ここ数カ月、「法律雑誌」紹介のエントリーをシリーズ化しつつあるのだが、今月の『法律時報』は、単発でも間違いなく取り上げていただろう。
最近のトレンドを踏まえた特集と、そこに掲載された珠玉の論稿。
読者の方には、自分の拙いエントリーを読む前にさっさと取り寄せて目を通していただくことをお薦めしたいところではあるのだが、自分なりの備忘も兼ねて、以下、掲載各論稿を(自分の主観で)整理分類するとともに、若干のコメントも添えておくことにしたい。
- 出版社/メーカー: 日本評論社
- 発売日: 2019/06/27
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特集 AIがもたらす知的財産法の変容と未来
「AI」が至るところでBuzzられるワードになって久しいし、法律雑誌の世界でもこの単語を使った記事が必ずどこかに入ってくる、というのが最近の傾向ではある。
ただ、取り上げられる記事のスペースの制約等もあって、多くの場合、既存の法体系、法解釈との対比の中で最近の潮流をどう位置付け、今後の政策議論に生かしていくのか、という点について網羅的に取り上げられる機会は必ずしも多くなかったように思うところで、そんな中、中山信弘名誉教授の巻頭言に始まり、ボリュームのある一線級の実務者・研究者の論稿6本を一挙に掲載したこの特集の意義は非常に大きいと思っている。
特に、昨今、安易な「スキーム抜本的変革」論も跋扈している中、いずれの論稿においても、
「新しい法律を作ることは、ベルヌ条約やパリ条約上の規制もあり、容易ではなく、またその基本的構想すら見えていないのが実情である。少なくとも現在は、法改正を視野に入れつつも、既存の法律の解釈でしのぐしかないことになる。」(中山信弘「企画趣旨」法律時報91巻8号8頁、強調筆者、以下同じ。)
という現実的な視座の下、既存の知財法体系の解釈運用による対応の可能性と、その限界を踏まえた更なる立法の当否(及び立法にあたっての課題)が丁寧に論じられているところが、〝読み応え”につながっているのではないかと思うところである。
■特許法による保護の観点から
主にAI関連技術と特許法との関係について論じているのが、以下の2本の論文である。
・寺本振透=濱野敏彦「深層学習を応用した技術に関する特許の記載要件からみた脆弱性」法律時報91巻8号16頁
・平嶋竜太「『いわゆるAI』関連技術の特許法による保護と課題」法律時報91巻8号41頁
寺本=濱野論文では、「深層学習(ディープラーニング)」の特徴を説明しつつ、「深層学習と似た特徴を有する官能試験を利用した発明に関する特許」の無効審判審決、取消訴訟判決とも比較しながら、「深層学習応用技術」が明確性要件、実施可能要件、サポート要件といった特許の記載要件を満たせるかどうか、が掘り下げて検討されているのに対し、平嶋論文では、「AI関連技術」のうち「機械学習及び深層学習を基礎とした技術」を対象に、「発明」該当性から記載要件まで、もう少し広めに検討した上で、将来的な保護の当否にまで言及して論じられているのが特徴的である。
深層学習関連技術の特許の記載要件に関して言えば、「サポート要件を充足するためには、どこまでの情報開示をするべきかの判断が容易ではない」(寺本=濱野19頁、平嶋47~48頁の指摘も同旨と思われる)「多様な変動要素を包含していることから、これらの要素について十分な開示がなされていない限り、たとえ『当業者』に相当しうる者でも、特許発明の内容について再現しえない可能性が高まる」(平嶋49頁、プログラムの精度に影響を与える要因が多いことについては、寺本=濱野18、19頁にも指摘あり)といった点が共通の問題意識として指摘されており、「ルールベースのソフトウェア関連発明に比べてより詳細な記載が要請される方向に解さざるをえないと考えられる」(平嶋48頁)結果、これらの技術が既存の特許制度の恩恵を完全な形で享受することは難しい、という点で、いずれの論稿も一致しているように思われる。
また、そのような状況を踏まえてどこまで保護を強化するか、という点についても、「特許を付与することによる産業の発達への寄与と、第三者による利用との間のバランス」(寺本=濱野23頁)や、「特許法による保護との関連性を常に考慮した上で」議論すべき(平嶋49頁)、という常識的なところに落ち着いており、これらの結論に関しても違和感はない。
個人的には、平嶋教授が、「今後のAI関連技術の進化に伴って、既存の特許法の枠組みは、その技術発展に対して寄与しうるのか、あるいは特許制度全体の役割を見直す必要が生じるのか、といった議論を要する時機が近付いているのかもしれない」(平嶋49頁)という問題提起をされた上で、論稿の最後に以下のようなコメントを残されていたのが(脚注も含めて)非常に興味深かった*1。
