最近の法律雑誌より~法律時報2019年6月号

昨日のエントリーに続いて、法律時報の最新号より。

法律時報 2019年 06 月号 [雑誌]

法律時報 2019年 06 月号 [雑誌]

特集「民事司法のIT化」

何といっても、特集が、この先数年、法曹界のホットイシューになるであろう「民事司法のIT化」というのが、本号の価値を高めている所以。

冒頭の総論的な論稿は、山本和彦・一橋大教授が書かれている(山本和彦「民事司法のIT化の総論的検討-本特集の解題を兼ねて」法律時報91巻6号4頁(2019年))のだが、民事訴訟、民事執行、倒産手続のそれぞれについて、これまでの経緯と現在議論されている課題について一通り解説されたうえで、

「平成前半には、IT化でも世界最先端に近い位置にいた日本は、その後半期にはIT後進国へ転落していった。民事訴訟のIT化の面でも、この間の日本は『失われた15年』と言ってよい時代であった。」(前掲5頁、強調筆者、以下同じ。)
「民事司法全体でみても、平成時代の前半は『改革の時代』であったのに対し、平成時代後半は『停滞の時代』であったと言って過言ではない。」(9頁)

と厳しい指摘を行い、さらに、

IT化に受け身で対応するのではなく、IT化を契機として民事司法の改革を積極的に図っていく『攻めのIT化』が重要になると思われる。その意味で、ポスト平成の新時代の民事司法は、再び『改革の時代』へ移行する可能性が高いように思われる。」(9頁)

と、今進められている「改革」への強い期待を表明されているのが非常に印象的である。

また、各論についても、オンラインでの訴状提出や事件管理(杉山悦子・一橋大教授)、口頭弁論期日、争点証拠整理期日のあり方(笠井正俊・京大教授)、民事執行手続(内田義厚・早大教授)、倒産手続(杉本純子・日大教授)、ADR(山田文・京大教授)とそれぞれ読み応えのある論稿が掲載されているのだが、個人的には、「本人訴訟」をテーマにした垣内教授の論稿(垣内秀介「本人訴訟におけるIT化の課題と解決の方向」法律時報91巻6号23頁(2019年))における「アクセス後退の問題」を回避するための2通りの方向性に関する議論*1が、現状の関係者の問題意識をストレートに反映していて、議論の素材として有益だと思った次第。

町村教授の論稿(町村泰貴「民事裁判におけるAIの活用」法律時報91巻6号48頁(2019年))も、最新のトレンドをフォローされている上に、次に紹介する「小特集」のテーマとも関連していて興味深かった。

自分の率直な感想としては、対象が「民事司法制度」という国民共通のプラットフォームである以上、あまり野心的になって「今の技術でできること」を全て突っ込む必要はなく、大多数の関係者が無難に使いこなせるツールを段階的に導入する、という形で収めるのが一番合理的なやり方ではないかと思っているのだけど*2、一部のADR機関で最先端の技術を駆使した「実験」をやってみる、というのはそれはそれで意義のあることなのかもしれないな、と思っているところである。

小特集 先端技術のガバナンス法制をめぐる国内外の動向

こちらも、今はやりの「AI・ロボット」といった先端技術を念頭に置いた企画で、非常に読みごたえはある。

特に、慶応大学の大屋教授が書かれた論稿(大屋雄裕「技術の統制、統制の技術」法律時報91巻6号58頁(2019年))では、先端技術を統制するための法的な枠組みについて、「適切な権利保障と責任分配の枠組」という根源に遡って議論が展開されており、

人工知能技術は予見可能性・結果回避可能性の両面から過失責任主義の実効性に関する危機をもたらすと予想することができる。」(前掲・60頁)

といった指摘がなされたうえで、同時に「過剰規制の罠」として、「技術進化の抑制」や「規制に実効性を持たせるためのコスト」、さらに「萎縮効果」といったポイントが指摘され、「規制のあり方」について論じられた上で、最後は、

「本稿で検討したような適切な統制のあり方に対して国民の信任が与えられるようなプロセスが、新技術に関する規制の、あるいはもっとも重要な要素かもしれないということのみである。」(前掲63頁)

とまとめられており、考えさせられるところは非常に多い。

各論でも、リーチサイト問題について刑法的見地から具体的に議論されている論稿(深町晋也「インターネットにおけるリンク設定行為の刑法的課題-特にリーチサイト規制をめぐる解釈論的・立法論的検討を通じて」法律時報91巻6号64頁(2019年))もあれば、EUの横断的な規制動向を紹介する論稿(寺田麻佑「欧州(EU)における先端技術をめぐる規制の動向と日本への示唆」法律時報91巻6号77頁(2019年))も掲載されているなど、興味を引かれる内容になっている。

テーマがあまりに大きすぎて、具体的に煮詰まってくるのはまだまだこれから、という感も強い分野ではあるが、今いろいろと語られている技術そのものの「具体化」のスピードに合わせて追いかけていければ、と思っている。

「法律時報」らしいいくつかの論稿と、次号予告。

なお、特集以外にもいろいろ興味深い記事は多いのであるが、特に「法律時報」らしいな、と思ったのが、「代替わり儀式」を「違憲のデパート」と評した横田名誉教授の論稿(横田耕一「憲法精査不在の天皇代替わり」法律時報91巻6号1頁(2019年))と、死刑制度を「廃止」論ではなく「違憲」論として論じている阪口教授の論稿(阪口正二郎「死刑における手続保障の重要性」法律時報91巻6号98頁(2019年))である*3

また、最終ページ(168頁)に掲載されている次号予告で、特集が「AIがもたらす知的財産法の変容と未来」となっているのも気になっていて、これは1か月先までのお楽しみかな、と。

以上、盛りだくさんだった今月の法律雑誌特集は、これにて終了。
来月もこの企画を続けられることを願って・・・。

*1:なお、垣内教授は、「本人訴訟に関する限り、従来の紙媒体をベースとした取扱いを全面的に維持する」、「オンライン提出等を本人訴訟においても義務化し、紙媒体から電子媒体への一本化を図る」という極端な2つの選択肢をもとに議論されているのだが(前掲27~28頁)、現実には、「IT化」された手続の方が馴染みやすい「本人」というのも今後出てくるだろうから、「IT化の『例外』を認めるかどうか」という形で論じた方が建設的な議論がしやすいのではないか、と思うところである。

*2:模擬裁判等を見ておられる方々の話を聞いても、よりその思いを強くする。

*3:専門外の分野なので、詳しく解説することはできないのだけれど、こういう論稿が読めるのがこの雑誌の良いところだと自分は思っているので、紹介せずにはいられない。

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