最近の法律雑誌より~2019年8月号(法律時報、ジュリスト)

昨日、ジュリストのHOT issueの紹介だけで一エントリーを立ててしまったところでもあるので、恒例のこちらの企画の方は、2誌まとめる形にさせていただいた。
とはいえ、今月も興味深い記事が多く(特に法律時報)、本格的な夏が始まり、仕事も少し落ち着いた頃にじっくり読んでみるにはちょうど良いのではないか、と思った次第である。

法律時報91巻9号(2019年8月号)

■特集 平成の法学

何といっても迫力満点なのは、基本六法を中心に「平成」30年間の学会動向を回顧したこの特集だろう。
憲法に関しては、そもそも”元号”というくくりで学会を回顧することが忌避された感はあるが、それでも蟻川教授が平成の世に顕在化した「天皇」の位置づけについて興味深い論文を書かれているし(蟻川恒正「天皇憲法解釈」法律時報91巻9号9頁(2019年))、その他の法領域に関しては、平成初期から最近に至るまでの大きな流れがコンパクトにまとめられていて*1、いろいろ考えさせられるところも多い。

議論の主流が、理念的・体系的見地からの議論から個別の場面における解釈論、利益衡量論に移っていった、と評価されている分野(行政法刑事訴訟法)もあれば、逆の傾向が指摘されている分野(民事訴訟法)もある。そして、そういった動きに「法科大学院」と「新司法試験」いう新しいインパクトが大なり小なり影響を与えている、というのは、少なくとも後半20年くらいの各分野の「教科書」の”変貌”を身に染みて感じている世代としては、いろいろと腑に落ちる中身であった。

個人的に一番面白かったのは、この30年の間に、急激に「立法論」への進出が試みられた民法会社法の見事なまでのコントラストだろうか。

「『第三の法制改革期』の当初においては、民法学者の任務の中心が解釈論から立法論に移るのではないかという見通しも示されており、実際、特に債権法改正に際しては、民法学者が立法論に注力することとなった。しかし結局のところ、『学問的理由による改正』は拒絶され、『革新よりも現状維持を』という結果に終わった、というのが、法制審議会で債権法改正に関与した民法学者の評価となっている。」(阿部裕介「『第三の法制改革期』の民法学」25頁、強調筆者、以下同じ。)*2

「政策的提言への需要が高い中で、統計的手法による数値化やモデルを用いた行動予測などのインパクトが強い分析は立法論的主張と捉えやすいものの、制度や環境と法規定との間の矛盾や相補関係を指摘するこうした作業は、実際には非常に慎重な解釈論と位置付けるべきものであろう。こうした作業を通じて、会社法社会学的傾向を帯びることとなり、基幹科目としての講学上の難しさを生むとともに、会社法の解釈に含まれる価値判断の質については、隣接分野であるはずの『民法学』とのスタンスの差が開いているとも評されるようになってきた。」(松井智予「平成年間の会社法33~34頁)*3

「実務」との距離感とか、「学者の本分は何か」という話とかと絡んで、どちらの方向性が良いか悪いか、という評価をできるるような事柄ではないと思うのだけれど、法改正のたびに実務サイドの利害関係者の対立が先鋭化するような分野も多いだけに、比較法的観点も含めて「学問的見地からはどうなのか」ということを中立的に語ることができる(はずの)法学者の存在意義はこれからより高まっていく(べきだ)と自分は思っていて、その意味で、まだまだこれからですよ、というのが、民法の世界の先生方に向けたコメントになるだろうか*4

なお、メンバー的に民法にフォーカスされた中身とはなるが、学部教育からロースクールでの教育、さらに研究者養成に向けた思いまで、「変化の過程」を振り返る座談会(中田裕康=松岡久和=小粥太郎=鎌田薫[司会]「平成の法学教育-民法分野を中心として」法律時報91巻9号76頁(2019年))も、実に読み応えのある内容なので、ここでお勧めしておきたい。

■その他の記事より

その他の記事の中で、読み物として一番面白かったのは、米国の公設刑事弁護人事務所で常勤スタッフとして働いている時に、「海外でも国民審査を!」と違憲訴訟を提起した弁護士さんの話(谷口太規「在外国民審査権違憲判決の来歴-東京地裁2019年5月28日判決」法律時報91巻9号4頁(2019年))。

フェイスブックの書き込みから原告団弁護団が結成される、というのがいかにも現代的ではあるのだが、「人々が暮らしの中で違和感を感じた時、何か不正義に出会った時、それについて声を上げる際の方法論として、司法の場はもっと使われるべきだと思う。」(6頁)というフレーズは自分にもよく響く。

続いて、最高裁調査官解説を読むときの興味深さが増すのが、千葉勝美=上田健介=片桐直人=木下昌彦=堀口悟郎「[座談会]千葉勝美・元最高裁判事との対話」法律時報91巻9号96頁(2019年)。座談会ではもっぱら憲法判例を中心に話が展開されているが、これに続いて千葉元最高裁判事自身が調査官解説の役割を簡潔にまとめた論稿も書かれている(千葉勝美「憲法判例と学説との実りある対話のために-調査官解説の役割等」法律時報91巻9号116頁(2019年))ので、合わせて読むと理解が深まると思われる。