「技術とは自然科学上の知見を基盤にしか成り立ちえないのであるから、人間の脳に関する人類の知見が未だ限定的である現状で、(人間の精神活動の一部の技術による代替性を前提とした議論はともかく)過度にsingularity(注60)を意識した議論に終始することには、「頭(脳)の体操」やファンタジー以上の大きな意義をみいだせない。技術の現状と動向を直視した議論が重要なのである。」(平嶋49頁)
「注60 極めて偏った見解であろうが、仮にもsingularityに相当する現象が起こるとしたら、AIそのものの進化よりも、人間が本来備えうるはずの感性や直感に代表される非常に高度な精神的能力が(情報機器等への過度の依存状態の継続によって)「退化」することをトリガーとして生じる方にリアリティがあるように思われる。」
■著作権法、標識保護法等による保護の観点から
主にAIをめぐる著作権法上の課題について論じているのは、以下の2本の論文である。
・上野達弘「人工知能と機械学習をめぐる著作権法上の課題-日本とヨーロッパにおける近時の動向」法律時報91巻8号33頁
・横山久芳「AIに関する著作権法・特許法上の問題」法律時報91巻8号50頁
上野論文が、AIによる自動生成物から機械学習に関する論点まで「著作権法上の問題」に絞って議論を展開されているのに対し、横山論文はもっぱら「AI生成物」に絞って侵害場面まで想定した検討(依拠性の問題や侵害主体論等)を行ったり、特許法にまで言及した議論を展開されている点に特徴がある。
ここでも、AIが自律的に生成した物に関して、「コンピュータが人間でない以上、著作権法上の『思想又は感情』がなく、著作物に当たらない」(上野35頁)ということを前提にしている、という点においては、両論文で大きな隔たりはないように見受けられる。
その上で、上野教授の論文ではAI生成物に「人間が関与」している場合の諸論点に言及されているところが特徴的だし*2、横山論文では、「AIによる情報創作の奨励」という観点から立法論の検討に踏み込んだうえで、「AI生成物の法的保護について議論する場合も、まずは、AIの技術動向や運用の状況を注視し、法的保護がなければ、価値ある生成物が十分に制作されない状況があるかを慎重に検討すべき」(横山51頁)という問題意識が示されていたり、保護手段として「著作隣接権等の投資保護を直接の目的とした法制度」や標識法的な保護に加えて、「価値あるAI生成物の商品化を促すという見地からは、・・・生成物の持つ顧客誘引力(パブリシティ価値)自体に着目した保護の仕組みを講じることも検討に値しよう」(横山52頁)という考え方が示されている点が注目に値する*3。
また、いずれの論稿でも「僭称コンテンツ問題」(AI生成物が保護されないと、AI生成物を人の創作物と僭称する者が増えてくる、という指摘)について言及されているのだが(上野37頁、横山51頁脚注12)、この点に関しては「人の創作物であること」の立証を要件として課す限り、僭称者が当然に保護を受けられるわけではない、という横山教授の指摘と、「大量のAI生成物が社会に流布するようになれば、人の創作物の立証が求められる場面が増えていくことになろう」というコメントが印象的であった(横山51頁脚注12)*4。
なお、他の論点に関しても、それぞれの論稿は「AIに関連して論じられている問題」を、これまでの著作権法、特許法等の考え方に当てはめて的確にまとめておられ、浮ついた議論で疲れた頭を整理するにはベストな論稿になっている*5ので、実際に目を通していただくのが一番だと思うのだが、上野教授が「機械学習」に関連して書かれた平成30年改正著作権法に対する大賛辞については、上野教授を含む関係者のこれまでのご尽力への敬意も込めて、ここに引用させていただくこととしたい*6。
「日本法30条の4第2号は、情報解析自体が営利目的で行われる場合であっても明示的に適用される点、たとえ権利者が明示的に権利を留保しても適用される点、コンピュータを用いない情報解析にも適用される点(略)、複製のみならずあらゆる利用行為が許容され得る点において、やはり非常に広範な権利制限規定と言える。賛否両論あり得るところではあるが、わが国の規定は機械学習の発展にとって非常に有用であり、日本は『機械学習パラダイス』と呼ぶに相応しいのである。」
「本問題に関する議論は国際的にもわが国が一歩先を行っており、特に情報解析に関する権利制限規定は注目されるべきものと言える。したがって、これは日本法学からの国際的発信に適したテーマの一つである。」(以上、上野40頁)
■営業秘密、限定提供データとしての保護の観点から
権利付与法の世界から離れ、「人工知能に特有の知的成果物(学習用データ、学習方法及び学習成果)」の不正競争防止法の下での保護の可能性と限界について検討されているのが、以下の論文である。
・奥邨弘司「人工知能に特有の知的成果物の営業秘密・限定提供データ該当性」法律時報91巻8号24頁
