証機能及び顧客吸引力を保護発展させるという共通の目的のもとに結束しているものと評価することのできるようなグループも含まれるものと解するのが相当であり、また、右各号所定の混同を生ぜしめる行為には、周知の他人の商品表示又は営業表示と同一又は類似のものを使用する者が、自己と右他人とを同一の商品主体又は営業主体と誤信させる行為のみならず、自己と右他人との間に同一の商品化事業を営むグループに属する関係が存するものと誤信させる行為をも包含し、混同を生ぜしめる行為というためには両者間に競争関係があることを要しないと解するのが相当である。」
不正競争防止法上の周知表示に関する混同惹起行為に係る保護範囲は広く解されているし、様々なマーケティングプログラム(http://www.joc.or.jp/about/marketing/program.html)を用意し、これらに参加した企業等からのライセンスフィーが活動の大きな基盤となっているJOCにとって、「あたかも何らかのスポンサープログラムに参加しているかのように見える」宣伝等を、あちこちで勝手に展開されることが好ましいことではない、というのは言うまでもあるまい。
もちろん、不正競争防止法が適用される前提としては、何らかの「表示」が必要なわけで、オリンピックマークや「オリンピック」といった周知性、著名性が明らかな表示が使われているわけではない、単なる“イメージ便乗”行為に対して、ダイレクトに法が適用できるわけではないのだが、最後の切り札として“一般不法行為”というジョーカーが残っていることなども併せて考えると*4、「五輪スポンサーと誤認されるような派手なイメージ商法を展開している事業者に対して、JOCが何らかの「申し入れ」をすることくらいは、許容されても良いのではないか、と思うところである。
現実には、JOCにしても、まもなく立ち上がる五輪の組織委員会にしても、「オリンピック」イメージの保護に全精力を傾けるほどの組織的余力があるとは到底思えず、HPや新聞取材等でマジックワードを駆使した“注意喚起”をするか、せいぜい、目立ったところに“一罰百戒”的な警告を打つくらいしか手立てはないんじゃないか、と思われるし、「権利者」自身のスタンスがそのようなものにとどまっている中で、パロディ的な利用も含めた多様な“便乗表現”を潰す方向で世の中が動いていってしまうのは好ましいこととは言えない*5。
ゆえに、“行きすぎ”を戒めるために、反対側からの世の中に向けたアプローチもある程度は必要だとは思うが、JOCの言っていることが、全て法的に「正しい」ことではない、というのと同様に、「イメージの保護」を前面に掲げるJOCの姿勢が全て法的に「間違っている」というわけでもない、というのが自分の印象だけに、ネット上で飛び交っている「間違っている」という断言調の言説は、少し注意して眺めた方が良いのではないか・・・と思った次第である。
*1:そもそも、これらの登録商標にしても、例えば「オリンピック」という言葉を宣伝のキャッチコピーの中に使っているだけ、といったような使用態様であれば、商標的使用に当たらない、として権利行使できない可能性がある。
*2:もっとも「聖火」あたりは、若干怪しくなってくるのだけれど・・・。
*3:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121047307055.pdf参照
*4:最近の裁判所の運用を見ると、訴訟に持ち込んだときに権利者側に何らかの請求が認められるかどうかは、微妙だが・・・。
*5:知的財産権という権利は、あくまで「私権」であり、具体的な利用場面における整理も、あくまで権利者と利用者との関係においてなされるべきものなのに、権利者と無関係の一般人がSNS等で騒ぎ立てて潰してしまう・・・というケースが年々増えているような気がする。これが“知的財産権教育”の成果だ、と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、それが行きすぎると権利者の思惑を超えた息苦しい世の中になってしまう、ということは、良く肝に銘じておくべきだろう、と思う。