また、最近ホットイシューになっている「競争法の『個人情報保護』分野への進出」に関連して、ドイツ連邦カルテル庁が本年2月6日にフェイスブックに対して行った決定の内容を、舟田正之「ドイツ・フェイスブック競争法違反事件-濫用規制と憲法民法法律時報91巻9号156頁(2019年)が詳細に解説している。

元々、競争法の規制類型も、データ保護法の位置づけも日本とは大きく異なる状況で出された決定だけに、舟田名誉教授ご自身も「直接参考となるものではないという見方もあり得よう」(161頁)と最後に書かれているように、これをそのまま持ってくる、という話にはならないだろうと思う一方で、「しかし、独禁法における優越的地位の濫用は、ドイツGWB上の搾取濫用と共通する性格を有する。優越的地位の濫用の要件である、「不当に」、「取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し・・・」の解釈において、個人情報保護法民法憲法の法目的ないし保護法益の共通性・関連性を考慮する可能性もあるように思われる。」(161頁)といったコメントの当たりが昨今の当局の動きにもつながっているような気がして、まだまだ目が離せない分野だな、と感じたところである。

ジュリスト1535号(2019年8月号)

さて、一方のジュリスト。

ジュリスト 2019年 08 月号 [雑誌]

ジュリスト 2019年 08 月号 [雑誌]

特集は「国際商事仲裁・調停の展望」ということで、道垣内正人・早大教授が冒頭の言を書かれ、法務省の松井信憲国際課長から古田啓昌弁護士まで、これまで仲裁・調停にかかわってこられた方々が、それぞれの立場で論稿を載せられている。

この話題自体は、去年の暮れくらいからあちこちで接していたし、1月のオードリー・シェパードLCIA議長の基調講演まで聞きに行ったりもしたので、全く関心がないわけではないのだが、やっぱりこの話、何度目にしても「そもそも何で『日本で』(国際)仲裁を活発化させないといけないのか?」という感想しか出てこない。

手続言語が英語、仲裁人も海外から連れてくる形にして「国際標準」を強調するのであれば、それを日本以外の国でやったところで当事者の負担は大差ないわけで、それなら既に成熟した仲裁法廷が存在するシンガポールや香港を使った方がはるかに安心感がある。あるいは、日本企業間の紛争解決を仲裁に誘導したい*5、という意図もあるのかもしれないが、日本の裁判所が今そこまでパンクしかかっているのか?といえば、そうでもないように思うわけで、あえてここで「仲裁」をフィーチャーする意味がますます分からなくなる。

そもそも、裁判だろうが仲裁だろうが、企業同士のビジネス紛争の解決を自分たちではコントロールできない「第三者」に委ねざるを得なくなった時点で、ビジネスの現場の人間としては「負け」なわけで*6、それがこの分野の話にどうも力が入らない最大の原因のような気もしている*7

まぁ、「日本でオリンピックが開かれるのは良いことだ」と信じて疑わない人と、「競技会はそれぞれの競技にとってベストの場所でやるのが一番いいんじゃない?」と引いてしまう自分のような人間が、どこまで行ってもお互い分かり合えないのと同じなのかもしれないけれど・・・。

また、毎回興味深いテーマが多い「連載・新時代の弁護士倫理」も、今回は「共同事務所」に関する規律の検討、ということで、そこまで興味が惹かれるものではなかった*8

知財関係の論稿

ということで、ネガティブなところから始まってしまったが、「連載 知的財産法とビジネスの種」は今月も期待にたがわずで、平林弁護士の論稿が非常に面白かった(林健吾「これだけはやっておきたい、スタートアップに必須の知財対応5つ」ジュリスト1535号62頁)。

「どんなスタートアップにも必ず役立つ知財対応」として要領よくまとめられた説明の内容が非常に有益、というのもさることながら、例えば「商標権とドメイン」の話の中で、

「費用対効果の面から考えると『楽天』のように、覚えやすい造語が最適だ。『メルカリ』といった馴染みのない古語や外国語もよいかもしれない。『LINE』のような身近な単語を名称にすると、商標権やドメインの取得で難儀するのでやめておいたほうがよい。」(62頁)

といった、知っている人が読めば思わず笑みがこぼれる(?)ような小ネタを仕込むサービス精神が素晴らしい。

個人的には、アプリを開発した創業者の権利を全て会社に帰属させる、という試みは相応のリスクをはらむよなぁ…と思ったりもするのだが、将来のリスクを未然に防ぐ、という観点からはここに書かれていることを実践するにこしたことはないのであって、ジュリストを日頃読まない読者の方にこそ読んでもらいたい論稿だな、と思った次第である。

また、全く毛色は変わるが、三井大有「新たに始まる知財調停手続について」ジュリスト1535号90頁(2019年)は、本年10月1日運用開始にもかかわらず、自分がこの話を全く知らなかった、ということもあって、真剣に読まざるを得なかった(この手続きをどういう場面で使うことが想定されているのかが、今一つイメージしにくいところではあるのだが・・・)。