こちらも著作権法同様、まだ改正されてから日が浅く、実務の世界でも様々な???が飛び交っている状況だけに*7、踏み込んだ解釈を示すのはなかなか勇気のいる場面ではあると思うのだが、この論稿では、「営業秘密」としての保護と「限定提供データ」としての保護の違いについて、不正競争防止法上の要件を丁寧に分析しながら非常にロジカルな解説がなされており、参照論文としての価値も高いのではないかと思われる。
冒頭で述べられている「人工知能に係る知的成果物を、営業秘密や限定提供データとして保護することの利点は、技術中立的な点であろう」(奥邨24頁)という点は、自分もまさにその通りだと思うし、29頁以降に書かれている「具体的当てはめ」の結論にも特段違和感を抱くことはなかったのが、興味深かったのは、営業秘密の3要件の中の「秘密管理性」についての考え方のくだりである。
「なお、従来あまり言われてこなかったが、『秘密として管理されている』ことが求められている以上、当然、管理される対象は秘密でなければならないと考えるのが本稿の立場である。秘密でない情報をいかに厳重に管理しても、秘密管理性は認められない。」(奥邨27頁)
確かに、字義通り解釈すればこのような理屈になるのだろうが、奥邨教授ご自身がこの論文の脚注(脚注21)で引用されているとおり、これまでのオフィシャルな3要件の考え方は、「管理」されているかどうか、という話と、「非公知性」「有用性」の話を、別個に独立したものとして考える、というものの方が多かったようにも思う。
奥邨教授が上記のような「秘密管理性」の定義を強調する背景には、「非秘密管理性」が「限定提供データ」の保護要件の一つとなっており、「秘密管理(性)」を独立した要件として捉えてしまうことで営業秘密保護と限定提供データ保護との間で「保護の間隙」が生じることを防ぎたい*8、という事情もあると思われるのだが、この点については本稿において随所で引用されている田村教授の論文等も参照しつつ、自分でももう少し勉強してみたい*9。
- 作者: 高林龍,三村量一,上野達弘
- 出版社/メーカー: 日本評論社
- 発売日: 2018/12/28
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■実務的、政策論的な観点から
最後にご紹介するのは、元ヤフーの別所直哉氏が「実務的側面からみたAIのもたらす知的財産権へのインパクトについての私見」として書かれた論稿である。
・別所直哉「実務から見たAIがもたらす知的財産法へのインパクトと課題」法律時報91巻8号9頁
本エントリーの構成の都合上、一番後ろでのご紹介となってしまったが、雑誌の中では「企画趣旨」の次に置かれていることからも分かるように、非常に包括的、かつ大局的な見地から書かれている論稿であり、今回の特集の中でも真っ先に目を通すべきものではないかと思うところである。
特に、なるほどと感じさせられたのは、「AI」のインパクトを論じるにあたって「現時点ではむしろ周辺技術に着目すべき点は多いのではないか」(別所9頁)と述べられ、計算モデルやアルゴリズムそのものではなく、「半導体、新型コンピュータの開発」という側面や「データセンターの設計」「ネットワーク技術」といったところに着目されているところで、そこから「AI実装を見据えた足回りの強化にこそ産業力や法改正の努力を向けることが必要なのではないか」(別所15頁)という結論にまでつなげているくだり。
以下で引用するような、現在のAI技術に対する冷静な見方が背景にあった上でのコメントだと思われるが、浮ついた言説が飛び交う今の世相を踏まえると、実に冷静で、実務者の心にも響く内容だと思う。
「現在の技術水準ではAIが自ら自律的に意思決定を行うまでには至っていない。」
「現状の技術に照らすと過剰にAIの能力を評価しているのではないかと考える。AIも技術に過ぎず、どのように使っていくのかという責任は人が担っていることを忘れてはならない。」(以上、別所14頁)
また、法改正のスタンスに関する以下のコメントも非常に印象的である。
「本来、法律の策定には立法事実が必要であり、その立法事実に照らして規範を創り上げるものである。しかしながら技術進歩のスピードが早く、技術が法律に先んじて社会に実装されてしまうようになると、十分な立法事実の検討を待たずに規範を設計せざるを得ないケースも生じてきている。その結果、新しい法律を制定した時点では、果たして新しい法律の枠組が機能するかどうかを予見できないものが登場してきているということである。」(別所12~13頁)
別所氏はこれに続いて、仮想通貨や民泊、匿名加工情報の例などを挙げた上で、「制定当時に予見することが困難な事象が発生したからといって、これらの法律制定に落ち度があったというような評価を出してしまうのは時期尚早である」と述べ、むしろ「いかに現状に照らして修正を重ねていくことが重要であるか」ということを力説されている(別所13頁)。