なお、「時の判例」では、昨年末の日産元社員による営業秘密不正使用事件の最高裁決定の解説が掲載されている(久禮博一「不正競争防止法(平成27年法律第54号による改正前のもの)21条1項3号にいう『不正の利益を得る目的』があるとされた事例ー最高裁平成30年12月3日第二小法廷決定」ジュリスト1535号96頁(2019年))。
最高裁決定の判旨を眺めているだけだと淡々と読み流してしまう類の事件なのだが、ちょっと下級審判決から読み直してみたい雰囲気もあるので、これはまた後ほど。

■気になる判例

最後に判例解説つながり、ということで、本号に掲載されている他の判例研究の中から気になったものを上げると、「労働判例研究」の野川忍「退職時の特約に基づく守秘義務の意義と義務違反の判断基準-エイシン・フーズ事件(東京地裁平成29年10月25日判決)」ジュリスト1535号120頁(2019年)。

これもちゃんと判決文を読まないと軽々にはコメントできないのだが、野川教授の「契約上の秘密保持義務の対象となる企業秘密に対して不競法上の営業秘密の要件を援用することに対し、上記のとおり知財法研究者には違和感はないようである。」(123頁)の一言に少々ドキリとしたところもあって(そんな知財研究者の先生方の教えを受けた者にも当然違和感はないので・・・)、もう少し自覚的に検討しないとな、と思ったところ*9

また、純粋に事案として興味をひかれたのは、「渉外判例研究」に出てくる楽天野球団の外国人選手との契約交渉破棄をめぐる仙台地裁の判決(岩本学「プロ野球選手契約交渉の破棄に基づく損害賠償請求権の準拠法(仙台地裁平成30年9月26日判決)」ジュリスト1535号128頁(2019年))。当該選手に米国で起こされた訴訟に対応する形で楽天側が地元の裁判所で債務不存在確認を求めた、という事件で、解説によると、そもそも国際裁判管轄について判断しないまま準拠法の判断を「付言」で行って請求認容、というなかなかすごい話になっているのだが、これもまだ判決そのものには接していないので、「この選手誰だろうと思って調べたら、ザック・ラッツ内野手という、とってもマイナーな選手だった」*10ということだけ、ここには書き残しておくことにしたい。

*1:なお、平成の前後を知るちょうど真ん中くらいの世代、ということもあって、自分に近い世代の研究者が執筆陣に多く名を連ねているのも目を引き付けられた理由の一つ、である。

*2:法律時報91巻9号23頁(2019年)

*3:法律時報91巻9号30頁(2019年)

*4:大事なのは、いかなる法改正でもあくまでベースとなるべきは立法事実であって、それを「多面的に」把握した上で学問的な文脈に乗せていくのがあるべき姿だということ。学者の議論が先行しすぎると「債権法改正」の二の舞になるし、一方向からしか立法事実や現実の社会実態を把握していない(ように見える)状況で発言したのでは、ただの”(悪い)ロビイスト”になってしまい、結局存在感を発揮できない、ということになってしまうのではないかと思う。

*5:本号でも垣内教授が紹介されているのだが(垣内秀介「日本商事仲裁協会仲裁規則の改正とその意義」ジュリスト1535号22頁(2019年))、2019年1月施行のJCAA仲裁規則の改正に伴って、日本の裁判所の運用に親和性がある「インタラクティヴ仲裁規則」が制定されており、関係者による説明の際には日本企業間の紛争処理にも活用してほしい、といった趣旨のコメントもあったと記憶している。

*6:中には「仲裁での紛争解決こそ『法務の出番』だ!と勘違いしている人もいるかもしれないが、ビジネスの前線の人間の感情を理解せずに本気でそう思っている人がいるとしたら、法務担当者としては失格だと思う。紛争解決を糧とする弁護士ですら、取引法務の世界で実績を残している方であればあるほど、訴訟提起や仲裁申立を積極的に示唆するようなことはしない。

*7:もちろん、インフラ案件で発注元の外国政府とか公営企業から理不尽な扱いを受けたような場合であれば、法的解決を求める大義も十分にあるのだが、そういう案件のほとんどは「日本」を仲裁管轄地にする余地のないような契約によって縛られている。

*8:厳格に解釈すると、共同事務所内での利益相反を回避するのはかなり大変なわけで、それでもなお「共同」でやる意味、事務所をどんどん巨大化させていってしまう意味、というのが自分にはわかりかねていて、むしろ「複数の独立した事務所(弁護士)同士の連携」というのが自分が目指している方向だったりもするので。

*9:ただし、野川教授が指摘されているような「使用者の利益の保護」という観点から守秘義務の対象を拡張することについては賛同しかねるところもあり、結局は不競法の要件を用いる方がバランスはとりやすいようにも思うところなのだが。

*10:日本での試合出場は僅か15試合。ただ、打率は3割1分4厘、ホームランも5本、と片鱗は見せていて、それがギリギリまで契約更新か破棄か、で球団を躊躇させる一因になったのかもしれない。

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