この点に関し、自分は、今議論されているレベル(別所氏以外の論稿で取り上げられているレベル)の「AI関連技術や生成物」に関しては、「既存の権利付与型知的財産法の保護が及ばない」ことをむしろ奇貨として、一定の悪質な行為を除き、自由な利用を認めることによる創造サイクルを活かした方が良い、と思っている(したがって、あえて「立法」によって保護を拡大し、社会に新たなハレーションをもたらすのは得策ではない、という結論になる)し、別所氏ご自身も、上記のコメントに続けて、
「タイムリーな法規範の創造が必要であるからといって、立法事実がマチュアでない状況で新しい規範を創り出すことが難しいことは忘れてはならない。また不断の見直しを重ねていく立法コストも考慮しなければならない。」(別所13頁)
と述べられている。
ただ、昨今の法改正の動きの中には、「実務ニーズ」を出発点としない、「上からの」(あるいは「〝ロビイスト集団”の自己満足のための」)ものも決して少なくないように思われるだけに、いざ法改正の動きが始まった時にどういうアプローチで臨むべきか、という観点からは、「不断の修正を重ねる」ことを念頭に置いた先述の考え方が非常に参考となるのではないだろうか。
そして、今回の特集における他の論稿での立法論に一通り目を通したうえで、この別所氏の論稿に再び立ち返ると、今後の道筋がよりリアルに想像できるのではないか、と自分は思っている。
その他の連載記事等
以上、特集の紹介があまりに長くなってしまったので詳細は割愛するが、今号で印象に残った記事を淡々と記すなら、西上治「データ保護法上の監督機関の独立性と民主的正統性」法律時報91巻8号88頁、西田理英「死刑制度に関する憲法論を再考する意味‐政策論から法律論へ」法律時報91巻8号104頁、白取祐司「証拠開示」法律時報91巻8号110頁、青柳由香「EU加盟国の税制上の優遇措置に対するEU国家補助規制の適用」法律時報91巻8号116頁、といったあたり。
そもそも自分には「詳細」なコメントまでできる能力がない、というテーマの論稿ももちろん含まれているのだが、分からないなりにも思考する契機、この分野をもう少し勉強してみたい、と思わせてくれるきっかけを与えてくれる論稿、ということで、ご紹介させていただく次第である。
なお、次号予告の特集は「平成の法学」。これまた知的な異種格闘技戦を垣間見ることができることを楽しみに、1か月待つこととしたい。
*1:自分も平嶋論文の脚注60とほとんど同じ意見なのだが、こういう形であっても結果的に「singularity」状態になってしまったらどうなるんだろうな・・・?というのは悩ましい問題である(これまでと同等の「高度な精神的能力」を有している人々を基準に現在の法体系を維持するのか、それとも…といった点で)。
*2:たとえば「偶然性」との関係で、人間のいかなる行為を「創作的表現」と評価できるかという問題等(上野35~36頁)。
*3:なお、横山教授は発明の保護価値が「課題解決手段としての進歩性」にある、ととらえた上で、AIによる発明に関しては特許法による保護の可能性を広く認める見解も示されている(横山52頁)。
*4:なお、「僭称」がもっとも問題になるのは、侵害場面(AIが自動的に生成した著作物を自己の創作した著作物と主張し、同一、類似の著作物の利用行為を差止め用とする者が出てきた場合等)だと思われるが、同じAIを使えば誰がやっても同じ生成物ができる、というような場合であれば、依拠性のところでも請求を退けられるのではないかと思うので、実務的にどこまで問題になり得るのか?、という点に関しては自分は懐疑的である。
*5:結局のところ、現在の「AI」をめぐる問題は、横山教授が「5 最後に」の章で書かれている整理(横山56頁)に尽きると思うのである。
*6:ちなみに中山信弘名誉教授も巻頭言で「この改正で、コンピュータの利用に関する限りは、フェアユース規定が設けられたのと類似の状況になったと言うことができよう。」(中山8頁)とまで断言されている。
*7:この後に紹介する別所直哉氏の論稿でもそのような状況に言及されている(別所12頁)。
*8:奥邨30頁では、学習用のビッグ・データについて営業秘密としての保護を受けるための秘密管理を行っていたところ、結局、非公知性が認められなかった、という場合が例に挙げられている。
*9:ちなみにこの特集の15頁あたりに日本評論社が毎年発行している「年報知的財産法2018-2019」の広告が掲載されているのだが、奥邨教授の論稿は、結果的に同書の購入意欲を著しく刺激する(笑)ものとなっており、自分も早速発注してしまったので、念のため、このエントリーにも一応Amazonへのリンクを入れておくことにする。